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鏡映した覚真の羽~アライヴ・ウィング~  作者: 四神夏菊
一幕目『Apfel(アプフル)』
7/9

07 誤解の兎とニンジンキッシュ

彼が意気込んだ気持ちとは反し、世間と常識は無情な程に彼に襲い掛かるというのは、何処にでもあるのだろう。翼が無いが故に蔑視を向けて来る他の鳥人族達に加え、興味本位で彼に突っかかって来る他種族の若人達もゼロではない。

前者に至ってはライゼ本人も理解していたが故に『そういう眼を向けられても仕方のない事』と割り切っていたが、後者に至っては説明そのものをイチからする事自体、彼にとって苦痛だったようだ。


何故「改めて自身が劣等種だ」と理解させられる話を、自らの口からしなくてはならないのか。悪意が有りにしろ無いにしろ、彼からすれば同一視出来るくらいに辛かった。


中には事故そのものを「笑い話にしてやろう」と言わんばかりに、目の前で笑いだす存在も等しく表れていた。しかしその表情に至っては彼の心を傷つけるばかりであり、眼を瞑り握り拳を必死に抑える事で精一杯の彼からすれば、一切の励みに成りはしない。

気を使ってそれ以降『彼との関り』を断つ者も現れる程であり、気付けば彼は図書館で独りぼっちになってしまっていたのだった。



修学は中々実を結ばず、世間体による支えも殆ど無く、身内とのやり取りも『心配させたくない』と考え、手を付けようとしなかったライゼ。自暴自棄になり『いっそ人生など投げ出してしまおうか』とも、考えた瞬間もあった程だ。


だがそんな時こその救済の場として、彼が選んだのがあの教会だった。



『……何か、ココへ来る事そのものが甘えな気もするけど…… コレだけしか、今は頼る場がねえんだもんな………情けないや、本当に。』


不定期ではあるがちょくちょく訪れる様になった教会で、彼は祈りを捧げ終え外へと移動しながら、外観を見直す様に視線を上げだした。陽は少しだけ傾きをみせる昼下がり、白い外壁の教会はいつも通りの井出達で彼を見送っており、その頂点に君臨する十字架もまたいつも通りの煌めきを宿している。

いつ来ても『誰かが手入れをしている』様には視えないその場は、何時だって自身の様な存在を迎え入れてくれている。


不思議と安心感を感じられる場所の様だと、彼は考えていた。


『でも、連中が云々言って来るであろう【調べ物の時間】は昨日でカタが付いた。後は何処か人目に付かない場所で、魔法の練習をするだけだ。……頑張ろう。』


だがそんな時間すらも踏み台に変えたいと思う意思が残っている事、それこそが彼にとっての強みなのかもしれない。調べ物をしながら作成した情報の組織片である『水晶』を見つめ直した後、彼はその場を歩き出し区域内での「手頃な場所」を探しだした。



書籍による知識をあらかた構築し終えた今、彼に待ち受けているのは『その知識を手中に収める事』だ。今までとは似て異なる理論と思想によって導き出された彼だけの魔法、教えてくれた師の通りに名を称するならば『複製の魔法』と『薬学の魔法』と以後は語るだろう。


考えだけでは収まらない、現実と化した現象に変えてみせる事こそが、今の彼にとっての課された試練と言っても良い。通過点に過ぎないであろう『WMSという組織に入隊する事』を現実のものとするべく、彼は修業の場として良い場所を検討しだした。




「……しっかし、広いっちゃあ広いよなぁ…… 人工物に至ってはいろいろ調達出来るだろうけど、修行の場ってなるとなあ………」


そんな彼が一度向かった場所、それは先日まで通っていた『ガブリエル大図書館』の前に位置する遊歩道。そこには地区内の決まった場に設置された『地図』が張り出されており、現状空から位置把握する事の出来ない彼にとって、唯一無二の情報収集手段がそこにはあったのだ。

通い慣れていたが故の知識ではあるが、日数も浅く土地勘の無い彼からすれば頼もしい存在であった。


『出来れば【自然】に近い、高所に近い所の方が良いんだよなぁ……… 翼は無くても身で感じられるなら、最悪地区の外の山頂まで昇るのも視野に入れといた方が良いかな。』


目的地に求めるべき要件と立地を照らし合わせていた、まさにそんな時だった。



「……? ぉーい、少年っ」

「?」


看板と睨めっこしていたライゼに対し、珍しく外部から声をかけて来る相手が現れたのだ。声を耳にしたライゼは振り返り声の主を探すと、そこには装束に身を包んだ雄の兎獣人の姿があったのだ。

親しみを込めた様子で手を振っており、その顔には彼にも見覚えがあった。


「………あっ、貴方はあの時の。」

「よう少年。こんな所で何してるんだ? ゼットから『選定会』のチラシ貰ってたはずだけど、何か探し物か。」

「ぁ、はい。コレから魔法の実践練習をしようと思ったんですが……良い場所が、ちょっと見つからなくて。」

「場所?」


その場にやって来た相手、それは彼が城塞区域に初めてやって来た際、WMSの門番として応対してくれた兎獣人だった。図書館に篭りきりに等しく外を出歩いていなかった為だろう、彼が区域内で生活する顔見知りの獣人達と話すのは、コレが初めてと言って良い。


志願そのものをあまり良く思って居なかったとはいえ、気さくに話しかけて来てくれた事が嬉しかったのだろう。ライゼはすんなり目的を口にしており、首を傾げる相手に対し意図を話すのだった。


「へぇー、有翼族は『風の民』って言う話は知ってたつもりだけど……種族的なモノだったんだな。こうは言ったら難だけど、今だとそうじゃないのかと思ってた。」

「………無理も、無いです。図書館で勉強してる時も、よく茶々を入れられてましたので……」

「やっぱりか。ゼットも向こうでそういう時期があったって聞いてたから、やっぱり枠組みから外れやすい『獣人族以外』は、特にそうなのかのな…… 俺じゃ感覚的な同情しか出来なくて、御免。」

「ぁ、いいえ。謝ってもらう程じゃ……無いです。事故は事故なので。」

「そっか。……よっしゃっ、なら今二つばっかし罪滅ぼしをさせてくれ!」

「罪滅ぼし?」


彼からの話を聞かされ同情したくなったのだろう、相手はそう言いながら胸を張り彼に道中を同行する様言って来た。不意な発言に驚くライゼはあったものの、相手のペースに飲まれる様に背中を押されてしまい、強引に道中を共にする事となるのだった。


しかし自身の背中を押す相手の力は言う程強くはなく、あくまで道案内の意図が強い押し方に等しかった。おまけに翼の件を聞いて配慮してくれるのだろう、添える相手の掌は彼の肩甲骨近辺に一切当たらない広背筋近辺に添えており、その辺りに気遣いを感じられる程だ。

体格差も相まってか『力量では敵わない』と思ったのだろう、早々にライゼは反抗する気を失せ、代わりに『何処に行くのだろう』と思うのだった。



そんな彼等が向かった先、それは図書館からそう遠くは無い人気の集う露店街。時刻も相まって昼食の買い出しをする獣人達の姿が多く見受けられる中、ライゼは先導を切る相手の背中を追う様に道中を進んでいた。

とはいえ相手の目的地もそう遠くは無く、即座にその店に到着するのだった。


「まず、一つ目はコレ。」

「……人参の『キッシュ』……?」

「そっ、今日の俺の昼飯~ 兎獣人だからって言えばそれまでだけど、コレめっちゃ美味いんだよ。週に5,6回は食いたくなるんだ。」

「……ほぼ……毎日ですね。」

「うん、良く言われる。キッシュ、三つ下さい。」

「あいよっ」


彼等がやって来たのは黒い兎獣人が店番をする露店であり、ガラス張りのショーケースに収められた『キッシュ』が目的だった様だ。馴れた様子でやり取りをする相手の様子をしばし見た後、彼の元にお目当ての商品がやって来るのだった。


手元にやって来た商品は白い紙包みに小分けで包装されており、職場に持ち込んでも街頭で食べても支障が無い状態と成っていた。大きさは彼のよりも大きく食べ応えの有りそうなサイズであるが、連れて来てくれた兎獣人にはモノ足りないサイズなのだろう。

他にも別の露店を幾つか回った後、彼等は近くのベンチへと座り昼食を共にするのだった。


ちなみに余談を挟むと、今回の昼食は『驕り』であり『金銭を払う』と言ったライゼの意見は速攻で突っぱねられてしまうのだった。食事選択の余地すらも無かったが、食べられない食文化ではないのが唯一の救いと言えよう。

彼が苦手なのは『ドライフルーツ全般』である。


「………」

「どう?」

「……美味しいです。卵の味もそうですけど、肉の味もしっかりしてて、人参よりも主張しすぎて無い所も……ちょっと驚きました。」

「だろだろだろ!?!? やーっぱ解る奴は解るんだよ!! 見直した!! マジ最初突っぱねて御免!!」

「い、いいえっ……恐縮っす。」


とはいえ昼食の間でも絡んでくる辺り、根は元々優しい性格なのだろう。兎獣人は先程からコロコロと表情を変えながら話しかけてきており、ライゼもまたペースに飲まれながらも返答をするのだった。


親し気に話した際の返答もそうだが、他種族とはいえ自らが好みの食事を賞賛してもらえた事が相手にとって一番嬉しかった様子。ライゼもまたちゃんとした感想を口にしたのが一番の要因と言えるが、奢ってもらっておきながら素っ気ない返事をする教育も受けていなかったのが理由と言えよう。

それから次々と別の露店で買った商品をシェアされており、苦手な食材が入っていないモノに関してはライゼも快く応じるのだった。


何時しかお互いに笑みを見せる様になった、そんな時だ。


「んでだ、二つ目の罪滅ぼしってやつなんだけど。ココから東側のストリートを歩いて行ってみなよ、良さそうな場所があるからさ。」

「東?」


兎獣人はもう一つの罪滅ぼしを告げ、今回道中を付き添ってくれた事へ対する礼も合わせて告げだした。不意に指示された指の先を視線で追った後、ライゼはその先に何があるのかを教えられた。


「こっからじゃ解らないだろうけど、しばらくすると住宅街を抜けるんだ。その先に割と自然の形が残った状態の『丘』と『コーヒーショップ』があるんだよ。周辺の草原地帯なら、少年の探し求めてたポイントにしっかりマッチするんじゃないかって、俺は考えてる。」

「お兄さん………」

「兄さんはよしてくれよ、背中が痒くなる。『フィドル・マグノリア』って言うんだ。お前は?」

「『ライゼ・護授スクアーツ』です。」

「ライゼな、りょーかい。後、俺の事は好きに呼んでくれていいぞ。名前でも愛称でも。」

「……… では……『フィドル』さんで。」


「『さん』も無しっ!!」

「……… フィド……ル?」

「ん、それでよしっ 慣れたらタメ口で宜しく。」

「それは、ちょっと………」

「何でそこだけ余所余所しいんだよ!?」


だがしかし、両者の距離は近づきそうでそうでもないのだろう。フィドルと名乗った兎獣人は微妙な距離感を取られて焦りと怒りがあったのか、どうにも困った表情を見せており、ライゼもまたそんな彼を視て笑顔を浮かべるのだった。


次回の更新は、月を跨いで『7月9日』を予定しています。どうぞお楽しみにっ

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