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ドリンクバー用のカップに飲み物を注ぐ為にわたしたちと場所と入れ替わるようなカタチでフロントから移動した二人。その後フロントの右手にある通路沿いの一番近くの部屋に入室していったのを見届ける。二人とも男の子にしては背が高い方ではなかったけれど、そういうわたしが女性にしては背が高い方なので、もしかしたらあの子達からは逆の事を思われていたかも知れない。それとも彼らは何も感じなかった、と思う方が自然だろうか。



弓枝がフロントで何かに驚いた様子。



「え…?アプリできたの?知らなかった!!」



どうやら掲示されている説明を見る限り、スマホで会員証代わりに使えるアプリが最近登場したらしい。弓枝も地元には居ないからここに来る事が久しぶりで、いつも受付で会員証のカードを提示していたので今回も財布から取り出してはいるのだけれど、アプリの事を知って何やら迷っているらしい。ベテランと思われる女性の店員さんが「カードでも大丈夫ですよ」と言ってくれているのだけれど、



「でもせっかくだからアプリ使ってみたい…」



とわたしに訴える。



「いいよ。やってみたら?」



多分、世の中の流れから言ってこれからはこういう手段が主流になってゆくだろうから早めに切り替えた方が後々便利だと思うし、おそらくアプリにはお得な情報も含まれているだろうからわたしはそこで了承した。



「えっと…どうやればいいのかな?」



どちらかというとアプリを積極的に利用しないタイプの弓枝は思った通りというかアプリのダウンロードまでに少し戸惑うシーンがあって、昔からの習わしのような感じで所々フォローを入れながらなんとかインストールまでたどり着く。そこから店員さんの指示に従って会員証と同じ情報をアプリに登録するまでが完了。まだアプリが出来て日が浅いのもあって動作や作りに改善の余地があるようにも感じられたけれど、以降はスマホで会員証の画面を表示すれば一々カードを探さなくてもいいメリットは結構感じる。来る機会はそれほど多くないけれどわたしも登録してみようかなと感じたり。




入室までの手続きが始まり弓枝との相談で2時間は歌いたい感じ。間手続きの間にフロントに電話が入ったり、繁忙期らしい様子が伺えたけれど順調に部屋が決まり、ドリンクバーを注文したので先ほどの男の子達と同じようにカップが手渡される。



「じゃあ行こうか」



手続きが終わっていかにもワクワクした様子でこちらに振り返る弓枝。彼女はオレンジジュースを注ぎわたしはアイスティーを注いでから部屋に移動する。その途中に通りがかった部屋の方から熱唱気味の男子の声が響いてきたので思わず顔をそちらに向けてしまう。もしかしてと思ったけれどそれはフロントで見た男の子二人の部屋で、あの二人の会話から察するに熱唱しているのは『少年』…の方ではなくて眼鏡の子と思われた。



「すごいね!歌うの好きなんだね!」



「それはあんたもでしょ?」



弓枝が何気なく言った『歌うのが好き』という発言は後で思うと本当の意味でそうなのかも知れないと感じたり。学生時代、動画サイトに毎日のように投稿されたボーカロイドの曲の情報を速やかにキャッチして上手く歌えるようになるかを楽しんでいた時と比べると最近ではカラオケの事情も変わってきているような気がしていて、『どこが?』と具体的に説明してと言われると少し困るけれど、なんだか前よりも「カラオケに行く」という事が当たり前でもなくなっているような気がする。それは例えば社会人になって行く機会が圧倒的に減ったからとか、『カラオケでの上司のパワハラ』みたいなシーンを無くしていこうという社会の要請に合わせて結果として無理にカラオケに行かなくても良くなってきたという事もあるのかも知れない。だから『今』、正月三が日でもあるけれどカラオケに来ているという事自体が『歌うのが好き』という証明でもあるのかも知れない。



「今日はLemonとか歌いたいんだよね」



入室するなりコートを脱いで早速準備万端な様子の弓枝。ボカロ好きの人が自然に米津玄師に移行するのはわたし的にも納得できる事で、女性が歌う場合にはキーをどうするかがポイントになるだろうけれど、弓枝は男性用の曲も原キー派だ。わたしは彼女ほど純粋に歌を歌うのが好きという人がいない…とは言っては誇張になるかも知れないけれど、本当に楽しそうに歌う人だと思っていて、そういう所が友人として好きなのだという事は声を大にして言いたい。言う人いないけど。



「わたしはパスピエかな…」



同じくわたしもカラオケの時だけ『人格が変わる』と仲間内で定評で、ボカロの曲を何度も歌っているうちにキーが高い早めのテンポの曲を歌いこなすことに快感を覚えてしまった人間である。もちろんパスピエのちょっと懐かしい雰囲気も好きで、まるでスラスラと出てきたような歌詞も色んな事を想像させてくれて好きになったのである。




現実でもこんな風に『カラオケ談義』をしていると止まらなくなってしまう二人だけの空間でややハイテンションに時間は過ぎていった。





☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆





1時間程が経過して弓枝がトイレに出掛けたのを合図にするようにわたしもドリンクバーで飲み物を補充する為に一旦退室してフロントの方に向かう。角を曲がってフロントが見えた時にわたしは何かを感じた。



<あれ?あの子…>



後ろからのシルエットでもあの『少年』だという事が分かるくらいやっぱり彼は目立つ。しかもこの時はドリンクバーの前で何か迷っているらしい動きを見せていた。



「…」



『ホット』用のドリンクバーの前で無言のまま首をひねっている『少年』。




<もしかしたら何にするか迷っているのかも>




それが証拠にカップ自体は機械に設置してある。あまり失礼にならないように横目で見ながら自分のカップに再びアイスティーを注ごうとした時、わたしは『ある異変』に気付いた。まあ異変と言う程のものではないけれど、アイスティーが『薄く』なっていたのである。実は学生時代にちょっとカラオケ店でバイトをしたことがある身なので、これは薄める用の原液が切れかかっている状態だという事は分かっていたのだけれど、この繁忙期にには致し方のない事情だという想像ができて、何となくすぐに替えるように店員さんを呼び出すのも気が引けていた。ただ考えてみれば他のお客さんの事を考えれば、店としては報告してくれた方が色々と都合の良い場合も当然ある。そこでは「わたしごときの為に手を煩わせたくない」意識の方が優先したのだけれど、当然違う方を意識する人もこの世の中にいる。




「あ、お姉さんのも変になってますね」



カップを持ってその場から動こうとしたその瞬間、『少年』が突然わたしに声を掛けてきたのである?




「え…?あ…」




動揺して一瞬何も考えられなくなってしまう。まさか『少年』の方から声を掛けられるとは思ってもみなかったので何と答えたらいいのか分からなくなっていた。その態度を『少年』は何らかの『戸惑い』と感じたのかも知れない、彼は「よし」と呟いてからさっそうとフロントに行って呼び鈴を鳴らしてからこう言った。



「すみませーん!ドリンクバーちょっと出なくなってますよ!」




最初に見た時にフワフワした様子に感じた時とは印象が違って、声も堂々としている。フロントの奥から「はーい」という声が響いて店員さんが駆け付けてくれる。



「あの、ホットのドリンクバーもなんかちょっと動かない感じで、そちらのアイスティーのも色が薄くなっているみたいです」



彼の説明から『少年』がさきほど首をひねっていたのは『ホット』の方も故障というか、何かの理由で一時的に動作が悪くなっていたのだろうという事が推測された。



<そうだったのか…>



わたしの方が年長なのに、この場合は明らかに少年に気を遣ってもらったカタチである。ここは『お姉さん』としてのちょっとしたプライドが働いた。店員さんが一旦奥に戻っていたのを確認してから、



「どうもありがとう」



と『少年』にお礼を言う。そこで止めておけばいいのにこんなことまで付け加える。



「しっかりしてるね!」



その賛辞は『少年』をちょっと赤面させた。



「あ…いえ…なんか『こういう時』にはそういう風にしないとなって…思ってて…」



何故か先ほどまでの勇ましさは何処かに消えてしまって急激に自信がなさそうな雰囲気になってしまった『少年』。その特徴的な言い回しもそうだけれど、彼の事がかなり気になってしまったわたしはこんな提案をしていた。



「じゃあ直るまでそこで待ってよっか」



ドリンクバーの向かいの休憩所と思われるソファーが置かれて仕切られているスペースを指さすわたし。『少年』は、



「え…?」



と一瞬戸惑っていたけれど提案に納得したのか勧められるままそのソファーに腰掛け、わたしもその隣に腰掛けた。わたしにしては結構大胆だったのかも知れない

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