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鏡映した覚真の羽~アライヴ・ウィング~  作者: 四神夏菊
一幕目『Apfel(アプフル)』
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05 恩師の名はベネディス

城塞区域『ヴェナスシャトー』での独り旅に近い生活を開始したライゼは、それからの日常は左程変わりない映えの無いモノを送っていた。口伝の宛の無い彼が選んだ図書館での勉学を日中は行い、陽が暮れると同時に宿舎へと戻り夕食と湯浴みを済ませて床に就く。そして再び陽が昇れば朝餉を口にし身支度を整え、また図書館へと向かって行く毎日。


変化が無いと言えばそれまでかもしれないが、彼の目標と夢を視野に入れれば必然的な行動とも言える日々であった。


しかしながら指針が定まらない彼の魔法へ対する学は、常に両足がしっかりと付かず浮足立った状態に等しかった。あくまで『風属性以外の魔法』と決めていただけではまだまだ範囲が広過ぎており、そこから更に枝分かれしていく独自の魔法を完成させるとなれば、一体どれくらいの歳月が彼に必要となるであろう。


限られた時間を無駄にしたくない志は有れど、どうにもしっくりと来ない日々を約二週間程送っていた。そんな、ある日………




「んー……」


その日も図書館へと赴いたライゼは書物をテーブルに広げ、描かれていた文字に目を配って勉強を重ねていた。今回目にしているのは魔法書とは違った部類の物であり、冊子には『魔法と魔術の紀元』と書かれていた。

どうやら魔法以外の概念そのものに興味を持った様子であり、様々な方面から可能性を模索している様にも見て取れた。


そんな中、彼を含め館内を利用している人達のページを捲る音が何処か心地よいその空間に、一つの足音が外からやって来た。足音の主は館内の入り口から真っ直ぐに受付へと向かい、その場で行動していた受付嬢の元へとやって来た。



カツン、カツン、カツン……


「よいか。」

「? あっ、マウルティア司教様。」


その場にやって来たのは白い装束に身を包んだ高齢のラマ獣人であり、受付嬢からは『マウルティア司教』と呼ばれていた。どうやらその場に置いても認知度の高い相手である様子で丁寧に応対しだすと、相手は要件を告げその場に目的のモノがあるかどうか問いだした。


今回の目的、それは内部伝達で発注を掛けた書籍の受け取りである。わざわざ直々に来る程なのだから、重要書類である事も同時に伺えた。


「只今お持ちいたしますので、お掛けになってお待ちくださいませ。」

「うむ。」


その後席を外した受付嬢の後姿を見送り、ラマ獣人はゆっくりとした足取りで近くのソファへと腰を下ろした。やれやれと言わんばかりに深く腰を下ろし一息ついたその時、彼の視界に遠目ながらも色鮮やかな『青』の彩りがやって来た。

室内では中々お目にかかれない色が視野に入った事に軽く注意を取られたのだろう、相手は静かにその色の主を確認しだした。その色の主とは『ライゼ』であり、彼の綺麗な青色の羽根がその正体だった。


『おや、精の出る若人じゃのう。一生懸命で何よりじゃ……… ……ん?』


若き青年が勉学に励む姿に感心していたのも束の間、彼は即座にその表情からにこやかさを消した。彼が違和感を覚えたのはライゼの背後であり、頭部から自然と眼を向けた際に強い違和感を覚えた様だ。

顔付から視て『鷹鳥人』である事だけは即座に解ったものの、そんな彼の背中には本来あるべきモノが無かった。それこそが、この世界に生まれ落ちた時から存在する『翼』である。


『アヤツ、翼が無いのか……??』



「マウルティア司教様、お待たせいたしました。」

「ん、御苦労じゃ。」


そんな違和感と同時に眉を潜めた直後、彼の元に自身を呼ぶ声がやって来た。声を耳にした相手は再びその場から立ち上がり受付へと戻ると、目的の代物を目にし静かに頷きながら手続きを済ませた。

電子板に描かれた彼のサインを受領し受付嬢が処理業務に入ろうとした、その時だった。


「一つ、訪ねて良いか。」

「あ、はい。どうかなさいましたか。」

「あそこで勉学に励んでる鷹鳥人について尋ねたいんじゃが。何時からココに来ておるんじゃ。」

「? ……あぁ、あちらの子ですね。少々お待ちくださいませ。」


不意に声を掛けられた受付嬢は要件を聞き届けると、その場に用意された席に着き端末を弄り出した。そして即座にログを展開し日時を確認すると、再びその場に立ちあがり相手に回答を告げるのだった。


「……今日で、丁度二週間になりますね。あの子が何か?」

「いやなに、随分と精が出るのうと思ってな。勉学に励む若人が此処へ集うのは、我々WMSウォルジメイヘント・シパリティの影響も大きい故じゃ。……しかし、聊かあの子は他とは意味合いが違うような気がしてのう。組織への有益性と言うよりは……場を求めている様な気がする。」

「そうでございましたか。……そう言われてみれば、確かに所在地が『ラヌスウィート』のままですが毎日いらしてましたね。お一人で何時もいらしてたので、コチラに住所変更をして来たのかと思ったのですが………」

「成程のう、どうもありがとう。」

「あ、いえ。」


そして一通りの情報を仕入れ理解が進んだのだろう、相手はお礼を言いつつその場を離れ、目的の書籍と共に気になる存在の元へと向かって行った。偶然にも近くに誰も居なかったのか功を奏したのだろう、ライゼの行いに配慮してかわざわざ目の前の席に腰を下ろしだしたのだ。

遠くからその様子を視ていた受付嬢は軽く目をパチクリさせながら様子を見守りつつ、何かを思い出したかのように自身の業務に身を投じだした。



一方、そんなやり取りが目の前でされている事に気が付いていないライゼはと言うと。ラマ獣人が目の前の席についてから約数十秒程経過した頃に、ふと気配を感じ視線を上げた際に気付き出していた。


「……… ……… ……ん?」

「こんにちは、精が出るのうお主。……魔法学の鍛錬かえ。」


見知らぬ相手から声を掛けられたライゼは軽く目を見開いた後、静かに会釈をしだした。まさか誰かが自身に声をかけて来るとは思ってもみなかったのだろう、先程まで自然に動いていた手は完全に停止していた。


「こ、こんにちは…… ……鍛錬と言うか……修学、なの……かな。うん。」

「ほう。……イチからの学び直しを、その年でか。それは大変じゃのう。」

「はい。俺自身が思っていた以上に大変だった事を、痛感してます……… 誰もが一度覚えた魔法を、好んで別のモノにしようと思わない理由が良く分かりました。鷹鳥人の俺の特性から紐解いてみても、風属性以上に相応しい属性が無い事も……」

「そうじゃのう。翼を有するが故に、天上に立つ鳥人族と竜人族程に適性の強い種族はおらんじゃろうて。……その様子じゃと、お主は『風属性以外』の会得を望んでいるわけじゃな。」

「………はい。」

「ふむ。」


気付けば表情は自然と戻っており、ライゼは小声ながらもスラスラと話し出していた。自らよりも大分若い相手からの話を聞かされうんうんと頷くラマ獣人であったが、ココでふとその行いに疑問を持たれたのだろう。

ライゼはふと、こんな事を質問しだした。


「えっと…… ところで、貴方は………」

「何、名乗る程のラマでは無いが…… 今は『ベネディス』と名乗っておこうかのう。」

「ベネディス………さん。」

「そうじゃ。お主は、何と言う名じゃ。」

「『ライゼ』と言います。」

「ライゼか、良い名じゃのう。」


彼の質問にベネディスはそう答えると、続けてライゼも自らの名を名乗り出した。全くと言って良いほどに接点の無かった二人であったが、ふとベネディスが優しい笑顔を見せてくれたからなのだろう。ライゼも軽く首を傾げながらも口元に笑みを浮かべており、どうやら「悪い人では無さそう」と認識した様だ。

そんな相手の緊張を軽く溶いた後、ベネディスは続けてこんな質問を投げだした。


「ライゼよ。お主が今まで使えていた魔法は、どんなモノじゃったかな。」

「えっと……『風唄ふうかの魔法』と『融解ゆうかいの魔法』です。」

「ほう、前者が風属性の魔法じゃな。後者は………炎属性か、水属性か……はたまた『闇属性』かのう?」

「はい、闇属性の方です。……お詳しいんですね。」

「ちいとばっかし、そちらの知識は多い方なんじゃよ。」


相手の感想に対しベネディスはそう言うと、顎元に蓄えた髭を軽く撫でながら頷き出した。高齢故の知識と言えばそうなのかもしれないが、ライゼからすれば名前だけで理解し憶測を立てる相手が「凄い」と認識した様だ。

気付けば目の前に積んでいた魔法書を軽く横にずらしており、小声ながらもちゃんと面と向かって話す素振りを見せだしていた。


「……それで、お主はどんな魔法を会得したいと考える。」

「俺は……… ………大切な人達を護れる魔法が欲しいと、考えてます。……今の俺には魔法が使えません。それすらも出来ない……翼の無い鷹鳥人が抱いて良い考えではない事は承知の上で、そう言います。……魔法が無ければ、あの組織には入れないと思うので。」

「組織? それは『WMSウォルジメイヘントシパリティ』の事かのう。」

「はい。」

「何故、あそこにそこまで執着する? 待遇が良いから、か。」

「それも一つの理由ですが……… ……… ………」


徐々に深掘りをするように続けられる質問に対し、ライゼはふと何かを言おうとするも口を紡ぎ出してしまった。『どう言えば言いのか解らない』様な表情を見せたかと思えば、次の瞬間には『こんなことを言っても良いのだろうか』と言わんばかりに表情を見せたりと、中々に忙しい百面相と言えよう。彼の様子を視たベネディスはしばし口を閉じ、彼の中での考えがまとまるまで静かにその様子を見守るのだった。


そんなライゼの考えがまとまったのは、それから数分程経った頃だ。


「……俺が、家族と離れて一人で生きる事を選ぶのなら……最も安心してもらえる場所と、居場所がハッキリと解る場所が良いって考えたので。」

「なるほど。……お主は、自身の為であり家族の為にも。あの場が良いと考えているわけか。」

「はい、その通りです。」

「そうじゃったか。………ならば、あくまで儂独自の考えじゃが…… お主はどうやら『素体をベースに具現する力』と『物質を意図的に混ぜる力』が得意と見る。」

「えっ………! 名称だけで、そんな所まで解るんですか……?」

「魔法には全て『意味』を持つからのう、おおよその検討で言ったまでじゃよ。後、ココは図書館じゃ。大声は控えよ。」

「ッ……… す、すみませんっ……」


彼の口から語られた素性を理解する様にベネディスはそう言った後、軽く共感しながら『彼には手助けが必要だ』と考えたのだろう。あくまで独自の見解による回答をその場で告げた瞬間、ライゼは驚き声をあげながら席を立ち出したのだ。それを視たベネディスは軽く驚きながら髭を撫でながら落ち着く素振りを見せつつ、彼へ対し静粛にするよう言うのだった。


事実驚く様な事を言われたのだから仕方ないが、図書館の利用はお静かに願いたい。




「具現する力と、混ぜる力か……… 何かあるかな、そんな魔法………」


その後、落ち着いた様子のライゼは再び目の前に置かれていた魔法書を手に取り、ベネディスが告げた内容に最も合う魔法はなんだろうかと検討しだした。彼が手にしたのは以前にも利用した『魔法の一覧』が詰まった本であり、項目の一番最初に位置する『炎属性』の物から目を向けだした。

しかし彼が告げた内容にピッタリのものは見つからず、しばじページの捲れる音しか聞こえなかった。


そんな調べ物をしだしたライゼを視てか、ベネディスは再び微笑ましい眼を彼に向けだした。恰も孫の成長を見守る翁の様な目であり、血縁関係が本当は有るのではないかと思える程に親身な目を向けていた時。彼はふとライゼの近くに置かれていた本を目にし、焦点を当てだした。


それは先程まで彼が読んでいた『魔法と魔術の起源』である。


「……… ちなみにじゃが、お主は『リアナス』を知ってるかえ。」

「リアナス……? ………確か、異世界に居る……俺達エリナスが視える素質を兼ね備えた存在………でしたでしょうか。」

「うむ、そうじゃのう。彼等をどう考える。」

「……… ……よく、知らない存在……です。俺達はエリナス、でも視える存在と視えない存在が居る境界線の中で選ばれた存在が『リアナス』なら……少しだけ、羨ましいと思う部分もあります。……俺には、力が無いので。」

「なるほどのう。……ならばお主、



 目指せる『憧れ』を手にしてみぬか。」



「憧れを、手にする……?」

「お主の得意とする魔法の手技。儂はそれに心当たりがあるが、それは儂等『エリナス』が選ばなかった魔法の概念。故に会得するためには、更なる修学が必要じゃろう。お主は……どうする。」

「……… 俺に、その力を有する事が許されるんでしょうか。」

「許しが必要かどうかよりも、魔法は元より『大切な相手を護る力』じゃからのう。寄り過ぎてる事にそう思うのであれば、それを許してくれるであろう存在に変えて貰えればよかろう。お主はまだ若い、何時だってスタートを切れるのじゃよ。」


ベネディスの口から告げられた内容、それは自分達とは根本的に異なる理論のちから。法則性は愚か原点すらも異なり、そして組み立てるべき理も知識も違う、エリナス達が選ばなかった方向性。


自らがそれを望み、そしてそれを会得するための努力を怠らないのであれば、それこそが彼にとって最も有るべきモノとなるのではないか。


ベネディスの中で沸々と湧き出て来た憶測が形に成って行くのを感じた時、ライゼは考え抜いた末にこう言うのだった。



「……… ……教えてください。それは、どんな魔法なのでしょうか。」



「名を付けるならば『複製ふくせいの魔法』と『薬学やくがくの魔法』かのう。」

「複製と、薬学………」


彼から告げられた仮の魔法名称、それこそが今後の彼の力と成るべき魔法なのであった。


次回の更新は『6月15日』を予定しています。どうぞお楽しみにっ

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