昔ながらの鍛冶師
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バフォメットの討伐依頼を終えた翌朝。
俺とエリシアは『満腹亭』の食堂で朝食を摂っていた。
今日のメニューはミネストローネ、サラダ、ベーコンエッグ、焼き立てのパン。さらにはマッシュポテトは食べ放題といった豪勢さだ。
お陰で俺と同じ冒険者や肉体労働者はマッシュポテトを山盛りにして食べている。
今日も満腹亭は安くて美味くてお腹いっぱいになれること間違い無しだな。
「なあ、聞いたか? 最近街で殺人が起きてるらしいぜ?」
「ああ、聞いた。昨夜は四人も死んだんだって?」
「今朝、衛兵からは六人だって聞いたわよ?」
「マジかよ。増えてるじゃねえか」
呑気に朝食を食べていると、食堂の雰囲気がなんだか物々しい。
客たちの会話に聞き耳を立ててみると、どうやら街で殺人事件が起きているようだ。
「街中で殺人だなんて物騒ね」
「そうだな。俺たちも気を付けよう」
「まあ、どんな奴か知らないけど私が遭遇したら魔法で一発だけどね」
「それもそうだな」
元Sランクであるエリシアをどうにかできる暴漢などこの街にはいないだろう。
とはいえ、街中に物騒な殺人犯がいることは確かなので警戒しておかないとな。
「今日はどうするの?」
「予定通り、大剣を探しに行こうと思う」
先日のバフォメット討伐依頼の際、俺は愛用していた大剣を壊してしまった。
サブ武器としてミノタウロスから手に入れた戦斧はあるが、やっぱりしっくりくる武器を手にしておきたい。
そんなわけで昨日話し合った結果、今日は仕事を休みにして買い出しに行くことにした。
「エリシアはどうするんだ?」
「私も身の回りのものが必要だし、ゆっくり買い物でもしようかなって」
「なら一緒に行くか?」
「女性の衣服屋だけじゃなく下着屋なんかも回るんだけど、ルードが気にしないならいいわよ」
「……遠慮しとく」
エリシアが気にしなくても俺が気にする。
そんな店に俺がついていって何ができるというのか。
「あら、残念」
俺を見ながらクスクスと笑うエリシア。完全にからかわれているな。
そんなわけで俺たちは食事を終えると、満腹亭の前で別れて別行動をすることになった。
なんだか一人で街中を歩くのが久しぶりだ。
エリシアが仲間に加わってからは基本的に二人で行動していた。
少し前までは一人が当たり前だったというのに人生何があるかわからないものだ。
感慨深く思いながら通りを南下していくと、多くの職人が商いや生活をする職人街となる。
通りでは多くの職人が自らの店を構えて、自慢の武具や革細工、ガラス細工、食器などの物を売っていた。
それらを求めて冒険者や傭兵、旅人といった職業の者たちが集まって吟味している。
他の区画に比べると、少し泥臭い印象の区画であるが、俺はこの雰囲気が好きだった。
賑やかな通りを抜けて、小さな路地を曲がっていくと石造りの建物が見えた。
『鉱人の槌』と書かれた看板が吊るされているのは歴とした工房だ。
木製の扉を開けて入ると、薄暗い石造りの室内には見事な武具の数々が並んでいた。
しかし、肝心の店主はいない。
視線を巡らせていると、奥の部屋から鉄を打ち付ける音が響いていた。
チラリと覗き込むと、そこには褐色の肌をした背丈の小さな男が槌を振るっている。
どうやら作業中だったらしい。
彼は一度作業に集中すると、どんなことがあっても中断はしない。
なら一区切りつくまで待っておくことにしよう。
「なんだルード。来ていたのなら声をかけろ」
しばらく店内にある武器を眺めながら待っていると、作業部屋から男が出てきた。
その身長は俺の腰くらいしかなく、口元を覆うような髭が生えている。
彼はドエム。
ドワーフと呼ばれており鍛冶や細工といったモノづくりが得意な種族だ。
彼には昔からお世話になっており、武器を買う時や修理をする時はいつもここを利用させてもらっている。
「ドエムのおっさんは、集中していたら声をかけても無駄だろ?」
「そうか?」
「そうなんだよ」
「まあ、そんなことはどうでもいい。にしても、お前さん……変わったな」
俺の身体をしげしげと観察しながらドエムが言った。
恐らく彼が言っているのは見た目による変化ではない。俺の冒険者としての力量についてだ。
「……わかるのか?」
「当たり前だ。こちとら何年世話してやってると思ってる。この短期間で何があった? 前とは明らかに別人だぞ?」
ドエムには俺のレベルの変化はお見通しのようだった。
魔物を喰らうことについては信頼した人にしか言わないと決めているが、長年の付き合いであるドエムになら話してもいいだろう。
そう思って俺は新迷宮でのこと、魔物を喰らうようになったことを話した。
「なるほど。ルードの地味なユニークスキルにそんな使い方があったとはな……」
「魔物を食べるって聞いても、おっさんは引かないんだな?」
「フン、動物も魔物も美味く食えりゃ別にいいだろ。人がなに食べていようがどうでもいいわい」
「やっぱり、おっさんはいい意味で無頓着だな」
魔物を喰らうと聞いて、そんな風に言ってくれる人は中々いないと思う。
彼の大雑把さが心地いい。
「それよりも今日の要件を話せ」
「頑丈な大剣がほしい」
「金はあるのか?」
「予算なら百万レギンほどある」
強くなってコツコツと溜めていた陰で俺の懐には余裕ができていた。
これくらいの金額であれば、武器に使っても問題はない。
「ほお、ルードの癖にえらく金持ちじゃねえか。その金額ならそこの壁にかけてあるやつがいいだろう」
ドエムに言われて、俺は壁にかかってある大剣を物色する。
派手さはなく、どちらかというと無骨とも呼べるような見た目だが、刀身を見ただけでしっかりと鍛え上げられていることがわかる。
前に使っていた大剣よりも遥かに頑丈でよく斬れるだろう。
今までの俺なら金銭的な意味でも技量的な意味でも手が出なかった代物だ。
「ちょっと外で振ってみてもいいか?」
「好きにしろ」
工房の裏庭へと出て、俺は大剣を振ってみる。
「どうだ?」
「……うーん、おっさん。これじゃ壊れる気がする」
「はあ? 壊れるだ? その大剣にはエルディライト鉱石っつうクソ硬い鉱石を加工してるんだぞ? 魔力にも親和性が高く、その辺の魔物だってぶった斬るっつうの」
「うーん、でもなぁ」
なんとなくだが俺の魔素を込めた一撃には耐えられない気がする。
「どんだけ強くなったか知らねえが、随分とワシの作った武器をバカにしてくれるじゃねえか! そこまで言うんなら壊してみやがれってんだ!」
「え? いいのか?」
「ああ、ドワーフに二言はねえ!」
ドエムが壊れてもいいと言うなら遠慮はいらない。
俺は大剣に魔素を纏わせることにした。
まだ魔素の扱いに慣れていないために馴染みのない武器に纏わせるのは時間が少しかかるが問題ない。
なんか後ろでドエムが焦ったような声を上げていたが、俺は気にせず的となる大きな岩があったので思いっきり大剣を叩きつけた。
すると、俺の大剣を纏っていた魔素の力が解放され、大きな岩が真っ二つになる。内部に込められた荒れ狂う魔素が爆発し、両断された岩は派手に砕けた。
大剣を持ち上げるとやけに軽いことに気付く。
ふと視線を落とすと手元には柄だけしかなく、刀身らしきものが砕け散っていた。
「やっぱり壊れた」
ドエムに頑丈だと言われたが、魔素を込めたらなんとなくこうなる気がしていたんだ。
「なんだその力は!? 大剣に何の力を込めた!?」
粉々になった刀身をあーあと思いながら見つめていると、ドエムが驚きと興奮の入り混じった声で叫ぶ。
「魔素だ」
「バカ野郎! そんな力を込めたらいくらエルディライト鉱石で加工した剣でも壊れるに決まってるわ! 早く言え!」
いや、言うよりも前におっさんがブチ切れて壊してみろとか言うから……それでも買ってもないものを壊してしまったのはいけないことだ。
「……すまん」
「はぁ、壊れちまったもんは仕方ねえ。俺の見る目と技量が足りなかっただけだ」
謝るとドエムは気持ちを落ち着けるように息を吐いてからそう言った。
「お前さんが言う頑丈な大剣っていうのは、魔素を込めた一撃にも耐えられるものってことだな?」
「ああ、そういうことだ」
「うちでもそんなものは置いてねえな。研究も含めて作るのに時間がかかる」
「なら悪いが作ってみてくれねえか?」
「わかってるじゃねえか」
着手金となる百万レギンを渡すと、ドエムはニヤリとした笑みを浮かべて受け取った。
「なにか必要な素材とかあるか?」
「良質な魔石があると助かる」
「それならいくつかあるから渡すぜ」
俺はマジックバッグから瘴気迷宮やアベリオ新迷宮などで手に入れた魔石を取り出してドエムに渡した。
「ジェネラルリザード、バフォメット、それにミノタウロスの魔石か……随分と腕を上げたもんだな」
「まあな」
長年、武具の世話をしてもらっただけに成果を褒めてもらえると照れくさい。
だけど、悪くない気分だ。
「他に必要な素材はあるか?」
「その時になったらまた頼む」
「わかった」
「出来上がるまで武器無しっていうのも困るだろう。それまではこの剣を使っておけ」
「助かる」
ドエムが工房から一本の大剣を取ってきてこちらに渡してくる。
先ほどと同じくエルディライト鉱石を加工した大剣だ。
「魔素は込めるなよ。込めると壊れる」
「ああ」
「壊したら今度は代金を払ってもらうからな?」
「わかった!」
念を押すように言ってくるドエムの言葉にしっかりと頷くと、彼は魔石を手にして工房へと引っ込んだ。
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