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暁の機動天使《プシュコマキア》  作者: 憂木 ヒロ
第四章 落日

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第八十二話 迷いを撃ち破って ―Groundless of the basis, "basis", I feel.―

 大切な人がまた、いなくなった。

 祖国の家族は飢えて死んだ。北京地下都市ジオフロントを守るために多くの仲間が落命した。そしてまた――今度は同じ学舎で過ごした彼女が。

『同化現象』に悩まされていた彼女の先が長くないことは承知していた。

 中国では少ない人員を長期に渡って使ったことで『同化現象』によって心を失う者が続出しており、ユイもそれを見てきた。

 精神的に摩耗していき、いずれは何も意思を持たない人形になる。瀬那マナカの死を知らされた時、ユイは当然そんな風に彼女がいなくなってしまったのだろうと思っていた。

 だが、現実は違った。

 信じていたはずの少女。共に【異形】に抗わんとしていた少女。そんな人が【異形】の側に寝返り、あまつさえ多くの兵を殺害したのだ。

 

 ありえない、と何度も言った。本当のことを言ってください、と懇願した。

 それでもユイの求める答えが与えられることはなかった。

 彼女の裏切りに関してはろくに情報が得られることもないまま、ただ事実として処理された。

 

 月居カナタは、おそらくマナカの死に起因する精神的なダメージで心神喪失状態に陥った。

 ユイも都市に帰還してから彼の様子を見に行ったが、彼は本当に虚ろな抜け殻のように変わってしまっていた。

 手を握っても何も答えない。ぼんやりと開かれた目に光は宿っていない。

 けれどもその手にはまだ、温度があった。

 物言えぬ存在に成り果てても、彼は生きている。ならば信じよう、とユイは思った。彼がいつか戻ってくるということを。彼とまた共に話し、笑い、戦場で肩を並べられる日がくることを。


 マナカやカナタと付き合いが短いこともあって、ユイは他のクラスメイトほど今回の件にショックを受けていない。

 作戦を終えて帰還した三日後には訓練に復帰した彼女は、あの作戦での戦闘を思い返しながら指揮官としての戦闘シミュレーションを一人繰り返していた。

 NPCが操る【イェーガー】小隊を率い、『第二の世界ツヴァイト・ヴェルト』が大量に生み出す『第二級』以下の大群を相手取る。

 自分が指揮した部隊から、もう二度と死者を出したくない――そんな決意をもって、彼女は毎日のように訓練に臨んだ。

 そして夏休みが明け、学園の授業が再開されてから一ヶ月が経ったある日。

 ユイのもとに届いたのは、一通の手紙だった。


「これは……?」


 その日の午後の訓練を終えて帰寮した折、寮母さんが手渡してくれた封筒。

 貰ったその場で裏面の差出人を確認し、彼女は静かに目を見開いた。

『レジスタンス』人事部、富岡。

 その名に覚えがないほどユイは『レジスタンス』について無知ではなかった。

 自分に与えられた選択肢が何か、中身を見ずとも悟ってしまう。


「ユイちゃん、どうしたんだい?」

「い、いえ、何でもありません。私、もう行きますね」


 ユイの表情の変化を怪訝に思って訊ねてくる寮母さんにそう誤魔化し、彼女は小走りに自分の部屋へ戻っていくのだった。



 体高六メートルほどの大きな体躯、獣のごとき顎を有するいかつい顔面、人と比較して長い四肢。

 陽光に光沢を煌めかせる黒いボディを持つそのSAM――Super Armament Mechanism、和訳すると【超兵装機構】――の名は、【イェーガー】。

 ドイツ語で狩人を意味する名前の通り、その機体は『第一級』との交戦よりも『第二級』以下の【異形】を着実に狩ることに優れたものだ。

 多くは群れをなして襲いかかる【異形】たちとの連戦にも耐えるように、【ラジエル】等のネームド機と比べて魔法の火力は落ちるものの持久力では決して劣らない作りになっている。

 夏の暑さがすっかり引いた、10月1日の午後。

『第二の世界』内の旧厚木基地にて、冬萌ユキエはクラスメイトたちの訓練を監督していた。

 

「だいぶ動きに精細が戻ってきたわね。それはいいことだって、喜ぶべきなんでしょうけど……」


 SAMはパイロットの精神状態を大いにコンディションとして反映する。

 彼らの動きが良くなったのは、クラスのリーダーとして歓迎すべきだ。来る中間試験に臨む上でもその向上は好ましい。

 にも拘らずユキエの心に引っ掛かりが残ってしまっているのは、その『精神状態の改善』が「忘れること」によってもたらされたのだろうということだ。

 時間がショックを和らげてくれるのを受け付けないわけではない。だが、それでマナカがなかった人として扱われ、カナタやレイに関しても見ないふりをされていることに、どうにも納得がいかないのだ。


「瀬那マナカは裏切り者」。


 確かに彼女の行動は『レジスタンス』に真っ向から反したものだった。それは明確な悪事で、裁かれるべき罪だとユキエも思う。

 しかし――その理由や背景に思いを致すこともなく、ただ彼女を犯罪者として批判する、あるいは何も考えずにそれに倣うのは違うのではないか。

 そこらの一般人ならそれでもいいだろう。だが、ユキエたちA組の面々はマナカを側で見てきたのだ。彼女の言葉に戦闘中は勇気づけられ、戦闘が終わっても他愛ない時間を彼女とたくさん過ごしたのがA組一同だ。

 それなのに、A組の多くは瀬那マナカについて不自然なまでに触れようともしない。

 彼女の裏切りの理由を知りたいユキエが、何でもいいから情報をくれないかと求めても、ダメだった。


「あいつの話はもういいよ」「そんなこと聞いたってどうにもならないだろ」「思い出したくない」「しつこいのよ、あんた」「同室の君にも早乙女くんにも分からないことなんて、私たちに分かるわけないよ」


 忌避するように激しく首を横に振る者、呆れて肩を竦める者、視線を逸らす者、苛立ちを隠しもしない者、溜め息を漏らす者……彼らの態度は様々だった。

 マナカに近しかったシバマルやイオリ、リサに聞いても、成果は得られなかった。

 当然だ。瀬那マナカは本来の人格「マオ」の存在を他人に対し完璧に隠し通しており、「マオ」の凶行とマナカの人格を結びつける手がかりさえ残さなかったのだから。

 

「…………」


 もう掘り下げるべきではないのだろうか、と何度もユキエは自問していた。

 だがその度に、マナカを「突如凶行に及んだ戦犯」扱いされたままでいられないと食い下がるもうひとりの自分が現れる。

 リーダーとしての理性。個人としての感情。

 相反する二つを天秤にかけながらも選べないユキエは、これまでの一ヶ月ただ時間だけを過ごしてしまった。

 授業にも以前のように身が入らない。訓練のメニューもレイが作ったものの使い回しで、新しいことは殆どやれていない。リーダーとしての資質が問い直されるのも、時間の問題だろう。


「……馬鹿ね、私」


 銃を構え、的である眼前の二世代機【ゾルダート】を睨み据える。

 呟きと同時に放った弾丸は、しかし、狙いを外れてその左肩を掠めるのみだった。

 唇を噛み、もう一射。

 これも、心臓から逸れて鳩尾に当たる。


「お、惜っしい~。でも『コア』に近い鳩尾をぶち抜けたのはいいんじゃない?」


 と、そこで彼女に話しかけてきたのはカオルだった。

 実力者として他の生徒に指導しつつ自身も同じメニューに参加していた彼女は、一旦それを切り上げてユキエのもとに来ていた。

 夏休み明けの日に発破をかけたとはいえ以前より不安定になっているユキエを、白髪の少女は常に気にしていた。


「そんな言葉……気休めにもならないわ。こんなんじゃ、まだまだ全然ダメ。早乙女くんが見たらなんて言われるか……」 

「あ、もしかしてユキエちゃん、レイくんのことが好きだったとか?」

「はっ!? えっ、な、何を言っているの風縫さん!?」


 拳を固く握り、吐き捨てるように言うユキエ。

 悔しさを噛み締める彼女に対し、カオルはその場の思いつきとしか考えられない発言でユキエの心をかき乱す。

 銃をうっかり取り落としかけるほどに狼狽するユキエは顔を真っ赤にし、カメラから隠れるように手で顔を覆い隠した。

 

「うんうん、分かるよその気持ち。あの子、女みたいなツラしてるけど意外と男気あるし。正直言うとアタシもちょっと狙ってた」

「そ、そんな知ったふうな口を……あなたは誰彼構わず狙うでしょうが」

「まあねー。見た目のいい男はとりあえず味見しにいくのが、アタシという女だもん」

「ふ、不潔……やっぱりあなたとはいまいち恋愛観が合わないわね」


 口をへの字に曲げるユキエの顔をモニター越しに見て、カオルはくすっと笑みを浮かべる。

 その笑いを怪訝に思ってユキエが眉をひそめていると、白髪の少女は彼女の隣に立って自身も銃を構えながら言った。


「こういう話ってホントにくだらないけど、でも大事なものだってアタシは思うよ。一人で悩み続けるより、ずっとね」


 その言葉に被せるように上がった銃声から僅かに遅れて、【ゾルダート】は『コア』を狙いたがわず撃ち抜かれて爆砕する。

 青白い無数のポリゴンとなって消えていく旧型SAMを見つめ、カオルは穏やかな口調で言葉を続けた。


「アタシ、アンタのこと何だかほっとけないの。だから、いつでも頼って?」


 一人で悩みを抱えるユキエの姿に自身を重ね、カオルはそう申し出た。

 力がないから思うようにならない。その苦悩はカオルを長年苛んだものだ。

 優秀な兄と常に比べられる凡才の妹。実力が足りないのに内心気づいていて、女の身体を武器に『レジスタンス』上層部に取り入った己の汚さには反吐が出る。

 だがそれでもカオルが笑っていられるのは、その鬱屈した内面を晒せる相手がいたから。

 同じく優秀な肉親を持ち、自らの力不足に悩んでいた毒島カツミ――似た境遇の彼と知り合い、思いを共有したことでカオルの辛さは和らいだ。

 一人よりも二人、二人よりも三人。悩み事に限らず、負担は分散されたほうが楽になる。


「……ありがとう、風縫さん。少し、気が楽になったわ」


 礼を言うユキエに微笑むカオル。

 気の強い彼女にしては柔らかいその表情に、ユキエの頬も自然と緩んだ。

 黒髪の少女は下ろしていた銃を再び構え、目を細めて目標へ照準する。

 ――今度は上手くいく。

 根拠のない確信。だが、その根拠のなさこそ根拠なのだという気がした。


「――ッ!!」


 その銃声は少女の心の殻を一枚、破る。

 光となって崩れ落ちる【ゾルダート】を見つめる瞳は、真っ直ぐだった。

 悩みはまだ解決できていないが行くべき道を見定められた少女の頭を――といっても機体の頭部だが――をポンと叩き、カオルは誘いをかけた。


「やるじゃん、ユキエちゃん。ね、今日の訓練終わったらちょっと遊びにいかない?」

「き、気持ちはありがたいけれど……門限もあるし」

「もー、これだから真面目ちゃんは! そんくらいたまには寮母さんも許してくれるって!」

「私はともかく、心配なのは風縫さんのほうよ。門限破りの常連じゃない、あなた」


 ユキエは知る由もないことだが、カオルは『レジスタンス』関係者ということで学園側から門限を控除されている。

 それは伏せた上で「なんとかなるって」と呑気に言うカオル。

 呆れながらも厳しくは言えない自分の甘さに閉口してしまうユキエだったが、悪い気はしていなかった。

 と、そこに割り込んでくるのは一人の少女だった。 


「あ、あの、よければ私も一緒にいきたいんだけど……い、いいかな?」

「お、ヨリちゃんも来る~? オッケー、じゃあ二人とも十八時にアタシの部屋まで来てね」

「分かったわ。ところで行き先は?」


 引っ込み思案な少女のお願いにカオルは快く応える。

 思い出したように目的地を訊ねてくるユキエに、白髪の少女は片目を瞑って笑った。


「んー、行ってのお楽しみってことで」

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