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曲を歌い終わった後、わたし達の間に少しばかり余韻とも沈黙ともつかない時間が訪れる。昴君が真新しい備え付けのタブレットを弄りながら、「あーどうしよ…」と呟いたのを見て以前フロントの待合席で喋ったことを思い出した。昴君は喉が弱くてあまり曲数を歌えないので多分だけれど、その歌う曲をどうしようかかなり悩むのだと思う。特に知り合ってそこまで一緒に過ごしていない間柄の年上の女性の前で、どういう曲を歌ったらいいのか分からなくなるのも当然だし、わたしだったら無難な曲を選んでしまうと思う。ただ、それは『歌う』という選択をした場合には、だけど。



「昴君、無理に歌わなくてもいいんだよ?」



思い切って彼に提案してみる。昴君は「え?」というような表情を浮かべてこちらを見つめて、



「あ…そ、そうなんですよね。言われてみれば…」



とちょっと当惑している。



「君がわたしを呼んだのは、『ばるすちゃんねる』の事についてだったよね?」



わたしからこの話に差し向けておいた方が色々とスムースに運ぶような気がしていた。実際昴君は、



「はい。そうなんです。実は…」



と半分くらい悩みを打ち明けるようなトーンで最近の動画投稿の様子や、再生数やコメント、高評価の数などについて語ってくれる。その話の中で、わたしが薄々想像していたように『伸び悩み』の現象について彼なりに考える事があったようで、



「動画編集の労力と評価が見合わない…というわけではないんですが、前よりも凝って編集した割には反応があんまり変わらないなぁって感じていて…」



と後頭部に手を当てて首を傾げている様子から彼の思っている事がかなり伝わってきた。仕事をしているとそういう事はつきもので、努力が必ずしも成果に反映されない時期があるというのはある程度想像し易い。まだ一人手探りで活動を続けている昴君にとってはそういう部分で不安に感じるのも仕方のない事だと思う。そういう事はある期間継続する事が大事で、もしかしたらほとんどそれが全てなのかも知れないとこの頃では思ったりする。



「具体的にはどの動画の伸びがイマイチって感じたの?」



これもほとんど仕事上のアドバイスをするような手順で敢えて昴君に『具体例』を出してもらうことにした。



「えっと…このゲームFPSの動画なんですけど」



と言って3週間ほど前に更新されたある動画の画面を開いたスマホを差し出してくれる。



「あ、これね。前からプレイしているゲームだよね」



「これ、字幕とか過去の動画から編集とかしてみてかなり時間が掛かったんですけど、コメントもあんまりないんですよね…」



「なるほどね。確かに」



再生数こそ平均を超えてはいるけれど、高評価も低評価も少なくどちらかというと『ただ見られた』という事実が残っているような感じ。それでモチベーションを保つのは結構大変かもと思った。わたしから具体的なアドバイスをと考えたけれど、解決策がすぐ浮かんでくるものではない気がする。しばらくその動画を再生し続け、二人で場面場面でコメントしているとわたしはある事に気付く。



「なんか昴君、この回は上手に攻略できてたよね」



「あ、はい。段々上達してきましたし、プレイ自体は余裕が出てきましたね」



「…もしかしてそれが『原因』なのかも知れないよ…」



彼にとっては『意外』に違いない言葉を告げたわたし。案の定、「え?」と言ったまま固まってしまっている。昴君はもしかするとまだ何かに気付いていないのかも知れない。



「視聴者が昴君の動画に何を求めているか?って考えたことある?」



「僕の動画にですか?いや…普通にゲームの様子を見るのが楽しいんじゃないかなって」



思った通りだ。



「昴君は、こういう言い方も変かもだけど、そのままの昴君に魅力がある人なんだよ」



「僕にですか?」



アドバイスする必要上仕方ない事とはいえ本人を前に美点を伝えるのはなんだか告白をしているみたいになって変な感じ。



「なんていうかね『スレてない』っていうか、君が素直に思った事を言うだけでいいなぁって思う人が結構いるんだと思うんだよ。」



「そうなんですか?」



「動画を見る人って、多分、配信者に感情移入して一緒にドキドキしたり、ワクワクしたいんだ。あとは何気ない雑談とかも、色々してくれると心が和むというか…」



「あ、確かに…」



何か思い当たる経験があるのかも知れない。



「ゲーム配信って上手な人のを観るのも面白いけど、そんなに上手じゃなくてもゲームの魅力が伝わるように配信してくれた方が人気の場合あるよね」



「そっか…言われてみれば…」



伝えた内容はわたしが良いと思うものを素直に表現したものだけれど、他の視聴者ともそこまで違わないと考えられる。



「あくまで「わたし」はそう思うという事だよ。大事なのは昴君が『どの層』に向けてアピールしてゆくかじゃないかな?」



「層ですか」



「そう」



ここで二人の間に笑い。ここまで説明して殆ど仕事でやっている事とと変わらないと気付く。逆に言えば、動画配信自体がそういうものを要求される世界だという事なのだ。



「どこかで知った話だけど、雑談もみんな色々ネタを考えて喋ってるらしいからね。確かに配信で食ってゆこうとしたら、それくらいは必要な世界だよ」



「まあ、そうですね。編集とかしっかりやるようになって、殆どの時間がそれに費やされるようになるって分かって、厳しさが分かるようになりました」



そう言って何となく表情が曇ったような気がする昴君を見ていると、『姉』としての自分がムクムク立ち上がってくるのを感じた。



「とにかくね、理由が分かれば幾らでも工夫のしようがあるんだよ。昴君が社会に出た時にその経験は絶対に役に立つと思う。むしろ行き詰った所からは『工夫』しかないくらいだよ」



「『工夫』ですか?」



「そうそう。むしろわたしが分析したところでは、昴君がまだ自分の魅力について気付いていないという事に可能性を感じたよ」



励ますつもりで言った言葉ではあるけれど、色々考えてゆくと本当にそこは可能性になり得るという事もわたしは気付いていた。そこまでかなり前のめりで伝えていたからなのか、



「なんか…凄いですね。真理さんって」



と驚かれてしまった。



「え…?わたしが凄い?」



「なんか、真理さんの第一印象って、クールというか知的な人だなって感じてたんですけど、今思ったのは、なんというか…」



「?」



「なんというか…『熱血』ですね」



「え…?」



昴君がこの時わたしを評した言葉の意味を、わたしは一瞬理解できなかった。というよりも頭が理解を拒んだような節がある。そのままよく分からない感情に捉われるわたし。ただ年長者として動揺している姿を見せるのもどうかと思うので一旦考える事を保留してカラオケ用のモニターの画面に目を遣る。画面には売り出し中と思われる女性のタレントさんがアーティストにインタビューしているシーンが映し出されていた。



「あ、そうだ。昴君わたしからのリクエスト。マカロニえんぴつの曲、歌ってもらえない?」



「は、はい。そうですね、一回歌ってみます!」



タブレットを操作して選曲したタイトルがモニターに表示される。MVが再生されるタイプの曲らしく「洗濯機と君とラヂオ」という独特のフォント、そして二人の女性が躍る変な動画に目を奪われながら昴君が目一杯声を張った歌声を聞き届ける。傍目にもサビの部分が歌いづらそうで最後の方は一杯一杯の様子だったけれど、その辺りも『青春』を感じさせてくれてとても清々しい気分になった。



『この恋以外は考えられない』



というような曲のメッセージは勢いが凄く伝わる。ただ、恋の最中に恋が終わった時の想像をしているという事の不思議さはあって、このバンド自体もパスピエと同じように一筋縄の解釈ではない匂いがある。ボーカルと思われる男の人の表情がとても印象に残った。



「頑張ったね!」



「はい。めっちゃ声張りました。何とか持ちましたね」



歌唱を終えた昴君に労いの言葉を掛けていると知らず知らずのうちに笑みがこぼれる。最初はこの日の会合に不安があったけれど、何だかんだで良い時間を過ごせている事に気付いたからだ。

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