04 不意を突かれしワカドリチャン
図書館に辿り着き、可能な限りの知識を得ようと試みたライゼ。昼食を終えた直後からの来館であったが、彼の熱心さに対する時間の流れはとても早いモノだったのだろう。
気付けば陽は傾き、夕刻を知らせる窓辺と館内アナウンスが響き渡るのだった。
ピン・ポン・パン・ポ~ン♪
【当ガブリエル大図書館は、まもなく閉館の時間となります。ご利用中の皆様につきましては、お早めに貸出手続きの方をお願いいたします。】
魔法に関わる本から自身の構造を記した本など、幾多の蔵書が目の前で山積みに成りつつあった時。ライゼは不意に聞こえて来た声を耳にすると、正気に戻ったかの様に現実へと引き戻され、現在の時刻を知る事となった。
「えっ、もうそんな時間……!? ヤッべ、長居しすぎた……まだ泊る場所も考えてねえのに………」
完全に集中し夢中になっていたのだろう、彼の眼の前には所持していたメモ用媒体に走り書きに等しいモノがズラリと並んでおり、後から見直し修正が必要とされるレベルの物が幾つも完成していた。しかし時折本から離れ記憶の整理もしていたのだろう、その内の数枚はちゃんとした改行もされた情報源と化していた。
だがしかし、今彼が気にしているのは其方ではない。
『んー……… とりあえず、本片付けるか。』
そんな大事なメモ達を即座に格納し媒体を荷物に戻すと、彼は未だに目を通す最中だった魔法書を除き、他の書籍達を部類毎にまとめだした。彼が先程まで目を通していたのは『現存せし魔法の集積』というモノであり、現世で活動をしている獣人達の一部が行使出来る魔法が一覧化されたものだった。一部のマニアが喜んで閲覧しそうな代物であるが、残念ながら此方は特殊な蔵書の為持ち出しは出来ず、あくまで館内のみのモノである。
今の自身には行使出来る魔法は無いに等しく、扱えていた魔法は有れど『劣化したモノ』でしかない。そのためまずは『真似事に近い事から』というのが彼の考えだったのだろう、その書籍に辿り着いたようだ読んで扱えるくらいなら苦労はないが、何もしないよりはマシである。
その後彼は持ち出した本を全て元の位置に戻すと、慌ただしく退館手続きをしながら外へと出て行った。
「………ハァ。もう夜かぁ……… ……こんなんじゃ、時間が幾らあっても足りないな………」
しかし外へと出た彼の心境は、残念ながら日中とは比べ物に成らないくらいに落ち込んでいた。目標を見つけ追いかけていた際の彼の眼は輝きに満ち溢れていたと言っても過言ではないが、今となってみれば『兆しに見合う結果が見出せていない』と思っている様子。浮き沈みの激しい感情の波が押し寄せる中、彼は空を見上げながらこの後の宿をどうするか考えつつ、手荷物と所持金を視だした。
幸い彼の手荷物は常に肌身離さず持って居た事に加え、図書館の利用に料金は発生しなかった為『昼食代』のみの出費に等しい。城塞区域に辿り着くまでの道中で出費した移動費と飲食費はさておき、そこから皮算用して『どれくらいの宿日ならば大丈夫であろうか』と考えだした。最低でもWMS主催の『選考会』まではこの場に滞在したい為、抑えられる場面は抑えておきたい。
いっそ野宿も視野に入れようかと思ったが、その考えは早々に消える事と成った。
『……いや、駄目だ駄目だッ 父上と母上に心配かけさせられねえし、ビバーナムが使える以上居場所だってこれで解るんだ。ちゃんと明確性を示しておかねえと…… 俺でも泊まれる、安価な寝床探そっと。』
今の彼を支えと成り縛るモノは、何も選考会だけではない。離れ離れと成った両親に自身の無事を知らせる事も大事な使命であり、それを怠って不安を煽らせる事が有ってはならない。無論何をしてもそう感じてしまう性分のヒトもゼロではないが、細かいところは置いておこう。
城塞区域内に明りが灯しだしたのを見ながら、彼は適当な宿屋を探すべく道中を歩き出した。
彼がその足で向かった場所、それは区域内でも辺鄙な場に位置する小さな宿泊所。夕食も込みで露店で食事を購入した際、思い切って店員に話を振った際に紹介された場であり、区域内でもリーズナブルな金額で泊まれるというのだ。外観は『ホテル』というよりは『古民家』であり、確かに宿泊費そのものは抑えられそうな印象があった。
時刻は完全に月の時間帯、鳥目の彼にはこれ以上の散策も望みたくなかったらしく、早々に中へと入って行った。
彼がやって来た宿の内装も比較的落ち着いており、新しい雰囲気を醸し出す木材の色は有れど年期の入った風貌がそこにはあった。大黒柱と手すりを交えたかのような階段が彼の右側で出迎える中、左側に構えられた受付を背に立つのは女将なのだろう、菫色の浴衣がとても印象的な雌の熊獣人の姿があった。
「あのぉ、すみません……」
「? おやおやいらっしゃいまし、お泊りですか?」
「はい。俺一人なんですけど……泊まれますか?」
「あら、一人旅? 偉いわねぇ、ちょっと待っててね。」
「はい。」
『そっか、一人旅なら別に身元云々は聞かれないのか。なら空き部屋さえあれば泊まれるかな、しばらく。』
声をかけられた女将はやんわりとした表情を見せつつ、お客様の応対をすべく受付の中へと戻って行った。どうやら入口付近の掃除をしていたらしく、手には小さな雑巾と思わしきモノが握られており、多少の暇を持て余していた様だ。
受付へと戻ると、女将は慣れた手つきで宿泊する人達の管理名簿を取り出し、空き部屋を確認してくれていた。
「何日間滞在したいの?」
「えっと、可能ならこの期日までが良いんですけど……料金も、合わせて教えてください。」
「期日? ……あら、WMSの選考会に出るのね! 凄いわねぇ、期待の新人さんになるのね。」
「そうなれれば、良いなって……思ってます。まだまだ課題が山積みだけど、それでも……入りたいんです。」
「そうよね、若いうちに沢山夢を叶える努力をしなくっちゃ、よね。良いわよ、おばちゃんも応援したいから安くしておいてあげるわ。おまけに朝ご飯もサービス!」
「え、良いんですか……? 入れるかも、解らないのに………」
「良いのよ良いのよ、うちにも親戚に若い子が居たから応援したいの。足りない分は出世払い、って事で。」
「………解りました。何年かかっても、必ずお返しします。それでお願いします。」
「フフッ、生真面目で良い子ね。」
そんな女将は気さくに話しかけながら、彼の表情を視て楽し気に接客をしだしていた。部屋そのものは丁度空いていた事に加え、若い子が足を運んできてくれた事自体も嬉しかったのかもしれない。髪の毛を纏めていたかんざしの鞠が時折揺れる中、ライゼは頬を掻きながらもその場で世話になる事を決め、ビバーナムを提示するのだった。
宿泊手続きを済ませたのも束の間、早々に女将は彼を部屋へと案内しだした。彼が案内されたのは部屋の二階に位置するお部屋であり、大きめのダブルベットが置かれた洋間風の部屋だった。掃除も行き届き清潔感のある部屋に彼は感動していたのも束の間、女将はクローゼットから彼が使えるサイズのルームウェアを出し、部屋の説明をしだした。
ユニットバス形式の為、入浴は彼が望んだ時にいつでも好きな時に利用出来る事。備え付けのケトルで湯も沸かせる上に冷蔵庫も完備、電子媒体も使用出来る様に配線そのものもちゃんと行き届いているのだから、中々に優秀な部屋と言えよう。しいて残念な点を言えばベランダがそこまで広くは無い為、外で休憩するのには向いていないと言う所くらいだろう。
流れ案内に等しい説明を受け女将にお礼を言うと、彼は手荷物を適当な位置に置きベットの上に静かに倒れこんだ。そしてそのまま毛布の柔らかさに癒されながら、軽めの休息を取るのだった。
『……それにしても、俺みたいな翼の無い鷹鳥人に『出世払い』なんて単語を使う人が居るなんてな……… おばさん、ちょっと変わってたなぁ………』
心身の疲れを感じたのか身体を動かす気も起きないらしく、彼は両手を伸ばしながらベットに置かれてたクッションを取り出した。紫掛かったクッションは適度な柔らかさと弾力があり、中々に障り心地が良かったのか彼はしばらくクッションをにぎにぎと揉むのであった。そしてひとしきり触って満足したのだろう、仰向けに成りながら頭の下にクッションを置き、段々と押し寄せて来た睡魔にゆっくりと眼を閉じだした。
「スゥー……スゥー………」
気付けばそのまま夢の中に入り込んでしまい、彼のその日の行動は静かに幕を下ろすのだった。
チュンチュンチュン………
静かにやって来た夜が明ける様に、彼の次なる日はいつも通りやって来る。カーテン越しに優しく入り込んでくる日差しと共に雀の鳴き声が聞こえる中、彼は夢の世界から現実へと引き戻された。
「……… ……ん、んー…… ……? やべっ! 朝!?」
とはいえその日の目覚めは、お世辞にも快適なモノとは少々懸け離れていたのだろう。湯浴みもせずそのまま爆睡していた事を知った彼はベットから飛び起きると、そのまま窓辺に向かいカーテンを開け外の景色を視だした。
半ば強烈な朝日と共に晴れた城塞区域の景色がその場から一望でき、その日も良い天気に恵まれていた。昨日と同じく穏やかな風が吹いており、時折揺れる樹々からその日の風向きと風量も計測できる程。
改めて宿での夜を過ごした事を理解すると、彼は窓を開け外の空気を吸いだした。その時だった。
コンコンッ
「ぁ、はいっ!!」
ガチャッ
「おはよう、若鳥ちゃん。良い朝よ。」
「おはようございまっす!! ……えっと、若鳥ちゃん?」
「あらゴメンなさい、気に障っちゃった?」
「ぁ、いいえ。事実そう何で別に……… ぁ、えっと。ご用は……」
「そうだったわ。朝ご飯、出来てるわよ。下の宴会場に用意してるから、何時でもいらしてね。」
「あぁ、ありがとう…ございます……」
静かな朝を感じていたその時、部屋を仕切る扉をノックする音が聞こえて来た。声と共にやって来たのは女将であり、朝早くも世話しない様子で彼の事を視に来てくれた様だ。一人旅故のお節介とも言えるが、細かいところは置いておこう。
逐一返事をする辺りに彼の人の良さが垣間見える中、ライゼはお辞儀をしながら女将を見送り身に着けていた衣服を視だした。昨日と変わらない洋服が適度に皺を作っており、先に湯浴みをしようかと彼は検討するのだった。
『若鳥ちゃん、か………唐揚げかな、俺。……しっかし、予想以上に疲れてたんだな…… 布団に横になって即落ちとか……魔法の再会得なんて夢のまた夢かな………』
その後彼はユニットバスの有る小部屋へと向かうと、湯船にお湯を張りながら身に着けていた衣服を脱ぎだすのだった。
次回の更新は『5月31日』を予定しています。どうぞお楽しみにっ