旅の始まり
競作企画『異風調』参加作品です
提灯売りが訪れると、街は年の瀬の空気を纏う。
砂漠の向こう、遥かな異国で生まれた提灯は全部で四色。黄は豊穣、赤は繁栄、緑は平和、そして青は長寿を意味しており、人々は財布と相談しながら選んだ提灯を軒先に吊るす。
領主様の居館で女中をしているシャーナは、提灯売りの一行を中心に広がった年の瀬のバザールを眺めて一人、吐息を漏らした。
かつてはシャーナも、街外れに一人で住む祖母の健康を祈って小さな青い提灯を買っていた。
その祖母が亡くなって二年が経ち、年が明ければ街を出ることになっていた。
ことの起こりは領主様の三男、サクルが提灯職人になりたいと言い出した三年前に遡る。
紙のようで紙ではない。不思議な手触りの材質で覆われている提灯の中で燃えているのは、蝋燭なのか油なのか。
開口部のない完全な球体は、次の年末に提灯売りが訪れる頃まで、朧な灯りで街を彩り続ける。
この提灯を捨てることは不吉とされており、前年のものは提灯売りが回収を行う。
すでに暗くなりかけたものも含めて、全ての提灯は新品と同じように木箱へ納められて故郷へと帰って行く。
そんな不思議な提灯に惹かれる息子の気持ちを汲んだ領主様が、提灯売りの頭領に弟子入りを持ちかけると
「弟子入り……ではないですが、見学に来られる方は稀に」
女性ながら砂焼けした声の頭領が答えた。
「条件が少々厳しいですが」
頭領が上げた条件は、三つ。
砂漠を渡る体力があること、成人していないこと。そして女性であること。
既に佩刀しているサクルには不可能な条件に、一度は流れた話だったが、翌年シャーナの祖母が亡くなると、彼の乳姉弟である彼女が代理で行くこととなった。
この国の女性は、婚姻をもって成人とみなされる。
未成年のシャーナは十七歳。五年前の流行病で両親を亡くしてから、ずっと居館で働いているので体力もある。
祖母との死別で身寄りのない彼女は、雇い主である領主様の命に従って、提灯売りの一行と共に砂漠を渡る旅に挑む
六日間のバザールが終わると、領主様は提灯売りの一行を労う宴を開き、残った提灯の全てを買い上げる。四色の提灯で居館の軒先が縁取られると、年が明けるのだ。
宴の席で提灯売りの頭領へと改めて紹介されたシャーナは、領主様から帳面と筆記具を渡された。
提灯作りだけでなく、旅路のことや暮らしを、サクルへの土産のつもりで詳しく記録してくるように……と。
尭那と名乗った頭領は、二人のやりとりに
「私のように何度も砂漠を渡る者も居れば、一生無理な者も居る。さて、シャーナ殿はどちらになるかな?」
と、測るような眼差しを寄越してきた。
シャーナが向かう地は、女性だけが住むという。
その中でも頑健な者たちが砂漠周辺の三ヵ国へ定期的に渡っては、提灯と各地の産物を売り買いする。
「渡ることができないのなら……二度と帰ってはこれないのでしょうか?」
シャーナの質問は、意味深な微笑みにはぐらかされたまま。
翌日、一行は街を後にした。
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【手記より】
▷▷隊商について
砂漠を目の前にした西の街で、いくつかの提灯売りのグループが合流して隊商が組まれました。尭那さんを先頭に四、五十人が砂漠を渡ります。
馬の蹄では熱い砂漠を越えられないので、荷馬車は砂馬へと付け替えられました。
砂漠を走る荷馬車なんて、幻のように思えますが、隊商の前後に二色ずつ灯された提灯に守られて、砂に車輪を取られることもなく走るのです。
▷▷オアシス
砂漠を渡っていると、オアシスと呼ばれる水場が時々現れます。あたりには植物も生えているので、水や果物を補給します。砂漠を渡る厳しい旅の命綱ともいえる場所なので、ここにも提灯が灯されています。街で回収した提灯の中でも明るい物を選んで水場周りの柱へ、四色それぞれを吊ります。
琰那(尭那さんの娘です)の話では、往路でも同じように灯したそうです。
▷最後のオアシス
城壁に囲まれた水場を持つ遺跡のようなオアシスで、街から持ち帰った全ての提灯を吊ります。
明るいものほど、柱の上の方に。灯の消えてしまった物は足元近くに。
オアシスに宿を張って、三日目の夜。
頭の上まで月が登りつめた頃。尭那さんの合図で、荷物をまとめます。
静かに潜った城壁の門の向こうには、闇の中へと一本の道が真っ直ぐに、伸びてました。