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「さっきあの曲聴いてみたの。いい感じじゃない」



目の前の満面の笑みを浮かべた女性はどこかで見た事があるような気もするけれど、何処だったかは思い出せない。曲の事を話していたと思ったら、突然辺りからBGMが流れ出してそれはパスピエの曲らしいのだけれどこれまで聴いた事が無くて、その時は<新曲なのかも>と思った。段々音が大きくなっていって、気付いたら音だけの世界になっていた。







<あ…これ夢なんだ>




気付いて目覚めたのは日曜日の朝。好きなアーティストに関係する夢を見れたせいか高揚感はあるけれど、どんな曲だったのか思い出す間もなく印象が薄れてゆく。少しぼんやりしつつ時計を見て8時半を過ぎていた事に気付き、大分寝つきが良かったのだと分かって妙に安心感がある。考え事の事とか、季節に応じたちょっとした体調の変化もあってあまり熟睡できていなかったような気もしたので、おそらくは前日に皆川さんと話しているうちに気持ちがリフレッシュできたのだろうと感じる。夢の中で見た女性が何故か白いワンピースだった事、CDショップのような場所だったことなどからここ2週間ほどの印象を詰め込んだ夢になっていたことに気付いて自分で笑えてきてしまった。



ベッドから起き上がって背伸びをして、こんな日はゆっくりしたいなと思う。




けれど、わたしはその時ある一つの事を待っていた。少し遅めの朝食にトーストを焼いて食べ、わずかに期待しながらノートPCを起動してメールをチェックする。タイミング的にそろそろだとは思っていたけれど、実際に届いたその『返信』に少し胸が高鳴るのを感じる。



「ふぅー」



一呼吸おいて、淹れたばかりの紅茶を口に含む。意を決してメールを開く。そこにはこんな事が書かれていた。



『こんにちは。最近大学の事とかバタバタしていたのもあってメールの確認が遅くなってしまいました。ごめんなさい。



真理さんが送ってくれた内容、文章はすごく分かり易かったんですが、何というか真理さんが体験した事が僕自身信じられない気持ちがあって、なんだかまだ考えがまとまっていないのが正直なところです。真理さんの質問が、



『白いワンピースの女性』



に思い当たることがあるかどうかだったんですが、真理さんが何故僕がそういう人に思い当たる人がいると思ったのかがちょっと不思議で、でももしかしたらと思う心当たりが実はあって、ただそれが現実にあった事なのかどうなのか分からないずっと前の記憶…幼稚園くらいの時の記憶なんです。



偶然なんだとは思うんですが、たぶん何処かの遊園地で迷子になった時にそんな人に会ったって事を親に話したら、『そんな遊園地に連れて行った覚えはない』って言われて。じゃあなんだったんだろうなと思ってずっと記憶にあったんですけどその記憶が妙にリアルだったから。



でもなんか、僕が今思っている事を文章で伝えようとしても上手くいかない感じです。あと、他にも真理さんに話したい事があって、もし可能ならどこかで会う事ができないでしょうか?行ける範囲だったら僕行こうと思ってます』




文面を何度も読み返して、紛れもなくそこに書いてあることに何度目かの衝撃を受ける。その返信はわたしが昴君に宛てた、わたしの『体験』を綴ったメールに対してのもので、直感的な何かに逆らえなくて思い切って昴君にあの白いワンピースの女性に思い当たる事が無いか訊ねてみた結果がこうなった。『偶然』もここまで来るともはや奇妙過ぎて何も言えなくなってくる。昴君もこの符合について考えがまとまらなくなったのはここに書いてあることを辿れば仕方のない事だし、わたしもこの返信を貰ってまた考えがまとまらなくなってきている。



「ふぅーふぅー」



何度も深呼吸をして心を落ち着かせる。そして弓枝にアドバイスしてもらった内容をスマホを見て思い出して、とにかく今分かっている事を書き出してみる。出来事を時系列にまとめてみたり、関係図を作ってみたりしているうちに、おぼろげに自分がしなければならない事が段々と分ってきた感じがある。




<たぶん昴君も、詳しい話を聞きたいと思ってるんだ>




昴君がわたしに伝えたい事も、わたしが昴君に伝えたい事も、直接会って話してみることでもしかしたら何かお互いに納得のゆく結果になりそうな予感があった。今後のスケジュールを確認しつつ、昴君と何処で会うかも加味しながらなるべく近いうちに彼と会ってみようと考える。



『P.S. そろそろ『神様』との対決の動画をアップできそうです』



返信はそう締めくくられていて、ドラクエ7の動画がそれで完全に『完走』という事になる。そのタイミングも含めて何となくだけれど昴君が大学生で7月は試験で忙しい印象があるから、今月中に会うのがいいだろう。そう心に決めると今は分からない色んな事も、とりあえずはそのままにしてもいいのかもという気持ちになる。実際、時間がある時にネットで調べていても関係のある事に辿り着くことは殆ど無いし、もしかしたらこの辺りでわたしは心の中の『保留状態』から『観念』という心境に移り変わっていたのかも知れない。




分からない事は分からないままで、結局わたしがどう解釈するか。




幸いな事(?)に令和になって根本的な所で世界が激変したという事もないし、それはそれで世の中には変な事は一杯あるし、ニュースを見ていても割り切れない事も多い。確かにわたしは昔に比べれば『大人』になったと思う。一般論で片付けていた事は、もう誰かの『想い』を感じるとそのままでいいとは思えなくなる。広がり、時に立ち塞がり、そして乗り越えてゆく、そんな毎日も『日常』の一つのカタチなんだと最近では思う。




「ふふっ」




『観念』はそういうところからも来るのだと思う。ロマンというよりも、『そんな風に考えて行った方が絶対に【素敵】なんだよ』と『誰か』に言われているような気がする。それまでの自分には無かった何かは、ひょっこり芽を出して、この休日を温かかい何かで彩ってくれている。芽の出たその方向に、これまでに感じた事の無いような深く、それでいてやすらかに愛おしい情が自然に生まれてきたのを感じる。なんだかそれはジブリ作品のあるテーマ曲そのもののような空気で、もしかしたらそれを感じることが何かの始まりなんじゃないかと思うようになった。





☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆




水曜日。お昼休みにスマホに入った通知で動画の更新を知る。職場の環境で動画を観るのはこれまでしないように心掛けていた事だったけれどその時は、



<もういいや>



という気分になっていて休憩室でひっそり動画を再生していた。ただし音量は抑えた。



『本日は、ついにドラクエ7の【神さま戦】です。前と同じように石板を集めて、辿り着くまでは結構編集していますが、何よりレベルを上げる時間が必要でしたね。何ターン以内かで撃破すると【願い事】を叶えてもらえるので、それを目指して頑張りました』




『ばるすちゃんねる』は昴君が取材を受けて以降、登録者数も増えたし動画の再生数も伸びた。とは言っても、直接記事に関係のある動画以外は『微増』という感じで、関心は高まってはいても普段の『ばるすちゃんねる』の投稿に興味が無ければそこまでは追わない人が多数なのだと思う。昴君がバタバタしていたと言っていたのも、記事の反響への対応などに関係しているんじゃないかと経験的に思っている。動画では主人公たちが万全の体制で某所に出現した神さまと会話を始めて先頭に至るシーンからがメインという感じ。



『攻略サイトとかを拝見させてもらって、色々考えたんですがとにかく僕は『物理』を鍛えてひたすら攻めるという作戦です。これで圧倒できれば目標ターン内に倒せる計算です!!』




勇むように【神さま】に挑み一見すると理不尽な攻撃回数を辛うじて凌ぎ、最後は一か八かの攻めもあって無事に撃破した主人公達。



『よっしゃああああ!!!』



昴君の絶叫も今回はなかなか凄かったので小さくした音量でも部屋の外に漏れないかどうか心配になるほどだった。それはそれとして無事に【神さま】は神さまなのに倒され、何事かを告げて望み通り願いを叶えてくれることになったようだ。選択したイベントを確認して、動画としては無事完走。しっかり見届けることが出来たので、高評価を押して賛辞のコメントを残しておく。昴君は最後にこんな事を述べた。



『これはゲームの中の【神さま】ですけど、前にも言ったかもしれませんが本当に神様が居たら僕も願いことをすると思うんですけど、実は最近その願い事もちょっと変わってきたように感じます。というか、願っていいなら色んな事を願いたくなってます…。



でもまあ…何でしょうね、やっぱり…『皆さんの幸せ』を願えたら最高なんだと思います。もちろん結局その場に立ったらそう願えなくなってしまうかも知れないですけど、僕はそんな自分で居れたらいいのかなって思います』




このコメントを聞いて、わたしの胸の中がひそかにざわめいた。たぶんそれは昴君の事情を知って、彼に直接会った事があって必ずしも爽やかで元気な青年というだけの事ではなくて、最初に彼に会った時に感じたような『少年』という感じを昴君が持ち続けていると思うからなのだと思う。




<そんなに、、>




わたしは今度会った時に彼に何を伝えることが出来るだろう。そして、何がそこで変わるのだろう。握りしめたスマホは動画を再生したせいか少し熱を帯びていた。

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