瘴気迷宮での争い
すみません。1話を間違って投稿してしまいました。
お手数をおかけしますが先に前の話の『毒沼』の話を読んでもらえると幸いです。
二十八階層の沼エリアを進んでいると、前方から声のようなものが聞こえた。
迷宮の中にいれば魔物の遠吠えや、唸り声などはよく耳にするものだが、今耳に入ったものは明らかに人の声だった。
「俺以外に冒険者が潜っているのか?」
俺みたいなユニークスキルで完全に無効化できない限り、常時バッドステータスになる瘴気迷宮に?
自分で言うのもなんだが、こんな迷宮に潜っているのはかなりの変わり者に違いない。
自分以外にどのような冒険者が潜っているのだろう。
もし、冒険者がいるのなら単純に話してみたいし、ついでに言えば情報交換なんかもしてみたかった。
このユニークスキルのお陰で俺は他の冒険者よりも階層の隅々を探索できている自信がある。
きっと有益な情報交換ができるはずだ。
そんな淡い期待を込めて声のする方へと近づいていくと、聞こえてくる音が物騒なものに変わった。
互いを罵る怒号のような声と甲高い剣戟音、それと爆発音が聞こえた。
魔物を相手に共闘しているような声ではないのは確かだとわかる。
「もしかして、冒険者同士で争っているのか?」
迷宮の奥に潜れるような冒険者だと互いに争うようなことは滅多にないが、稀少な魔物やお宝を狙って争いごとに発展するというケースは稀にある。
だとしたら関わり合いになるのなんて真っ平ごめんだった。
回れ右をして迂回したいところであるが、【音波感知】で索敵してみたところ争っているエリアを抜けないことには前に進めないようだった。
ここまで来て引き返すというのもつまらない。
「少しだけ様子を見るか……」
先に進むにしろ、撤退するにしろ何が起こっているか情報を拾っておくに越したことはない。
同じ迷宮に潜っていたからといって争いの濡れ衣を被せられては堪らないからな。
ため息を吐きながら俺は【隠密】を発動して、こっそりと近づいていく。
毒沼にある岩場に身を隠しながら様子を窺うと、黒いローブに身を包んだ四人の男が、緑色のローブを羽織った魔法使いを襲っていた。
なんだかこの時点で既にきな臭い。
獲物や宝を巡った冒険者同士の争いかと思ったが、どうもそのようには見えない。
黒ローブは集団だが、緑ローブの方は明らかに一人だ。
人数の有利さを盾にした迷宮犯罪だろうか? なんにせよ穏やかな雰囲気ではない。
ジッと見守っていると、戦況に変化が起きた。
魔力切れなのか魔法使いの膝から力が抜けてしまったのである。
それを好機と捉えた男たちは剣を構えて一斉に詰め寄っていく。
魔法使いは膝立ちになりながらも詠唱し、杖から光弾のようなものを放った。
それは真っすぐに飛んでいったかと思うと、途中で分裂して剣士たちに襲いかかる。
三名の剣士はもろに直撃して吹き飛んでしまったが、一人の剣士は身をよじって回避することに成功し、そのまま接近して魔法使いの肩を切り裂いた。
魔法使いの肩から飛び散る鮮血。
後ろに倒れた拍子に魔法使いのフードが捲れて、顔が露わになる。
黒いローブの集団と対峙していたのは女性だった。
金色の髪にエメラルドのような瞳。
そして、なにより特徴的なのは尖った葉っぱのような形をした長い耳だ。
――エルフ族。
森の奥地や樹海といった自然の中で暮らしていることの多い種族で、人間族の住んでいる区域には滅多に出てこない。
人間族を遥かに超える寿命と卓越した魔法の才能なども特徴的だが、特に注目されているのはその容姿だ。
特に女性のエルフはその最たるもので、こんな風に徒党を組んで襲われる理由については枚挙に暇がないほどに。
「リーダー。俺、我慢できねえよ。ここでいいからやっちまおうぜ?」
「おいおい、迷宮の中でやるっていうのか? やるならしっかりとコンディションを整えてからだろう」
「バカを言うな。こういうのは初物だからこそ高く売れる。自分たちで利益を下げてどうする」
「けどよお、長い間ずっとコイツのケツを追いかけてきたんだぜ? もういい加減我慢できねえよ」
「一時の快楽に流されるな。大金が手に入れば、思う存分に美女が抱ける」
「つっても、これほどの質の女はなかなかいねえぜ?」
現に男たちもエルフの使い道について語っている。
自分たちで楽しむだの、手を付けずにオークションで売りさばいた方が高く売れるだの。
実に下種な思考だ。もはや、冒険者同士の諍いといった線は皆無だろう。
……どうするべきか。
面倒事に巻き込まれないようにするには無視をするのが一番だ。
しかし、どうも一方的過ぎて見ていられない。
このまま目の前でエルフが慰み者になるのを見守るのか、それとも連れ去られていく様子を黙って見送るのか。
どちらにせよいい気分にはならなさそうだ。
放置したら今日のことを一生思い出して後悔してしまうかもしれない。
「女が襲われてるのを黙って見逃すなんて男じゃねえよな」
こんな場面を見過ごすような奴が、Sランク冒険者になって誰かを守るなんてことができるはずがないだろう。
そのまま岩陰から出て近づいていくと、男たちの中に感知系のスキル持ちがいたのかサッと振り返った。
それと同時に残りの三人も振り返って、武器を手にしながら警戒の様子を見せる。
「……何者だ?」
目に傷のある精悍な顔つきをした男がこちらを見据えながら尋ねた。
「冒険者だ」
残りの三人の顔も確認してみるが、バロナの冒険者ギルドでまったく見たことのない顔だった。
雰囲気的に流れの冒険者にも見えない。裏社会のロクでもない奴等か、どこかの誰かに雇われた傭兵といったところだろう。
「そっちは冒険者に見えねえが、こんな迷宮の奥で女エルフ相手になにしようとしてるんだ?」
「…………」
「逃げて! こいつらは『冒険者狩り』よ! いくらこの階層に一人でやってこられるあなたでも分が悪いわ!」
俺の問いかけに傷の男は答えない。代わりに口を開いたのは肩から血を流しているエルフだった。
冒険者狩りという呼び名は俺も耳にしたことがある。
名の売れた冒険者を狩ることで生計を立てている傭兵たちのことだ。
高ランクの冒険者にもなれば、競合相手である冒険者からやっかみを受けたり、思わぬところで恨みを買ってしまったりする。冒険者狩りはそういった者たちから依頼を受けて、高ランクの冒険者を
専門に暗殺を遂行するのだ。
まさか、こんなところで冒険者狩りに遭遇するとは思ってもみなかった。
名前:ファルザス
種族:人間族
状態:瘴気状態
LV65
体力:――32
筋力:2――
頑強:2――1
魔力:18――7
精神:1――67
俊敏:27――
スキル:――
属性魔法:――
傷の男を【鑑定】してみると、ステータス表記が一部しか表示されなかった。
しっかりとわかるのは名前、種族、状態、レベルのみ。
これは恐らく【鑑定】を妨害する【隠蔽】というスキルのレベルが高いか、専用の対策魔道具を見に着けているのだろう。
他の男たちにも【鑑定】をかけてみると、同じようにすべてのステータスが読み取れなかったので後者の確率が高い。
とにかく、わかったのは全員が今の俺よりも高いレベルということだけだ。
これはマズいかもしれない。
「どうする、リーダー?」
「……殺せ」
軽薄そうな男が尋ねると、傷の男は一切の迷いを見せることなく言った。
無感動なその目つきは人を殺すことに何の躊躇いも持っていない証拠である。
「ヒヒッ! まあ、そういうわけだから大人しく死んでくれや!」
軽薄そうな顔をした男が剣を手にして接近してくる。
今まで対峙してきた冒険者の中では一番に速い。が、奈落にいた化け物ほどではない。
しっかりと動きを視認し、背中から引き抜いた大剣で受け止めた。
筋力値は相手の方が僅かに高いからか少し押し込まれる。
が、それだけだ。俺の身体と大剣は傷一つついちゃいない。
「ああ? なんで死んでねえんだよ?」
攻撃を受け止められたのが不満なのか、軽薄な男は不快そうに眉をよせた。
「お前が弱いからじゃねえか?」
「小汚ねえおっさんの癖に粋がるんじゃねえよ!」
挑発してやると見事に逆上した男が力を込めて剣を押し込んでくる。
「ぐっ!?」
「ヒャハハハ! そのまま頭を割られて死んじまえ!」
「【毒液】」
俺は相手の嗜虐心をそそるような演技をしながら、大きく口を開けてスキルを発動させた。
体内で生成された毒液が目の前にいる男にかかる。
完全に油断していた相手は躱すことができない。
「ぎゃあああああああああああああッ! 俺の目があああああああああッ!!」
目、鼻、口といった粘膜から侵入する毒の痛みは想像を絶するだろう。
絶叫して大きな隙を晒している間に、俺は思いっきり大剣を横に薙いで男の首を飛ばした。
冒険者らしくない卑怯な戦い方で悪いな。
だが相手は俺よりもレベルが上なんだ。なりふり構っている場合じゃない。
「ザリュース!?」
「あいつよくも……ッ!」
「……落ち着け」
「けどよお!」
「あんななりだがこの階層まで一人で探索にきている高レベルの冒険者だ。甘く見るな」
「あ、ああ。そうだった」
「……悪い。熱くなった」
仲間の一人がやられたことで怒りのままに突っ込んでこようとした二人だが、ファルザスという傷の男に制されて冷静になる。
ちっ、そのまま舐め切ってもらって各個撃破できたら楽だったのにな。
「しかし、さっきのスキルはなんだったんだ?」
「ポイズンフロッグみたいな毒を吐いたぞ?」
「バカを言うな。人間が魔物のスキルを使えるかよ」
正解だ。さっきのポイズンフロッグを喰らったことで獲得したスキルだ。
「ユニークスキルを所持している可能性がある。三人で殺るぞ」
ファルザスの言葉に二人の仲間が真剣な顔をしながら頷いた。
その瞳に侮りや油断といったものはない。完全に敵を仕留めにいく狩人の目だ。
さっきの男は完全に油断していたのであっさりと仕留めることができたが、残りの三人はそうはいかなさそうだ。
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