提灯の民
門の向こうに現れた一本道を辿って、濃い闇夜を抜けた先。広大な森と海に抱かれた『提灯の民』の村には、二階建ての木造家屋が軒を連ねる。百軒余りの家々のうち、シャーナは尭那の家で世話になることとなった
提灯の民は、家長である母と未成年の娘で一つの世帯を成し、狩漁・採集と農耕を住人共同でおこなっている。
子どもたちは貝やキノコを集め、身軽な若者は狩りや漁にでる。そして大人たちは農作業……と、それぞれの体格に応じて、分業が行われる。
その合間に一家の主たちと見習いの娘たちは、砂漠を渡り提灯を商う。
経験を重ねた大人は街の言葉も話せるが、村では小鳥が鳴き交わすような言葉が使われている。
琰那のたどたどしい通訳に助けられながら、シャーナの村での生活が始まった。
村の生活に少し慣れてきた頃。
シャーナに、木製の腕輪と『砂那』の名前が与えられた。
砂漠を越えて来たことに由来した名前をもらい、尭那から左手に黄色みを帯びた腕輪をはめてもらった翌日、砂那は不自由なく村人たちと会話ができる自分に気がついた。
「乳離れをする子どもが、名前と腕輪をもらって話し始めるのと一緒だよ」
琰那の説明によると、乳を飲んでいる子どもは母親の付属物と見做され、名前を持たない。
自力で食べることができるようになって初めて、村の一員と認められ、その証として腕輪と名前をもらうという。
「ほら、ここに『尭那の家の砂那』って彫られているじゃない?」
腕輪に施された蔦模様のような飾り文字を、琰那の指先が辿って見せる。赤みを帯びた彼女の腕輪と見比べて、
「琰那のは、『尭那の家の琰那』って書いてあるの?」
と尋ねた砂那に琰那が何度も頷く。
「腕輪の色は魂の色なんだって。そこに名前を彫り込むから言葉と魂が繋がるんだよ」
魂の色とされる腕輪の色は、提灯と同じ四色。
こうして砂那は尭那の娘の一人として、提灯の民と認められた。
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【手記より】
▷▷村の暦
街に新年をもたらす提灯の民ですが、村には暦がなく、一年間という考え方もありません。
商いに必要な数の提灯が出来上がれば隊商は旅立ち、成長に合わせて新たに作られる腕輪の大きさが、年齢のようなものになります。
同じ『尭那の家』の腕輪をしている琰那と私では、大きな腕輪をしている琰那の方が姉です。琰那のすぐ下の妹だった澗那が、私の妹になりました。そして、澗那には二人の妹が居ます。
▷▷隊商の出発
砂漠を渡る隊商は行き先によって、北・東・南の三組に分かれています。これは行き先の国がある方角です。西には大きな海が広がっています。
私を連れて来てくれた東組の次は、北組の順番です。
仕上げ干しをされていた提灯も荷造りされた出発の前夜、旅の無事を祈る祭が行われます。
この日のために砂馬の酪が用意され、広場では腕輪と同じ色のカフタンとパンツで正装した娘たちが輪になって踊ります。
見よう見まねの踊りに疲れて輪を離れると、杯を傾ける各家のお母さん達の姿が二階の露台に見えました。
▷▷提灯作り
一行が旅立つと、次の提灯作りが始まります。いよいよ見学です。
提灯作りには綺麗な水が要るので、澗那と一緒に森の泉に向かいました。
泉への道すがら、家の二階には提灯作りをする『オモウサマ』が住んでいると、澗那が話してくれました。
二階は尭那さんの部屋があるので、他人はもちろん、娘の琰那や澗那ですら、勝手に上ってはいけません。
同じ屋根の下に住んでいても、オモウサマとは赤ちゃんの頃に一度だけしか会ったことがないそうです。