02 警務隊のモンバン
【ウォルジメイヘント・シパリティ】
それは獣人達をクーオリアスへと導いた女神への信仰を元に、獣人達が独自に発足した機関。行いそのものは『御役所仕事』から『医療関係』や『運送業務』と多岐に渡り、その場に勤め日々世界へ対し貢献活動をするのが目的とされている。
城塞区域『ヴェナスシャトー』を活動拠点とする、獣人達にとって一番名の知れた場でもあった。
名の知れた活動の場と言う事も有ってか、この場には様々な選定基準と機関に勤めるにあたっての前提条件が存在する。それは『一定の年齢を超えた者』と言うシンプルなモノから始まり、様々な場において最も効果的な『魔法』を有し、そしてその場に相応しい『志』を持って居なければならない。
この世界の獣人達は皆、それぞれの意志を持ち己で磨き上げた魔法の力を有している。
それを如何にして有効活用するかどうか、その判断は各々の部隊の長が決めていると言っても過言ではない。上には上が存在し、そしてまた下へ対する教育や指導は全て長に委ねられ、相応しくない者達をどうやって未来の活動に繋げてあげられるか。
聊か過保護にも感じられるその制度と一定以上の生活水準が保証されるその場所が、『住処』という枠組みから外れた者達にとって安息を得られる場所としても知られているのであった。
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『………此処が、ヴェナスシャトー……』
そんな場へとライゼが単独で赴いたのは、約数年前。風層地帯『ラヌスウィート』と呼ばれる、足場が少なく風が取り巻く鳥人達が集いし住処から遠く離れたこの地に、彼は単独で赴いて来た。
彼がこの場にやって来た理由、それは『自らの身に起こった悲劇』と『自身を取り巻く環境を打破』する事。幼い頃に事故で翼を捥がれた事によって彼の魔法へ対する力は激減、おまけに鳥人族特有の価値観からか彼と彼の家族へ対する『蔑視』が増加。それによって暮らしの悪さが目立ち始めた事を危惧した彼は、両親の心配と希望を背にその場を離れ、独りこの場へとやって来たのだ。
例え家族と居て環境を打破する術が自身に無いのであれば、今出来る最も最良だと選んだ行動を突き進みたい。
彼等を見守ってくれているであろう女神の事を想いながら、彼はただひたすらに出来る事を探そうとしていたのだった。
しかし現実はそう甘くない、そう唱える者達が多いのも事実だろう。無事にその場に赴いたライゼではあったが、当時の彼は有していた『魔法』も『翼』も無ければ『権力』も『身寄り』も無いに等しい。おまけに資金と呼べるモノは必要最低限しかなかった事もあり、滞在そのものも限りある時間の中でしか行えない。
ひとまず行動だけはしたいと思ったのだろう、彼がまず『WMS』の本部付近へと赴くのだった。
ちなみに『付近』というあいまいな表現の理由は、本部に関係者以外が立ち入れない事が理由である。蒼き神殿を模したその建物は城塞区域を取り囲む壁とはまた違った壁が存在しており、出入り口には所属する獣人の門番が居るのだ。
「すみません、お聞きしたい事が有るんですが……」
「ん?」
当時のライゼはそんな門番の一人に声を掛け、自身もその場に勤めたいという意思を告げだした。話を聞かされた兎獣人の門番はパッと見た限りで即座に判断したのだろう、彼に対し告げる言葉はあまり良いモノでは無かった。
「悪いが、君みたいな子が勤められる程の組織じゃないぞ。待遇が知れてるのは理解してるが。」
「………」
「ちなみにだが、家族はどうした。孤児か?」
「『ラヌスウィート』に両親が居ます。……でも、俺が翼を失った事が理由で……あの場に居るのが、本当に良い事なのか解らなくなって………それで……」
「此処へ来た、ってわけか。………」
一生懸命に言いたい事を言おうとするライゼに対し、門番は膝を曲げ目線を合わせながら彼の背後へと視線を向けだした。確かにライゼの背後には同じ肌色の翼は存在しなかったが、彼が嘴を持つ鳥人族である事は一目瞭然だった。彼なりに判断し遠いこの場にやって来た事は理解したのであろう、門番は軽く頬を掻きながら「どうしたもんか」と考えだした。
そんな時だった。
「どうした、陽が出てるのに丸くなって。」
「ん? おぉ、お疲れー」
二人がやり取りをしていたその場に、門番と同じ装束を身に纏った別の鯱魚人がやって来たのだ。声を耳にした兎獣人の門番が声のした方角に振り返った時、互いに挨拶するように手を軽く上げ返事をしだした。
どうやら顔見知りの様であり、割と親しみ気のある雰囲気を漂わせていた。
「いやさ、この子が『WMSに入りたい』って言ってきてさ。適正云々はさておき、暮らしてた場の環境変化で来たらしくて……どうしたもんかって思って。」
「まあ、そういう事例も少なくないもんな。拙者も似たようなもんだし。」
「あぁ、確かに。」
「だろ?」
新たにやって来た鯱魚人の青年は事情を把握したのだろう、ライゼの元へと近づき面と向かって視る様に膝を曲げだした。その様子を見た兎獣人はその場を任せ再び見張りの仕事に戻るのを見て、ライゼは不思議そうな眼を相手に向けだした。
「お主、名前は?」
「ライゼ…… 『ライゼ・護授スクアーツ』」
「ライゼか、良い名だな。ココへ入れる保証は出来ないが、その行いの努力を称して一つだけ教えてやろう。」
スッ
「?」
やんわりとした笑みを見せた鯱魚人はその直後、懐から一枚の紙を取り出しライゼに差し出してきた。差し出された紙を眼にしたライゼはそれを受け取り目を通すと、そこにはWMSに所属する際の『選定会の開場日』と『所属部隊名一覧』が乗っていたのだ。
WMSは年に数回行われるこの選定会によって、新たな獣人達を雇い場に勤めていた者達の補填と新たな風を招く事をしている。常に一定の雰囲気の元で行いを行使するのは要因だが、それが未来に繋ぐ行いに成り得るかと言えば『否』であり、常に時代を見据えて相応しい人材を取り入れるべきと考えていた。
大事なのは『護るべき世界』がより良く成る事であり、それが女神からの祝福に繋がると考えていたからなのだ。
ちなみに余談を挟むと、門番に話をすれば大体コレが貰えなくもない。単に話を聞かされた兎獣人がライゼに渡し、果たして彼にとって『儚い希望に成らないだろうか』と危惧したのが理由である。そう言う意味では、鯱魚人の方が単純に試してほしいと思った様だ。
「この日取りにこの場へ来れば、身元を提示して選定会に参加出来る。優秀な人材であれば即座に入隊する事が出来るが、お主の場合はそうもいかないだろう。前まで使えてた魔法、今は使えるか?」
「ううん、あんまり……… 空、飛べないし。」
「そっか。そしたら、まずはそこの『見直し』からだろう。魔法は何も再度『会得』が出来ないモノじゃない。拙者も『水』は不得手と成ったが『氷』が扱えない事は無かった。可能性を見出されば、拙者達にだってチャンスはある。」
「チャンス……?」
「これも何かの縁、期日までは時間がある。学べ、若き鷹鳥人。」
「……! はい!!」
そう言って差し出されたその紙と出会いからだろう、彼はこの場に来て初めての活きた眼を視せるのだった。
次回の更新は『5月8日』を予定しています。どうぞお楽しみにっ