表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/45

「えーそれでは本日は『平成最後のお花見会』という事で、わたくし山内が乾杯の音頭を取らせていただきます!それではご唱和下さい!かんぱーい!!」



「「かんぱーい!」」



少しやり過ぎなくらい声を張り上げてくれた山内君の乾杯で部署の殆どの人が参加するお花見会がとても賑やかに始まった。ライトの薄明かりで照らし出された夜桜の下、シートを目一杯広げ、オードブルや各種おつまみ、ソフトドリンク、お酒が所狭しと並んでいて、わたしが経験した中では過去一の物量。わずかに懸念された開花状況についても、当日はほぼ満開と言ってもよく、天気はやや曇っていて少し肌寒いけれど、今日この場所に集まった花見客は全然気にしていなさそう。山形市随一の花見スポットだけあってかなり早い時間からの場所取りが求められたけれど、新人の宮島くんと皆川さんの頑張りで美しく咲いている桜をじっくり眺めることが出来る。




「ありがとうね」



並んで座っていた二人に感謝を伝えると宮島君は照れ臭そうに、



「皆川さんが『絶対この辺りが良い』ってここに決めたんです。確かにここ最高ですよね!」



とちょっと皆川さんの方を伺いつつ言った。皆川さんは、



「宮島君凄くしっかりしてて、必要なものの準備はほとんど任せっきりでした」



とこちらも宮島君に微笑みかけている。いつの間にやら二人が打ち解けているのを見て、これは二人に任せて正解だったなと感じる。『宮島君がしっかりしている』という印象はわたしも感じ始めていて、例えば今もお酒を注ぎに行ったり、こまめにごみを回収していたりと新人らしからぬ気の利かせ方。



「宮島君はお花見とか好き?」



なんとなく訊ねてみたらその理由が判明する。



「大学時代はサークルで毎年やってました。性格的に盛り上げるのは得意じゃないですけど、楽しそうにしている雰囲気とか好きですね」



おそらく大学時代も今と同じ役回りで色々と慣れているのだろうと思う。途中から幽霊部員になった料理サークルで1年時に参加したわたしのお花見の記憶とは対照的なんだろうなと思う。社会人になってからのお花見はどちらかというと色んな世代の人が集まっているものだから全然ノリが違ってて、個人的には上司がちょっと羽目を外すようなシーンがあると意外な一面を知れたりして嬉しかったりする。この日は山内君が実質的には宴会部長というか、場の盛り上げを買って出てくれている。周囲からの悪目立ちはいまのところは大丈夫そう。




そこそこお酒が入って来て、寒さも気にならなくなる。身体を寄せ合って、心の交流をして普段よりも色んな気持ちが伝わり易くなっているのか、ある先輩に至っては目尻に光るものが見えたり。あまりにも美しい光景は『非日常』でもあって、そこに醸し出される温かなムードは『自分が一人ではない』、『みんな心は一つだ』みたいな一体感すら感じさせてくれる。それを幻想と呼ぶことはしないでいたい。夢の世界の話とも思わない。ただ一時、みんなが心を許し合い、ただ楽しむ為だけに存在しているような空間が実際に実現しているのだ。




漂う甘い匂い。耳を澄ませば、懐かしいメロディーでも聞こえてきそう。



「『令和』ってどんな時代になるんでしょうね?」



皆川さんがふとそんなことを言った。4月になって一番最初の衝撃…というと大袈裟だけれど、確かに誰もが『令和』という新しい響きに何かを感じたに違いない。わたしはどうあっても平成の人間で、令和になったからと言って何もかもが新しくなるわけではないと思っているけれど『世代』はいつか移り変わってゆく。



「令和でもお花見とかは無くならない…と思うけど。車が空を飛んだりするのかな?」



「わたしは、色々あると思いますけど…」



何故かそこで『溜め』を作った皆川さん。宮島君もお寿司を口に運びながら皆川さんの方に顔を向ける。



「けど?」



「時代に合わせて変化していきたいなって思ってます」



「変化。そうね。それが大事だよね」



力強いその皆川さんの言葉に、わたしは『可能性』を感じた。楽しい時間も、大変な時も、色々経験していって、その先に何かが見えてくるような、そんな未来。それはそれとして、



「名残惜しい『平成さん』を偲んで今日はもうちょっと飲みましょうか?」



と皆川さんのコップにビールを注いだわたしに「はい」と答えてくれた笑顔は写真に残しておきたいくらいのものだった。




☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆




「あぁ…」



翌日の朝二日酔いとはいかないまでも、ちょっとぐったり気味に目覚める。日曜日だしこの日こそはダラダラしてもいいのだろうけれど、前日のハッピーな記憶で妙にモチベーションが上がってしまっていて、例の喫茶店には行きたい気分だった。多少疲れても楽しい事はしていたいモードになるとやりたい事がどんどん浮かんでくる。冷蔵庫からペットボトルの紅茶を取り出して渇きを潤す。



タブレットを起動してニュースなどをチェックしてから動画アプリを起動。昴君やその他の配信者の動画の更新は特にないのを確認して、ついでに念のためパソコンでメールソフトを立ち上げる。



「ん?」



わたしはそこである事に気付く。差出人と件名とから瞬時に『大事なものかも知れない』と思ったわたしは即座にクリックして本文を読み始める。



「え…!?マジで?」



その内容にちょっとばかり驚愕してしまう。



『件名:大型連休に


こんにちは!根本昴です。実は動画の内容の事で真理さんにアドバイスをしてもらいたいなと思っていて、もし可能なら連休中にどこかで会えませんか?カラオケ店とかどうですかね?



「え…え…」



突然の展開に思考停止に陥る。可能ならわたしの方から接触を図ろうとしていたくらいだから全然問題はないのだけれど問題はそこじゃなくて、昴君の方からこうしてメッセージを送ってきたという事。



<意外と大胆な性格なんだ>



と思いかけたけれど、考えてもみれば動画配信者なのだから行動力はわたしよりあってもおかしくない。とはいえ年は離れてはいるけれど『男女』という想像もしないわけではなくて、妙な発想も生まれてきしまいそうになっている。そんな自分にちょっと引いてしまっている自分…。




<と…とにかく返信を考えないと>




一気に覚醒状態になった頭で、前日の余韻も何処へやらという感じ。これもこれで嬉しい事には違いない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ