第九十二話『使徒』四人 ―Foreign element―
訓練は昨年度と同じように始まり、初日であるため体慣らしも兼ねて基礎的なメニューに取り掛かることとなった。
キョウジの監督の下、生徒たちは長距離走行、射撃、銃剣での白兵戦などを着実に行っていく。
約二週間の春休みというブランクも窺わせない精細な彼らの動きを満足げに眺めるキョウジは、【イェーガー】らと共に同じメニューをこなしている【メタトロンmark.Ⅱ】のパイロットへ呼びかけた。
「早乙女くん、君もそろそろ新たな武器を試したいだろう? 的は既に用意してある、存分に試し撃ちしてくれていいぞ」
「は、はい! ありがとうございます!」
通信を受けてレイは快活な声を返す。
引きこもっていた頃が嘘のような彼の調子にキョウジは笑みを刻み、射撃訓練を終えて飛び立つ【メタトロン】を見上げた。
広大な演習場の一角に設けた砦とSAMへと少年を誘導し、キョウジはクラスの他の生徒たちにも声をかける。
「これから【メタトロン】がちょっとでかいのぶっぱなすぞー。念のため距離を取り、【防衛魔法】か『プログレッシブ・シールド』を構えておけ!」
「おっ、新しい【太陽砲】のお披露目か! どんなもんか楽しみだな、いおりん、ユイ!」
警告しながら小走りで退避していくキョウジ。
シバマルはいつものハイテンションで親友に笑いかけ、通信の画面越しに二人も頷き返す。
「――行きますよ、【メタトロンmark.Ⅱ】!」
魔力を燃やして背面のブースターから青い火を吐き散らし、純白のSAMは一気に天空へと舞い上がった。
三対六枚の黄金の翼を広げ、陽光を反射させて地を炙る。
高らかな少年の声に呼応するように、背面と手首にある計五個の円環状の『魔力増幅器』は熱を増し――そして、全てがその機体のもとを離れた。【浮遊魔法】が自動発動し、単なる装備から空中浮遊ユニットと化す。
「何あれっ!?」
「あれがリーダーの新しい力――!?」
ヨリとユキエが驚愕の声を上げ、他の者たちも一様に同じ反応を見せるなか、レイは一直線に目標である小規模の砦とそれを守る第二世代機【ゾルダート】へと向かっていった。
魔力のブーストを得て一瞬にして彼我の距離を詰め、その円環の中央へ魔力を集束させる。
敵の接近を認めて砦の各所に構える【ゾルダート】らが迎撃を開始し、緑や赤のビームが空へと突き刺さった。
(――一撃一撃が速い。でも、メタトロンなら!)
短い間合いならばなかったことにする魔力光線も、レイにとってはもはや玩具に過ぎない。
メタトロンの魔力感知センサーが捉えた情報はヘッドセットを介して直接レイの脳内に送り込まれており、与えられたそれを彼は刹那のうちに処理してのけた。
宙を通過し、交錯する光線の間隙を完璧に潜り抜けていく【メタトロン】。
飛行型SAMに初めて乗ったのだと思わせない曲芸じみたその機動に、ユイは瞠目した。
「レイさん、すごい! わたしだって、あんな光線の乱射を掻い潜るなんてできるか分からないのに――」
その能力の源泉は果たして何なのか。
この場にいた者の中でユイだけが、正しく理解していた。
彼はずっと見てきたのだ。空を飛んで戦う、カナタを。
「砲台」であるレイと、それを守って戦う「剣士」のカナタ。どちらかが欠けても完璧にはなりえないタッグを組んで、二人は二度の試験を戦い抜いてきた。間違いなく【ラジエル】の戦闘を最も見てきたのはレイであり――その飛び方の癖までも分析して頭に叩き込んでいたのもまた、彼であった。
「あれは、カナタさんの飛び方なんです。最初に一気に魔力を燃やしてトップスピードを出すスタイル、あれは間違いなく、カナタさんと同じです!」
ユイの視界は水滴に滲んでいた。
声を震わせる彼女の隣で、イオリは少年の名を静かに呟く。
胸に握り拳を当て、彼は今はいない銀髪の少年に思いを馳せた。
「君と同じ空を翔け、そして同じ場所を目指す! それが今の、ボクの望みです!」
凛と叫び、レイは展開した円環のユニットから【太陽砲】の一斉射撃を敢行した。
輪の中に浮かび上がるは赤き火炎。膨れ上がる熱エネルギーが一点に凝縮され、堰を切ったようにそれは一挙に砦へと撃ち放たれていく。
降り注いだ光の雨は砦に立つ【ゾルダート】を一機たりとも逃さず、爆炎の連鎖を巻き起こした。
轟音と爆風が全てを呑み込み、石造りの砦は跡形もなく崩壊する。
舞い上がる砂塵の乾いた匂いを感じながら、遠目にそれを見るキョウジは嘆息した。
「完璧だよ、早乙女くん……!」
「あれなら十分使えるね、矢神せんせー?」
インカムを通じて届けられるカオルの声に、男は「ああ」と応答する。
『福岡プラント奪還作戦』以来停止していた【機動天使】の運用――それの再開のめどが立った、と『レジスタンス』の狗である少女は喜んでいた。
だがキョウジは手放しに喜べずにいた。人類を守る責任と、多くの兵の命を預かる重圧を再び少年に押し付けなければならないと思うと、彼は唇を噛まずにはいられない。
本当ならば彼らにはもう少し、青春を楽しむ時間が与えられるべきなのだ。憲法に則れば彼らにそれを望む権利はある。しかし大人たちは「使命」の一言でそれを縛り、戦いを運命づけている。
(動き出した運命は俺一人の力で変えられるものではない。だから……一人でも多くの若者たちを生かせるよう、俺たちは尽力しなければならない)
生かすには力と、知識が必要だ。前者は『レジスタンス』のSAM開発部や魔法研究部が、後者はキョウジら教師が子供たちに授けるもの。
【メタトロン】の炎と砂塵を目の前に、男は決然とした面持ちで空を仰いだ。
「さっきのレイ先生の【太陽砲】、マジすごかったな! これなら今後の試験も安泰なんじゃないか!?」
「ええ! 本当に、完全復活って感じでしたね、レイさん!」
レイが見せつけた新たな【メタトロン】の力を、シバマルやユイをはじめ多くの生徒は口々に称えていた。
興奮冷めやらぬ様子の一同は、キョウジに促されて訓練を再開する。彼らの動きはレイに触発されたのか、より精彩なものへと変じていた。
「いい傾向だ。だが……初日からサボる奴らがいるのはいただけな――」
「先生、遅れて申し訳ございません。少し調整に時間がかかってしまいまして」
文句の一つでもこぼそうとしたキョウジは、肩を後ろから叩かれてびくりと跳ね上がる。
驚かせても何食わぬ無表情で見つめてきているのは、黒髪で眼鏡をかけた少年――元一年B組のエース、織部ナツキであった。
「ちょ、調整? 織部くん、何のことだ?」
「ナツキぃ、先公とのお喋りなんかどうでもいいだろー? 僕、早くアレ乗りたいんだけど!」
ナツキの後から次々と三人がログインしてきて、そのうちの一人の少年が彼の腕をぐいと引っ張る。
赤髪で小柄な少年、来栖ハル。共に現れたのは茶髪でダウナーな雰囲気の少年・朽木アキトと、常にぼんやりしている少女・最上フユカであった。
四人はそれぞれ黒い『アーマメントスーツ』を着用し、その左胸には共通の記章が縫い付けられている。
そのエンブレムを見てキョウジは目を疑った。だが見紛うはずもない。鳥の片翼を象ったこの記章は、彼が『レジスタンス』に在籍していた頃に何度も目にしてきたものなのだから。
「……それは、『使徒』の……」
「ええ。私たち四名は『レジスタンス』によって『使徒』に任命された者。ですから、貴方よりも階級では上なわけです」
『使徒』とは月居司令が任命する、パイロット個人に与えられる特権階級の名称である。
その階級には夜桜シズルや生駒センリ、陸海空軍の各大将が属しており、それにかつては御門ミツヒロも含まれていた。
『使徒』に選ばれた者は通常の部隊指揮官よりも上位の権限を持ち、個人での作戦立案、及び実行も許されている。とはいえ、これまで『使徒』だった者はそもそも大佐以上の高級将校であり、実質的に同程度の権限を有していたため、あくまで名誉としての称号であった。
「な、何故、君たちが『使徒』の称号を授かったんだ? 一学生に過ぎない君らがそれを貰う理由など――」
「無駄な詮索はいけませんよ、先生。ああ、一応言っておきますが、この記章は偽造ではありません。本部に確認すればすぐに分かることですがね」
薄らと笑みを浮かべて言うナツキにそこはかとない不気味さを感じ、キョウジは一歩後ずさる。
「分かればいいんです」と言葉を残してナツキは振り返り、『使徒』の三人へ「起動するんだ」と言い渡した。
彼らがウインドウにコマンドを打ち込むと、ほどなくして赤き光と共に四機のSAMが降臨した。
「こ、これは……!?」
血に濡れたかのごとき真紅の体躯を鈍く光らせる立ち姿。その背中には翼――といっても【メタトロンmark.Ⅱ】とは違って甲虫の前羽のような形状で、平常時には背中に寝かせるように閉じられている――があり、頭部には触角を思わせる二本の突起が飛び出ていた。
その武器は死神を想起させる大鎌や一対の漆黒の小太刀、両腕に取り付けられた半球状の大盾、鎖鎌と四機それぞれ異なっている。
約六メートルの体高や、細長い四肢や牙の生え揃った禍々しい顎は量産機【イェーガー】と共通している。
【イェーガー】のマイナーチェンジか――そう目を細めて推測するキョウジに、ナツキは眼鏡のエッジを指先で押し上げながら呟いた。
「【イェーガー・ドミニオン】。それがこの機体の名です。『彼女』が残して放置されたままになっていた設計図を掘り起こし、極秘裡に開発された最新型」
二年前まで開発部に所属しており、最近も頻繁に『レジスタンス』の内情を探っていたキョウジでさえ知らなかった【ドミニオン】なるSAM。
『彼女』が誰を意味するか悟ったキョウジは苦渋を色濃く滲ませた表情で、拳を固く握った。
「自分が去ったあと勝手に設計図を使われるなんて、『彼女』は喜ばないと思うがね」
「追放された人間の思いなど汲んでも、仕方ないでしょう? 私たちが有効利用してやるのだから、むしろ感謝してもらいたいところですね」
その口調からはメカニックへの敬意がまるで感じられず、キョウジは反駁したい衝動を懸命に堪えなくてはならなかった。
相手は『使徒』で、新型機のパイロット――現在は一人の教師でしかないキョウジが説教できる相手ではない。
「さあ、乗るんだフユカ。アキトも、いいな。大丈夫だ、接続テストは何度も行っただろう? 薬さえちゃんと飲んでいれば、辛いことは何もない」
意気揚々と機体へ乗り込むハルを他所に、フユカ、アキトの両名は俯いて動こうとしていなかった。
そんな二人の肩に手を置き、ナツキはキョウジと話していた時とは打って変わって穏やかな声音で促す。
「ほ、本当……?」
「本当だ。私が約束する」
「本当、なんだよね……? わたし、怖いの、いや……!」
「大丈夫、大丈夫だ。薬を飲んだんだから、安心して乗っていいんだ」
言葉を繰り返し、悲痛な声を上げてナツキの胸に縋り付くフユカ。
今にも泣き出しそうな彼女の青い目を見つめ、眼鏡の少年は確固とした口調で言った。
「今回のは戦闘シミュレーションじゃない、動作テストだ。気負わずにいけ、アキト」
「…………ん」
無口な少年はそれだけを返し、自らの機体へと足を運んでいった。
足取りの重い少女を機体に乗せてやってから、ナツキは自身に割り当てられた機体へ搭乗していく。
「機体コードJD‐001・来栖ハル、JD‐002・織部ナツキ、JD‐003・朽木アキト、JD‐004・最上フユカ。各人の搭乗を確認いたしました。これより【イェーガー・ドミニオン】、『第二の世界』内における動作テストを開始します」
おそらくは管理室に『レジスタンス』の観測者がいるのだろう、ナツキはそう告げて他の生徒たちと同じメニューに取り掛かっていく。
彼らは『管理室』から下される指示に従って、四肢の動作や各関節部の駆動、翼や足底部のホイール、それから武器のテストを淡々と進めていった。
その様子を横目に、レイはキョウジへ問いかける。
「矢神先生、彼らは?」
「俺もよくわからん。だが、『レジスタンス』のお墨付きというのは確からしい。彼らの胸に『使徒』の記章を見た」
「『使徒』、ですか……!? 彼らが?」
にわかには信じ難いというレイにキョウジは重ねて言い、それでやっと彼も事実として呑み込んだようだった。
学生でありながら『使徒』の称号を授与されたその特例を怪訝に思いながら、レイが四名のテストの様子を観察していると――そこで。
「おいッ、【メタトロン】! 僕と勝負しやがれッ!」
周囲も構わず鎖鎌を振り回す来栖ハルの機体が【メタトロン】へ近づき、そう怒鳴りつけた。
「ハル! 勝手な真似は――」
「別に、ボクは構いませんけど。ちょうど【mark.Ⅱ】の力をもっと試したいと思っていたところでしたし」
仲間の身勝手を制止しようとするナツキに、レイは拒まぬ意思を告げる。
それで口ごもる眼鏡の少年は管理室の『レジスタンス』職員の判断を仰ぎ、ほどなくして回答を伝えた。
「許可が下りた。ここでは戦いづらいだろう、バトルフィールドへ移れ」
訓練を監督するキョウジを他所にウインドウを開き、ナツキは転移の手続きを進める。
戦場に指定する場所を彼は口頭でレイ、ハル両名に教え、自分もそこへ移動していった。
魔法陣のような白い光のエフェクトが足元に出現し、次いで機体が青白いポリゴンの群れと化して崩れ去りながら消えゆく。
「レイ先生、場所教えて! おれも行く!」
「あ、アタシも! あの新型、この目で見とかないと……!」
シバマルとカオルに求められ、レイは全生徒へチャンネルを繋げられるキョウジへ決闘の舞台となる座標を知らせた。
教師を通してすぐに全員にそれが伝わり、機体を残して続々と彼らは転移していく。
ステージに選ばれたのは、以前【ミカエル】と【ラジエル】が試合を行ったのと同じスタジアム。
自分たち以外ギャラリーのない観客席に掛け、シバマルたちは固唾を飲んで試合開始の瞬間を待った。
静寂の中に佇む【メタトロン】と【イェーガー・ドミニオン】。
対峙する二機から少し離れたところに審判役としてナツキ機が立ち、両者に最終確認した。
「ハル、早乙女、準備は出来たな?」
「ああ、上々だよ! さっさと始めようぜ!」
「こちらも準備は出来ています」
高揚に先ほどまでより上ずった声になっているハルに、至って冷静な口調なレイ。
対極に位置する二人はカメラ越しに視線を絡め合い――そして、号令と同時に飛び出した。
「では――試合開始!」




