09 念願の日のセンテイカイ
自主学習に等しい魔法の再会得活動を終えた初日、ライゼ本人が沈む様な勢いで床に就いたのは言うまでも無いだろう。城塞区域に来てから『魔法』そのものを使った事はゼロに等しく、多方面から視ても『ブランク』状態だった事が、更に身体の負荷を大きくさせた要因だろう。
おまけに今まで使っていた魔法の概念すらも違うのだから、そうならない方が不思議だ。
とはいえそんな睡眠をとったが故か、はたまた彼の素質によるモノなのか、次の日も元気いっぱいで彼が魔法の再会得する事を意気込んでいた。世話になって居る宿舎の女将から話を振られた事もあってか、彼自身も『諦めるつもりがない』と言う志だけは一切曲げる事は無く、ほんの少しであったとしても実績と感じる結果が欲しかった様だ。
来る日も来る日も同じ場所へと赴き魔法の修行をし、そして近隣へ赴き食事を口にし適度な休息を取る。日々の行いそのものは対した変化は無かったが、それでも確実に彼はその手に自らの新たな魔法を思い描く事を忘れようとはしなかった。
「……うっしっ、出来た……!!! 俺の魔法で創った水晶体!!」
最初はほんの少しの物質変化を及ぼす、ただの素粒子を生み出す魔法に過ぎなかった。だがそれも粒子を多く創り出せばそれ相応の変化を生み出す事に繋がり、気付けば疑似変化も『模倣』に及ぶほどの力に繋がって行った。
模倣が出来さえすれば、次に生み出すのは『現象』だ。物体を外見で変化させる事が出来たとしても、内面と仕組を換えなければそれに成りはせず、仮に外部の物質を模倣し組み込む事が出来なければ自らが望む魔法にすら変わらない。
創作した物質を生み出す魔力が現状無いのならば、ベースと成るモノを混ぜる事を意識しなければいけない。
「………半身、残っちまった……… どうすっかな、コレ………」
だがそれも簡単に行くくらいなら、彼は決して苦労と苦行を感じる事は無かっただろう。生垣から拝借した葉を模倣した物質に混ぜようと試みるも、結果は中途半端であり自身の力不足を痛感する事と成ってしまった。
しかし彼はそれでも落胆せずに顔を上げた後、魔力不足ならば今の身で得られる容量を増そうと、久々に身で『風』を感じる事を選んだ。
それすなわち、上着を脱ぎ棄て半裸で風を感じる事だった。
「……もうちょっと、身体も鍛えておけば良かったかな。まあいいや、そんなのは後々っ!」
とはいえ、どんな行いをしたとしても反省点は必ず存在するのだろう。そこまで立派ではないと感じた己の肉体に軽く落ち込みながらも、ライゼは顔を左右に振りその場で座禅を組み瞑想をしだすのだった。周囲の空気に触れ五感以上に感覚を研ぎ澄ますのであれば、確かにこの方法は一番と言えよう。
毎日練習すればその結果に繫がる、それだけを信じて彼は一生懸命に行っていた。
そんなこんなで彼が新たな兆しを視つけ、ただひたすらに魔法の会得を目指して……約三ヵ月が経った頃。ライゼは予定していた『選定会』の場に、赴く日を迎えるのだった。
「WMS主催の『選定会』へ参加を希望の方は、コチラで手続きをお願いしまーす。」
『……いよいよ、だな。』
選定会当日の朝、彼は気合いを入れて身支度と食事をしたのは言うまでも無いだろう。前日の緊張感で聊か安眠とは程遠い睡眠をとる事と成ったが、それでも身体はしっかり休まった様子で現地へと赴いていた。
会場には既にライゼと同じ名目、もしくは同じ志を持ってやって来た獣人達が集まっており、開始時間前であったが既に大人数の存在達で溢れかえっていた。種族は勿論バラバラで装いを始めとした関連性が一切見込めなかったが、単独で来た者も居れば仲間内や家族でやって来た者達もおり、やはり規模の大きい企画なのだとライゼは改めて思うのだった。
とはいえ緊張感が更に増す事は変わりないのだろう、彼は内心落ち着かない様子で会場入りし手続きをしだした。自らの名前を記入する右手が震えていたが、そこはあえて置いておこう。
『大丈夫……大丈夫………あれだけ練習したんだ。まだ完璧とは言い切れないけど……それでもちゃんと形には成った。絶対に披露出来る………』
「……おっ。おーい、君。」
「?」
そんな緊張感と共にその場を離れた時、ライゼの元に遠くから自身を呼んでいるであろう声が聞こえて来た。ふと我に返りながら声の主を探すと、そこには一度見かけた事のある鯱魚人の姿があり、軽く手を振りながら自らの元へとやってくるのだった。
「よお、久しぶり。」
「あっ。貴方は前に……ココの事を教えてくれた……ゼット…さん?」
「覚えてくれてたみたいだな。……そういや、拙者の名をちゃんと教えてなかったか。『ミュゼット・サブマージ』だ、無事に此処までこれたみたいだな。」
「はい。……自信は無いですが、精一杯頑張ります。」
「期待してるぞ。」
やって来たのはフィドルと同じく門番として行動していた『ミュゼット』であり、その日も区域内警備の為に会場入りしていた様だ。偶然にも似た境遇主との再開が出来た事が嬉しかったのだろう、相手は笑顔と共に犬歯をチラリと見せており、ライゼもまた少しだけ笑みを浮かべながら返事をしだした。
お互いに立場は全然違ったが、それでも自身を受け入れこの場に来る事を望んでくれている相手が居る。最初は高過ぎる壁故に突っぱねた者も居たが、今では応援してくれる仲間と成った。偶然であるも必然に近い出会いを果たした者も居たが、自らの行末を指し示すかの様に道を示してくれた。
例え身内の居ない孤独と感じたこの場においても、ちゃんとこの場に立つ事が許されている。
ライゼはそれを胸に集合場所へと向かい、他の同志達と共に代表者の前で順番に魔法を披露するのだった。
「次の者!」
「は、はぃいっ!!」
しかし緊張感故なのだろう、声が微妙に震えていたのは言うまでもなかった。心無しか幻聴の様にクスクスと笑う声も聞こえたが、そんなものは今の彼の耳には届かない。
「自己の宣言と、魔法の実演を。」
「はい。『ライゼ・護授スクアーツ』! 魔法は……『複製』と『薬学』の魔法です!! ………スゥー……フゥ…… ……いきます!!」
「『ファルフラーン・ザンショコラティエ』!」
その場で何度も両手で指パッチンをし、彼はその場に八角水晶体を六個生成しだした。生成された水晶はそのまま重力に従って地面へと突き刺さり、各々で光を浴び様々な輝きを見せていた。
「『アファーツ・ハーカーオランジェット』!」
そして彼は両手を交差しながら、指の間に計六個分の彩り豊かな草花を創り出す。それを手際良く水晶体に一輪ずつ溶かして装填し、両手で全て抱えた後に二カッと笑った後、空中へ放り投げた時だった。
「『ファルフラーン・ザンデギュスタシオン』!!」
パリンパリンパリンパリンパリンパリンッ!!
彼の声に反応して魔法は発動され、宙へと舞った水晶は自らの意志でその場で弾け飛んだのだ。弾け飛んだ拍子に中へ溶け込んだ草花は花弁を散らす様にその場で咲き乱れ、そして周囲の風に乗って幾多の方向へと向かって行く。
可憐な様で輝きもあり、そして躍動感と共に可能性に溢れた彼の魔法こそ、生涯使う事と成る彼の『魔法』と成るのだった。
無事に魔法の披露を終えたと同時に周囲から歓声が沸き上がる中、彼は再び息を整え自らの演目を終えた事を告げた。その時だった。
パチ、パチ、パチ……
「見事じゃ。」
「……?」
周囲の歓声と刻む拍手とは少々ズレた声色と共に、彼の元にゆっくりと歩み寄る存在がそこに立っていたのだ。年期を感じさせるゆったりとした拍手と共に歩いて来た存在、それは以前彼も出会った事のある存在の姿だった。
「あっ、貴方は……ベネディスさん!」
「控えよ! 衛生隊の長『マウルティア司教様』だぞ!」
「マウルティア司教 殿……!? ハッ……! と、とんだ御無礼を!!」
「よいよい、まだ仕えておらぬのじゃ。身元を知らぬのがその証拠じゃよ。」
やって来たのは現代の『マウルティア司教』であり、そして彼の恩師ともいうべき存在である『ベネディス』だ。以前とは似て異なる白い装束に身を包んだ相手の偉大さに恐れをなしたのか、慌ててライゼがその場に膝を折り頭を垂れたのは言うまでも無いだろう。
とはいえそんな無礼すらも無礼講にする辺り、相手の器量の大きさが伺えた。
「お主の会得した魔法、しかと見せてもらった。とても良い可能性を秘めておる。」
「………」
「実に興味深い故、儂はお主を衛生隊へと迎えたい。皆様方はどうお考えかえ。」
「マウルティア司教様がそうしたいというのなら、おれっちは何も言う事はないさ。」
「あきちもだすよ。可能性を見出したとなれば、衛生隊向きって事だすからな。」
「同感ね、アタイもよ。」
「どうお考えか、ティーガー教皇様。」
「私から意見する事は何もない。マウルティア司教、彼を導いてあげなさい。」
「有難き御言葉。」
気付けば相手の背後の席についていた各部署の代表人達の声まで聞こえており、ライゼからしても驚きの連続だっただろう。
自身が望んだ場所へのチャンスは愚か、恰もその場には賛同するかのようにお偉い方々が、その場で首を縦に振る意見を告げてくれている。自らを否定する存在はその場に居ない、自身にも可能性がある事を教えてくれるように、目の前に立つラマ獣人は右手を差し出してくれていた。
「改めて名を聞こう。若き鷹鳥人よ。」
「『ライゼ・護授スクアーツ』です、マウルティア司教様。」
「『殿』でよいわい。その方が、お主らしい。」
「……はい!」
こうして彼は自らの魔法を再び手にすると同時に、以後活動する事を望んだ場所を同時に手にするのだった。
本編の内容調整のために更新してましたこちらの物語は、本日で『第一章』が完結しました。以後の更新日は『未定』となりますが、更新再開が決定した際には『活動報告』にてご案内いたします。
どうぞお楽しみにっ