㉕
ふるさと村とその近辺を一通り廻ったところで時刻は正午を過ぎている。動画の撮影の事ばかりで昼食の事はほとんど念頭になくて、危うく家に連絡するのを忘れるところだったけれど母にメールで
『お昼は何処かで食べてきます』
と伝えて、わたし達は再び『ふるさと館』に戻ってそこの食事処で何かを食べようという流れになった。連休中で時間帯的に混雑も予想されたけど運よく席が空いていて、わたしはソースカツ丼、昴君は山菜蕎麦を注文。ここで地味に困ったのがソースカツ丼はちょっと重いかなという事。普段なら昴君と同じ蕎麦にしているところなのに、前日の昼も蕎麦を食べたばかりという事で除外せざるを得なくて、あんまりガツガツ食べている人に見られたくないという微妙な心理もあった。
「この後は帰宅という事で大丈夫かな?」
「はい。今日は取れ高もありましたし、帰ったら編集の時間です」
「たいへんだね」
「いやー、結構楽しいですよ。腕の見せ所ですからね。毎回研究してます」
「うん」
年下の子が一生懸命頑張っている姿を見ているとなんだか勇気とモチベーションが出てくる。『推し』の概念が段々と一般化してきているけれど、その原点はこういう感情に由来するんじゃないかなと思う。というか既に昴君を『推し』と考えているのも変な話ではあって、別な表現を考えたけれど、適切なものが見つからない。わたしが誰かの『推し』であるような事実は全くなくて、唯一続けているブログの読者にそんな風に見てもらえるならさぞ嬉しいだろうなと思うけれど、その辺りは愛嬌がないとなかなか上手く行かなさそうと分析する。個人的には文章で表現するよりも、こうやって直に誰かにあってシンプルな言葉で思っていることを伝えていた方が好印象になるような気がする。
「あ、きましたね」
先に運ばれてきた山菜蕎麦を確認して「美味しそう」と述べた昴君。
「昴君は結構食べる人なの?」
ここで素朴な質問。対して、
「年相応に食べますね。普段はパンとかが多いですけど」
「へぇ~意外。昴君は白米とか食べてそうなイメージ」
「どうしても作業しながら食べるものを選んじゃいますね。パンだったら片手で食べられますし」
「あ、そっか。なるほど」
「真理さんは米派なんですか?」
「そうだね。親戚から美味しいお米もらったりしてたからね」
「いいなぁ~」
彼とはこうして本当に何でもない会話をしたくなる。立場も年齢も違うからなのか、新鮮に感じるという効果もあるのかも知れない。そうしているうちにわたしのソースカツ丼を運んできてくれた店員さんの姿が目に入って、思わず身構えてしまう。
「ありがとうございます」
「ごゆっくりどうぞ」
店員さんの姿が見えなくなってから、今一度現物を見てわたしはひっそりと「うわ…」と声を出した。昴君が不思議そうに、
「どうしたんですか?」
と訊ねてくる。理由を説明すると、
「そうだったんですか。確かにここメニューそれほど多いわけではないですからね、唐揚げ定食とどっちが重いかもちょっと分からないですね」
と言って堪え切れず笑ってしまっている。
「ちょっとお願いがあるんですけど…」
と言ってしっかりソースの付いたカツの数枚を蓋に載せて昴君の方に寄せる。意図を汲んでくれたようで、
「分かりました。じゃあいただきます」
と食べてくれた。二本松のソースカツ丼はそこそこ有名と聞くけれど、お米とお肉のバランスがちょっとおかしいと感じる場合もある。でもそれが『普通』という文化。昴君が美味しそうに食べてくれたので今回は助けられた感じ。そこからは話題もそれほど見つからなかったのもあり、黙々と食事をする時間になる。何より段々と混雑の度を増してきた店内であまり長居をするのも悪いなと感じた。
「じゃ、出ましょうか」
「はい」
終えてすぐに会計に向かう。ここはわたしが会計を持った方がいいと思ったので有無を言わせない感じで、
「会計一緒でお願いします」
とレジで伝える。
「あ、ありがとうございます」
昴君がどう感じたのかは分からないけれど、やっぱりちょっと困惑している様子。その後車に戻ってやっぱり「ふぅー」と一息をつく。どうしても車の運転はわたしには緊張を強いるもので、
「昴君。またわたしを助けて下さい」
と弱気がありありと感じられるような声で頼むしかない。
「大丈夫です。道もしっかり覚えましたから」
対して昴君の方は自信あり気。
「ごめんね。わたしもしっかり運転出来たらいいんだけど、しっかり運転できるようになるには練習するしかないみたいで…」
「友達に運転のコツ聞いたら、やっぱり『慣れ』だって言ってました」
「そうだよね。あ、そういえば昴君って何処まで送ればいい?ちょっと昴君の家までは行く自信が無くて…」
「大丈夫ですよ。あっち方面に『駅』ありましたよね。駅まで行けばあと何とでもなりますから」
「そう…ごめんね」
先程までとは打って変わって情けない姿を晒してしまっているけれど、不思議と恥ずかしい気持ちは無いというか、あまり感じない。それは多分、車の運転がそれほどまでの事だという個人的な意識と、たとえそういう姿を見せたとしても受け入れてくれるであろう昴君の性格によるものだと思う。車を発進させて、家を越えた先にある駅を目指す。
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半分くらい心が悲鳴を上げつつも、表面上は割と穏やかに無事駅に到着。昴君の励ましもあり何とか辿り着けた事に少なからぬ感動があり、途中から「なんとかなりそう」と思える地点があったのも運転していての収穫。車を降りる前に昴君が、
「なるべく早く動画公開するので見て下さいね」
と言って、「わかった」とだけ告げたわたし。この時点で最後に一人で家まで帰れるかどうか不安があったのでちょっと不愛想気味だったけれど、彼なら色々察してくれていたはず。駅の駐車場から出てゆくときにほんの少しだけルームミラーで昴君の様子を確認するとしばらく手を振ってくれていた。
「ほんとうにいい子だなぁ…」
ラジオも何もつけていない車内でそういうわたしの声だけになって、一人「大丈夫、もう少し」とか「頑張れ真理」とかよく分からない応援をしていた事も出来れば誰かに同情してほしいなとか、そういう事はその日のブログにでも書けばよかったのかも。なんであれ、無事家に辿り着いたわたしだった。




