やっぱり魔物飯
「せっかく懐が温まったことだし、美味しいものを食べるか」
換金を終えた俺は冒険者ギルドを出て、都市の中央に向かうことにした。
外は既に夕方で薄暗く、魔石を原動力にした照明がちらほらと点灯し始めていた。
石で舗装された大通りを真っすぐに進んでいくと、綺麗な外観をしたレストランが立ち並ぶようになる。
道を歩く人たちも品のいい者が多くなり、明らかに富裕層向けだとわかる。
いつもならこんなところに来ることはできないが、ギルドでの換金が思っていた以上の額になったからな。頑張ったご褒美として美味しいものを食べるくらいはいいだろう。
食べることこそ俺の数少ない趣味の一つ。たまには贅沢をしたい。
そう自分に言い聞かせると、レストランの中でも肉料理で有名な『ホーンテッド』という店を見つけた。
「……確かここは食用のために育てた牛の肉を仕入れているんだったよな」
一般的に市場に出回る肉は家畜として使い潰されたものか、とにかく太らせるために大量飼育されたものだ。
しかし、この店が仕入れている牛肉は人間が美味しく感じられるように餌を調整して与え、丁寧に育てていると聞いている。
美味しく食べるためだけに調整して育てられた牛と聞くと少しだけ可哀想に思ったが、それでも味がどのようなものか気になった。
「よし、入ってみるか」
扉をくぐると、スーツを纏った大柄な獅子頭の獣人が出迎えてくれた。
いつもなら大抵席は埋まっているものだが、早い時間とあって空いているようだ。
早めに決めてよかった。
高級感のある店内の雰囲気に圧倒されながら席につくと、店員が水の入ったグラスとメニューを差し出し、いかにこの店で仕入れている牛肉が手間暇をかけているか語ってくれた。
そんなこの店でのおすすめは白牛のステーキ。
迷うことなくそれを注文すると、店員は慇懃に頭を下げると奥に引っ込んでいった。
グラスの水をあおりながら店内を見回すと、明らかに質のいい衣服をまとった商人が歓談しており、老夫婦が上品な仕草でステーキを切り分けて食べている。
大きな叫び声や下ネタや飛んでくることもない。静謐な空間だ。
いつもガヤガヤとした食堂で食べている俺としてはやや落ち着かない空気だが、たまにはこういうのもいいだろう。
ぼんやりと店内を眺めていると、程なくして先ほどの獅子頭の獣人が料理を持ってやってきた。
じゅじゅうと音を立てる鉄板の上には分厚いステーキが鎮座しており、香ばしい肉汁の匂いがしている。
早速ステーキにナイフを入れると、あっさりと肉は切り裂かれ、綺麗な薄ピンクの断面が見えた。
「これは美味しそうだ」
肉汁滴るステーキにフォークを刺して豪快に頬張った。
「…………あれ?」
食べた瞬間に俺は首を傾げた。
……なんか期待していたよりもそんなに美味しくないような?
いやいや、そんなバカな。この店は中央区でも有名で評判も高い店であり、バロナ以外にもたくさん支店がある。そんな人気店のおすすめ料理が美味しくないなんてはずはない。
口の中をリセットするために俺はグラスの水をあおった。
よし、もう一度食べてみよう。
絶妙な火加減で火を通された白牛の肉はとても柔らかく、噛む度にジューシーな肉の旨みが広がる。
だが、それだけだ。
ミノタウロスを食べた時のような荒々しい野生の風味と旨みもなく、黒蛇のように身が引き締まっており旨さが濃縮されているわけでもないし、ソルジャーリザードのような強い脂身があるわけでも
なかった。
シンプルに物足りない。これなら迷宮の中で倒した魔物を自分で調理して食べる方が遥かに充足していると感じてしまう。
奈落や迷宮で食べてきた魔物料理と比べると、目の前の白牛のステーキは酷く色褪せているように感じた。
もしかして、普通の食材よりも魔物の方が食材としての質が良いんじゃないだろうか?
あるいは魔物を食べたことによって、俺の身体が変異して魔物の方が美味しく感じられるようになってしまったのか。
「お客様、料理に何かご不満がありましたでしょうか?」
獅子頭の獣人がおそるおそるといった様子で声をかけてくる。
ステーキを二切れ食べただけで食事の手を止めているのだ。店員が不安に思うのも無理はない。
「いや、少し考え事をしていただけだ」
「そうでしたか。これは失礼いたしました。御用があればなんなりとお申しつけください」
店員が下がると、俺は食事を再開する。
別に美味しくないというわけじゃないが、やっぱり物足りない。
本当は他にもたくさんの料理を注文したかったが、なんとなくそんな気は起きずに、ステーキを平らげると俺は店を出た。
魔物の方が食材として優れているのではないか。
そんな疑問が気になって仕方がなくなった俺は、その事実を確かめるために都市の外にある草原へやってきた。
既に周囲は暗闇が支配しており、夜の草原は真っ暗だ。
しかし、【暗視】スキルを所持している俺からすれば、暗闇であろうと昼間のように視界が見えている。
膝丈ほどの長さのある草むらを踏みしめて草原の中を進みながら【熱源探査】を使用。
【音波感知】は音波が反響する室内では有効だが、このような開けた場所では音波があまり反響せず拾える情報が少ないのでこちらのスキルの選択だ。
周囲を見渡しながら進んでいくと、視界の中で二つの熱源反応を感知。
ホーンラビットだ。レベルも低く、駆け出し冒険者が対峙する魔物の筆頭ともいえるやつだ。
額に生えている角が脅威的だが、直線的な動きのために動きを捉えるのは容易だ。
一直線に突進してくるホーンラビットの横面に裏拳を当てるとゴキリと骨を砕く音が伝わった。
遅れて左側から跳躍してくるホーンラビットには解体用のナイフを首筋に当てて切り裂く。
それだけで二体のホーンラビットは動けなくなった。
元々、ホーンラビットは何度も戦っていただけに苦労することはない。今のレベルがなくてもあっさりと仕留めることができるのでこの結果は当然だった。
上昇したステータス値のせいでホーンラビットを塵にしてしまわないか加減するのに神経を使ったくらいだった。
とにかく、どちらも無事な状態でなによりだ。
ホーンラビットたちの血抜きをすると、額に生えている角をポキリとへし折る。
この角はギルドが一本百レギンで買い取ってくれるために、きちんとマジックバッグへ収納。
次に両方の後脚の足首周囲の皮に切り込みを入れる。
後脚と皮をそれぞれの手で掴み、皮を頭の方に引っ張りながら剥がしていく。
皮をすべて剥がし終えたら、腹に切り込みを入れて大きな骨や内臓を取り除いて綺麗に洗う。
肝臓だけは料理に使えるので、こちらは取っておくことにした。
火魔法で体に残っている小さな毛を焼くと、そのまま塩、胡椒、ハーブを全身に塗り込んでいき、丸ごと串刺しにした。
土台となる石を組み立てると、火魔法で火を起こして串刺しにしたホーンラビット二体を丸焼きにしていく。
周囲を警戒しながら一時間ほどじっくりと火を通すと、しっかりとホーンラビットに火が通った。
綺麗なピンク色の身だったが、火に炙られて今ではすっかりと香ばしい色合いになっている。
「おお、美味そうだ」
ここがお店なら上品に切り分けて食べるところだが、ここは誰もいない夜の平原。
マナーを気にする必要はない。丸焼きになったホーンラビットにそのまま食いついた。
「う、美味え!」
表面はカリカリとしており、中はしっとりと柔らかく、もっちりとしている。
生臭さはまったくなく、サッパリとした味だ。それでいながらしっかりとした旨みが広がり、食べるのを止めることができない。
ウサギの肉は焼き過ぎてしまうと身がパサパサになってしまいがちなのだが、ホーンラビットの肉はまったくそんなことはなく鶏肉のように柔らかい。
ほんのりと血の風味がするが、上品さがあって野生の肉を食べている感じがする。
丸焼きと並行して焼いていた肝臓の肉も、ぷにぷにとした不思議な食感ながらも濃厚な旨みが詰まっていた。
「こっちの肉の方が美味いな」
正直に言って、先ほど店で食べた白牛のステーキより何倍も美味しい。
旨みが段違いだ。
先程店で食べた白牛のステーキは一人前で一万レギンほどが飛んでしまう値段だったが、ホーンラビットの討伐依頼は五体で五百レギンほど。魔石と角を売り払っても千レギンに届くかといった程
度。
それなのにホーンラビットの肉の方が美味しく感じられるとは、魔物の肉の方が食材として上質であるということだな。
それが俺だけなのか確かめるには他の人にも魔物を食べてもらうしかないのだが、気軽に試してもらうわけもいかないので確かめる術はないだろう。
少なくとも俺にとっては普通の料理よりも、魔物を調理して食べた方が美味しい。
それがわかっただけでも大きな収穫だ。
それが人として幸せなのかどうかはわからないが、冒険者として生きていく以上は不便に思うこともないだろう。
俺は特に気にすることもなく二体目のホーンラビットに手を伸ばすのだった。
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