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一週間ほど前、とっても不思議な体験をしてしまった。変に思われてしまうから詳細は伏せるけれど、『あり得ないものを目撃してしまった』という言い方をするのがよさそう。前に紹介した動画も不思議な現象だったけれど、今回のはなんというかもっと現実感が無くてそのくせ紛れもなく本当にそれを見たんだと思うしかなかった。
なんでわたしがそんな体験をしたのかもよく分からない。いまでも整理できていなくて、思考が麻痺してしまったかのよう。
ただ、そんな経験をしても日常は普通に続くし、面白い話題があれば普通に楽しんでいる。『現実は小説より奇なり』という言葉が本当なのだとしたら、もしかしたら世界の何処かでも同じような事が起こっているのかも知れない。その人達はこのどうしようもない感情をどうやって処理しているのだろう。
そんなことをまたブログに書いてみている。
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心境を整理するつもりでその夜ブログを綴ったわたし。その日の昼に、ちょっと勇気が欲しかったけれど不思議な体験をしたあの『現場』を再び訪れてみたのだ。本当にそこが確かに普通に実在している場所で、あの時とは違う晴れた天気で、もちろん輝くばかりの白い猫と謎の女の人がいる筈もなく。
「はあ…」
その時の溜息は安堵と落胆が複雑に混ざり合っていた。休日を挟んで新しい週から上司から時々体調の事を訊ねられる他は特に問題もなく、周囲はわたしの様子を見てすっかり安心しているようにも見える。もちろんわたしとしては『それでいい』。
『それでいい』のだけれど、夕方帰宅してぼちぼち夕食の支度を始めたりしているうちにそれが何の違和感もない『普通』であるという事に強烈な違和感を感じてしまった。とても説明し難い事ではあるけれど、世の中にこれほど不思議な事があるというのに世の中は相も変わらず同じように回り続けて、同じように生きてゆくために必要な事が生じて、そして自分もそれに倣うように生活し始めているという事がなんだかとても奇妙な事のように思われ始めたのだ。
シャワー後に濡れた髪をドライヤーで乾かしながら、なんとなく文章を書き始めてそのまま更新ボタンを押してしまった時には一瞬の後悔のようなものがあったけれど、新しい記事を自分でクリックして読み直してみて、
<この書き方だと何のことかは分からないね>
と思えると逆に物足りなさまで感じる始末。意識しないようにしているのに、結局その事ばかり考えてしまっていると気付く。そのうち、生乾きの頭を抱えそうになり、また自分の中の『保留』の態度に戻るという繰り返し。全然整理なんてされていないのだけれど、モヤモヤしたものを抱えるような感じで過ごしてゆこうと思えば普通にできるので、段々とその繰り返しにも慣れてきた。
前日は思い切って母親にも電話してみようとも思ったけれど過度に心配されそうだし、実際仕事も普通にこなせるように体調には何の問題もないわけだから、むしろ親友である弓枝に少しメッセージを送ってみたりして情報を共有していた方が安心できる。運よく弓枝の方もそういう話にはあまり抵抗が無いようだから、
『もし今度その人に会ったら、問いただすからね』
と冗談めいた事を伝えてみたりして、それが結構わたしにとっては気が晴れる時だったりする。理系の性とでも言うのだろうか科学的に解決できるという思い込みが、今の自分にとっては重荷にもなりかけて、もっと素朴に、例えば思い切って幽霊を認めてしまうような精神になってしまうのもいいのかも知れない。ただ就職して以来のこの住み慣れたアパートの一室で、静かに自分だけの時間を過ごしているとどうしてもそんな風には思えてこない時間もある。
『みなさんこんにちは。ネットの記事をご覧になった方が動画にコメントをしてくれているみたいで、『ばるすちゃんねる』の歴史上もっとも賑わっているかも知れませんね。取材内容についての指摘もいただいたり、見解を書き込んでもらっているので何となくですが自分なりの考えがまとまってきました』
気分転換の為に見始めた昴君の新しい動画。『記事について』というタイトルで前回の動画と同じようにドラクエのプレイ動画に合わせて昴君の声が被さるような形式になっていて、冒頭からネットの記事の反響について説明されている。
<昴君も大変だなぁ…>
この光景も現実感に乏しいとは言えなくもないけれど、ある意味で努力を続けていれば注目されるチャンスが生まれるという事例でもあるのでわたしとしては姉のような気持ちで昴君がちょっとした『失言』をしないことを願いながら動画を視聴していた。ただその心配は杞憂のようで、もともと昴君が素直で正直な性格の人なので、きちんと配慮が行き届いていると感じられる。もちろん冷やかしや賑やかしのようなコメントも散見されるけれど、どちらかというと純粋に物珍しさでコメントを残す人も増えている印象。その後、先ほどの発言であった昴君なりの考えが述べられた。
『記事では鬼婆伝説と発光現象を結び付けるように書かれていましたけれど、個人的には何か珍しい特殊な現象が偶然そこに起こったんじゃないかと僕は思いました。科学的な知識がないので具体的にどういう現象なのかは分からないんですけど、もしかしたらある条件があの時あの場に重なってそれが偶然僕のカメラに映り込んだと考えた方が現実的かなと。最近見たテレビ番組でもそういう説明で別の謎の現象の説明が解明されていたので』
「なるほど」
思わず声にしてしまったけれど、わたしも昴君の意見に概ね同意したい気持ちだ。けれどそこでもわたしが目撃してしまった何かのリアリティーが邪魔をしている。
<もしかしたら…>
『もしかしたら』の心の声の続きは何なのだろう。どちらかといえば妄想に近い一つの線が奇妙な解釈を導き出そうとしているような気がする。
『『あの子に』よろしくね』
あの時の女性の言葉が、もし…仮に…あり得ないかもしれないけれど、『昴君』の事を指しているのなら…。そんな流れで昴君の亡くなった母親の姿はどんなだったろうと想像してしまう。二つを結び付けるのは躊躇われるし、わたしの出会った白いワンピースの女性はわたしよりも少し年上という感じですらっとしていたし、母親という感じには見えない。一体わたしは何を考えているんだ。と思いつつも、もしあの女性の事を昴君に伝えたとしたら、昴君が何か思い当たることがあるのかも知れない。
ダメだ…。
確かめようと思えば確かめられる事は存在する。その条件で、わたしが確かめないという選択肢を選べる筈がないような気がする。半ば無意識に手が動き出し、ノートパソコンのキーを押してどんどん文章を書き始めている。気が付いた時にはマウスで送信ボタンをクリックしていた。
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再び休日がやってきて、それは6月の初めだった。過ごし易い一日となったその日、わたしは皆川さんを誘ってあの馴染みの喫茶店で待ち合わせていた。思いのほかカラフルでポップな私服で現れた彼女に少し面食らいつつも、
「皆川さん!こっち!」
と奥の席に呼び寄せたわたし。
「本日はお誘いいただき、ありがとうございます!」
何故か丁寧な口調の皆川さんにとりあえずそこでコーヒーを飲んでからランチは別なところで摂りましょうと提案する。同意した彼女がわたしの向かいに腰掛けてから、
「真理さんとこうやって出掛けるの初めてですね!」
と見るからに嬉しそうにしているので、
「前から誘いたかったんだけどね」
という風に答えたらもっと嬉しそうにしている。それから、
「体調の方は大丈夫ですか?」
と訊かれたので、
「全然問題ないです。ごめんね、心配かけて」
等のやり取りが始まる。会話は結構弾んで職場の事だったり、最近気になっている推しのアイドルの話をしてもらったり、こういう言い方も失礼かもしれないけれど意外と二人で盛り上がる。
「そういえば皆川さんってお友達と出かける事とかあるの?わたし市内には大学の友達残ってなくて」
「社会人になってSNS繋がりでできた友達が居ます。前に二人でアイドルのライブに行きました!」
「え、そうだったの。結構アクティブなんだね。あ、なんかそれって前にドラマとかで見た何かを思い出すよ」
「何のドラマですか?」
わたしはその流れで、弟に借りて読んだ『特撮もの』をこの上なく愛する女子とその仲間達を描いた某作品の事を話した。皆川さんはその話にシンパシーを感じたらしく、
「そんなドラマが放送されていたとは…」
と興味を持ったようだった。そういえば弟から漫画を借りたままでアパートに持ってきていた事を思い出した。
「読んでみる?」
それが切っ掛けでランチ後に皆川さんを自宅に招くことになった。




