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『少年』と二人で一度店の外に出た。彼の口から飛び出した『特殊能力』という言葉の響き自体がその場では特殊だったのと、やや賑やかな音がしている店内だと『少年』の落ち着いた声だと説明を聞き逃しそうな気がしたからだ。入り口付近に停めてあった自転車を指さした彼は、



「今日チャリで来たんです。昨日もですけど」



と教えてくれる。



「あ、そうだったんだ。わたし、さっきあそこの店に行ってここに寄ったの」



「なるほど」



それから『少年』は自転車の元でペダルを触ったりしながら『本題』とばかりに話を始めた。



「僕が『あの能力』に気付いたのは震災の年です」



「え、だいぶ前だね。その頃小学生?」



「はい。今から8年前だから…小学校6年生でしたね」



「そっか、それじゃ今…」



「19歳です」



「え…?って事は」



「一応大学生です」



ここでわたしは少なからぬ衝撃を受けていた。心の中で『少年』と思っているので『青年』の印象にはならないのだけれど、『あの能力』の説明の前にその辺りを詳しく訊ねてみたい欲求が出てきたり。表情には出さないよう努めていたけれど。



「そうなんだ、それで震災の年に気付いたってどういう事?」



外は晴れているけれど気温が思いのほか身に堪えるのもあって先を促すわたし。『少年』は、



「あの時、震災のショックでちょっと落ち込んでいる友達がいたんですよ。で、僕に出来る事はないかなって色々考えたんですけど、当時の僕には方法が浮かばなかったんです」



と説明を始めた。大人のわたしでも容易にその場面が想像できる。わたしだって色々ショックを受けたし、その後に流れてきた情報も気が滅入るものだったし、子供だったら猶更だろう。なんとかしようと思っても自分にはどうすることも出来ない、そんな悲しみであり、虚しさであり。『少年』はその先を語る。




「そしたら、家族で買い物に出掛けた時に『ガチャ』見つけたんですよ。それもその友達が好きだって言ってたガンダムのなんですけど」



「へぇー、ガンダム好きだったんだ」



多分その友達は男の子なんだろうなと勝手に想像した。



「それでその『ガチャ』やってみて、僕はガンダム詳しくないんですけどまあまあ良さそうなのが出たから次の日にその子にあげたんです。そしたら」



「そしたら?」



「友達がなんか急にテンションが上がって、『え…?これ当たったの?』って驚いてたんです」



「驚いてたんだ」



「なんかその友達もその『ガチャ』集めてたらしくて、たまたま一つ当たらないのがあったそうなんですよ。それを僕が引き当てたらしくて。友達も喜んでて」



「凄いじゃん!ラッキー」



普通に「いい話」である。でもここからがちょっと奇妙な展開。



「でも『ガチャ』の運、自分には『使えない』みたいなんです」



「え…?どういう事?」



「なんか自分が<誰かに何かをしてげたいな>っていう気持ちになった時しか力が発揮されなくて、自分の為に狙ったのを当てようと思っても当たらないんです。まあ回数やれば当たるんですけど、さっきみたいに一発で狙いのが当たるのは誰かにプレゼントしようと思った時だけですね」



「へぇ…そんなこともあるんだ…」



正直云うと、身も蓋もない話だとは思うけれど理系の発想で生きるのが基本のわたしには試行回数が少な過ぎて『偶然』で片付けられるレベルの話に思えてしまう。『夢が無い』と言われればそれまでだし、知り合いにも実際に言われていることなのだけれど、さっきわたしが貰った景品も運よくそれが当たる位置で引けたというだけなのだ。



「君はそれについてどう思うの?」



何かを確認するようにそう訊ねていた。その質問に対して、



「まさかカプセルが瞬間移動するわけはないですし、運…タイミングが良いだけなんだと思います」



「まあそうだよね。それでも確かに運が良い人は世の中にいるからね」



『佐川真理』という人間は引きが弱いのだけれど、確率の概念とはまたちょっと違う意味でいわゆる『もっている人』というのは居たとしてもこの世界の在り方を変えたりはしないと思う。そもそもあの大震災にしても千年に一回と言われているのだから、私達だって千年に一回を目撃した世代になるわけだ。悪い事でもそれくらい『稀』な事象を経験しておいて、高々何万分の一くらいの偶然を許容できないほどわたしの認識は脆くはない。脆くはないけれど…



「でも、なんだかそういう話を聞くと不思議な感じがするね」



「ですよね」



それはわたしがあまり味わったことのない感覚だった。起こってしまった事象は後で変えることが出来ない。けれど起こった事をどう解釈するか、その想像の余地は十分に残されている。子供の頃に本を読んで感じていた淡く、でも心が満たされるようなそういう『世界観』は仕事に追われている時間では感じることが出来ない。わたしの胸の中にこの『少年』との出会いも、そんな一時なのかも知れないという、そんな予感がこの時生まれた。




「ねえ、わたし名前教えてなかったよね。わたし『佐川真理』っていうの。君の名前は?」



この時わたしは某アニメ映画を意識したりしなかったり。あの物語の登場人物よりは年齢が離れているけれど女性の方が歳が上なので。



「僕は、根本昴スバルです」



「え、格好いい名前だね」



「はい。父親がその車のメーカーが好きだそうで…」



「あ…なるほど」



こういう小話を聞かされると会った事もない彼のお父さんのイメージが勝手に出来上がってしまう。多分、キラキラネーム全盛の世代でそんなに浮くような名前でもなかったんだろうなとか、むしろ同級生にどんなキラキラネームの子が居たんだろうとか、色々妄想してしまった。



「真理さんって呼んで良いですか?」



「いいですよ」



こう確認した昴君もわたしとの出会いについて何か感じていたのかも知れない。それを示すかのように、その後こんな『告白』。



「僕、実はネットで動画投稿とかしてるんです。もしよかったら見てもらってチャンネル登録してもらいたいなって」



「え…?マジ!?」



驚いてばかりのわたし。こういうのを『隔世の感』というのだろうか、昴君のような子でも…勿論大学生だから全然おかしくは無いのだけれど、この辺で会う若者でもそういうのに抵抗が無い世代なんだなと思い知らされる。



「恥ずかしかったりしない?」



「えっと基本はゲーム実況とかなんで、顔出しとかはしていません」



「あ…そっか。どのくらい再生数あるの?」



「良くて三ケタですね。ただの趣味なんです。でも時々コメントしてくれる人がいるのが嬉しいんです」



そこでわたしは昴君から動画のアカウント名を教えてもらい、その場でちょっと確認してみた。スマホの画面に『ばるすちゃんねる』という名称で表示される動画のノリはなんというか、とても若々しかった。



「動画だとテンション高いね」



「実況系はみんなテンション高いですよ」



こうして『少年』とわたしの関係はこの日以来続いてゆく事になった。

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