表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/45

2月も半ばになった頃、日帰りの出張があった。平日で比較的空いている列車の中、イヤホンで音楽を聴いていた。予定がタイトなのもあってやや気持ちは勇みがちで、パスピエが去年出したアルバムの『トビウオ』という曲の勢いがピッタリという『感覚』。今年も新しいアルバムが予定されているけれど、変わり続ける事を恐れてはいけないという事や、この曲の歌詞のように自分のイメージから世界を変えて行けるならば色んな可能性があるんじゃないか、そんな風な内容を伝えてもらっているような気がする。受け取り方は千差万別という事が嫌でも分かってしまう世の中だけど、わたしの感じ方もきっと尊重すべきなんだろうなと思う。わたしらしさだから。




曲が終わり、自然と晴れ渡るような気持ちでもう一度その日を予定を確認してみると、タイトなのはタイトなのだけれど、スムースに進められれば帰る前に駅内でお茶でもできそうだなと気付く。その日はそれをモチベーションに頑張ってみようとそこで決める。




東北なので『仙台』の街並みは住んだ事が無くてもどこか馴染み深い。震災からの復興が一番進んだ場所だと思うし、なんなら前より賑わってさえもいる。学生時代にも大学の友達と遊びに来ていていた思い出の場所もある。その友達が勤めているのも仙台市内だったりして、<きっと彼女も頑張っているんだろうな>と考えたりすると謎の頼もしさを感じてしまう。市内を移動している間にその人にメールを送ってみたら、



『今日来てたんだ!うーん…今日は時間取れなさそうだ…ごめん!』



という返事が返ってきた。その辺りは大体概ねそういうものだと了解していたので、



『大丈夫、わたしも今日はスケジュールがぎっしりなの』



と伝えた。『今度どこかで食事でもしようよ』と続いたので『もちろん!』と返事。こういうやり取りでもあるのと無いのとでは心境が全然違うもの。何か目新しいものはないか探しつつ一つ一つ予定をこなしてゆく。




☆☆☆☆☆☆☆☆




頑張った甲斐もあり、十分に喫茶店に立ち寄るくらいの時間を作ることが出来た。その代わり会合の準備などで昼食が大分雑になってしまっていたので、喫茶店ではゆっくり寛ぎたい気分。駅内では早足で移動して、店で席を見つけるとそのままドサッと腰を下ろしてしまう。



<いやぁ…ちょっと疲れたなぁ>



少しボーっとしながら周囲を見渡す。結構年上の女性のペアとか、スーツ姿の男性とか、大学生くらいに見える人とかその日は色んな客層の人がいるらしく、男性はリラックスしながらもどこか忙しそうで、女性のペアはすっかり腰を落ち着けて会話に興じている。大学生はスマホを弄っていて、なんだか『平均的な様子』といった感じ。わたしもその雰囲気を乱さないように、早々にブレンドのコーヒーを注文してスマホを取り出す。再びイヤホンを耳に差し込んで、気になった動画を再生してみたりする。昴君の動画を見始めてから、オススメに表示されるようになった有名な配信者の動画とか『VTuber』と呼ばれる括りの動画も嗜むようになって、動画サイトでボカロ曲を漁っていた時のようなちょとした『懐かしさ』をそこに感じたりしている。明らかにそういった配信者はわたし世代の感覚を持ち合わせているし、とにかく色んなネタを知っていて視聴者も盛り上げ方を知っている。内輪になり過ぎるとちょっと理解できない部分もあったりするけれど、再生数が多いチャンネルには何らかの理由があるという事は期待していいんだろうなと感じる。




<こういうのもちょっとした『オタク』なんだろうか…>



喫茶店でイヤホンをしながら動画を見ている時点でそこそこレベルが高いかも知れないし、全然そうじゃないとも言えそう。『オタク』という言葉も原義から遠ざかってゆくし、そこまで嫌悪されるものでもないように感じる時代だけれど、そもそも理系で一般の人には難解な理論を議論していたような人種からするとまだ親しみやすい話題なんじゃないだろうかと思えてくる。学生時代に学んだことは仕事で使うものも使わないものも含めて社会というものを知る材料になっているし、何より今も学び続けてゆく必要性を感じさせてくれている。続けていったらいつかはその分野でオタクっぽくなってゆくし、オタクの別名が専門家…というか。




ちょっと飛躍してしまった発想に苦笑しながら、運ばれてきたコーヒーをいただく。こういう『上質?』な時間を大事にしたい、と思い始めていたその時だった。




ポンポン




誰かがわたしのテーブルを叩くのに気付いた。スマホの画面を見つめていたしイヤホンのせいで全然気づかなかったのだけれど、驚いてそちらに振り向いたわたしは最近で一番くらい驚かされてしまった。



「あ…うっそ!?え…?なんで?」



わたしはその場に居た人物が誰なのかに気付いて混乱してしまった。勿論どこで会ってもおかしくはない人なのだけれど、よりによってこの場で会うとは…。



「よう!偶々見掛けたからさ、一応声掛けとこうかなと思って」



相手は全然気にした様子もなくにこやかな笑顔でこう言った。彼、わたしが一瞬付き合った相手の「加藤智広」はその日スーツにコートを羽織った姿だった。



「ここいい?」



「え…あ、いいけど…」



と言って正面に座る智広。一応別れた相手ではあるけれど、決して自分にとって厭な相手ではない。何とも言えない気まずさがあるから連絡はしないけれど、卒業パーティーの時にお互いにどこに就職したのかくらいは報告し合っていた。そういえば彼も仙台市で就職したという事を聞かされていたのだった。



「そっか、こっちで就職したんだもんね」



「そうそう。俺も結構頑張ってますよ」



お互い社会人になって初めて会ったので少しばかり印象が違う。わたしがそう感じるという事は相手もそうなのだろうか。と思ったら彼がこんな一言。



「真理は変わらないね。入ってきた時も『真理だ』ってすぐに分かった」



「そうなの?もう大分時間経ってるよね」



「元気そうでよかった」



そう笑顔で伝えてくる智広にわたしは複雑な心境だったけれど、お互いに近況を話しているうちに打ち解けてしまって、<そうか…気にする事はなかったんだな>と気付く。でもその後、



「まあ種明かしをしてしまうと、酒井からメールで教えてもらったんだよ。仙台来てるって」



「あ…そういう事か…」



『酒井』というのはわたしがメールした友人の事だ。なるほどそれなら当たりを付けて探していれば『偶然』出会う確率も上がる。別に残念な事ではないけれど、何となく「ふーん」という感じ。



「実は、酒井と市内で会ってその時に真理の事訊ねてみたんだよ。今どうしてるのか?って。それ覚えてくれてたんだろうと思う」



「まあ連絡してなかったしね。だって微妙じゃない?」



「微妙というか、なんというか…」



その言い回しにちょっと吹き出してしまうわたし。付き合っていた時も、どちらかというと彼はわたしの事を優先してくれていて、全く否定しない。そういう部分が付き合いやすいなと思っていたのだけれど…。どうしても気になってしまってわたしはこんなことを訊ねていた。



「いま誰か付き合っている人とかいるの?」



「うん…。まあ雰囲気が良くなってきた人はいるよ」



「へえ…」



それを聞いてわたしはとても安心した。安心したのと、ほんのわずかに自分でも分からない何かを感じた。



「安心したよ。わたしのワガママだったからね」



「でもあの時『真理らしいな』って思ったよ。真理は…」



そこで言葉に詰まってしまう智広。なにかその時の自分の感じていた事は説明できそうにない。お互いに求めているものが違ったと言えばそれまでだけれど、今こうして一緒に過ごしていても全然苦痛ではないという事は一体何を意味しているのだろう。そんなことを考えてしまった。わたしにはわかるはずもなく。



「でも本当に安心した。今度はさ、友人として酒井とかと3人で飲んだりしようよ」



「そうだね。それがいいかもね!」



そんな話をしているうちに出発の時間が近付いてきたのに気付く私。それぞれ会計を済ませて一度お手洗いの方に立ち寄り、別れようとしたところでわたしは『ある物』を見つけた。



「あれ?これって『赤べこ』のガチャだったりする?」



「ああ、これか。それぞれの郷土のマスコットみたいな感じ?」



「今こういうのって凝ってるし、これも駅限定とかなのかな?」



「そういえば真理、スマホにもつけてたね。猫のやつ」



「そうそう。ちょっと最近こういうのが好きで」



「やってみれば?」



智広の言葉は何気ないものだったけれど、何となくその時にわたしは福島のキャラクターである『赤べこ』を上手く引き当てる事ができるような気がして挑戦してみる事にした。コインを投入して、



「お願いします!」



の掛け声でハンドルを回し始める。回す回数にちょっと違和感を感じたものの、すぐにカプセルが落ちてきてその場で中身を確認する。



「どうだった?」



「うーん?なんだこれ?」



残念ながらわたしが当てたのは「笹野彫り鶏」という山形の郷土玩具。まあわたしが大学時代から生活しているのが山形だから『当たり』とも言えなくないけれど。



「要らないようだったら俺買い取ろうか?」



「え…?欲しいの?」



「だって俺山形出身だし、地元だし」



「あ、そういえばそうだね」



という流れで智広にそれを『売る』事になった。智広は、



「こういうの狙ったの当たらないでしょ?確率的に」



と一言。それに対してわたしは、



「この世界には引きが強い人がいるんだよ」



と何故か強気に伝えた。その発言に苦笑していた彼と別れ、わたしは再び電車のホームに。到着を待つ間、友人に「智広に会えた。ありがとう」とメールを送っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ