婚約破棄を告げるなら
伯爵令息であるギルバートは昔から婚約者であるレティシアが好きではなかった。
顔合わせの時から自分には厳しいだけの両親がレティシアとレティシアの両親の機嫌を取るかのような言動をすることも、それを当然のように受け取り既に貴族の令嬢としての立ち振舞いを身に付け表情に乏しいことも。
幼い頃からこんな風では大人になっても変わらず自分達はレティシアとその実家のご機嫌伺いに奔走し、能面のような彼女と一生を過ごすのだろうと思っていた。
政略結婚。相手の家が格上。それなら仕方がないだろうと頭では理解していたが、ギルバートはこの婚約のなにもかもが気に食わなかった。
時は流れてギルバートとレティシアは貴族が通う学園に入学した。
相変わらずな日々を過ごしていたギルバートとレティシアだったが、ある日を境にギルバートがレティシアの元を訪れることは無くなりつつあった。
「これが報告書にあったギルバート様がご執心の女生徒の姿絵?なるほど、確かにわたくしとは容貌も随分と異なりますわね」
ギルバートの変化をすぐに察したレティシアはギルバートに偵察を送り不貞の証拠を集めていた。
「なんとまぁ、娼婦の方のほうがまだましではありませんこと?」
報告書によるとギルバートの相手である子爵令嬢ユリアンナは、ギルバート以外にも複数の異性を相手に逢瀬を重ねていた。たくさんの貢ぎ物と共に。
二人の婚約に不満を持っていたのはギルバートだけではない。
レティシアも自分を大切にしないギルバートに不満を持っていた。
しかし政略結婚とは相手と想い合えずとも仕方がなく、そういうものだと割り切っていた。婚姻して跡継ぎを産んだあとに恋愛すればいいのだとも思っていた。
そう、割り切っていたのだが相手の方が先に婚姻前から不貞を働くとなると腹が立つ。
しかも婿入りの分際で。
報告書を机に放り投げると、父に報告するとともにどうやって効果的にこの婚約を白紙にするか考える。
「婿入り前から種を蒔く可能性のある婿なら、なおのこと要らないわ」
レティシアはギルバートが気に入らないと喚く顔を更に無にしてこれからの絵図を思い描く。
しかし、その絵図も実行する前に崩された。
「レティシア様、君との婚約を破棄させてもらいたい」
昼食時、学園の食堂にてギルバートから婚約破棄を突き付けられたのである。
さすがに短慮過ぎるのでは?とレティシアは思いながらも決められていた定型文を口にする。
「ギルバート様。婚約は家と家との契約。わたくしの一存では決められませんわ。おじさまと父にお申し付けくださいませ。
しかもこんな衆目があるところで…せめてどちらかの自宅で話し合いが出来ませんこと?」
ギルバートの耐えかねての一言すらばっさりといつもの能面顔で返されてしまう。
ギルバートはこれだから嫌なんだと内心で悪態をつきながらも延々とレティシアのこれが悪い、あれが悪いと些細な出来事を持ち出してはレティシアを悪と決めつけている。
「ですから、契約は家での取り決めですわ。わたくしに仰られても困りますし、先程からの侮辱は正式にご実家に抗議させていただきます。婚約破棄とやらは穏便に進めるようこちらからも父にも申し上げますわ」
少し不愉快気に扇子で口許を隠し告げるレティシアの前にギルバートを庇うように少女が現れた。
「待ってください!もっとギル様のお話をきちんと聞いてあげてください!」
ギルバートの浮気相手のユリアンナである。
「聞く、というのは先程からの聞くに耐えない侮辱のことですの?それならもう結構ですわ」
「侮辱だなんてそんな!ギル様はレティシア様から受けた仕打ちを恥を忍んで告発しているのに!」
「恥じ入る言動を忠告させていただいただけですわ」
「君の!そういう態度が昔から気に入らなかったんだ!!」
激昂するギルバートを余所にユリアンナはレティシアに抗議をし、レティシアはギルバートに淡々と婚約について説明をし、会話の通じない三角関係は呼ばれて来た教師陣が来るまで続けられた。
こうして先日からのレティシアの報告もありレティシアの実家とギルバートの婚約は白紙撤回された。
予定されていたり、既に進められていたいくつかの事業についてはこれから話を詰めることにはなったが、ギルバートはユリアンナと手を取り合って喜んだ。
しかし、ユリアンナの家では既に兄が家督を継いでいる。
ギルバートの婿入り先はない。
しかも婚約を白紙にさせられたことで激怒した父に貴族籍を抜くとまで言われた。
庶民になるしかギルバートとユリアンナには道がなかった。
二人はギルバートの実家から僅かに渡された金銭を元に生きていくことになった。
「ですから、婚約破棄をするなら穏便にとお伝えしましたのに」
そうすれば、もう少しは長年のないなりの恩情というものも与えて差し上げましたのに。
新しい婚約者とのオペラの帰り道、馬車の中から庶民として右往左往し、喧嘩ばかりで過ごしているという報告書を先日読んだばかりの二人を見掛けて、ため息を吐くレティシアであった。




