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物事に慣れてきてしまうと感想が抜け落ちてしまったかのようになってしまう。仕事にしてもプライベートにしても平穏で平常な事が良いとは分かっているけれど、あまり心を動かされもしない展開が続くとその日何があったのかさえ振り返らなくなってくる。家と職場を往復するだけになってしまっているような気分になってきてしまった時に、
<これが『年相応』の感じ方なのかな…>
と思えてきてちょっと…いや大分悲しくなってくる事もあるにはあって。自己分析的に、明確な『目標』が無い事に気付き始めていた頃で、それはキャリアアップを目指すとかそういう話よりももっと何か『生き甲斐』に関係する事なんじゃないかと思うようになった。漠然と何かを浮かべようとするけれど、圧倒的な勢いで消え失せてしまうだけの時間はそれ自体虚しくて普段はあまり飲まないお酒を飲んで、
「まあ仕方ないか…」
なんて呟いた日。一体自分でも何を求めているのか。ぼんやりした視線で猫のキーホルダーを見つめながら、<猫はいいなぁ>的な事を思ったような気がする。寝落ちした次の日の朝にちょっと反省のような事をアプリにメモしてから出社。職場では来月に入社することになっている新入社員の話題がちょっとあったりして、ある程度気を引き締まったような気がする。
「…」
さしたる理由もなく、ただ気を紛らわせる為に休憩中スマホで適当な話題を読んでいたわたし。
<やっぱり…何も無いか…>
職場で昴君の動画を視聴するのには抵抗があるし無難なポータルサイトを開いていただけだからモチベーションが上がるような話題は少なく、偶に面白い情報が載っていたりするエンタメ系サイトを開いた時わたしは思わず、
「あ!」
と声を上げた。同期の山内君が大袈裟にビックリして、
「びっくりした!どうしたの?」
と言いながら凄い目でこちらを見ていた。
「あ…ごめん。ちょっと良いニュースを見つけちゃって嬉しくて思わず…」
「え?なになに?」
「パスピエ。わたし好きだって知ってるでしょ?今度アルバム出すんだって!」
「へぇ~。良かったじゃん。そういえばパスピエのギターって山形出身でしょ?前調べた時にすげーって思って」
「そうなんだよ!だから県内の大学の学際とか、調べると結構ライブやってたりして」
「ライブは行った事あるの?」
「まだないの。DVDとかブルーレイとかは見てるんだけど、いつか生で見たいなって」
「ほぅ…」
何故か感心したような様子の山内君だけど、この間活動休止したバンドの事があるから何となく心境が理解できるような気がする。
「でもよかった…わたしこれで生き返る…」
比較的なんでも話せる相手を前に思わず心の中で思っていた事が言葉になって出てくる。
「大袈裟…でもないか。ファンは本当にアーティストに救われていたりするからね」
「マジでそう。この頃ちょっと目標が無かったから、発売日まで頑張れるよ」
自分にしてはあんまりにも『しみじみ』としたトーンで語ってしまったらしく、山内君が少し引き気味な表情になったのだけれど、その後何かを感じてくれたのか、
「なんか真理さんも大変なんだな…。何なら今日久しぶりに飲みにでも行くかい?」
とわたしに提案してくれた。
「え…?飲み会ですか!?わたしも行きたいです!」
ここでいつの間にか近くにいた皆川さんが凄い勢いで反応。あれよあれよという間に3人で飲みに行くことが決定。山内君に、
「気を遣わせてごめんね」
と言ったら、
「まあお互い様ね」
と言いながら気の良さがにじみ出ているスマイル。彼の普段の妙にこだわりの強いちょっと変な部分を知っているから惚れはしないけれど<頼もしいな>などと思ったり。その日の飲み会は二次会まであって、なんとカラオケ。わたしが何気なく提案した事に一番乗り気だったのは山内君で、活動休止したバンドの曲を誰かに聞いてもらいたいと思っていたらしい。
「山内先輩って結構『熱い人』なんですね…」
皆川さんがわたしの耳元にこんな風に言うくらいの熱唱だった。そういう皆川さんはというと私達同期二人とは対照的に選曲に迷って「何歌ったらいいか分からなくなりますね」と言ってから、AKBとか乃木坂のメジャーな曲を歌って何となくアイドルチックに振舞っていた。
「かわいいね!」
「ヒューヒュー!」
二人の絶賛にはにかみながら、
「わたしこのキャラで大丈夫ですかね?あざとくないですか?」
と訊ねる。話を聞いてみると前にも教えてくれたように、かわいいものに憧れがある皆川さんは『アイドル』にも憧れた時期があるそう。
「うーん…何と言ったらいいものか…」
そこから何故か同性から見て『あざとい』のラインはどこなのかとかという議論が始まって山内君が、
「あざとさを自覚しているあざとさはギリギリあざとくないとも言えるような気がするね」
とか分かるような分からないような表現をしたので、
「皆川さんは純粋にかわいいものが好きだという気持ちからそうするなら全然あざとくないと思う」
としっかり訴えた。もうこの辺りで完全に皆川さんがわたしの妹みたいな感覚なっていたような気がする。
「なるほど…」
そしてわたしのその発言を信用しきっているように受け取る皆川さん。こういう付き合いがあると数日前からの低空飛行はなんだったんだろうと思ってしまうけれど、世の中的にはこういう交流も少なくなってきてはいるんだろうなと感じる。
帰宅してシャワーを浴びてタオルで髪を乾かしながら一息ついてから朝アプリにメモした内容を見返した。
『期待し過ぎない事』
この語句に付け加える事があるとすれば、
『でも全然期待しないのは違う』
という語句だろうか。その日特別に公開されていたパスピエのアルバムからの先行視聴のページで新曲を聴き、
<なんか…『あのアーティスト』の曲っぽさがある…>
という事に気付いて、変幻自在に色んな曲を作れるパスピエは凄いなと感じた。パスピエも初期の頃から変遷が結構あってどの時期もそれぞれの良さがある。わたしは少し前の『七色の少年』が今でも好きで、彼らにしかできない事をずっと追い続けていたいと思っている。それには当然ファンが応援してゆく必要がある。
『ファン』
それとも今風に言えば『推し』なのだろうか。発信者が世の中に溢れ過ぎている時代に、特定の誰かを追い掛ける。それはそんなに単純な事ではなくて、発信者との『出会い』も絶対に必要になる。実況動画というジャンルで現在『推し』となった昴君のある動画のコメント欄を見ていたら、わたしが投稿したコメントに誰かからの高評価が付いたという事を確認。
<気持ちは同じなのかも知れないな>
と感じる。みんながみんなバラバラの方向を向いているんじゃなくて、お互いに何かを伝え合おうとしている。
離れていても心は…
あの有名な曲の歌詞のそのままを思いながら、わたしは眠りについた。




