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暁の機動天使《プシュコマキア》  作者: 憂木 ヒロ
第四章 落日

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第八十三話 皇女との邂逅 ―Her voice and beauty charm all people.―

 その日の訓練が終わった後、約束通りカオルら一行は街へと繰り出した。

 それだけならよくある学生の夜遊びに過ぎなかったのだが、通りを歩く周囲の目を引いていたのは彼女らの格好である。


「ね、ねえねえカオルちゃん、こんな立派な服着て行く場所ってどこなの……?」

「んー、ちょっとした夜の遊び場だよ」


 きらびやかな衣装に身を包んだ、見目麗しい少女たち。

 カオルは髪色に合わせた白、ヨリは情熱的な赤色のドレスを纏い、結った髪にワンポイントとして対照色の花飾り付きのかんざしを差している。

 ユキエは普段流しているロングヘアーをポニーテールに纏め、黒いジャケットとパンツを着こなしている。その凛とした様は、まさに男装の麗人といって差し支えないほどだ。


「こうして見るとヨリちゃんって結構スタイルいいねー。着飾れば化けるタイプだというアタシの審美眼は間違ってなかったね」

「そ、そうかな……なんか、大袈裟じゃない……?」


 膝丈よりも上のフレアスカートから覗く脚は抜けるように白く、すらりと長い。結んだ髪はシルクのように艶やかで、肩を通って胸元まで垂らされている。双丘は控えめながらも、髪の毛によって隠されたことでより見る人を惹きつける魅力を醸していた。

 

「綺麗よ、真壁さん。胸を張るのに十分値するわ」

「ほ、ほんと!? えへへ、ユキエちゃんにそう言ってもらえるなんて、嬉しいな……!」


 頬を仄かに赤らめて破顔するヨリ。

 うっとりと横顔を見つめてくる彼女にユキエは若干気恥ずかしさを抱くも、それを隠して背筋を伸ばした。


「はぁ……なんで俺まで」


 そう呟くのはユキエとヨリの一歩前、カオルの隣を歩く毒島カツミであった。

 黒髪をオールバックに固め、ユキエのそれと似た黒いスーツを着た彼は唇を曲げて不平を漏らす。

 整えた髪と衣装、そこそこ男前な顔立ちも相まって、普段の不良じみた雰囲気は鳴りを潜めていた。


「女三人で夜の街を歩くわけにもいかないでしょ? 護衛よ護衛。別に深い意味とかないから」

「そうはっきり言わなくてもいいじゃねえかよ……」


 傍目には男女ペア二組に見える一行が向かった先は、都市中央にある歓楽街の一角。

『レジスタンス』本部からほど近いこの通り一帯には高級店が軒を連ねており、学生であるユキエたちが初めて足を踏み入れる領域だった。

 輝くネオンは控えめで、道を歩く者も静かでどこか気品を纏っている。

 飲み屋や盛り場が騒がしさを極めている一般人の遊び場とは、全くの別世界――ユキエやヨリはこの場所をそう捉えた。


「ユキエちゃんのパパは陸軍大将さまだけど、こういう場所に娘を連れ回したりはしなかったんだね。空軍のマトヴェイ大将はよくここらで遊んでる噂があるけど……」


 そう呟きつつ、カオルは目的の店の前で立ち止まる。

 入口を潜り、控えめなオレンジの明かりが照らす通路を行き、奥の受付へ。

 彼女が身分証として『レジスタンス』から発行された手形を提示すると、一行ともどもすぐに受付脇の階段から二階へと通された。

 穏やかなピアノのクラシックがBGMとして流れるここは、バーだ。

 カウンター席とテーブル席が幾つか、そして奥のほうにはダーツやチェスを嗜めるスペースも用意されている。年配のバーテンダーの背後の棚には色とりどりの酒瓶が並んでおり、中には芸術品のように凝った形のものもあった。


「あの瓶、火焔土器みたいね」

「ゆ、ユキエちゃんらしい例えだね……」


 ぼそっと呟いたユキエに苦笑するヨリ。

 物珍しそうにバーの内装を眺める二人に先んじて、カオルとカツミは勝手知ったるふうにカウンター席に掛けた。


「マスター、いつものちょうだい。かっちゃんとユキエちゃんたちにも同じのを」

「かしこまりました」


 彼女がバーテンダーに頼んで入れてもらったのは、アルコール度数が低めの果実酒だった。

 相手が未成年にも拘らず平気でお酒を出してくる老年のバーテンダーに胡乱げな目を向けながらも、ユキエたちはカオルの厚意を無下にできまいとグラスを受け取る。


「じゃ、とりあえず乾杯ってことで。たまにはこうしてゆっくり話そっ」


 弾んだ声音で言うカオルにぎこちなく乾杯で応え、ユキエとヨリはおそるおそるお酒を口に含んだ。

 生真面目な彼女らが飲む人生初のその味がいやに苦く感じたのは、少しの背徳感が混じったせいか。

 果実の甘味とアルコール独特の苦味を楽しみつつ、少女らは話に花を咲かせていった。

 学園での生活についての話、パイロットとしての苦悩の話、そして恋の話。一度会話が広がれば、酒の力も相まって少女たちは止まらなかった。普段はあまり話さないヨリも顔を紅潮させて饒舌になっている。

 そんな中、一人蚊帳の外といった様子のカツミはチビチビとお酒を飲みながら――実は彼はかなりの下戸だ――周囲をぼんやりと眺めていた。

 暇つぶしにダーツでもやろうか。そんなことを考えていると、奥の遊興スペース側のテーブル席で談笑する男女が目に入る。

 その女のほうがあまりに若く、それに珍しい桃色の髪をしていたのでカツミは思わず目を引かれた。

 ゆったりとした純白のドレスを着こなした、齢十五ほどに見える少女。その顔立ちは抜群に整っており、肌は抜けるように白い。男と向き合って微笑する横顔は、小町と形容するに相応しいとさえ思えた。

 あどけなさの中に気品も醸しているそのピンク髪の少女に、カツミはしばし見とれていた。


「ちょっと、かっちゃん? 何見てんのよー?」

「い、いや……何でもねえよ」


 隣に座るカオルに腕を引っ張られ、カツミはようやく意識を現実に戻した。

 その気の抜けた態度にカオルは怪訝そうな目を向ける。

 彼が先程まで見ていたほうへカオルは視線をやると、緩みきっていた表情を一気に固くした。


「あの男って……『尊皇派そんのうは』の……」

「尊皇派? って、なんだよ?」


 彼女が注目したのはピンク髪の美少女ではなく、その子と対面している男性だった。

 黒髪を七三に整え、薄青色のスーツを着用した二十後半の男。美少女の側にいても釣り合うほどの貴公子然とした顔立ちに、組んだ脚はすらりと長い。

 遠目にも強烈な存在感を放つ美男子を睨み、カオルは忌々しげに吐き捨てた。

 その男の側も自分たちに注目するカオルたちに気づいたようで、首をそちらに回す。

 着飾っているとはいえ学生感の抜けきっていない少女たちに興味を持ったらしく、男は席を立ってグラス片手に歩み寄ってきた。


「君たち、随分若そうに見えるけど……あんまり長居しちゃいけないよ。もう九時を過ぎるし、そろそろ帰ったほうがいいんじゃないかい?」


 目を弓なりに細め、物腰柔らかく忠告してくる美男子。

 ユキエやヨリが「そ、そうですね」と返事するのを聞く男の視線は、ただ一点――白髪赤目の少女に注がれていた。

 身じろぎするカオルに「失礼」と言い、男は訊ねる。


「もし人違いだったら申し訳ないのだが、君は風縫ソラ氏の妹さんではないかな?」


 その黒い目は少女を探るように瞳を射抜いてくる。

 頷くカオルに笑みを浮かべた男は、彼女に手を差し出して名乗った。


「私は蓮見はすみタカネという。どうぞお見知りおきを、お嬢さん」

「え、ええ」


 硬い声音のカオルに構わず握った手を振り動かし、男は笑みを深める。

 それから手を離した彼は、カツミら他の面々には全く興味を示さずに席で待っている少女へ手招きした。


「私たちも帰るとしましょうか、ミコトさま」

「あら、もうお帰りになられるのですか? わたくしはもう少しチェスでも嗜もうと思っておりましたのに」


 澄み切って悲しいほど美しい声が、残念そうに男の耳を打つ。

 だが男が遠慮がちに首を横に振ると、ミコトと呼ばれた少女は食い下がることなく従った。

 席を立ち、しとやかな足取りでカオルらの前を通り過ぎながら、彼女は微笑みつつ会釈する。

 それから去り際に立ち止まると、振り返って少女は言った。


「学生さんでしょうか? でしたら、来年にはまた会えるかもしれませんね」

 

 カオルたちは皆一様に、少女の鈴を振るような声に聞き惚れて言葉を返すこともできずにいた。

 その反応に少女も慣れきっているのか、特に気にせずにくすりと笑う。

 小さく手を振って蓮見という男に連れられて去っていく彼女の背中を、カオルたちはしばらく呆然と見送るのであった。



 人並み外れて美しい少女との邂逅の後。

 一時は魂が抜けたかのように陶然としていたカオルたちは正気を取り戻し、蓮見という男の忠告通り学園へ帰ることにした。

 もうすぐ深夜に差し掛かろうという時間にも拘らず人通りの増えている歓楽街を、押し黙って歩く。

 アルコールが入っているはずなのに馬鹿騒ぎする気も起きなくなってしまった一行の頭の中には、あのミコトという少女の声が今も反響し続けていた。

 男であるカツミはともかく、同性であるユキエやヨリ、カオルまでもを魅了してのけた金玉きんぎょくのような声と、絶世の美貌。

 特にヨリは完全に心を奪われてしまったらしく、隣のユキエさえも目に入らないほど浮ついた様子だった。


(噂には聞いていたけど……魔性の女ね、あれは)

 

 すめらぎミコト。

 現在齢十五の、天皇の次女である。

【異形】の襲来によって世界各地は壊滅的な被害を受け、それは日本の首都・東京も例外ではなかった。皇室の者たちは、【異形】たちの出現が確認された直後には神奈川西部の地下シェルター――現在の『新東京市』――に移動していたものの、その最中に奇襲を食らって当時の天皇含め多くの者が亡くなった。

 奇跡的に逃げ延びた一台の車に乗せられていたミコトの兄、姉、その両親だけが生き残り、皇室を辛うじて存続させたのだ。


『皇家の奇跡』。

 彼らの生存をそう称え、日本人の巨大地下シェルターでの生活が始まった際は彼らを実権ある天皇家としようという動きが政治の世界で起こった。

 しかし、象徴としての天皇制の継続を望んだ悠和ゆうわ天皇はそれを拒み、皇室が以前のような権力を掴むことはなかった。

 政治は内閣が、軍事は『レジスタンス』が行うこと。二権分立という形で歩むこととなった日本は、現在に至るまでこうして社会を営み続けている。

 だが、丹沢シェルターが『新東京市』に改名された当初から天皇家の復権を掲げていた一部の層は、今もその主張を叫び、最近では政界内でも勢力を増してきている。


 その政治集団こそが『尊皇派』。

 彼らは『レジスタンス』や内閣を解体させ、天皇が全てのトップに立つ国家とすることを最終目標としている。

『レジスタンス』や内閣絡みの利権やしがらみを鑑みれば、そんなことはもはや不可能だ。それでも現在の政治・軍事に不満を抱く民衆の受け皿として、『尊皇派』の支持者は増える一方であった。

『尊皇派』の中には純粋に天皇陛下の復権を願う原理主義者もいるが、多くは自分たちの支持者集めのための神輿として皇室を掲げているだけの者であった。

 蓮見タカネという男がそのどちらかは定かでない。分かっているのはただ一つ、彼らが『レジスタンス』を脅かす「内側の敵」であること。

 彼らの勢力が今以上に強まれば、【異形】を滅ぼす前に『レジスタンス』が人類側から食い破られるおそれがある。

 これまでは単なる政治派閥の一派、と『レジスタンス』もあまり重く見ていなかったのだが――皇ミコトという少女を間近で目にしてしまったカオルにはもう、そうとは思えなくなっていた。


 見る者を例外なく惹きつける魔性の美貌と声。

 支持者の数が力に直結する政界において、その魅力は圧倒的な武器だ。

 彼女が『尊皇派』を支持すると表明するだけで、人々の多くはそちらに流れるだろう。

 そうなれば軍事を知らない天皇が『レジスタンス』のトップに就くこととなり、組織の体制も大きく揺らいでしまう。


(『福岡プラント奪還作戦』の失敗で、『レジスタンス』全体の信用は下がっている。彼らがそれを好機と見て動き出したのだとしたら……一刻も早く、月居司令に知らせないと)


 夜の街の冷たい空気は、少女に陶酔していたカオルの思考を現実に引き戻す。

『レジスタンス』諜報員の端くれとしてやるべきことをやる――その覚悟を胸に、少女は「人との戦い」へと進み始めるのだった。

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