第一話 まぁやんと龍弥
1990年7月
「ぐわっ!」
一人の中学生が、吹っ飛んで金網に叩きつけられた。
その先には、両手をポケットに入れたままの同年代の男の子がいた。
「テメェ!覚悟しろよ!」
ポケットに手を入れたままの一人の中学生を4~5人で取り囲んでいた。
「イキってないでかかってこいよ!」
2人同時に向かってきた相手を、ポケットに手を入れたまま回し蹴りで倒した。
そして相手のリーダーっぽいやつのお腹に蹴りを入れたまま金網に押さえつけた。
「ぐふっ…うぐぐ…」
リーダーっぽい男は苦悶の表情で苦しんでいる。
「おい…二度とウチの生徒にカツアゲなんかするなよ…次はこんなんじゃすまねえからな!」
相手は蜘蛛の子を散らす様に逃げて行った。
「もう大丈夫だ!」
建物の影から一組の中学生カップルが出て来た。
「まぁやん、ありがとう!」
カップルの男の子がお礼を言った。
「また何かあったら言えよ!」
そう言ってまぁやんと呼ばれた男の子はその場を去っていった。
彼の名は雅志といった。この辺りの中学校では知らない人はいない、中学2年生だ。
みんなは彼を愛称の「まぁやん」と呼んでいる。
彼は幼少期に祖父からテコンドーを教えられてきた。
自分の通う中学校の生徒が他校の生徒にカツアゲされた時、必ず助けてくれる、人情に厚い人物だ。
翌日の昼休み、校舎の裏手の用具入れ。
「まぁやん、昨日も大活躍だったみてぇだな!」
まぁやんが通う中学校の番長である。
「いや…活躍とかじゃねぇっすよ…」
番長がタバコを吹かしながら、まぁやんの肩にパンチをして
「俺が卒業したら、お前がここの頭張れよ!俺の跡を継いでな!」
まぁやんはパンチされた肩をさすりながら
「いや…自分にはそんな器ないっすよ」
「何言ってやがる!お前しかいねんだよ!頼んだからな!」
番長とその取り巻き達は去って行った。
「まぁやん、受けろよ今の話。めちゃ最高じゃんか!」
まぁやんの同級生の勝大がまぁやんのタバコに火をつけながら言った。
「ふぅ~…番長なんて…めんどくさくね?正直…」
勝大も自分のタバコに火をつけて
「だって、俺らの時代じゃん!俺ら、ついていくからさ!やろうぜ!まぁやん!」
他の数人も盛り上がっている。
「わーたから!はぁっ…めんどくさ…」
すると遠くから
「コラー!誰だ!タバコ吸ってるやつ!」
生活指導の近藤先生である!
「やべえ~近藤だ!逃げんぞ!」
まぁやんは校舎の柵を飛び越えて逃げた。
まぁやんの家庭は少し特別であった。
小学校4年生の時に、両親が交通事故で亡くなった。
その車にもまぁやんは同情していたが、咄嗟に母親が覆いかぶさるように庇ってくれて、奇跡的に軽傷で済んだ。
その後、引き取り手がいなかったまぁやんは、母方の祖父母に引き取られ、育ててもらった。
しかし、祖父母も小学校6年生の時に祖母が、中学1年の時に祖父が立て続けに亡くなり、まぁやんは児童養護施設「興正学園」に引き取られた。
昔から正義感が強く、いじめっ子相手に喧嘩ばかりしていた。
そのためか、彼を慕うものも少なくなかった。
この学園はとても温かい雰囲気で、働いているスタッフも優しく、時には厳しく育ててくれていた。
「ただいまー」
「こら!まぁやん!まーた喧嘩したんだって!」
学園の女性学長のみさき先生が仁王立ちしていた!
「ギクっ!いや…違うんだよ…みさき先生。聞いてよ…」
するとみさき先生はまぁやんの肩に手を置き、
「ほら、ここほつれてんじゃないか!後で持ってきな!縫ってあげるから!」
「うっす!」
まぁやんは軽く返事をした。
「そうそう、まぁやん!今日ね、新しい子が来るよ!あんたとおんなじ中学2年生だ!」
みさき先生が去り際にまぁやんに言った。
「タメか…どんなやつだ?」
そう言いながら、まぁやんは自分の部屋に入っていった。
夕飯の時間が近づいた頃である!
(コンコン)
まぁやんの部屋のドアをノックする音が。
「ん?なに?」
若い女性スタッフの紗奈さんであった。
「まぁやん、ちょっといい?」
「紗奈さんにそう言われると…ドキってするな!」
そういうと紗奈さんはまぁやんの背中を叩いて
「んもう!すけべ!」
「ははは!うそうそ!なぁに?」
「学長が呼んでるよ!」
「ゲッ!マジかよ…」
紗奈さんがまぁやんの耳元に寄ってきて
「また…悪い事したんでしょ?」
紗奈さんの髪の毛のいい香りを感じた。少しドキッとした。
「してないし…」
「ふふっ!早く行くんだよ!」
「オッケー」
まぁやんは紗奈さんに憧れていた。というよりも恋に近い感情が芽生えていた。
紗奈さんは大学生。紗奈さんからみたら、まぁやんはまだまだ子供であった。
まぁやんが学長室へ訪れた。
(コンコン)
「どうぞ!」
まぁやんがドアを開けると、そこにはよく見る役場の小澤さん、もう1人、ボロボロ服を着た少年がいた。
「お!まぁやん。久しぶり!」
「小澤さん!ちぃっす!」
すると学長がボロボロの少年の肩をぽんっと叩いて
「まぁやん、紹介する。今日から入園する吉川龍弥くん。
龍弥くん、この子がさっき話したまぁやん!同い年だよ!」
すると龍弥はまぁやんを見るなり、目をまん丸くして、歩み寄った。
「なんだよ…」
まぁやんが怪訝な表情を浮かべた。
そして龍弥が
「覚えてる?俺の事!1年前、あそこの公園で!」
「ん?1年前…公園?」
まぁやんが思い出そうと考えている。
すると龍弥が
「ほら、パン。くれたでしょ?あとかっぱらったお惣菜も!」
「わ!ばか!」
まぁやんが慌てる。
「んー…かっぱらったお惣菜…?聞き捨てならないわね」
「ちょーっとストップ!みさき先生!後でお説教は聞くから!まずはこいつを思い出さないと」
まぁやんは少し悩んで
「あ!あの雨の日か?」
龍弥はコクコクと頷いた。
「そうそう!あの時!」
「あの時のホームレスか!」
まぁやんは思い出した。
今からちょうど1年前の夏のある日
まぁやんが学園に来て間もない頃、学校帰りに突然豪雨となった。
「うわーなんだよ!」
まぁやんは慌てて公園の遊具の中に避難した。
「びしょびしょだよ…マジか…」
しばらく雨宿りしていると、遠くからこちらに向かって走ってくる足音が聞こえた。
次の瞬間、黒い物体が遊具の中に入ってきた。
「うわ!びっくりした!」
それが当時ホームレス化していた龍弥くんであった。
まぁやんはホームレスの龍弥くんに
「くっせ!お前風呂入ってないのか?」
龍弥は黙ったままだった。
すると龍弥のお腹の音が大きくなった。
「お前、飯食ってるのか?」
その問いにも、俯いたまま龍弥は答えなかった。
雨が上がって晴れ間が見えた。
「おい、お前!ちょっとココで待ってろ!」
そう言ってまぁやんは外へ出た。
10分後、まぁやんはビニール袋をぶら下げて戻ってきた。
「ほら!食えよ!」
龍弥に渡した。中身はパン2つとお惣菜のコロッケが5つ入っていた。
「あ、ありがとう…」
初めて龍弥くんが喋った。
「なんだよ!口きけるんかよ!まぁ、コロッケはパクったもんだけどな!」
笑いながら2人でしばらく話した。
「お前、1人か…」
「うん…お母さん、帰ってこない」
いわゆる育児放棄であった。
「俺も、家族みんな死んじまって、今は興生学園ってとこにいるんだ。よかったらお前も来いよ!」
「でも…もしかしたらお母さん、帰ってくるかもしれないし…」
「そっか!でも無理すんなよ。じゃあな!」
まぁやんはそのまま帰って行った。
「あの時…やっぱり来たか!」
ニコニコしながら役場の小澤さんが言った。
「龍弥くん、良かったね!早速友達できたね~」
「よし!まぁやん、龍弥くんと一緒にお風呂入っといで」
学長がニコニコして言った。
「えーめんどくさいー」
まぁやんが断ろうとすると、学長がニコニコしながら
「あの時、万引きしていたとはねー!どうお仕置きしてやろうかぁ~」
「やべ!龍弥くん、こっちだついてこい!」
2人でお風呂に逃げ込んだ。
お風呂から上がると、学長が
「龍弥くん、髪の毛切ってあげる」
学長は元美容師なので、児童の髪をよく手入れしてくれる。
龍弥の綺麗にカットされていく。
その間、まぁやんは食堂で夕食を食べていた。
そこに役場の小澤さんが来た。
「おー美味そう!今日はカレーか!」
「うん、小澤さんも食っていけよ!」
小澤さんはお水を飲みながら
「俺んちは帰ったらカミさんのご飯あるんだ」
まぁやんはカレーを頬張りながら
「ふーん」っと返事した。
小澤さんがまぁやんに話しをはじめた。
「あの子、龍弥くん?育児放棄の子供なんだ。お母さんが出て行ったのに、帰りをずっと待ってて、家を大家さんから追い出されてからは、ずっとホームレスみたいな生活をしていたんだ…可哀想になぁ…」
まぁやんはカレーを食べ終わって、お水を飲みながら
「俺と会った時もひどかったしな…なんでそんな風になるんかね…」
「こればかりはわからないよ…ただ、あの子には何の罪も無い…それだけは言えるよ」
「……」
「なぁ、まぁやん。あの子の友達になってやってくれないか?あの子には今、支えてくれる人が必要なんだ」
小澤さんからそう言われると、まぁやんは
「当たり前じゃん!いいよ!同じ中学になるだろうし」
それを聞いた小澤さんは
「いやーこれで一安心だ。頼むな!まぁやん」
と嬉しそうだった。
そこにお風呂に入り、髪も切った龍弥くんとみさき先生が食堂に来た。
「おお!龍弥くん!さっぱりしたなー」
小澤さんが龍弥の頭を撫でた。
するとまぁやんが
「龍弥、カレー食うだろ?」
龍弥はコクっと頷いた。
まぁやんは大盛りのカレーをよそおい、龍弥の前に差し出した。
すると龍弥はボロボロと涙を流した。
「お、おい…どうした?どっか痛いか?」
まぁやんが心配になった。
すると龍弥が
「こんなの…食べれるの…久しぶりだから…」
龍弥は涙が止まらなかった。
まぁやんは龍弥の頭を撫でながら
「お前はもう、俺らの家族なんだ!家族に遠慮はいらないからな!」
「家族…いい響きだな…」
龍弥が嬉しそうに答えた。
その光景を見ていたみさき先生も、涙が止まらなかった。
(ほんと、まぁやんに任せてよかった…)
っと思った。
その日から、まぁやんと龍弥は唯一無二の親友となった。