アベリオ新迷宮
翌日。冒険者ギルドにやってくると、いつもよりギルドが賑わっていることに気付いた。
ちょっとやそっとの賑わいではない。かなりの賑わいだ。
こういった時に顔見知りがいれば気楽に尋ねればいいものだが、生憎と俺にはそのような存在はいない。俺はこの活気の原因を確かめるべく、カウンターにいる受付嬢に話しかけた。
「なにかいい依頼でも出たのか?」
俺が声をかけると、若い受付嬢は若干嫌そうな顔をしながらも答えた。
「新しい迷宮が見つかったんです」
「新しい迷宮だって?」
都市バロナの周囲には瘴気迷宮をはじめとする迷宮が点在している。
俺たち冒険者は主にそれらの迷宮に潜って日銭を稼いでいる。
そこに新しい迷宮が見つかったというのは、俺たちの新しい稼ぎ場が出来たということだ。
特に見つかったばかりの迷宮には手つかずの財宝や魔道具、武具などが残っていることも多く、冒険者たちが一攫千金を夢見るのだ。
当然、俺も一攫千金を夢見る冒険者の一人だ。
財宝を手に入れることができれば、レベルの低い俺でも強力な装備が手に入る。
強力な装備があれば今よりも強い魔物を倒すことができ、毎日の収入が上がること間違いなしだ。
今のようにチマチマと瘴気迷宮に潜る必要もない。
お金がない、仲間もない、装備もないといった負のループから抜け出せるチャンスだ。
「新しい迷宮はどこにあるんだ!?」
「北にあるアベリオ山脈ですが、あなたには無理ですよ」
「どうしてだ?」
「新迷宮の探索依頼を受けるには、ランクがD以上ないと無理なんです」
受付嬢の言葉に俺は呆然とする。
なぜなら俺のランクはEだからだ。
「どうしてもその新しい迷宮に潜りたいんだ! なにか方法はないか?」
「そんなことを言われても困ります」
「おいおい、受付嬢に無理に詰め寄るのはいけないな」
なんとか新迷宮に潜る方法がないかと問いかけていると、俺と受付嬢の間に金髪の髪をした男が割って入った。
「す、すまない」
部外者が入ってきたことに憤慨する気持ちもあったが、受付嬢に強く問い詰める形になってしまったのは本当のことだ。
俺は素直に受付嬢と仲裁に入ってくれた男に頭を下げた。
「いや、いいんだ。その様子からすると、新しい迷宮に潜りたいんだって?」
「あ、ああ」
「なら、僕のパーティーにポーターとして入らないかい?」
ポーターというのは、いわゆるパーティーの荷物持ちだ。
荷物が増えれば、それだけで万全な動きができなくなる。それを嫌って、冒険者の中ではポーターを同行させて、万全な体勢で迷宮に潜ることは多い。
「俺はランクEだがいいのか?」
「Eランクだったら最低限の自衛くらいはできるだろう? こっちは新しい迷宮に万全に挑むためにポーターが欲しいと思っていたんだけど、中々捕まらなくてね。困っていたところにやる気のありそ
うな君を見つけたというわけだ」
「なるほど」
新しい迷宮に潜りたいと思っているパーティーは一つや二つではない。バロナにいる冒険者のほぼ全員が思っていることだ。この男のようにポーターを同行させるパーティーも当然多く、ポーターを
確保するのが困難な状態になっているのだろう。
冒険者として潜ることはランク制限があるせいで不可能だが、ランク制限を越えているパーティーにポーターとして加入して潜ることはギルドの規約として認められている。
このまま何もできずにチマチマと日銭を稼ぐよりも、俺にはポーターとしてでも同行し、何かを変えたいという気持ちの方が遥かに強かった。
「ルードだ。ポーターとしてだが、よろしく頼む」
「僕は『緋色の剣』のリーダーのバイエルだ。ランクはD。早速だが、君のことを仲間に紹介したい」
「ああ」
握手を終わらせると、俺はバイエルの後ろを付いていってギルドに併設された酒場へと移動。
そこにはバイエルの仲間と思われる男女が座っていた。
「おーい、サーシャ、リック! ポーターが見つかったよ!」
「ルードだ。よろしく頼む」
「げっ、瘴気漁りじゃん」
「バイエル、もっとマシなのはいなかったのか?」
バイエルが声をかけると、魔法使いらしきローブを羽織った女と、戦士風のいかつい男が眉をひそめる。
というか、こいつらよく見たら昨日討伐査定の待機列で前に並んでいた奴等じゃないだろうか?
顔合わせて早々に嫌な気分になった。
「そう言うなよ。ルード君はランクこそ低いものの長年冒険者として活動してきた知識と経験がある。そこら辺の冒険者をポーターとして引き入れるより、よっぽど信頼があるさ」
こんなランクも低くて、年もとっている俺のことをそんな風に言ってくれるなんて。
バイエルはなんていい奴なんだろう。
「まっ、バイエルがそう言うんだったらいいけど」
「俺たちの足を引っ張らないでくれよ?」
「わかっている。よろしく頼む」
冒険者としてではなく、ポーターとしてではあるが俺は新迷宮の探索に加わることができるのだった。
●
ギルドで自己紹介を済ませると、俺たちは馬車を使って北の山脈にある新迷宮にやってきた。
「ここが新迷宮か……」
「ああ、アベリオ山脈にできたことから今はアベリオ新迷宮と呼ばれているね」
新しい迷宮の入り口を眺めていると、横にいるバイエルが教えてくれた。
アベリオ山脈の麓には荘厳な装飾の施された支柱が並び立っており、奥には大きな岩扉が設置されていた。どことなく古代の遺跡を思わせる造りだ。
瘴気迷宮は沼地の奥にある石造りの墓標が入り口だったが、迷宮というのはその土地によって外観を変えるものだ。
「さて、早速入ろうか」
本来ならば入念に準備を重ねて挑むところであるが、何分発見されたばかりの新迷宮。
今は何よりも速さが求められる。
既に俺たち以外にも何組ものパーティーが探索を開始しているが、迷宮は広くすぐに踏破されるものではない。
今なら誰も見つけることのできていない財宝を見つけられる可能性が高い。だったら、多少のリスクには目を瞑って、ここはリターンを取るために行動するべきだ。
バイエルの言葉に俺たちは頷くと、岩でできた二枚扉をゆっくりとこじ開けた。
アベリオ迷宮の中は意外と明るく、通路には篝火のような炎が揺らめいている。
「意外と明るいな」
灯りを用意しなくてもいいのは助かるが、迷宮が俺たちを奥へ奥へと誘っているようで不気味だった。
大きなバックパックを背負いバイエルたちの後ろを付いていくと、広間では冒険者がゴブリンと戦闘を繰り広げていた。
戦闘している冒険者は俺たちに気付いたが、バイエルがハンドサインを送るとこくりと頷いた。
助太刀を必要としていない限り、ゴブリンたちはあのパーティーの獲物ということになる。それを横から強奪することは冒険者としてご法度だ。瘴気迷宮での出来事は人目のつかない場所だからでき
ただけだ。
俺たちは戦闘の邪魔にならないように大回りをして広間を抜ける。
広間を抜けた後も通路では先行くパーティーが魔物を相手に立ち回っていたり、隠し部屋がないかを入念に探し回っていた。
「どこに行っても冒険者ばっかりでウザいんですけどー!」
「一階層はどこも先入りしているパーティーが多いね」
サーシャと呼ばれる魔法使いの女が面倒くさそうに叫び、バイエルも予想以上の混雑具合にため息をついていた。
「だったらもっと潜ってみないか? 深い階層なら冒険者たちもそんないねえだろうし?」
「それいいかも!」
「それがよさそうだな。このまま一階層を探索していても意味がない」
「だが、さすがに階層を下りるのは危険じゃないか? この迷宮は見つかったばかりだ。焦る気持ちはわかるが、地道に一階層をマッピングして宝を探すのがいいんじゃないか?」
他に冒険者がいるということは、いざという時に助け合うことができる。
しかし、他の冒険者からはぐれて進んでしまえば、凶悪な魔物と遭遇した時に対処ができない。
ランクAやBといったレベルも高く、経験も積んでいるパーティーならともかく、バイエルたちのランクはDだ。レベルも精々十五から二十といったところだろう。
いくら一攫千金のためとはいえ、リスクが大きすぎるように感じた。
「はぁ? 荷物持ちの分際でなに意見してるわけ?」
「そんなみみっちいことばっかりしてるから、そんな年になってもランクEなんだよ。おっさん」
お、おっさん。確かに俺の年齢は二十二とそこまで若いものでもないし老け顔をしているのは事実だが、おっさん呼ばわりされるような年齢ではない……はずだ。
「まあまあ、ルード君も悪気があって言ってるわけじゃないから」
サーシャとリックを宥めるようにして言ってくれるバイエル。
「……バイエル」
「だけど、僕も二人の意見に賛成かな。一階層はあまりにも冒険者が多いし、このまま地道に探索をしてもロクな成果は得られない。もっと下の階層を目指そう」
「さすがはバイエルわかってるー!」
「冒険者は冒険してこそなんぼだよな!」
「大丈夫。危なくなったらすぐに引き返すよ」
「……わかった」
パーティーリーダーであるバイエルがそう決めたのなら、ポーターである俺はそれに従うしかない。
俺は素直に頷くと、バイエルたちの後ろに続いて二階層へと続く階段を下っていった。
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