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暁の機動天使《プシュコマキア》  作者: 憂木 ヒロ
第三章 永訣の火

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第七十話 飛翔の人形遣い ―Farce―

【異形】という災厄。

 二十年前に襲来した彼らは、絶対の脅威として人類を蹂躙した。

 そこに慈悲や容赦はなく、ただ本能に任せた暴力だけがあった。

 彼らは気候変動で凍てついた大地に恐るべき速度で適応してのけ、それが間に合わず混乱するだけの人々を嘲笑うかのように、地上を支配し始めた。


 支配は安定した生活をもたらす。人という邪魔者を粗方排除した彼らは、自分たちが王者となった地で互いにリソースを奪い合いながら、果てなき進化を開始した。

 毒や牙といった戦うための武器を先鋭化させたり、人のように二足歩行しだしたり、大型化や体皮・外骨格の硬質化など、様々な変化をもって彼らは熾烈な生存競争を繰り広げた。


 しかし、そんな『進化』と縁のないものもいた。

 第一級と称される、『魔導書ゴエティア』に固有名の記された種だ。

 彼らは最初から強大なものとして生まれた。第二級以下の【異形】とは異なり「魔法」を制する彼らは、抗おうとする人を幾度となく無情に叩き潰してきた。

 彼らは常に神出鬼没だった。

 気配もほとんど気取らせず、レーダーに捉えられた頃には既に敵の懐に入り込んでいた。

 そう、それはいつだって例外はない。

 二十年前から現在まで脈々と、まるで、そう運命づけられたかのように――。


「レーダーに強力な魔力反応あり! これは――間違いありません、『第一級』に相当する【異形】だと思われます!!」


 シズルが『第二級』以下の軍勢を昏睡させてから一時間が経過し、『プラント』を目前にする彼らの前に新手の【異形】群が現れ始めた頃だった。 

 レーダーを監視するオペレーターの男性士官が引きつった声音で叫んだ。

 その報せを受けて、第一師団司令室の緊張は極限まで高まる。


「方角と数、敵の魔力属性は!?」

「西に一体! 照合された限りでは、『力属性』のものです!」


 ミツヒロの問いに即座に答えるオペレーター。

 その情報に青年は頷き、ひっきりなしに戦線への指示を飛ばしているシズルへ視線を向ける。

 俺が出る――アキラのことを抱える重圧を戦闘で誤魔化したくて彼はそう言おうとしたが、やめた。

 自分が出れば大佐にこの場を任せることになるが、これ以上彼女に負担をかけるわけにもいかない。薬を用いたとはいえ、彼女は既に多量の魔力を消費したことで脳にかなりの疲労を蓄積させてしまっている。

『プラント』内の【異形】掃討のために彼女の力を温存しておきたいこともあり、ミツヒロは代わりにこれまで出番のお預けを食らっていた少女を呼び出した。


「瀬那少尉! 行けるな?」

『あったりまえでしょ! もう一時間もスタンバってたんだから!』


 勝気な口調で言い返してくるマオに思わず笑みをこぼし、ミツヒロは素早く各部隊の出撃を命じていった。

 輸送機を守る陸・空軍の合同部隊は現在、主に陣形の右翼・左翼を厚くしている。前方の敵に対応するためにそこを薄くするのは避けたいところだったが、『第一級』が現れたとなれば仕方がない。瀬那マナカのパイロットとしての能力は抜きん出たものではあっても、流石に単騎で戦わせるのは無茶である。


「アキラ、お前の小隊を瀬那のサポートにつける! 『第一級』との戦闘に乱入してくるであろう『第二級』以下を追い払え!」

『了解!』


 淀みない快活な声を返され、ミツヒロはそこにどうしても違和感を抱いてしまう。

【異形】と関わりがあったのではないかと疑いをかけられ、その身体を罠に強引に黙らせた相手に対し、ここまで何事もなかったかのような振る舞いができるのか、と。

 ミツヒロ以外にアキラを疑念の目で見る者はいない。味方の中に【異形】と通じる者がいることは把握しつつも、その正体を暴く術も導き出せないままひたすらに進軍を続けている。

 このまま黙っていていいのか、とミツヒロは葛藤していた。

 自分の過ちも全て明かして裏切り者を公の場に引きずり出したほうが、最悪の結末は回避できるのではないか――。

 しかし「迷っている」こと自体が自分の浅ましさの証左なのだと気づき、彼は猛烈な自嘲の念に駆られた。


「少将! 何をぼんやりしているんですか、現場では今も兵たちが必死に戦っているんですよ!?」


 一回り年上の佐官の男に叱咤され、ミツヒロは羞恥に顔を赤らめた。

 ぐしゃぐしゃと天然パーマの髪を掻き(むし)り、彼は司令部前方の主モニターを睨み据える。

【ラファエル】とアキラたちの小隊が空挺より飛び出していく光景を画面越しに見届け、青年は関節が真っ白に浮き上がるほど拳を固く握り締めた。



「ねぇ、チュウヤ。前方にいるっていう【異形】との交信(クロッシング)、試してみてよ」

『言われなくてもやってるよ、お姉ちゃん』


【ラファエル】を駆って部隊から先行するマナカは、心のうちに飼う弟へそう促した。

 当然だろうという口調で言い返してくる彼に満足げに笑い、彼女はこれからのプランを黙考し始めた。

 マオの【異形】に関するスタンスは、役に立つなら利用するし、そうでなかったら排除するというものだった。

 これまで戦った『第二級』以下の【異形】たちは後者。果たして先ほど確認された『第一級』はどちらになりそうか、それを楽しみにチュウヤの応答を待つ。

 ほどなくして、弟は回答をもたらした。


『ダメだね、唸るばっかで話を聞いてくれない。たぶん通常の【異形】さ』

「……そっか。ま、それはそれでいいんじゃない? 何の後腐れもなくぶっ潰せるし」


 獣じみた獰猛な笑みを浮かべ、彼女は加速していく。

 灰色の景色を眼下に飛翔する【ラファエル】はアキラたちの部隊からどんどん距離を広げ、無謀にしか見えない先行を開始した。

 

「瀬那さん! 勝手な行動は――」

「雑魚が指図しないでくれる? たとえ『第一級』だろうが、あたしの敵じゃない!」 


 上官(アキラ)の制止を振り切ってマオは【ラファエル】の【モードチェンジ】を発動、四肢を折りたたんで人型から飛行機型へと変身した。

 機体前部のカメラが映す視覚情報をそのまま脳で受け取り、数キロ先に出現した大型【異形】を捕捉する。


「鳥型? ちょうどいいじゃん!」


 青を基調に緑や黄色、紫が混じり合った鮮やかな尾羽を広げる、孔雀(クジャクの姿をした【異形】。

 体高はおよそ四メートルと、同じ鳥型でも前期中間試験で戦った『ラウム』よりは小さいが、放つ魔力はそれ以上だ。

 近づくほどに機体に強烈な斥力をかけてくるその【異形】の名は、『アンドレアルフス』。

魔道書(ゴエティア』に記されし序列六十五番の怪物である。


「っ、面白い力持ってるじゃない! 前言撤回、こいつは潰さずに喰らってやるわ!」


 高揚した声を上げ、マオは両翼の小型砲から光線(ビームを放った。

 打ち出された白い閃光は、敵の斥力をも無視してその胸部を狙う。

 黒い羽毛に吸い込まれていくように一直線に進んでいった光線を見届け、入ったか、と期待したマオだったが――


「ちっ、鳥なら鳥らしく焼かれてなッ!」


 その身を焼き殺すはずだった高熱の一撃は、一切通っていなかった。

 焦げ目すらついていないその羽毛が光線を受け止めた瞬間、青白い光芒を微かに纏ったのをマオは確かに見た。 

 何らかの魔力の作用――おそらくはあの羽毛がマットレスの役割を果たし、光線の魔力を吸い取ってしまったのだ。

『パイモン』のように跳ね返してくるよりマシだが、それでも厄介なことには変わりない。盛大に舌打ちを鳴らしたマオは再度の光線での攻撃を行い、狙う位置を翼に変えたが、これも同じ結果に終わった。


(胸だけじゃなくて羽全体が魔力を吸い取っちゃうってわけ?)


 物理攻撃を完璧にシャットアウトする『ラウム』の鋼鉄の羽毛と対極をなす、魔法特効の鎧とでも言うべき羽毛。

 それが生えていない鱗を纏う脚や、目の周囲や嘴を狙えば行けるか――マオはそう当たりをつけ、目を細めてそれらの部位を狙撃せんとした。

 が、しかし。


「――――っ!?」


 扇のごとき孔雀の尾羽が最大まで開かれる。

 それと同時に極彩色の輝きが迸り、次いでマオの機体はがくっと高度を落とした。

 抗えずに地面へと引き寄せられてしまう【ラファエル】。

 咄嗟の判断で【モードチェンジ】を果たそうとするも、身体に重くのしかかる力に押さえつけられ満足に動くこともままならない。


「がはっ!?」


 古びたアスファルトの上に叩きつけられ、その勢いによって道路が崩落していく。

 かつて下水道が通っていた空間に墜落した【ラファエル】は、降り注ぐ瓦礫に半ば埋もれた状態となってしまった。


「鳥のくせしてッ……空での戦いを望まないっての!?」


 気に食わない。

 怒りに任せて唾棄するマオだったが、語勢に反して彼女の鋼鉄の身体は動き出そうとしてくれなかった。

 孔雀の【異形】はそんな彼女を仕留めるべく、重い足音を響かせて陥落した穴へとにじり寄っていく。

 接近してくる敵の気配に、マオは声を殺してただ待つしかなかった。

 助けなど求めたくない。他人の施しで命を救われるくらいなら死んだほうがマシ――それがマオという少女の信念だった。


『あぁ、言わんこっちゃない! ――総員、「毒液銃」構え! あの異形を【ラファエル】に近づけさせるなッ!』


 だがそれはマオのわがままでしかない。【機動天使】の一機を失うわけにはいかない『レジスタンス』としては、死力を尽くしてでも救援へ向かわねばならなかった。

 独断専行したマオに怒りをぶつけたい衝動を抱えつつも冷静に部下たちへ命じ、アキラは自らも【イェーガー・空戦型】を駆って銃声を打ち鳴らす。


「敵の足元を狙え! あいつの羽毛はこの毒をも吸い取ってしまう可能性がある! 地面を毒まみれにしてしまえば、足裏を通して毒を回せるかもしれない!」

「「「了解です!!」」」


 アキラの銃撃に追随して、彼の鍛え抜かれた部下たちは一斉射撃を敢行する。

 彼の小隊は『レジスタンス』内でもミツヒロ直属の部隊に次ぐ実力を持つ精鋭だ。一糸乱れぬ動きで指揮官の意思通りに戦う姿は、「アキラの操り人形(マリオネット」と(たとえられるほど完璧なもの。

 間もなく少佐に昇格すると噂される上官のもと、彼らはその矜持にかけて敵を確実にその場に縫い付けんとした。


「敵の魔法は『重力』と『斥力』、そして『魔力吸収』だ! 迂闊に近づけば瀬那さんのように落とされる! 遠隔攻撃を維持しつつ、円陣を組め!」


 アキラ小隊に『第一級』を仕留めきるだけのパワーはない。

 彼らの仕事は敵の動きを封じ、【ラファエル】が復帰する時間を稼ぐことだ。

 上空から絶え間なく打ち込まれる毒の弾丸は地面に落ちるなり炸裂し、孔雀の足の踏み場を瞬く間にドス黒く染めていく。

 ふわり、両翼を広げて飛び上がったその姿を睥睨し――「かかったね」とアキラは口元に微小な笑みを浮かべた。


「F1からF6、旋回開始、敵を攪乱しろ! F7からF10は地上に降下し『結界』用意! 残るF11以降の機体はぼくと共に銃撃続行! 間違っても味方を撃つなよ!」


 空中こそがアキラたちのステージだ。そこに敵を引きずり上げたならば、もはや主導権は彼らのものである。

 曲芸じみた目まぐるしい旋回は、『アンドレアルフス』の重力・斥力魔法の範囲ぎりぎりのところまで肉薄して行われている。高速で飛び回る機体はぶつかれば大ダメージを負いかねない弾丸の役割を果たし、包囲から逃れんと飛び出そうとする敵を物理的に阻むことができる。

【イェーガー・空戦型】の耐久力ならば、比較的軽量級である鳥型【異形】の突撃を受けても大破は免れるだろうと想定しての戦術だった。

 それでも一歩間違えば死ぬリスクはある。にも拘らず彼らが何の躊躇いもなく行動に移せたのは、似鳥アキラ大尉という軍人への揺るぎない信頼があったからだ。

 普段はぼうっとしながらも戦闘時には凛然と兵を率いる彼の人望は厚い。平生とのギャップ、アキラ当人の守ってやりたくなるような不思議な魅力も相まって、彼に惚れ込んでいる者も少なくなかった。


「【我らが意志は敵を囲い、閉ざす絶対の障壁】――」


 360度あらゆる方向を飛び回り、『アンドレアルフス』を右往左往すらさせない旋回部隊。そこに毒液銃を撃ち放つアキラたちも加われば、敵の逃げ場はどこにもない。

 彼らが敵を足止めしている最中、地上では魔法に長けた者たち――スラング的に『魔導士』と呼称される――が『詠唱』を執り行っていた。

 力属性の白い光が、彼らの機体足元に出現した同色の魔法陣マジックサークルから立ち上る。

 浮かび上がるその魔法陣は魔法を究めし者の証。早乙女博士のもとで訓練を重ねた『レジスタンス』随一の魔導の使い手たちは、玲瓏な声で音声コマンドを唱えていく。

 

「【緊縛の匣】!」


 そして形をなす『結界魔法』。

 徹底的に効率化され迅速な発動を実現した魔導士たちは、白き光の壁を展開し【異形】をそこに閉じ込めた。

 その寸前に旋回部隊は一斉に飛び退すさり離脱し、『アンドレアルフス』が結界に囚われるのを尻目に確認する。

 

「よし! ――F1、F2は瀬那さんの救援を! いかんせん瓦礫の量が多い、注意して臨めよ!」

「はっ!」


【ラファエル】に構っていられるだけの時間は作れた。

 第一級【異形】に対して【イェーガー】の魔法で稼げる猶予は僅かだが、準備期間としては十分だ。


『――似鳥大尉! これを!』

「おっ、タイミングばっちりだね。ありがとう!」


 アキラ小隊の後から出撃していた陸軍の部隊から通信が入る。

【イェーガー】が運んできたのは大きな箱型のウェポンラックであった。アキラは投げ渡されたその箱の蓋を足で開け、その中から短剣をひと振り手に取る。

 高速飛行の都合上荷物を最低限にしている【空戦型】が作戦中に戦闘スタイルを変更する場合は、こうした武器の運搬部隊が必要になる。このような事態を見越してアキラは予め彼らを出させていたのだが、予想通り上手く働いてくれた。


(ぼくを雑魚だって君は笑ったけど……これでも八年軍人をやってるんだ。戦闘の機微、兵士の運用、単純なパワーではない集団の力を舐めちゃいけないよ)


 先ほど銃撃にあたった兵たちに剣や槍を持たせ、結界が解除されるその時まで生唾を飲んで待つ。

 無茶をして案の定失敗したマオに心中でそう言ったアキラではあったが、現状、魔法に頼らない戦闘を行うなら圧倒的な個の武力がほしいのも確かだった。


「生駒少将がいれば、魔法の効かない相手も強引にねじ伏せられたんだろうけど……生憎そうはいかない。ぼくらの刃であいつを倒すんだ」


 剣を中段に構え、鋭い眼光で敵を見据える。 

 ()()()()()として最善の行動を取る彼は、薄れ始めた結界を凝視しながら一心同体な部下たちとの呼吸を合わせるが――その時。

 彼のうなじにある【異形】の刻印が、瞬間的に焦熱を帯びた。


「ッ……!?」


 獣の本能が訴える。――肉薄する新たな同胞の気配を。迫り来るその脅威の計り知れぬ規模を。

 気がれたかのように激しく首を回し、周囲へ視線を巡らせるアキラ。

 隊長のその様子に兵士たちが困惑する中、アキラは接敵せんとするモノたちがどこからやって来るのか探りをつけた。

 

「――上から来る! 総員、防壁展開ッ!」


 直上を振り仰いでアキラは叫ぶ。

 喉が張り裂けんばかりの警告は、普段の彼からは考えられないほど動揺したものだった。

 そのただならぬ声に隊員たちは魔力を燃やして【防衛魔法】を展開、部隊全体を緑色の魔力オーラの壁で覆い隠す。

 直後――閃光と、僅かに遅れて襲い来る衝撃。


「ぐうぅっ……!」


 歯を食いしばって踏ん張り、彼らは軋む機体の体勢をどうにか保たせる。

 視界を白く染め上げる炎と爆風が過ぎ去った後、上空にいたのは漆黒のワームホールを背後に舞い降りる一体の【異形】であった。


「あれは……!?」


 その【異形】は実に奇妙な容貌をしていた。

 頭部はフクロウ、胴体と前足は狼、尾は蛇というキメラのような姿だった。

 ゴエティアが記すその名は、序列七番・アモン。炎を吐き出す強靭なる悪魔の君主である。

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