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「真理さんは何処に住んでいるんですか?」


昴君からの素朴な質問。<あれ話してなかったっけ?>と思って振り返って、確かにこういう普通の話をまだ彼とはあまりしていないという事に気付く。



「山形。山形市だよ」



「あー!」



ちょっと驚いたような声のトーンなのに、面白いのがその後に言葉が続かなかった事。自然と彼に微笑みかけながら、



「その「あー」は何ですか?ふふっ」



と訊ねると何だか申し訳なさそうな表情で、



「すみません…どうも場所のイメージが出来なくて」



「うんとね、山形の方で結構北…上の方。県庁所在地で、大学もそこだったの」



言葉で説明しようとするけれど、それだけの情報だとあんまり伝わらないかもなぁと思ったり。そこでお花見の前日に霞城公園で撮った写真や名所などの画像を見せてみる。



「うわー!!綺麗ですね!桜!」



昴君は鮮やかな桜の方が気になったようで、段々と会話も桜の話題になる。



「動画で二本松の紹介してたじゃないですか。それで、桜が咲いてるときにお城山とかに行きたかったんですけど、大学が既に始まってて日程的にできなかったんです。そういうのを投稿できるとポイント高いですよね」



「たしかに。わたしもあの地元紹介の動画好きだよ!ザ・地元って感じで」



「アクセスの分析機能とかで調べてみると視聴の年齢層がある程度分かるみたいなんですけど、不思議なのは動画のタイトルとかからでは分からないのに、あのオマケを付けると違う層が見ているっぽいんですよ」



「へぇ~。やっぱりそういう分析もしてるんだね」



「一応、大学で社会システムとかを学んでいるんで活かせそうな事は活かそうと思ってるんですけど、まだ世の中がどういうものなのか実際には分かってない若造なので、学んだことは半信半疑っていう感じですね」



「わたしもまだまだ若造の範疇だけど、びっくりするくらい世の中は変わって行くからね。アップデートしてかないとついて行けなくなりそう」



「でもそう考えると『桜』って不思議だなぁって思います。なんか昔も今も、人が感じている事って変わらないんじゃないかって思えたり」



「!!!」



わたしは昴君のこの言葉にとても共感して驚いた。桜を見た日にブログを書いた時に浮かんでいた事も多分同じで、それが昴君の口から表現されると一層実感するというかそんな感じ。しばらく感心して色々考えていたりするうちに、何かを思いつきそうな状態になっている。



「そっか…じゃあ桜繋がりで、歌ってみていいかな?」



「はい!おねがいします!」



先程と同じく『パスピエ』の項目から『永すぎた春』を選択するわたし。かなり気持ちを持ってゆく事が必要な曲なので弓枝と同室している時のようにおもむろに立ち上がり(恥ずかしさを黙殺して)、モニターに集中する。ここは敢えて昴君の方を見ないようにした。曲が始まると和歌のような趣もある歌詞の意味がしっかり伝わるように、たぶん複雑な感情なので伝えるのは難しいけれど、わたしなりに色々なものを込めながら歌てゆく。やっぱり大サビの前のCメロの所で胸が一杯になり、声が一瞬詰まってしまいそうになったけれど、なんとか最後まで歌い切る事ができた。



「わー!!!!すごいです!!」



拍手をしてくれる向かいの席の昴君。



「ふう…やっぱり難しいんだよね。この曲」



「いいですねぇ。表現が文学的、で『エモい』って事なんでしょうか?」



「雰囲気的に『いとおかし』とか『あはれ』の方が良いかも…なんて」



「でも友達とカラオケに来た時とは全然違う気分になりますね。真理さんにメッセージを送った時に『こんなことしていいのかなぁ?』って思ったりもしたんですけど、何事も経験だよなって思って」



「そんな風に考えてたんだね。わたしもメッセージ来た時にはビックリしたよ」



「いやぁなんていうか、もうすぐ『令和』になるじゃないですか。それもあって凄い長い連休になるし、折角だから色んな事をやってみるチャンスだなって思いまして」



「『令和』ね。まだ実感ないよね。だってお互い生まれた時から『平成』だったもんね」



「そうなんですよ。新しい時代になるイメージが湧かないです」



「やっぱり『令和』もお花見してるのかなぁ?」



「日本はそれでいいと思います。無くなったら寂しいですし」



そこからは完全に雑談モードで時々ドリンクバーでジュースを補充しながら、昴君も何曲かわたしの知らないアーティストの曲を歌ってみて「だめだなぁ…」なんて呟いていた。ただやっぱり二人の共通の話題の動画投稿について話が何度か回帰していって、そこで彼はこんな事を言った。



「連休中は絶対暇な人が出てくるだろうから、動画は出来るかぎり更新しておきたいんですよ」



「それは確かに!多分、今の時代だと旅行してても旅先で動画とか見てることもあるよ絶対!」



「最近気づいたのは、視聴者が何かを求めるタイミングって自分も忙しかったり、都合をつけにくかったりするって事なんです。考えてみればそりゃあそうだよなって」



「仕事でもあるあるだよ。なんでこんな時に限ってこういう電話が入ったりするのかなぁって」



「今日も、この後動画を撮影しようかなって思ってて地元に帰省していますし、地元動画も撮るつもりなんです」



「あ、友達とね」



「そうなんです。ただ…」



そこでちょっと何かを言いづらそうにしている。



「ただ?」



「友達が帰ってくるのが明日とかになって、今日がちょっともったいない感じですね」



「なるほど…」



その言葉を受けて、何か色々考え始めたわたし。そしてかなり際どいところに位置する一つのアイディアに気付いてしまって、自分でもザワザワしてきた。



<それを『実行』するのもわたしなのに!?>



自分の思い付きに驚愕させられる経験はそんなに多くはないと思う。この時のわたし達は色々特殊でわたしが偶々車で運転してきたという巡り合わせが奇妙にもおあつらえ向きになっていた。アイディアを口にする前にある事を確認してみる。



「そういえば昴君って今日自転車じゃなかったよね」



「はい。朝一からだったので送ってもらいました」



「そうなんだね…」



躊躇いがちにわたしは「それ」を話し始める。



「もしだよ…もし昴君が、わたしの運転する車に乗ってお城山とか行ってみたらどう?」



「へ?あ…そういえば今日車で来てましたね。って…?マジですか!?」



「いや…なんかね昴君が動画を撮るところも見てみたい気もしてて、あ…でもでもわたしペーパードライバーでそんなに運転とかできない人なんだけど、運転できるときは練習はしておきたい気持ちもあったね…その…」



我ながらこの時の度胸は自分のものではなかったような気がする。これも『平成最後』とか、そういう特別な雰囲気に誘われてのものだろうと、後で思えば。



「…考えてみるとチャンスですよね…」



「チャンス?」



「はい。天気はそうでもないですけど、『安達ケ原のふるさと村』ってあるじゃないですか」



「うん。あるね。そこ行きたいの?」



「ほら、『鬼婆』って結構有名ですよね。ちょっと調べてみて面白そうだなって」



「なるほど…」



地元でも安達の方は道をあまり知らなかったわたし。そこで二人でスマホの地図アプリを入念に調べてみてみる事にすると、そのカラオケ店からバイパスを通らなくても直接そこに行ける道があるという事が分かった。



<確かに昴君に道案内を助けてもらえばわたしでも十分行ける場所だ>




その事に思い至ったわたしには選択肢は実質一つしかなかったようなものだ。



「行ってみますか!」



「はい!」

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