表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/6

オモウサマ

 汲んできた清水を錫の水差しへと移し替えた砂那は、漁に出掛ける澗那を見送ってから、尭那の後について二階へと上がる。 

 街の領主さまの居館に比べて緩やかな階段に、砂那は緊張しながら初めて足を乗せた。



 尭那の部屋は熟した果実のような甘い匂いがどこからか漂い、露台を備えた大きな窓からは心地よい風が入ってきていた。

 その窓に背中を向けて引き戸を開くと、中には短い降り階段があり、尭那が壁に掛けられた燭台に火を灯す。

 揺らめく灯りの中、身体の横で拳を握り締めた砂那の肩を、尭那が軽く叩く。

 大きな掌の感触に深く息を吐いた砂那は、尭那の後について仄暗い階段を降りた。



「オモウサマ、入るよ」

 薄紗で遮られた戸口で尭那が声を掛けると、室内からは衣擦れの音が聞こえて。

「どうぞ、お入り」

 凪いだ泉のような声に促されるまま、砂那は薄紗を潜って部屋へと入った。 

「オモウサマ、この子が砂漠を渡ってきた砂那だよ」

「はじめまして。砂那です」

 名乗りと同時に下げた頭を戻した砂那の目に映ったのは、“白い人”だった。


「うん。尭那から聞いた通りだね。黄色の木との相性がいい」

 そう言ってオモウサマは、腕輪をした砂那の手を取ると、名前が彫られたあたりを指先で撫でた。

 日焼けした自分の手と、オモウサマの白い手が並んでいるのを見比べた砂那は、違和感に内心で首を傾げる。


 この手は……男の人じゃないかしら? ほっそりとしてはいるけど、爪の感じとか手首の張り具合とか……と考えた砂那は、秘められたオモウサマの秘密に触れた気がした。


➖➖➖➖

【手記より】

▷▷オモウサマ

 尭那さんの伴侶だと名乗ったオモウサマは、床に大きな円座を敷いて座っていました。長い髪も着ている衣服も真っ白で、窓辺に掛けられた白い帳越しの淡い陽の光の中で、ほのかに光をまとっているようにも見えます。


 提灯を作るだけでなく、腕輪を作って名前を付けるのも、オモウサマの仕事なのです。

 特に乳離れを迎えた子どもの、最初の腕輪はオモウサマが嵌めます。


「私は“尭那のオモウサマ”だから、名前も腕輪も尭那の娘だけに与えるんだよ」

 お母さんの伴侶として、各家に一人ずつオモウサマが住んでいるそうです。

「砂那には、最初の腕輪を私の手から嵌めてはあげられなかったけど、『砂那』の名前は私が付けたからね。血は繋がっていなくても、尭那と私にとって砂那は、大切な娘だよ。琰那たちと同じくらい……大切な」

 と言ってくれたオモウサマの隣では、尭那さんが微笑んでいます。


 腕輪と名前は、新しい両親(ふたおや)との縁も結んでくれたようです。


▷▷提灯と世の(ことわり)

 オモウサマの話では、世界の全ては大地から生まれて空へと還ります。

 死んだ生き物の命は風に、泉や川の水は雨になります。そして、空に風と水が増えすぎると嵐になるそうです。

 万物を育む火の力が空に溢れると旱魃や争いの元となり、命の素となる土の力もいつかは枯渇するとか。


 オモウサマは空に増えすぎた要素を絡め取って、提灯にしています。土は黄色に、火は赤色に。風の緑色と、水の青色。

 四色の提灯が担っている本来の意味は、街で聞いていたものとは違っていたのです。

 さらにオモウサマは、こう言っていました。

「作るだけではダメだよ。灯されることで、四つの要素は大地に戻るんだ」 

 そうして再び、万物は生まれ出るのです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ