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<会って一体何を話そう…>



大型連休が始まる直前までずっとそんなことを考えながら過ごしていて、初日に福島行きの新幹線の座席に座ってもやっぱりどこか落ち着かず、高速で過ぎ去ってゆく景色を見ていても何も覚えていないようなそんな感覚だった。そんな状態だから電車で実家のある駅が近付いてきた時に危うく弟からのメッセージを見落とすところだった。駅の駐車場で迎えに来てくれていた弟の車を見た時に妙な安心感を覚えてしまった。



「お帰り」



「ただいま」



車内でのやり取りはほとんどそれだけだったけれど、普段との違いを感じたのか弟に「どうかした?」と訊ねられて「ううん、別に」と答えた時に、



<もしここで『あの事』を説明したら、なんて言うだろう?>



みたいな想像をしてしまった。「え、マジ?」とか言ったんだろうなと思う。流石に昴君と会う約束をしている事を家族に知られたくはない。疚しい事では全然ないのに、年が離れた男の事会うのはやっぱり『普通』からは少し離れているような気がする。家に到着して、車を降りると弟が気を利かせてお土産の紙袋を持ってくれる。



「あんたにも買って来てあるよ。蕎麦にしました」



「蕎麦か…いいね!」



山形も福島も蕎麦が美味しいけれど歯ごたえのある蕎麦は山形独特。なので家族が山形の方に遊びに来た時にもみんなで板蕎麦を食すのが恒例となっていた。



「姉ちゃんはマメだよなぁ」



「あんたもでしょ」



玄関で待ち構えていたかのように父と母に迎えられたけれど、母はすたすたと台所の方に向かっていた。丁度お昼時だったので昼食を準備していたようで一旦荷物を部屋において居間に向かうとテーブルには天ぷらの乗った大皿が。<もしかして>と思ったけれど、この日の昼食は蕎麦だった。早速お土産の事で笑い話になり父は、



「お母さんと『もしかしたら蕎麦買ってきたりして』って話してたんだよ」



と得意げに語った。でもこの顛末のお陰で昴君の事についての過剰な緊張は緩和した模様。家族団欒の一時に、会社で花見に出掛けた時の事や写真などを見せて、両親もその年は色んな所に花見に出掛けたという話を聞く。そこでちょっと気になったのが、



『桜番付』


というもの。福島県内の桜を相撲の番付のように『東の横綱』とか『大関』とかランク付けしたものが出回っているらしい。二本松市内にも最近になって有名になり始めた地蔵桜や前から有名な合戦場のしだれ桜など上位にランキングした桜があって、以前はそれほど区別する意味を感じていなかったけれどSNS映えなどを気にする時代には需要があるというのが理解された。




自分も年を重ねるごとに、こういった文化に詳しくなってゆくのは何となく嬉しい。とりあえずその日は特に何もすることなく弓枝とメッセージをし合いながら過ごしていた。



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆




連休2日目。昴君とのメッセージで日程的にその日が一番都合が良いという事で、その日の午前にカラオケ店で会う約束になっていた。早い時間から身支度を整えていると他ならぬ『自分』が昴君と会う約束をしているんだなという当たり前の事を凄く不思議に感じてしまう。もし自分がそこに行かなかったら…そんな事は絶対にしないけれど、それくらい自分の自由意志に委ねられている事柄なのだと理解される。




やおらに弟が起きてきて、



「あれ?姉ちゃん、出掛けるの?」



と眠そうな顔で訊ねてくる。ここでは流石に誤魔化すのも変なので、



「ちょっとカラオケに行ってくる」



とあくまで『事実』を伝える。多分、弟の理解からすると『弓枝』とのカラオケを想定したと思うけれど



「俺送らなくていいの?」



という疑問を感じた様子。「今日はお父さんの車自分で運転してみる」(許可は貰っている)と伝えると、



「へぇ…」



と感心した様子。そして家を出る直前、



「気を付けて」



と言われた。基本ペーパードライバーでも流石に僅かな距離の移動なので事故る事はないとは思うけれどちょっと駐車に不安が無いとは言えないので、



「気を付けます」



と言って出掛けた。車に乗り込み、弟の車の助手席で見ていた事を思い出すようにエンジンを掛け、ちょっとドキドキしながらのドライブではあったけれど、10分もせずに無事にカラオケ店に辿り着くことが出来た。朝早い時間に待ち合わせにしたのは昴君の判断だったけれど、その時間だと駐車場は空いていて何の問題もなく駐車することが出来た。そして、車の運転に集中しつつもチラッと視界に入っていた男の子の姿。




車を降りて「ふう」と一息ついて、店の入り口に移動する。昴君はこちらに気付いて、



「どうも!」



とにこやかな笑顔で迎えてくれた。



「お久しぶりです。動画ずっと見せてもらっていました」



「ありがとうございます!昨日の夜にもう予約してましたので、入りましょう」



彼が連休中のカラオケで確実に部屋に入室する為という事で事前に電話で予約をしてくれていたので希望する機種の部屋にも入室できた上ほぼ一番最初のお客だった為か他の人にも目撃されなかったのが地味に良かったなと感じるポイント。もちろん、カラオケ店のバイトをしていた経験で店員さんはお客の事はそこまで気にしていないという…常連さんだなくらいは思うけれど、それくらいだと分かっていたので過剰に気にする必要はなかった。それでも、もし万が一知り合いに見られたりすると色々説明するのが大変だという想像もしていて、入室してしまってからは完全にその心配がなくなった。



<無くなったけど…今度は…>



昴君が真向かいのソファーに座ってスマホを確認しているのが見える。男の人と二人きりになるという事がこうして実現してしまうと、ちょっとでも何かを意識してしまうとわたしの何かが持たなくなりそうだ。なので努めて事務的に、どちらかというとビジネスの案件を相談されているという『イメージ』で自分を取り繕ってみる事にした。なのに、



「真理さん、一曲歌ってもらえませんか?聞いてみたいです」



といきなり振られた。そしてその昴君の様子にはまるで緊張したところが見受けられないという事。つまり『自然体』という事。



「えっと…じゃ、じゃあ」



そう言ってパスピエの曲、その中でも比較的落ち着いたテンションだと思われる『シネマ』をチョイス。曲調がこの不思議なシチュエーションとマッチしていたせいか、あまり緊張せずに歌うことが出来た。リズムに合わせて首を振ったり手を叩いたりしてくれている昴君を見て、



『この子かわいいな』



と感じてしまっていた。

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