同じ目標
「へー、ここが辺境都市バロナ。意外と賑わっているのね」
エリシアの呪いを無効化した俺は、彼女と共に拠点としているバロナに戻ってきていた。
エリシアはバロナにやってくるのは初めてらしく、街の光景に興味をそそられているようだった。
「ここは辺境の割に迷宮がいくつもあるからな」
「なるほど。人が多いのにも納得ね」
迷宮からもたらされる資源とそれを求めてやってくる人々によって、バロナは栄えている。
他の辺境にある街と比べると、頭一つは抜きんでているだろうな。
「エリシアはこれからどうするんだ?」
「まずは美味しいご飯を食べましょう!」
ぱっと表情を輝かせたエリシアの言葉に肩透かしを食らう。
「いや、そういう事じゃなくてこれからの事を聞いたんだが……」
「追手もいなくなって呪いも解けた! こんなに嬉しい日なんてないわ! だから今日はパーッと美味しい料理を食べて、存分に呑むの! 奢ってあげるからルードも付き合いなさい!」
戸惑う俺を気にせず、エリシアは俺の手を引っ張ってズンズンと進んでいく。
ずっと逃亡生活を余儀なくされ、呪いに身体を苛まれていた彼女だ。
心置きなく日常を過ごせるようになり、パーッと騒ぎたい気持ちは理解できる。
そんな彼女の気持ちを尊重して、俺は食事に付き合うことにした。
「ちょっとギルドに寄ってきていい? 手持ちのお金がないから」
「ああ、わかった」
「逃げちゃダメだからね?」
「逃げねえよ」
何度か俺の存在を確かめるように振り返りながらエリシアは冒険者ギルドの中に入っていった。
程なくすると、彼女はホクホクとした顔で戻ってくる。
手には貨幣でパンパンになった革袋が握られており、魔石がかなりの値段になったようだ。
「ねえ、食事が美味しいお店を知らない? できれば料理がたくさん出てきてお酒が美味しいところ!」
女性との食事に慣れている男ならば、スマートに彼女が喜びそうな店に案内できるのだろうが、こちとら低ランクの冒険者だ。そんな男になびく女性などおらず、まともな恋愛経験もないために女性
が喜びそうなお店というものがわからない。
「『満腹亭』っていう俺の泊っている宿の食堂でもいいか? 安くて美味い料理がたくさんあって、酒も結構な種類を取り揃えている」
「いいわね! そこでお願い!」
宿の食堂と聞いてもエリシアは特に残念がる様子はなかった。
本当に満腹亭でいいらしい。
ちょっと驚きながらも要望通りに満腹亭に案内することにした。
夕食には少し早い時間帯だが、満腹亭の食堂には既に多くの客が席に着いていた。
「ルードさんが友人を連れてる! 一体どうしたんです?」
空いている席に腰を下ろすと、メニューを持ってきた看板娘であるアイラが驚きの声を上げた。
「……別に連れがいたっていいだろうが」
「だって、ずっとぼっち飯をしていたルードさんですよ? それなのに急に連れがいたら気になるじゃないですか。しかも、同席しているのは超絶美人なエルフさんですし」
やめろ。ぼっちということを強調するな。
メニューを手にしているエリシアが可哀想な人を見るような目になっているじゃないか。
「食堂も混んでて無駄話してる暇はねえだろ。先に注文をとってくれ」
「はーい」
俺の言葉にアイラは不満そうにしながらも職務を全うするべくメモ帳とペンを取り出した。
「好き嫌いとかある?」
「まったくない。エリシアに任せる」
「それじゃあ、私の好きに頼ませてもらうわね!」
注文を任せると、エリシアは嬉しそうにしながら次々と注文を頼み、アイラは引っ込んでいった。
「それじゃあ、私とルードの出会いを祝して乾杯!」
「乾杯」
二人分の麦酒が届くと俺たちはすぐに杯をぶつけ合い、一気に麦酒をあおった。
喉越しを楽しむようにして一気に飲む。独特なほろ苦さと微かな酸味が心地いい。
「はぁー、お酒を呑むのも久しぶりだわ!」
口の端に泡をつけながら、テーブルに酒杯を叩きつけるような勢いで置くエリシア。
世の男が思い描く美麗なエルフの姿はどこにもない。ただ豪快な女冒険者がそこにいた。
まあ、澄ました性格じゃないことは最初からわかっていたので特に驚くことはない。
「なんか失礼なこと考えてない?」
「考えてねえよ。それより杯が空じゃねえか。お代わりはどうだ?」
「それもそうね! すみませーん! 麦酒のお代わりを二つくださーい!」
それとなく話題を逸らすと、エリシアは上機嫌でお代わりを頼んだ。
麦酒のお代わりはすぐに俺たちのテーブルに運ばれてくる。
二杯目にもかかわらず、ごくごくと飲み干していくエリシア。
かなりのハイペースだ。
「酒は強いのか?」
「ええ、冒険者だもの! お酒にはかなり強いわ!」
冒険者とお酒が強いことの関連性が不明だったが、酒が強いのであればペースを気にする必要もないだろう。
麦酒をチビチビと呑んでいると、エリシアの頼んだ料理がやってくる。
焼きキノコ、トマトサラダ、海鮮アヒージョ、フライドチキン、腸詰肉、三食鍋、バケットなどなど。
「わっ! どれも美味しそう!」
満腹亭の料理だけあってかなりのボリュームであるが、エリシアは戸惑う様子もなく嬉しそうに手を付け始めた。
焼きキノコやフライドチキンを食べて、頬を緩めるエリシア。
彼女が満足そうにしていることにホッとしながらも俺は三食鍋に手を伸ばす。
三つの仕切りで区切られた鍋の中には、海鮮系、肉系、野菜系の出汁が入っており、それぞれに豊かな食材が入っていた。
一人で食堂を利用したことがないのでこういう大人数で突く鍋料理は頼みづらく、地味に食べるのは初めてだった。
ああ、三食鍋が美味い。それぞれの出汁が具材にとても染みている。
一度で三つの味わいが楽しめるところがいいな。
「ここの料理はどれも美味しいわね! 量も多いし、安いし最高だわ!」
「気に入ってもらえて何よりだ」
「ルードもこの宿に泊まっているのよね?」
「そうだ」
「じゃあ、私もここに泊まるわ」
こくりと俺が頷くと、エリシアはアイラを呼んですぐに部屋を確保した。
即決したエリシアに俺は驚く。
「部屋はそこまで綺麗ってわけでもねえぞ?」
「安心して眠れる場所があればどこでもいいわ。ここ最近はずっと野宿だったもの」
Sランク冒険者であるエリシアが泊まるような高級宿ではないが、長い逃亡生活を強いられていた彼女からすれば、屋根のある安全な場所というだけで快適なのだろう。
「エリシアはこれからどうするんだ?」
テーブルの上の料理がある程度なくなり、腹が満たされたところで俺は尋ねた。
追手がいなくなり呪いから解放されたエリシアが、今後どのように活動するのか俺は気になった。
「迷宮に取り込まれた仲間を救出するのが目標よ」
エリシアは酒杯を置くと、毅然とした表情で告げた。
「その仲間は生きているのか?」
迷宮に取り込まれるといった状態がどのようなものかはわからないが、あれからもう何年も経過している。その仲間が生きているという確率は低いのではないか。
「わからない……だけど、最悪の結果だったとしても私はあの魔物を倒すことは諦めないわ」
仲間がどうであっても深淵迷宮の最深部にいる魔物を討伐するという決意は変わらないようだ。
「ルードには何か目標はあるの?」
「俺はSランク冒険者になって人々を救うのが夢だ」
「素敵な夢じゃない」
「笑わねえんだな?」
「ルードみたいに誰かを救いたいなんて気持ちはなかったけど、私もかつては同じ夢を抱いていた口だもの。笑うはずがないわ」
確かに目の前にいるのは元とはいえSランク冒険者だ。
そんな彼女が俺の夢を笑うわけもないか。
夢を否定されないだけで嬉しいものだな。
「ねえ、ルード。私とパーティーを組まない?」
「俺とか?」
「ルードはいずれSランク冒険者になるんでしょ? だったら深淵迷宮の最深部を目指す私と目的は同じよね?」
「待て待て。俺は深淵迷宮に潜るとは言ってねえぞ?」
「Sランク冒険者になるんでしょ? だったら高難易度の迷宮踏破くらいしないとなれないわよ?」
Sランク冒険者に求められるものは国を代表する冒険者たる資格を持っているかだ。
ただ単に依頼をこなしただけでは昇格できず、高難易度の迷宮踏破、災厄と呼ばれるような魔物の討伐などの偉業を為さなければならない。
「とはいっても、今はレベルが下がってこんな状態だし、まずはSランクだった頃の実力を取り戻さないといけないんだけどね。迷宮の踏破を手伝う云々は置いておいて、ひとまずそれまででもパーテ
ィーを組むっていうのはどう?」
エリシアのレベルはかなり落ちている。全盛期のレベルまで取り戻すのにかなり時間がかかるだろう。一年や二年で挑みに行けるようなものではない。
目指すべき道のりは同じだ。
だけど、俺なんかがエリシアとパーティーを組む価値があるのだろうか?
現状態でのレベルは俺の方が少し上だが、一部のステータスについてはエリシアの方が勝っているくらいだからな。
「誘ってくれるのは嬉しいが、エリシアにはもっと強い知り合いがいるんじゃねえか?」
レベルがほぼ同じとはいえ、Sランク冒険者だった時の知識や経験は健在なわけで技量については彼女の方が遥かに高みにいるに違いない。
レベルさえ上がれば最前線についていける能力はあるわけで、俺なんかとパーティー組むよりも最前線にいる奴と組む方がいいんじゃないだろうか。深淵迷宮を最速で目指すのであれば、そっちの方
が早い気がする。
「ルード、最前線にいるような冒険者は皆頭のネジが飛んでいるような奴ばっかりなの。実力はあっても背中を任せることはできないわ」
「そ、そういうものか?」
「ええ」
どこか遠い目をしながら頷くエリシア。
その理論で言うと、エリシアも頭のネジが飛んでいることになるがそこは突っ込まないでおこう。
「仮にSランク冒険者でまともな人格者がいたとしても五年も経過しているわ。人間族の寿命は短いから引退している人も多いだろうし、ルードの思うような動き方はもうできないわね」
長寿なエルフ族であるエリシアにとっては短い時間かもしれないが、人間族にとって五年という時間はそれなりに長い時間ということになる。
冒険者は身体が資本となる仕事だ。衰えを感じれば、最前線から離れるのは当然だろう。
俺が思い描いていた最前線組への合流は今のエリシアにとって難しいようだ。
「ルードがいなければ私は冒険者狩りにやられていたでしょうし、いずれは呪いに蝕まれて死んでいた。あなたは私の命を二度も救ってくれた。そんなあなたの力になりたいの」
「別に恩に着せるために助けたわけじゃねえんだが……」
命を救った恩をカサにエリシアをパーティーに同行させるというのは嫌だった。
Eランク冒険者でしかない男がなにを妙なプライドを持っているんだと思われるかもしれないが、嫌なものは嫌なので仕方がない。
「わかってる。でも、一緒に冒険をするなら背中を預けられる信頼できる仲間がいい。私はルードなら背中を任せられると思った。だから一緒にパーティーを組みたいの」
俺は生粋の前衛であるために遠距離攻撃や魔法的攻撃手段をほとんど持たない。
そこに凄腕の魔法使いが加わることで戦闘は安定し、冒険者としてやれる仕事の幅は遥かに広がる。
本来ならばこちらから頼み込む立場なのに、エリシアは俺のことを高く買ってくれて誘ってくれている。それは非常に嬉しい。
すぐにでもエリシアの手を取りたいところだが、俺には魔物を喰らうという秘密がある。
冒険中に魔物を食べる俺を見て、エリシアは気味悪がるかもしれない。
とはいえ、ここまで言ってくれる相手に何も話さずに断るのは失礼だ。
しかし、こんな人目のつくところで話すわけにもいかない。
「……わかった。パーティーを組もう」
「やった! じゃあこれからは正式に仲間として――」
「ただし、俺には一つ秘密がある。それを聞いてから正式に組むかをエリシアが判断してくれ」
嬉しそうにしているエリシアを制するように俺は言葉を続けた。
「人殺しが趣味とか、とんでもない性癖があるとかじゃないわよね?」
エリシアが若干恐々とした様子で尋ねてくるのできっぱりと否定する。
「そういうわけじゃねえよ」
エリシアが思い描くような犯罪者的な趣味や性的思考があるわけではないことだけは明言しておく。
まあ、見方によってはそれらを超えるような食癖ともいえるかもしれないが。
「ふうん……わかったわ。それでルードが納得してパーティーを組んでくれるんだったら私としては問題ないわ。その秘密っていうのは明日にでも教えてちょうだい」
「ああ、それで頼む」
俺の秘密の一端を既に見抜いているエリシアがすごい。まあ、あれだけ魔物のスキルを使っていれば、不思議に思うのも当然のことか。
後は明日説明をしてエリシアが受け入れてくれるかどうかだ。
受け入れられなければ、またいつものように一人に戻る。それだけだ。
「さて、真面目な話も終わったことだし、じゃんじゃん呑むわよー!」
酒杯を空にすると、エリシアは六回目のお代わりをするのだった。
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