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1月3日の午前、わたしは前日に続いて弟の車に乗っていた。いつの頃からか帰省した時の恒例になっている職場用のお土産の購入に近場のとある場所に向かっていた。



「姉ちゃんもマメだよな。やっぱりアレ喜ばれるの?」



「喜ばれるなんてもんじゃないよ。みんな美味い美味いいってすぐ無くなっちゃうんだから。今回は仕事でお世話になっている人の分も用意した方がいいから結構買うかも」



「ってか駅で売ってないっけ?」



「あの辺りに行くと二本松に帰って来たって気分になるじゃん」



「まあ、そうね」



運転席でやや呆れ気味にわたしに訊ねる弟。そう言いつつもわたしの送迎には嫌な顔一つしないし弟も弟で「じゃあ俺も買ってみようかな」なんてぼそっと呟くのが聞こえた。インター入り口を横目に僅かに先に進んで右に折れるともうその店が見えてくる。いつもそこの駐車場は混む印象だけれど、運よく空きがありスムースに駐車できた。



「着きましたよ」



「はーい。ありがとう」



二人で車を降りて店内に。中は洋風でありながらもどこか和を感じさせるのは目立つ所に置いてあるその品物のせいだろうか。



「『ままどおる』。チョコのやつもあったね」



「ミルクたっぷりママの味」



「これ系のって他所でも見かけるけど、食べやすい気がするね」



「企業努力でしょうね」



子供の頃にも親にここに連れてきてもらった思い出がある。あの頃のように純粋に家に帰って食べるのが楽しみではしゃいでいただけではなくて、今は『ものづくり』という考えなくてもいいような言葉や感想が出てきてしまう。でも当時よりもこの一つ一つが何か貴重なものだというような気もしてくるし、開発の歴史などを自分なりに調べていったりすると感動さえ生まれてくる。それを『不純』と呼ぶことはしないでいいと思う。



「チョコってある時と無い時があるよね」



「毎年10月から期間限定で発売してるんだって」



「へぇ…さすが」



そこでは先ほど述べたように職場用、仕事でお世話になった人用、そして『自分用』を購入する。普段食べるお菓子としては少し高級感があり、どちらかというとすぐに手に入るコンビニのスイーツよりは食べる回数は多くないはず。こういう風に誰かにお土産として用意する『ついで』という口実で自分用のご褒美を用意しておくと数日は上機嫌で過ごせるもの。スイーツは幸せを運ぶのだ。弟がわたしが選ばなかったチョコ味の方を一箱選んだ時、ふと思いついてこう言った。



「それはわたしが出すよ。今回も送ってもらったし」



「え…?いいの?ありがと」



お互いに年を重ねてゆくと取り立てて『姉』としての姿を見せなくても弟も逞しくなってゆくし、段々と友達のような感覚になってゆくものだけれど「姉らしさ」は何処かで見せておきたい、或いは感じていたい時もある。そんな瞬間だ。会計後、紙袋に詰まった品物を一旦後部座席に乗せた後、中からプラスチックの袋で包装された10個入りの『ままどおる』だけを取り出し、いきなりではあるが開封してそこからいくつか取り出して弟に一つ手渡す。



「あらあら…」



弟は何だかとても残念そうな人を見るような目でこちらを見ているが、「ありがとう」と言ってさっそくそこで食べ始める。残りはコートのポケットに詰め込んだ。そこでちょっと思いつくことがあった。



「わたしちょっとあっち寄ってくる」



近くにあるゲームショップ兼レンタルの店だ。最近ゲームショップ自体あまり行かないので中がどうなっているのか確認したくなったのだ。ここで弟も、



「ああ、そしたら俺ちょっとヨーク行ってくる。酒とか買おうと思って。車そっち停めるから歩いてこれるでしょ?」



「一輝はまだ休みなんだもんねぇ。羨ましいわ。分かった了解」



弟が言った「ヨーク」とは地元民にはお馴染みのスーパーでわたし達家族が一番よく買い物に来ていた場所。弟と別れ、わたしは一度目的の場所に向かう。



そこで意外な事が待っていた。



その店の広い駐車場には既にそこそこの車が停まっている。歩道から周囲の町並みを確かめるように歩き、店の前には自転車が一台停めてあるのが見える。やや仰々しい入り口から入店すると、中が大分大胆な造りになっていることが分かった。



<けっこう広い…あっちは…カード?>



かなり昔の記憶だと古本なども売っていたような気がするが、その時と配置もスペースも変わっていてパッと見『ゲームセンター』のような印象にも思える。それは店の入り口から直ぐにいくつかのUFOキャッチャーが見えたから。ちなみにわたしはUFOキャッチャーが大の苦手で多分一度も景品を取れた事が無い。さっき別れた弟が尋常じゃないくらい上手いので何が違うのかと思うけれど、得意な人は得意なゲームである。



「あれ…?ってもしかして」



わたしはある違和感を覚える。それは店についての違和感ではなくて、中に居たある人物に強烈な既視感を覚えたのだ。UFOキャッチャーの前で景品の位置を確認しているのか、身体を左右に動かしている人。その人はわたしと同じくらいの背格好の男子で、それは…



気付いた時にはわたしはそちらに向かって小走りで近付いていた。そして彼の前で、



「あなた昨日カラオケで会った子だよね!」



と声を掛けていた。



「あ…お姉さん!」



わたしの存在に気付いた彼はあの名前も知らない『少年』だった。中々の偶然だけれど市内でこれ位の歳の子が行きそうな場所としては非常に納得できる。以前はカラオケ近くにゲームセンターがあったのだけれど今はやっていないようだったし。



「偶然ですね」



「UFOキャッチャー得意なの?」




またも自然な流れで会話…交流が始まる。内心<いいブログのネタができたぞ>と思いながら、せっかくだからもう少し少年の情報を得られればと考えていた。



「えっと…苦手です。なんかでもこの間ネットで攻略法調べたからもしかしたら出来るかもなぁ…って思ってたんです」



「ネットで…」



ややその発言に驚くわたし。今は動画で解説とかが当たり前になっているけれど、家庭用ゲームだけではなくて『現実の攻略法』も調べる時代なのかもなんて。流石にそれはないか。



「やってみるの?」



「はい。あの身体が浮いているぬいぐるみを狙おうかなと」



「なるほど」



そこから成り行きで『少年』の挑戦を見守る事になった。『少年』はかなり強い視線でぬいぐるみを見つめ、意を決してコインを投入。そこから静かではあるけれど大胆に目標までクレーンを誘導してゆく。クレーンがピタッと、なかなか良いように見える位置で止まり、そこから目標に向かって降下してゆく。ただちょっと様子が変だなと思ったのは、実際にクレーンが落ちたのは目標の中心からズレた場所だった事。



「あのタグに引っ掛けようと思って」



「あ、その作戦か」



そういえば弟が以前そんなことをわたしに言っていたような気がする。ただへたくそなわたしはそちらの方が高等技術に思えてしまう。そんなことを思っている間に、クレーンがタグに…




引っかかりそうになってすり抜けた。



「あ…アカン。だめだこりゃ」



この結果にがっくり項垂れている『少年』。やっぱり向かない人には向かないような気がするし、このゲームで採算が取れるという事は基本的に一発では取れないようになっているのだろうと考えられる。『現実』の厳しさを味わった『少年』に掛ける言葉を探していると、ある事を思い出した。



「そんな君にはこれを進呈しよう」



何かの作品でこんなシーンを見たことがあるなと思った。わたしはポケットから『ままどおる』を一つ取り出して『少年』に手渡していた。



「え…?いいんですか?」



「嫌いかな?」



これはちょっと演技しているような口調。



「大好きです。好物です。ありがとうございます!」



『少年』がぱっと明るい表情を見せてくれた時、<ああ、こういう事の為に『ままどおる』は存在するんだな>とやや大袈裟な表現が頭に浮かんだ。すると今度は『少年』の方が、



「あ、だったらお姉さん、ちょっとこっち来てください」



とわたしをどこかに誘導する。『少年』が案内したのは店の入り口付近、そこに設置してあった『ガチャ』であった。『少年』はわたしのほうを見て、



「お姉さんってこの中だったらどれが欲しいですか?」



『少年』がこの時「この中だったら」と言った理由は二つある。一つは『ガチャ』の機械が数台並んでいる事。更にそのガチャの景品で自分の欲しいものはどれかという事。当然『ガチャ』なので欲しいものがあるとは限らないのだけれど、この時は運よく一つ見つかった。



「この『猫』のがいいね!」



それは『猫』をキャラクター化したミニフィギュアだった。何を隠そう猫派のわたしはこういうグッズに目が無い。知り合いからは意外と言われるけれど、猫動画もよく見る。



「そうですか。その中でどの『ポーズ』がいいですか?」



「この中だと、猫っぽい座り方『香箱座り』っていうらしいんだけど、これかな」



指でそのポーズのフィギュアを示すわたし。



「じゃあお姉さんにこれプレゼントします」



「え…?でも…」



ガチャの性質から言って『確率的』には一度で当たるとは思えない。つまり場合によってはそれを当てる為に何回か回さなければならないことになる。それを確認する前に『少年』が何か確信を胸に秘めたような表情でコインを投入して、一気にハンドルを回していた。



カタッ



排出口に落ちてきたカプセルが少年の手から手渡される。どういう事なのか分からないけれど、自信満々な表情に促される様にカプセルを開くと…




「え…?凄い本当に当たった!」




偶然と言えば偶然でこれはラッキーである事には違いないのだけれど、それとは別に『少年』のそれまでの行動が少し理解できないでいた。



「『こういう時』って当たるんです。僕の『特殊能力』なんです」



「え…?どういう事?」



わたしはそこで興味深い話を聞かされることになる。

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