表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/45

目が覚めて寝ぼけ眼でスマホを見る。特に通知がない事を確認すると実家のベッドの寝心地のせいもあってまた眠くなってきたのを覚えている。学生時代の休みを除けば経験した事もないほどの長さの連休の安心感は『ダラけてもいい』という誘惑になり、低気圧という事もあってこの日は二度寝三度寝と午後までそんな状態を続けていた。昼前に流石に母親に呼び掛けられて、ボーっとしながら朝昼兼用の昼食を摂った。



「まあ休みだしいいけどね…」



そんな母の困ったような表情にはわたしへの理解を読み取ることができる。父は用事があって出掛けていて、弟もどこかに出掛けているらしく母と二人きりになる時間も珍しいのでわたしからあまり訊かないような話もしてみてそれなりに有意義な時間になった。母からも、



「仕事は順調ですか?」



と改まって訊ねられて、「うん。まあまあ」と答える。母も母で仕事をしているのでお互いに仕事先で思う事などを意見交換して、どこも似たようなものだと両者結論付けた。ゆとりがない時には必要な事を伝えるだけになってしまうから訊きそびれている事もあるもので、この連休はそんな事をじっくり…あるいはまったり話す機会としては本当に丁度良かったと思う。母とわたしは同じ女性なのでテンションもある程度近いと思う。現実的というか、何もしていないと物事に対してちょっと冷めがちになってしまう事を見越して、母は時々変な提案をしてくる。今回は何故か絵を描くことを勧められた。




歳を重ねて最近は自宅に絵を飾ってみてもいいのかなと思うようになっているのは確か。美術館の催しも興味があったので山形市の美術館にも行ってみた事がある。ああいう特別な空間の静かな緊張感のある空気に不思議なものを感じて好きな自分。自分にないものに対しての憧れなんだろうなと思う。幸いにして絵心は無いわけではないし、SNSなどでもオリジナルだったり二次創作などで絵のレクチャーをしてくれている人もいるので敷居は明らかに下がっていると思う。



「たぶん、描きたいものがあるかどうかだよね」



「猫とか好きでしょ?それとか」



わたしのスマホにつけてある香箱座りの猫のストラップを指さした母。こういう綺麗な三毛がいたらきっと写真を撮りたくなってくるだろうし、母の提言は結構的確だ。ただその辺りで『やる気スイッチ』との兼ね合いが生じてくるのをわたしは理解している。始めるまで、始めてしまえば。




そんな事が頭に浮かんで曖昧な反応をしていると母が「あ、そうだった」と何かする事を思い付いたらしく立ち上がって移動してしまった。取り残されたカタチになったわたしは『猫』をいじりながらスマホで動画アプリを開く。




その時、わたしは意外なものを見た。



「え…?」



アプリに表示させたのは昴君とこの間撮った動画とそのコメント欄。一瞬そこに新たに加わったコメントの内容が何なのか理解できなかったけれど、それは



『4:05 空に変な光が見えますね。何でしょう?』



というもので解説すると全部で6分ほどの動画の4分05秒の地点、昴君が『恋衣地蔵』について解説する前に周囲を撮影した時を指している。その付近から動画を再び再生してみると確かに高架橋の向こう側に数秒何かが発光しているように見える。



<飛行機?>



最初その線で理解できると思ったけれど、高架橋とその向こう側の空の距離を考えると光り方がはっきりし過ぎていて、遠近感が少し変。むしろその光り方は高架橋よりも手前の、つまり何もない空間からの発光に見える。『怪奇現…』に続くワードが浮かんできたところで強引にかぶりを振るわたし。けれどそのコメントに対する反応も結構あって、どれも『心霊現象』とか、『謎の光』とか、怪しげな言葉を並べている。




その意図していない理由で動画の再生数が前日よりも上昇している。それはそれで嬉しいのだけれど、オカルト系にアレルギーがあるというか、頭が理解を拒んで納得のゆく理由を考えてしまうわたしとしてはこの現象がどうにも気になってしょうがなくなってしまった。




ちょっと前までとは打って変わって頭がの回転が鋭くなって、あれこれ考えながらスマホで同様の現象について調べてみる。そのまま、



『プラズマ』



というキーワードに辿り着いたものの、そのプラズマが生じる条件はあの日あの場所に当てはまっていたのか、調べるのが難しい事が分かる。とりあえず『プラズマ』という事にしておくとしても、この動画のコメント欄でそれを説明するのはどうなのか?という感覚もある。



<昴君に訊いてみようかな…>



動画欄で昴君に訊ねるのは明らかに変なので、先ほどのわたしなりの見解を加えて個人的にメールを送ってみる。すぐ返事が来た。文面を読むと昴君はちょうど新しい動画を投稿しようとしていたらしくそれに加えてこんな内容が書かれてあった。



『僕も相談しようと思ってたんです。動画編集している時には全然気にしてなかったんですけど、コメント欄で指摘があってどう対応したらいいか迷ってたんです。僕はちょっと何なのか分からないんですが、再生数が伸びたりしててちょっとドキドキしています』



凡そ同じ気持ちだったみたいだったので続けてわたしは、



『 【本当ですねなんでしょうかね】 みたいな反応を書き込めばいいと思うよ』



とアドバイスのメッセージを送る。『わかりました、ありがとうございます』と返事が来て、後でコメント欄にもアドバイス通りの返信をしたのが確認できた。とりあえずそれで様子見をしてみる事にして、ほぼ同時刻にアップロードされていた昴君の新しい動画を再生してみる。



『こんにちは『ばるすちゃんねる』の昴です。視聴者のみなさまは連休をいかがお過ごしでしょうか?』



という冒頭の挨拶に始まり、数日前に撮影されたと推測される二本松の名所巡りの動画には今回から何かのBGMが使われている。そういうのはフリー素材として使用可能なものを探す必要があるみたいで、たぶん昴君ならそういう事もしっかり調べてあるんだろうなと信用して、わたしのアドバイスを活かしてくれた事にひとまず感動。墓碑があって『大壇口古戦場』とテロップが入っていたので調べてみたらたぶんわたしが知らずに通り過ぎていた事もある場所だった。そこは二本松少年隊隊士の隊長『木村銃太郎』らが戦死した場所らしく、わたしもその名前は知っていたけれど場所が意外だったので少し驚いた。以前の動画のように昴君の友人『Kくん』の解説も入り、最初に映った細長い二つの碑は木村銃太郎のものではなく『二勇士の碑』と呼ばれているものだと知る。きちんと花も供えられていて、解説の内容を伝わってくるからなのか何か切ないものが胸を通り抜ける。木村銃太郎の墓も映され、少年隊において彼がどんな存在だったのかの解説で、地元民でもそこまで知られていないのかも知れないと思うと色々考えさせられてしまう。




どちらかというとしんみりしてしまう内容から打って変わって、いきなり見覚えのある場所が映し出される。




『さて、ここはバイパスドライブインですね!昭和感のある建物ですが、いまも健在です!』




妙にテンションが上がっているらしい昴君。途中で入った『Kくん』の声もなぜか嬉しそうで理由はすぐ昴君から説明された。



『実は僕等高校時代、ここで結構遊んでたんです!穴場的な感じで』



あの辺りはわたしにとっては長距離トラックが休憩に立ち寄る場所という認識で、近くに直売所もできたりして結構変化がある中でもずっと同じ立ち位置で営業を続けているのは凄いと思う。そして『動画の見どころ』として、昴君の『UFOキャッチャーチャレンジ』で動画が締めくくられた。



『あー!!!!』



以前わたしの前でも失敗していたように、今回も上手くいかずに悲鳴を上げている姿は笑いを誘う。密かに『チーン』という例の効果音が入れられている。そしてオチがしっかりしているのは友人の「Kくん」の方が一発で狙ったものをゲットしている事だった。あの二人のいつもの姿が手に取るように想像出来て面白い。




動画を視聴し終わったわたしは妙に出掛けたくなっていた。何かの作業を終えて戻ってきた母にわたしは、



「ねえ、お母さんどこか出かけたりしない?冷蔵庫の野菜とか少なくなってなかった?」



と誘ってみる。わたしが行き先に提案したのは直売所だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ