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火曜日から仕事が始まり、連休明け初日という事もあって職場ではちょっとした合間に色々と会話が弾む。各自用意していたお土産の交換会と思われるような場面もあり、しばらくは食べ物には困らなそうな状態に。割と成果主義なところがある会社なので次第に締めるところは締めるという雰囲気に変っていって、個人的には『スピード感』を取り戻すようにしてゆくのが中々大変だった印象。新人の宮島くんあたりは入社してすぐの長期の連休だった為に人知れず危機感を抱いていたらしくて、



「連休中でしたけど結構勉強してました」



とある意味で『理想的』な対策を講じていた模様。山内君にしろ皆川さんにしろある程度認識は共通のようで、これだけ世の中が一斉に休んでいたり『令和』という時代に切り替わってしまうと何かしらの変化はあるだろうから、新しいトレンドを読むような事も大事だろうというような話も交わしていた。先を予想なり予測する事はとても難しい話で、ある程度データが積み重なっていないと何とも言えない事もあるけれど将来的に休日の過ごし方が変化するような事があるとしたらどういう消費が進むのか、或いは落ち込むのかについて少し研究したい気持ちも出てきた。




そういう仕事で求められる研究を考えてゆくと昴君の動画の中で起きた不思議な現象への向き合い方との明確な違いを感じずにはいられない。勿論仕事中はその現象については考えないけれど、例えば万が一そういった不思議な現象が身近にも起こり得るなら、或いはそれが頻繁に起こり得るなら、たぶんわたしなんかは常に一定の関心を向け続けると思うし、仕事の範疇としてではなくてもっと深くて広い意味での問いに関わってくるんだろうなと思う。震災を始めとした自然災害も、仕事の中で何かを『解決』してゆく事にはどこかに限界があると感じていて、その問題に真面目に向き合おうとしたら、明らかに自分の能力では手に負えない領域に来てしまいそう。その点、昴君の活動を見守る事や動画の事象の事についてはもしかしたら自分が今持っている能力である程度の事ができてしまうような気持ちにもなって、色んな意味で『境界例』なんだろうなと感じる。




ちょっとしたティーブレイクをしている皆川さんとたまたま目が合って、



「気のせいかも知れませんけど、もしかして真理さん何か気になっている事あります?」



と訊ねられて一瞬びっくりしてしまった。「どうしてなの?」と訊き返すと、



「雰囲気ですかね。言葉では説明し難いんですけど普段とちょっと違うような気もしたんで」



「そう見えるんだね。皆川さんは流石だね」



多分それは気になって仕方が無いことを気にしないようにしている様子として僅かに表出していたのだろうと思う。皆川さんがよく気が付く人だから。そこで迷ったけれど皆川さんにはかなり大まかに、



「連休中に見た動画の事がちょっと気になってね。全然仕事とは関係ないけど」



と説明する。



「あー、そういうことわたしもあります。凄く良い映画とか見た後にしばらく感化されちゃったりして」



「色んな『情報』が手軽に見れる時代だから、結構そういうところで衝撃を受けたりもするんだよね」



「真理さんもコーヒー飲みますか?」



「うん、いただく」



結果としてそんな会話になったりもしたけれど、皆川さんあたりだったら不思議な現象についてどう反応するのか気になるのが結構本音。なんとなく反応を想像してみたりもした。




☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆




そこから数日、仕事終わりには動画のコメント欄をチェックしたり、何かの情報が無いかどうかオカルト寄りではない書籍を探してみたいする時間が増えた。後で考えればその時の関心の持ち方はちょっと『行き過ぎ』のきらいがあって、何故だかよく分からないけれどとても必死に考えている自分に気付いた。



<これって、昴君の為にしているわけじゃないんだ…>



わたしが昴君から調べて欲しいと頼まれたわけではないし、わたしが気になるから勝手に調べようとしているだけ。それが何なのか分かったからと言って何かが変わるという事があるのだろうか?ある時、急に現実感に引き戻されてそれまでの熱が引いてゆくかのような感覚になった。




そんなタイミングで昴君の新しい動画がアップロードされる。内容は普段通りのゲーム実況動画で、昴君に会った日に教えてくれていたようにアプリの『ドラクエⅦ』の動画が幾つかに分割されていて、冒頭で彼がゲームのエンディングまで進めたと報告してくれている。色々頭を冷やす意味でも内容をじっくり視聴してみようと思い、タブレットで丁寧にストーリーを解説してくれる昴君の実況と字幕を追いながら、しっかりエンディングまで辿り着いた様子を見届けることが出来た。



<最後の方、結構敵が強敵なんだなぁ…>



自分のアプリの進捗としては強くなってゆく敵に万全の体勢で望めるようにレベル上げの時期で、言い換えるとそこまでストーリーが進んではいない。こうして昴君にエンディングまで辿り着いた内容を見せてもらうと、自分もそこまでしっかり進めたい気持ちになる。ラスボスの最終形態を撃破した瞬間の、



『やったぜ!!』



というちょっと芝居がかった台詞におもわず吹き出してしまったけれどコメント欄には多数の称賛といいねが寄せられていて、彼が動画中に語っていた、



『とにかくゲーム実況は完走させるのが一つの目標で、やり遂げたからこそ得られるものもあると思ってるんです』



の言葉を一部引用して、『自分もモチベーションが上がりました』という感想を述べる人もいた。個人的にはネタばれなのでエンディングのシーンの前で一旦動画を止めていたのだけれど、コメント欄に『神さまとの挑戦も楽しみに待ってます!』というものがあってハテナマークが浮かんでしまったので、気になってエンディングの部分も見てみた。




するとそこで思わぬ発言があった。エンディングを解説しながら、ドラクエⅦのエンディング後の要素と言える『神さま』についての説明が始まる。



『ドラクエⅦといえば有名な『神さま』ですよね!かなり強敵…?というか敵と言っていいのかも迷う相手なのですが、とにかくやり込み要素としては『神さま』に挑戦して勝てるところまでダイジェストで動画を編集しようと思っています』




これだけではまだ不明瞭な部分があったので検索してみると、彼が言っていたようにドラクエ7ではエンディング後に『神さま』なる存在と戦えて、それが実質最強の相手だとの事。文字通り『神さま』に挑むというのはストーリーとして大胆といえば大胆で、おぼろげに弟がプレイしていた時にそんなことを言っていたような記憶もあった。



<神様に戦って勝てるわけがないんじゃないの?>



素朴にはそう思うのだけれどシステム的に勝てる相手らしくて、そこが設定として興味深い。ただ本当に興味深かったのはその後の昴君のコメント。彼はちょっと言葉を選ぶような感じでこんな風に喋り始めた。




『『神様』といえば一つ前の動画。地元紹介の動画の不思議な現象も友人が調べてくれたりしてくれてるんですけど、不思議な事があったりすると、やっぱりこの世界には何か…よくわからないけど『何か』があるんじゃないかなと思える事があります。このゲームの世界も、最初は色んなことが『隠されている』ところから始まるんです。そういうのが現実でもあるんだとしら、って想像するとワクワクしますね、僕なんかは』




たぶん、このコメントが昴君の偽らざるところなんだろうなと感じる。わたしと感じ方が同じというわけではないけれど、知りたいという気持ちは同じなのかも知れない。少し冷めそうになっていた気持ちに何かの変化があった。




そして、こういうタイミングでその日に『パスピエ』の新しいアルバムに収録される曲のMVがアップロードされた事を知る。



「グラフィティー…」



その曲は明らかに奇妙な雰囲気でだからこそパスピエ感があって、この夜に聴くと何だか心の底から『やらなきゃ!』と感じられた。

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