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提灯作り

 実際の作業に入るにあたって、

「私が良いと言うまでは、離れていてね」 

 と、オモウサマから注意された砂那が、静かに壁際で腰をおろす。


 三日月の光を凝り固めたようなオモウサマの瞳の無い目には、空を漂う四つの要素が靄のような形で見えるという。

 そんな目を守るために、オモウサマの部屋は小さく切られた窓と帳で、なるべく暗くしてある。

 通常とは違って見える人の姿が作業の邪魔になるので、尭那以外の出入りを制限しているらしい。



 卓に用意された玻璃の器に清水を注いだ尭那は、水差しをその隣に置くと静かに部屋を出て行った。

 呼吸二つほどの間をおいて、オモウサマは卓の上から取り上げた太い針を左手の甲に刺す。

 清水の中へ、ぽたり、ぽたり……と滴る血液を五滴まで数えたところで、器の横に置かれていた布地で血止めがなされた。 


 砂那の目には見えない何かを空中から摘んだ白い手が、右手の指の一本ずつに数回巻き付けていく。

 そして親指以外の四本の指に巻き終わると、目の高さからお腹の辺りまでを数往復、右手をジクザクに動かしながら上下させた。

「砂那。静かに、こちらへおいで」

 囁き声に呼ばれた砂那が膝行で側に寄ると、オモウサマは右手からパン生地をこそげ取るような仕草をした後、左手の中に握り込んだ物を器の中へと落とした。


 微かな水紋が、器の中に起きて。

 水面が鎮まるのを待って、オモウサマの手が円を描くように器を緩く揺する。

 ゆっくりと十を数えたころ。

 鶉の卵より一回り大きいくらいの透明な黄色の球が、器の中に現れた。

「これが提灯の核になるのだよ」

 厳かなオモウサマの声に、砂那の背が粟立つ。


 街では見ることの能わぬ、提灯の命に触れた気がした。


 

 砂那が次にオモウサマと会ったのは、そろそろ北組の隊商が帰ってくる頃合いのこと。 

 核の作りだめが終わったので、いよいよ提灯への仕上げが始まるのだ。

 井戸からくみ上げた水を桶に何杯も、尭那と協力して作業部屋へと運び込む。今回は、大量の水が必要となるらしい。


 前回と同様に砂那を壁際に座らせてから、オモウサマは作業を始めた。

 皿の上に置かれた白い塊から石刀で薄く削り取った欠片を摘まんで手桶に入れることを三回繰り返したあと。木べらで軽く手桶の中を混ぜると、両手で空を撫ぜ始めた。

 撫ぜては両手を揉み合わせて、手の中のものを手桶に入れる。じっと見つめては木べらで混ぜる。

 そんな動作を何度か繰り返したオモウサマが、砂那を呼んだ。


「ここから形を整えるよ」

 そう言って卓の足元に置いてあった蓋つきの器から黄色の核を取り出したオモウサマは、水に濡れた核を軽く袖で拭うと、

「瞬きをしていると見逃すからね」

 笑いを含んだ声で砂那の注意を引き付けてから、手桶の真ん中にそっと核を置いた。


 確かに、それは一瞬の事で。

 水中で膜が立ち上がる。核を中心に伸び上がってきた膜は、水面に着いたと思うと絞られた巾着のように口が閉まった。


 そして全てが終わった時。

 手桶の中には、灯りのついてない黄色の提灯が一つ、水に揺蕩っていた。


 水と提灯を入れた手桶に蓋をした砂那は、オモウサマの指示に従って階段近くの棚に納める。

 水に浸かっている提灯は灯らないので、旅の支度が整うまで水中で保管するらしい。

 

 こうして作られた提灯が届いて、砂那の故郷では新年を迎える。


➖➖➖➖

【手記より】

▷▷成人の儀式

 隣家のお姉さんが成人の旅に出た夜。尭那さんから故郷へ帰る意思を尋ねられました。

 私が住むようになってから既に隊商は二巡していて、次に砂漠を渡るのは尭那さんの東組なので、帰るにはちょうど良い頃合いです。

 尭那さんは、私が故郷に帰れなくなることを心配しています。住み続けるなら、成人の旅に出なくてはならない日が来るそうです。


 成人の旅は遥かな海の果ての孤島を目指し、そこで他の大陸に住む提灯の民と一緒に儀式を受けてくることです。

 そして成人したお姉さんは、新しいお母さんとなるのです。


 故郷にはもう家族が居ないのだから、私はここで新しい家族を作ってもいいのではないでしょうか。

 このまま尭那さんの娘として暮らしたいと思います。

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