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暁の機動天使《プシュコマキア》  作者: 憂木 ヒロ
第四章 落日

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第九十一話 炎の天使 ―Fly by a new wing, Metatron ! ―

 新学期初日から早速の授業を済ませ、迎えた昼休み。

 レイの席に弁当を持って集まったシバマルとイオリは、久々に教室へ復帰した彼と食事がてら談話の時を過ごしていた。


「しっかし、レイ先生だいぶイメチェンしたよな~。矢神先生じゃないけど、最初見たとき誰だか一瞬わかんなかったもん」

「ど、どうですかね、この髪型。似合って、ますか?」

「バッチリだぜ、先生。前よりも活発そうに見えていい感じ!」

「ふふ、明るく見えるようにカツミくんにオーダーして切ってもらったんです」


 毒島カツミの実家は美容院を営んでおり、その長男であるカツミ自身も親の手ほどきを受けて未熟ながらも美容師としての技術を身につけていた。

 彼曰く「会心の出来」というレイの新しいヘアスタイルにシバマルが親指を上げる中、イオリはふと気づいたことをレイに訊ねる。


「なぁ早乙女。お前、毒島のこと下の名前で呼ぶほどの仲だったっけ?」

「別に、そんな仲でもありませんが……離れてしまったぶん、距離を縮めたくて……」


 レイはカツミだけでなく、イオリやシバマル、他の元A組の生徒たちのこともファーストネームで呼ぶようになっていた。

 その理由を聞いたイオリは「そうか」と頷き、それからサンドイッチを頬張っているレイの肩をぽんと叩く。


「気持ちはわかるけど、あんま無理するなよ。今朝は気遣うなとか言ってたけど、今まで人と会わずにいたのが急に色んな相手に触れることになったんだ。意識はしなくても疲れが溜まることもあるだろうしな」

「そう、ですね。心に留めておきます」


 真っ直ぐにイオリを見て応えるレイ。

 彼に「言質は取ったぞ」と軽い口調で言ってから、黒髪の少年はちらほらと人が減ってきている教室を眺めた。

 携帯ゲーム機に夢中になり、「おらっ、死ねッ!」などと叫んでいる赤髪の少年。俯いて音漏れのする爆音でヘッドホンの音楽を聞いている、長めの茶髪の少年。朝からずっと窓の外をぼんやりと眺め続けている金髪ショートの少女。

 赤髪の少年は、今朝のホームルームでキョウジに突っかかった来栖くるすハルという生徒だ。


「チッ、足引っ張んなよクソ野郎! ここで僕が出ればあんな奴撃ち抜けたはずなのに! 雑魚は引っ込んでろ!」

「ハル、薬。これから訓練だ、飲むのを忘れるな」


 頭上から降ってきた声にハルは顔を上げる。

 そこにいたのは黒髪で眼鏡をかけた背の高い少年で、ハルのことを面倒くさそうな目で見下ろしている。

 赤髪の少年も憚ることなく舌打ちし、「分かってるよ、そんなこと」とざらついた声を返す。

 眼鏡の少年はそれからすぐにヘッドホンの少年のほうへ足を運び、彼の肩を叩いて同じやりとりをした。

 最後に金髪ショートのぼうっとした少女のもとへと歩いていき、また同じように「薬」を飲むよう促す。


「……あいつら、何て名前だっけ」


 病人を奇異の目で見るつもりはないが、こうも同じやり取りが続くとイオリだって流石に気になる。

 一瞥されたシバマルは彼らについて既に知っていたらしく、クラス名簿も見ずに彼らの名前を教えてくれた。


「あの眼鏡の奴は織部おりべナツキ、茶髪の奴が朽木くちきアキト、金髪の女の子が最上もがみフユカ。全員が元一年B組で、エースだった奴らだな。その名前から春夏秋冬カルテットとか呼ばれてたらしい」


 エースという単語に、これまで興味なさげだったレイの顔つきが変わった。

 パイロットとしてライバルになりうる存在を意識して、瞳に闘争心の火を灯す。


「あの人たちが湊先生のクラスのエース……しかし、エースの座を渡すつもりはありませんよ」

「おっ、レイ先生燃えてるな! さてと、そろそろおれらも行くか!」


 時計を見ると十二時四十分。訓練開始まであと二十分といった時間だ。

 弁当のパックをレジ袋に押し込み、三人は席を立って『VRダイブ室』へと向かう。

 二年になって教室の階が一つ上がり、最上階の『ダイブ室』も近くなって時間的に余裕はできている。にも拘らず三人が早めに出たのは、レイに支給された最新機の調整を済ませておくためだ。

【メタトロンmarkⅡマークツー】――これまでのレイの戦闘データをもとにアップグレードした、『レジスタンス』の技術の粋が注ぎ込まれた第5.5世代機である。

 これまでの5世代機である【ラジエル】や【ラファエル】、【ラミエル】、【ゼルエル】よりも更に優れた、最新鋭の機体だ。


「どんな機体なのか、見るのすっげー楽しみにしてたんだ! かっこいい姿見せてくれよ、レイ先生!」

「任せといてください。久しぶりのSAM搭乗……ボクもワクワクしています」


 胸を躍らせるレイはにこりと笑い、隣を歩くシバマルとイオリを見上げた。



【異形】襲来以前の日本をそのまま再現した仮想現実、『第二の世界ツヴァイト・ヴェルト』。

 訓練が行われる旧厚木基地に降り立ったレイは、そこで感じる感覚の全てが現実のものと違わないことに改めて目を見張った。

 しゃがんで触れるアスファルトの乾いた熱。風上から流れてくる木々の匂い。目に差し込む陽光の透き通った色。鳥たちが通過していく澄み切った蒼穹。身体に纏う『アーマメントスーツ』の少し締め付けるような感触。

 所詮は機械が脳に電気信号を送って見せるものでしかないのに、本物としか思えない。

 両腕を広げ、身体いっぱいを使ってそれらを味わうレイ。

 彼のその姿を微笑んで見守りつつ、シバマルとイオリは自分の【イェーガー】を目の前に呼び出した。それぞれ機体に乗り込み、起動させる。


「レイ先生、早く【メタトロン】見せてよ!」

「分かってますよ! そんな急かさなくても、ほら――」


 レイは「W」を書くように指を動かして胸の前にウィンドウを開き、SAM呼び出しのパスワードを打ち込んでいった。

 事前に父から説明書は貰っているが、実際に見るのは初めてになる。生唾を飲んで「呼び出し」のコマンドを実行に移し――そして。

 眩い光とともに地面に魔法陣のような白きサークルが出現し、無数のポリゴンが集合して一機の巨大な人型戦闘兵器を形作っていく。


「うおおっ、こ、これが新しい【メタトロン】……!?」

「な、なんか、前のとだいぶ違うな」


 機体のカラーリングは純白で、【機動天使】に共通の十字のラインが左胸を交点に赤く走っている。背面には無印【メタトロン】と同じく魔力のブースト、及び【太陽砲】を発射する黄金色の円環状の「魔力増幅器」が浮遊しており、同様のリングは両手首にもそれぞれ二つずつ装着されていた。

 そこまでは無印【メタトロン】と共通の要素。異なるのはまず、その体躯であった。

 体高12メートルとSAM史上最大の威容を誇っていたかつての姿から一変、その大きさは6メートルと【イェーガー】や【ラジエル】等と同等になっている。


 以前の【メタトロン】は魔力増幅器を大量に搭載し、最強クラスの火力を実現していたものの、その巨体ゆえに取り回しが悪いという欠点があった。都市防衛のための固定砲台であったならそれでも良かったが、遠征等で移動しながらの戦いが求められるSAMにおいては無視できない点である。

 極端に小型化を図った【ミカエル】もそうだが【機動天使】は従来機と比べていわゆる「意欲作」が多く、これまでにないデザインで設計されている。挑戦し、ダメであったなら改良を重ねる――トライアンドエラーの中で「進化」する、それが【機動天使】という機体群のコンセプトなのだ。

 砲台として特化させすぎた前回の【メタトロン】から魔力増幅器を減らし、重量を大幅に削減。それでも「増幅器」のぶん【イェーガー】よりかは重いが、十分取り回しの利くサイズとなっている。


 そして――これが最大の相違点なのだが、新たな【メタトロン】には翼があった。

 陽光を反射して煌く、金色の翼。

 三対の翼は【ラジエル】や【ラファエル】のものと同じ機構で、【mark.Ⅱ】は他の飛行型SAMと比較して重量級であるために速度では劣るものの、十分実戦に値する飛行能力を有している。

 当初【mark.Ⅱ】に翼を実装する案はなかったが、早乙女博士のたっての希望で取り付けられた。息子の未来への飛翔を願った父の想い――決して早乙女博士自身は言わないものの、そうであったのではとレイは察していた。


(ありがとう、父さん。ボクはこの新たな翼で、いつかカナタと一緒に飛びます)


 レイは機体の脚から背中にかけての足場を伝い、うなじ付近のコックピットへ登った。

 操縦席に掛けて『アーマメントスーツ』の胸元にはめ込まれたオーブに手を触れ、「目覚めよ」と呼びかける。

 暗かったコックピットはその一言で起動し、照明とモニターのブルーライトがパイロットの視界を色づけた。

【Psychomachia 02‐Metatron mark.Ⅱ】――その機体コードを目に焼き付け、誓いと願いを胸に、レイは新たな愛機との接続を開始していった。

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