03 集いし知識のライブラリー
WMSの入り口でのやり取りを終えた後、ライゼは世話に成った獣人達にお辞儀をしその足で再び城下町へと戻って来た。手にしたチラシを時折見ながらウキウキとしており、既にその場にやって来た甲斐があったとばかりの様子を見せていた。
しかし、
グゥー……
「……腹減ったなぁ、何か買おっと。」
そんな心境の中でも、彼の身体は素直に空腹を告げるのだろう。気付けば陽もゆっくりと下降を開始し始めた時刻だと知った彼は、近くの露店へと立ち寄り『手作りハンバーガー』と『炭酸水』を購入しだした。
そして適当なベンチを視つけその場で食べ始めると、再び貰ったチラシを再度見直しながら、この後どうするかを考えだすのだった。
『魔法の学び直し………あの人はあー言ってたけど、そんなに簡単に出来る事じゃないもんなぁ。……何処へ行ったら、それが出来るかな……教えてくれる人の宛も無いし………』
口にしたハンバーガーを頬張りながら思考を巡らせ、彼は視線を左右へと向けだした。周囲を歩く獣人達は皆楽しそうにやり取りをしており、中には買い物帰りなのだろう茶色の紙袋を手に歩く人もおり、一部は手にしたメモを視ながら歩いて行く。何処にでもありそうな平穏と時間が存在していると思う度、ライゼはほんの少しだけ羨ましく思うのだった。
今の自分は暮らしていた場を離れ、独り宛てのない旅に出ている真っ最中。偶然にも目標としていた組織に入れるチャンスを手にする事が出来ると解ったが、まだまだ土台が出来て居ないに等しく、何もしなければ変わる事の無い人生が待っている。
変わらない人生に失った翼が重なれば、今度こそ自分は生きていける気がしない。この世界に産み落としてた両親の為にも、そうならない今を築き上げていきたい。
そんな事を考えていた彼は再び別の方角へ目を向けた時、不意にあるモノが彼の視界に映り込んできた。
「……ん?」
彼が不意に見つけた物、それは城下町を区切る様に展開された遊歩道の一角。そこには目的地を案内する『標識』がポツンと立っており、そのうちの一つに『図書館』と書かれていたのだ。
正確には建物名と矢印がセットではあるが、細かいところは置いておこう。
「……そっか! 口伝じゃなくても『知識』は得られる……!! 本を読めば良いんだ、父上もそう言ってた!」
何処にでもありそうな標識と目的地を眼にしただけではあるが、彼にとっては中々に衝撃的な出会いだったのだろう。独り言に近くも割と大きな声で彼はそう言った後、手にしたハンバーガーを一気に頬張りドリンクを一気飲みし、残った紙包みをクシャクシャに纏めつつその場からゴミ箱へと投げ捨てだした。
しかし、投げた紙包みが綺麗にゴミ箱に入らなかった為、再度歩く羽目になったのは言うまでもないだろう。「上手く行く時も行かない時もある」と彼は改めて痛感しつつ、キチンとゴミ箱にゴミを投入し図書館へと向かって行った。
彼が向かった目的地、それは先程と同じくWMSが管理をしている『ガブリエル大図書館』と呼ばれる場所だ。そこではいろんな情報を始めとした『知識』を得られる他、現状の彼の様に『学の園』に通っていない、もしくは通えていない若き獣人達の向上心が集う場所でもあった。
現に彼が赴いた際に見えた窓辺からも、同様の志を持って居るであろう獣人達の姿が幾つも確認出来ており、彼もまた気合を入れなおして勉学に励もうと受付に向かって行った。
ちなみに余談を挟むと、彼はそこそこ勉強が出来るレベルであって底辺ではない。父上直伝の知識の会得方法で吸収率が割と良い、生真面目な鷹鳥人である。
「すみません。自分も勉学用に魔法書を利用したいんですが……」
「ぁ、はい。初めてのご利用でしたでしょうか?」
「そうです。」
「では、初期登録の手続きだけ行わせていただきますので。身元の提示だけお願いいたしますね。」
「はい。」
そう言って彼は手荷物を漁り、中から一枚の水晶で出来たカードを取り出した。
それは彼がこの世界に生まれた時から自身の身分を証明してくれる代物『ビバーナム』であり、リヴァナラスで言う所の『身元証明ナンバー』の代用品である。用途に至ってもほぼ同様であり、現状の彼の様に『施設を利用』する際や『個人情報を用いた契約』にも使われる他、血族間による共用に限り『履歴を残す事』にも貢献しているのだ。そのため『故郷を離れた存在』であっても現状を知る手立てが有用となっており、何かと自力で渡航も飛行もできる獣人達には便利なシステムと成っている。
そんなカードを提示された受付嬢は受け取り認証をすると、即座にデータがその場に展開されるのであった。
「風層地帯『ラヌスウィート』の鷹鳥人『ライゼ・護授スクアーツ』さんですね。遠方からのご来館、ありがとうございます。」
「ぁ、はい。」
「ご家族の方は、現在近くに居らっしゃいますか?」
「いえ、独りです……」
「かしこまりました。コチラの施設を利用する際、来場の度に履歴の方が残りますのでご了承くださいませ。」
「解りました。」
手際よく初回手続きの方が済むと、受付嬢は預かったカードを相手に返却しだした。いろいろ聞かれるのだろうかと心配していたライゼにとっては軽く拍子抜けな部分もあったのだろう、少々困惑しながらも手荷物の中にカードを入れ、目的の書籍が有るブースを教えてもらいその場を離れるのだった。
獣人達が各々で扱える魔法、それは作中内でも時折語られた通り『同じ名称のモノは基本的に存在しない』 それはこの世界の獣人達が人間と同様に『一人一人個性を持って生活している』事が関係している為、種族による類似性は有れど潜在的なモノであったり、素質的なモノによる違いが生じている。
故に彼の探していた『魔法書』というのはあくまで基礎が記載されたモノに過ぎず、自らの魔力と理へ対する干渉方法を学べるレベルの物である事を補足しておこう。読めば即座に扱える神秘の代物、とは少々異なる。
『えーっと……魔法書、魔法書……… ぁっ、この辺か。』
そんな基礎学力の書物に過ぎなかったが、今のライゼにとっては縋るべき対象だったと言えよう。目的の本棚の前に到着した彼は一度足を止めると、静かに本の背表紙へと視線を映し、直感的に無難と感じるモノを一つ手にするのだった。
今回彼がチョイスしたの本は【理への魔法の結び方】というモノである。大まかに内容を要約すると、自らの魔法を発動する際に必要な『世界の法則性』を理解、そこから紐解いて結んで行くというモノだ。しかしあくまで序盤の序盤へ対するモノなので、理解そのものは後ろの方に記載されていると言って良いだろう。
ぶっちゃけこの程度の内容ならば、学ばなくても魔法を使えている獣人達の方が割合を占めている。
とはいえ、現状のライゼには丁度良い内容なのかもしれない。
『………そういえば、魔法の属性もいろいろあるんだったっけなぁ。八つの属性で俺が一番適性の有りそうなのが『風属性』だったけど、今となってはそれも無理だろうし……七つからどうやって厳選すればいいんだろう、な。』
そんな魔法書に目を通しながら必要だと思う部分をメモする中、彼はふと視線をそらし窓辺へと向けだした。外には自身よりも明るい空色の景色に白い雲、褐色掛かった建造物の姿が目に映る中、時折風に運ばれて移動する葉の姿が見て取れた。天下の風を操れるのは『翼を有する種族』が大半であり、一部の例外を除きこの属性を会得するモノはあまり多くは無い。
自身もその内の一人であったが、現状の自分には一番相応しくない属性の魔法。
故に学び直しを決意した時から『別の属性にしよう』と思って居た為か、彼からすれば選択肢は既に限られたモノとなって居た様だ。適正に対する項目を調べてみるも、手元にある本では知り得たい情報は記載されてはいなかった。
「んー………属性だけ学んでも駄目だな。鷹鳥人の原点とかも、ちょっと調べた方が良いのかも。鳥人構造学の本はっと……」
仮に知識がその場に無ければ、また新たなモノを探せばいい。楽観的ではあるが行動そのものを諦めようとしなかったが故の行動力は、正直賞賛に値すると言っても良いだろう。自らの身体の事も良く知るべく、彼は手荷物をその場に席を立ち、医学方面の本棚の元へと向かって行くのだった。
次回の更新は『5月19日』を予定しています。お楽しみにっ