ランクアップ
「ルードさんの功績が認められ、ランクアップとなりました」
グレイウルフ四十体の討伐を終えた翌日。
冒険者ギルドに顔を出すと、イルミにそう言われた。
「え? もうランクアップか?」
「元々討伐系以外の依頼はかなりの数をこなしていましたので、これだけの数のグレイウルフを討伐できるのであれば実力は十分だと判断しました」
俺としてはもう二つや三つくらいの討伐依頼をこなさないといけないと思ったが、今回の成果で十分だと認められたらしい。
「やったわね、ルード!」
「俺がDランク冒険者か……」
まさかこんなにも早くランクアップできるとは思わなかったな。
ずっとランクを上げることができなかったので感激だ。
「Dランクになったお陰で、もっと上の依頼が受けられるようになったわよ!」
「ちょっと待て。次に行くのが早すぎねえか?」
さっきは祝いの言葉をくれたのにもう掲示板に移動して依頼を物色している。
もっとこうランクアップしたことを祝うとか、余韻を楽しむとか情緒的な何かがあるはずだ。
「ええ? Sランクを目指しているんだからDなんかで喜んでどうするの? そもそもルードがこんな低いランクにいること自体おかしいんだからね? 次はCランクを目指すわよ!」
「お、おう」
そう言われればそうか。Sランクを目指しているのであれば、こんなところで喜んでいる場合じゃない。
さすがは元Sランク冒険者だけあって意識が違う。俺も彼女のようにもっと貪欲に上を目指さないと。
「見て、ルード! バフォメットの討伐依頼があるわよ!」
エリシアが指し示した依頼は山羊の頭に悪魔のような翼を生やした魔物だ。
「それはCランクの討伐依頼だろ? 俺たちには受けられねえじゃねえか」
「知らないの? Dランク以上になると、一つ上の依頼でも受けられるようになるのよ」
「そうだったのか!?」
「ギルド資料に書いてあったわ」
ギルドの本棚に置かれてある分厚い書物のページをめくるエリシア。
細い指が指し示す項目を呼んでみると、確かにそのような文章が書かれていた。
「本当だ。知らなかった」
万年Eランクだったのでそんなルールがあるとは知らなかった。
「私が活躍していた時代に作ってもらったルールだけど、ちゃんと残ってるようで安心したわ」
ひょっとしたらこの項目が追加されたのって、エリシアのような規格外冒険者のランクを速やかに上げるためじゃないだろうか。なんとなくそんな気がしてならないな。
「ならCランクの依頼を受けることに問題はねえわけだな」
「ええ。だからバフォメットの討伐依頼をお勧めするわ」
「どうしてそれなんだ?」
Cランクの依頼が受けられるのであれば、他にもっとやりやすい依頼があると思う。
「バフォメットは魔法を扱うスキルを持っているのよ!」
エリシアのその言葉でなぜバフォメットの討伐依頼を勧めてくるのかがわかった。
俺が喰べることで魔法系のスキルを獲得できるからである。
魔法を扱えるものが増えれば、パーティーとしての単純な戦力が跳ね上がるのは間違いない。
だとしたら早めに獲得しておくに越したことはないだろう。
「そういうことか。ならその依頼を受けるか――げっ、出現する場所は新迷宮なのかよ」
依頼書に目を通すと、バフォメットが出没する場所はアベリオ新迷宮だった。
ミノタウロスの出現という異常事態があったが、あの事件以来ミノタウロスは発見されず、今では普通に探索されているようだ。
「何か問題でもあるの?」
「ちょっとその迷宮には嫌な思い出があってな。まあ、それでも問題ねえよ」
「そう? ならいいんだけど」
ランクアップのために付き合ってもらっているんだ。
嫌なことのあった場所だから行きたくないなんて甘えたことは言っていられない。
バフォメットを倒して、魔法スキルを得るのは俺が強くなるために必要なことだからな。
依頼書を剥がしてカウンター業務をしているイルミの所へ提出する。
「Dランクになったところだというのに、いきなりCランクの依頼ですか……」
困った人を見るような目をするイルミ。
ついさっきランクアップしたところなのに、それよりも上のランクの依頼を持ってくれば受付嬢としてはそうなるよな。
「制度上では問題ないはずだけど?」
「……まあ、お二人がDランクの範疇に収まる実力ではないことは承知していますので問題ないでしょう」
エリシアが口論の構えをみせるが、イルミは特に渋ることもなくあっさりと手続きを進めてくれた。
エリシアのことを知っているか、ランカースから何か話を聞いているのかもしれないな。
他の受付嬢であれば難癖をつけてきたり、受注を拒否したりする可能性が高かったのでイルミがいれくれるだけで助かるというものだ。
●
馬車に揺られてアベリオ山脈の麓までやってくると、以前と変わらぬ様子で新迷宮は鎮座していた。
「へー、これが最近新しくできた迷宮ね。その割には活気がないわね?」
「前に低階層でミノタウロスが出現してな。それ以来異常は見つかってねえらしいが、多くの冒険者が警戒して潜ってねえんだろう」
ミノタウロスを屠れるぐらいの力量のあるパーティーならともかく、そうでない者にとってミノタウロスとの遭遇は地獄だ。
俺のような奇跡が起きない限り、遭遇すれば生き残ることはできないだろう。
「低階層でミノタウロスが出現なんて遭遇した冒険者は災難ね。ご愁傷様だわ」
「いや、ちゃんと生きてるからな?」
隣でエリシアが手を合わせるものだから、さすがに突っ込む。
「えっ? もしかして、ミノタウロスと遭遇した冒険者ってルード……?」
「そうだ。ちなみにその時のレベルは7だった」
「……なんで生き残ってるの?」
まるでアンデッドでも見るような目を向けてくるエリシア。
「ミノタウロスの突進で迷宮の壁が壊れて奈落へ落ちたんだ」
いい機会なので俺は少し前にあった奈落での出来事をエリシアに語った。
誰も知らない迷宮の底に落ち、そこには並大抵の冒険者では太刀打ちすることのできない魔物が闊歩していたこと。
「なるほど。そんなことがあったのね」
「迷宮ではこういうことはあり得るものなのか?」
「迷宮だから無いとは言い切れないわ」
俺にとっては荒唐無稽の出来事だったが、エリシアがそう言うということは迷宮にはそれだけの力が秘められているのだろう。
「ねえ、一度そこに寄ってみてもいい?」
「わかった。案内する」
バフォメットが出現するのは十五階層だ。
俺がミノタウロスと遭遇した場所の通り道なので寄ることは何も問題はなかった。
そんなわけで俺とエリシアは四階層の事件現場へと向かう。
その途中に何度か魔物と遭遇したがレベルが一桁しかない魔物などまったく相手にならず、あっさりと撃退。俺とエリシアは四階層の事件現場にやってきた。
「この壁の先に奈落へ落ちる大穴があったのね?」
「ああ」
俺が頷くと、エリシアはペタペタと壁を触って確かめ始めた。
「どうだ?」
「……魔法的な仕掛けや罠は一切見当たらないわ」
「そうか」
ランカースにも奈落の存在をそれとなく示唆して調査を進めてもらったが、それらしい階層の存在は見受けられなかった。魔法を放って実際に壁を壊してみても、奈落へ通じるような大穴はなかった
とか。
「もしかすると、なにか条件を満たすと一度だけ入れるような隠し階層だったのかもしれないわね」
「そんな階層があるのか?」
「私も過去にパーティーで潜った時にそういう階層に入り込んだ時があったね。その時はとんでもなく強い階層主がいて、倒さないと出られなかったから大変だったわ」
「それは災難だったな」
階層主というのはその階層を守護する強力な魔物のことだ。
階層が深くなると、迷宮が侵入者を近づけまいとそういった魔物を配置してくる。
それが一階層ごとなのか五階層、十階層といった区切りなのかは、その迷宮によるとしか言えない。場合によっては最後の階層にだけ配置されている場合もある。
俺がよく潜っている瘴気迷宮では未だに階層主を目にしていないので、その辺りがちょっと怖い。
「もうちょっと調べたい気持ちはあるけど、もし奈落に入れちゃった時が怖いからやめておきましょう」
「そうだな。俺もあそこはこりごりだ」
全盛期の頃のエリシアなら太刀打ちできるかもしれないが、今はレベルダウンした影響でかなりステータスが下がっている。あの時は奇跡が重なって生きて出られただけだ。今の俺たちの実力では奈
落を生き残ることは難しいだろう。
「さて、私の好奇心も解消されたことだし、バフォメットのいる階層に向かいましょう」
「そうだな」
ハッキリとしたことは何もわからなかったが、俺たちは当初の目的通りに移動を再開することにした。
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