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その日わたしはこの上なく『もどかしい』気持ちでいた。仕事上のトラブルというよりは仕事に一つの『壁』を感じたからだ。まあまあ経験を重ねてきた社会人によくある悩みなのかも知れないけれど、有り体に言えば十分に認められていない、評価されていないという感覚だろう。会社は組織として動くから時に個人の意見は行き場を失う事もある。けれどわたしなりに『これからの需要』を考えていった場合に今までのやり方では対応できなくなるという感覚が生じ始めていて、それは会社の為を思う社員としてもきっちり伝える必要があると感じる。



「まあ、それもあるんだけどね、今はまだちょっと時期尚早かな」



という上司のコメントは、表情などから伺う限りどちらかというと形式的な反応のように思われた。『これからの需要』は具体的には新しい世代を振り向かせるような取り組みをしてゆくべきだという提案だったのだけれど、明らかにわたし達の世代と上層部との世代の認識の違いが感じられてしまう。



<うん…まぁ>



と気を取り直して元の案件に戻って作業を進めていたのだけれど、何故か作業の能率が悪い。その日書いたブログを後で読み返してみると『モチベーション』の低下がそこで生じていたという事は明らかだった。文面が、



『自分の意見を通すという事は難しい。でも自分がやるべきことだと感じていた事がすげなく却下されると何だか何もしなくていい、と言われているみたいに感じる』



に始まり、どちらかというと愚痴っぽい調子になりつつある。『闇落ち』と思われる経験があると<これは良くない傾向だ>という事に気付けて、とりあえず気分転換と別のモチベーション探しをするべきだなという方向に切り替えられた。次の日が土曜日だったのもあって珍しく映画を見に行ったりだとか、書店で前から気になっていた書籍を購入したり。




それでも…やっぱりモヤモヤしたものは胸の中に残る。その頃には日々のルーティーンとなっていた昴君の最新の動画を自宅で見ようとタブレットを操作していると動画アプリを開いたときにちょっとした『異変』というか『変化』に気付いた。



「あ、コメント返信してくれたんだ!」



一つ前の動画に、わたしなりに目一杯勇気を振り絞って動画の良かったシーンについて感想を書いてみたところ、それに「いいね」と同様の意味の昴君からの高評価と返信がなされていた。



『10:01の所、共感します。ピンチの時に限ってチャンスがやってくるんですよね』



「10:01」は動画の再生時間で10分と1秒のところという意味。その場面でライバルに追い詰められて絶体絶命の場面でレアアイテムのドロップがあって、昴君は一気に形勢逆転ができた。「やべー、やべー」と興奮気味に実況しながら、ドロップがあった時には「神!」と叫んで乗り切った後にその場面を回顧して、



『なんかリアルな人生でもピンチの時によく見渡すと限ってチャンスがやってきていたりするんですよねぇ…なんなんですかね。あれ』



とコメントしていた事にわたしは共感したのだ。確かずっと昔にある女性ソロアーティストが『ピンチはチャンス』と言っていたけれど、よく吟味するとそれとはちょっとニュアンスが違うというか、『ピンチの時に限ってチャンスがやってきている』という何か悩ましい内容のような気がしてしまう。ただのチャンスだったらピンチになる前にアイテムがドロップすればいいのに、何故か運命の女神様(神様)はそういう時にしか微笑んでくれない…みたいな。




前日ブログを書いた後に見た動画で思ったままをコメントする普段とは少し違う精神状態だったわたしに昴君はこんな返信をしてくれていた。



『僕の女神様は結構ドSなのかも知れないなって時々思います。でもそうじゃないと僕はあんまり頑張らないかも知れないとか思いました』



昴君が「ドS」という言葉を使うのも結構ビックリしたけれど、『女神様』という言葉を使うのも何か彼らしい。そのコメントを確認した後にわたしも高評価を押してから最新の動画をタップすると、何やらいつもとは違う内容らしいことが分かる。冒頭、見慣れない画面が中央に表示されてゲームの画面のようなのだけれど、ちょっとだけ小さい。少し戸惑いながらも視聴していると昴君が冒頭に、



『今日はスマホゲームなんです。僕には珍しくRPGです』



とプレイするゲームの紹介をしてくれる。更に今回は字幕もつき。ゲームのオープニングがなんだかちょっと懐かしめのムービーで始まって、途中からわたしでも見覚えがあるやつだなと気付いた。



「これ!ドラクエだ」



そう。昴君がプレイし始めたのはスマホに移植されたドラゴンクエスト。ナンバリングがⅦになっていて、わたしも弟が3DSで買ったのをちょっとだけやらせてもらった事がある。もともとはもっと前の作品らしいのだけれど、序盤の謎解きのような展開でわたしも苦戦した記憶がある。昴君はプレイを続けながらこんな風に説明する。



『名作として有名なRPGなんですけど僕はまだ未プレイで、これやり込みも含めて凄く時間が掛かるそうなんですよ。なので、動画は短く編集してレベリングとかもカットしてみようかなと思ってます。お気づきのように字幕とかも入れてみて、投稿者技術のアップを目指しています』



それを発したすぐ後字幕で、



(これが凄く時間が掛かる作業だという事が分かりました(汗))



と入り、昴君としてはかなり野心をもってプレイを始めたらしいことが窺われる。プレイが始まって主人公が「はなす」のコマンドをしてNPCと会話をする度に昴君がキャラクターに合わせて声質を変えながら読み上げてくれる。こうやって発生してもらうと難解なストーリーが分かり易くなるような気がする。そしてダイジェスト的に色々な部分をカットしながら、キリの良い場面で第一回の配信は終わった。スマホゲームでも本当に音楽とかも含めて綺麗な作品だし、何より色んな人が知っている作品だから案外再生数は伸びるのかも知れない。実際、投稿してすぐにアクセスは二桁を越えている。




<これがどのくらい伸びるのか…ちょっと未知数かな…>




昴君は大学生らしいしどれだけマーケティングの知識があるかは分からないけれど、多分他の動画投稿者を見習いながら色んな部分を改善しようとしているところは素直に関心してしまう。趣味とは言え『本気』でやらなければ見向かれもしない事が多い中で、出来る事なら昴君が満足できる結果になって欲しいと親心…姉心…のようなもので動画を視聴してしまっていた。




「わたしに出来る事は…」




わたしには明らかに一つ浮かぶ事があった。思い立ったわたしは近くのコンビニに駆け出す。そこであるカードをある金額分購入する。家に戻り、すぐにスマホにコードを読み取らせてチャージ。



「よし…いくぞ!」



わたしはその夜ドラクエⅦのアプリを購入した。

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