第六十八話 戦場の狂騒 ―Berserker―
「ら、【ラジエル】、月居カナタ――出ます!」
機体名とパイロット名を高らかに告げ、空挺より飛び出る白銀のSAM。
飛行機のそれに似た翼を広げ、前方の部隊目指して滑空していきながら、少年は眼下の地上を俯瞰した。
凍てついた大地に蔓延っているのは、鮮やかな緑の太い蔓を持つ植物だ。関東エリアから中国エリアまでの生命力を失って朽ちた樹木とは異なり、氷河期の環境に適応してのけているれっきとした「植物」。【ラジエル】の【異形】探知機にも引っかかっていないため、それは確実だろう。
道路沿いの民家跡の壁や屋根に絡みつき、車道まで広がって一帯を覆い尽くしているその光景は、競争相手となる種が他にいない故に実現しているものだ。
(確か、アキラさんはあれを『寄生蔓』って言ってたっけ。植物型の【異形】と自然交配して、異常な生命力を身につけた蔓性の植物……)
その存在は【異形】と他の生物が交われる証左にほかならない。
第二級以下の『凶狼型』や『凶鮫型』、『甲虫型』といったものたちはあくまで、【異形】が既存の生物を模倣して進化したものとされている。外見が似てはいるが、DNAでは完全に別物なのだ。
(【異形】と人がもし交われるとしたら……その一種の形が、『見えざる者』が僕の中に入ったり、マナカさんの中に【異形】が入ったり、ということなのか? ウイルスが生物の身体に入り込んで増えるように、彼らは人の身体に寄生して何らかの行動を起こす?)
遺伝子の交わり。肉体と魂の交わり。形は違えど、生物として【異形】を受け入れたという点では同じだ。
少年が胸中で呟く仮説は的を射ていた。少年が『見えざる者』と呼ぶ『潜伏型』の【異形】は、単体では特に力を持たない。彼らが力を得る方法は二つ――人に寄生してその魔力を使うか、複数体が集合することで群体を形成すること。後者によって起こされたのが、北京地下都市の生命が枯れ果てた被害だ。
(なぜ彼らは寄生するんだろう? 繁殖行動ではないはずだ。『見えざる者』が僕の中に卵を産み付けたとか、そういう形跡も特にないし……そもそも、彼らはどうやって殖えてるんだ?)
何を考えても判断材料が少なすぎて、結局想像するしかないのがもどかしい。
ここで【異形】の生物的なことを考えても答えは出やしない――そう思考に見切りをつけて、カナタは近づいてきた最前線の部隊へと通信を繋いだ。
「ぶ、毒島中佐! つ、月居です、援護に来ました!」
「おっ、わざわざどーも。んー、でも今んとこ困ってないし、適当に空から見張っててー」
気の抜けた口調で邪険に扱われてしまうが、カナタもそれは承知している。
元々部外者な上に、カナタは司令の実子なのだ。万が一のことを考えたら、後方でお飾りになってもらっていたほうが楽だろう。
実際、少年としても安全圏の空から悠然と戦場を見下ろせるポジションのほうが都合がいい。
彼の目的は【異形】に語りかけることだった。もし『潜伏型』の【異形】がここにもいるなら、彼らに訴えたいことがある。対話を目指すという理想を掲げるなら、まず自分から行動していかねば何も始まらないのだと彼は弁えていた。
(でも、どうしよう? 彼らに呼びかけたいけど、機体のスピーカー機能を使ったら周囲に怪しまれちゃうかもしれないし……ただ念じるだけで、彼らが気づいてくれるのか……?)
カナタは首を激しく横に振った。
できない可能性よりもできる可能性を考えろ――そう自分に言い聞かせ、彼はシオンらの部隊上空を低空飛行し、彼らの【異形】との戦闘を観測しつつ『潜伏型』とのコンタクトを図った。
対【異形】ライフルを構えた【イェーガー】たちの一斉射撃が、道を塞いでいた中型の『植物型』を焼き尽くしていく。
海軍の輸送艦からの補給もあって、残弾にはかなりの余裕がある。物資の充実は兵たちへ大いに安心感をもたらし、それが彼らの好調に寄与していた。
「いいね、この調子で進んでくよ! 【ラジエル】の月居少尉が上空にいるけど、あれは見学みたいなもんだから気にしなくていいからねー!」
四つの腕を持つ【マトリエル】で二丁の大型『毒液銃』を撃ち鳴らすシオン。
【イェーガー】を周囲に配置しつつ少し高い位置から銃撃を敵へ見舞っていく彼女は、部隊前方数百メートルの敵を軒並み排除したと見るとすかさず進軍を指示していく。
目標としている『福岡プラント』を前にした今、急がない理由はない。無論慎重さを捨てるとは言わないが、時間をかけるなら『プラント』内に入ってからでいいのも確かだ。
「前から二列目までの子たちは後ろへ下がって! 三列目以降は前へ繰り上げ、いいね!?」
「「「イエス・サー!」」」
第二師団で見られた兵の消耗による損害を防ぐために、シオンは通常よりもかなり早いサイクルで最前列に立たせる者の交代を行っていた。
既にレーダーは数キロ先の幾つもの敵影を捉えており、十分と経たずに次なる戦闘が起こることは分かっている。
――敵が現れるペースが昨日までとは違う。
この場の誰もがそれを理解していた。これまでの戦闘はあくまで前哨戦に過ぎず、本当の脅威はここからなのだと、【異形】たちはその爪牙で語っている。
「カナタきゅん、君はちゃんと魔力を温存しといてよ! 肝心な時に出れなくて恥ずかしい思い、したくないでしょ?」
次から次へと出現すると予想される敵に対し、闇雲に動くなとシオンはカナタへ釘を刺した。
少年は頷きを返し、カメラが映す敵の集団の姿を睨み据える。
民家の陰や道路脇からぞろぞろと顔を出す『狼人型』、『子鬼型』、『牛人型』などの「亜人型」と呼称される第二級以下の【異形】たち。
彼らの蛮声が重奏となって師団へと押し寄せ、地響きのごとき足音もそれに追随していた。
各種百体はいるだろうか。海中の『凶鮫型』も相当な数がいたが、今日既に討伐されたものを含めればそれ以上だ。
この数を相手に本当に【ラジエル】が加勢しなくていいのか、ついそう疑念を抱いてしまうが――上官の命令とあらば従う以外の選択肢はない。
月居カナタが理想を遂げるために不可欠なものは、信頼だ。対話の道など一人が騒ぎ立てても意味がない。誰かを巻き込んで少しずつ声を大きくしていく――それはマナカが自身の理想について語っていたことでもあった。
マナカが叶えたがっていた平和を実現する一つの形として、カナタは自らの道を選び取った。パイロットとなり、恋人を得て男女の契りも交わした彼はもう、母親の言いなりになる子供ではない。一人前の戦士としての第一歩を、既に歩み始めているのだ。
「て、敵多数! ぶ、毒島中佐、僕は敵の出処を――す、「巣」を暴こうと思います。こっ行動の許可を!」
「こちらからも頼むよ。敵の数は思ったより多い。レーダーが追いきれないほどどんどん増えてきてる。……それも、元からここに潜んでいたとは思えないくらいの数が」
対【異形】用スナイパーライフルを構える狙撃部隊が先行して敵への攻撃を行っている中、シオンはカナタの要請に二つ返事で許可を出した。
『毒の雨』を撃つことを真っ先に考えた彼女だったが、敵の尋常ではない増え方が気がかりだった。九州エリアに入ってから突然増え出した敵――それが【異形】側の策であるのは確実だろう。
第一師団が海を越え、本土から離れたタイミングを狙って一気に攻勢をかけてきたのだ。彼らの退路は海しかなく、海越えには陸での撤退戦よりも遥かに時間がかかる。
敵にとっては絶好の攻め時。だがそんな条件は、最初からミツヒロたちも承知の上だ。
『毒島中佐、『毒の雨』はまだ使うな。兵たちに限界の兆しが見え始めたのを見計らってから使え。毒が敵の進行を阻む間、兵を治療し休息を取らせる』
司令部より飛んでくる通信に「はいよっと」と軽い調子でシオンは応じる。
画面越しに溜め息を吐く金髪天然パーマの青年に笑いかけ、彼女は部下たちに徐行での前進と一斉射撃を引き続き行うよう命じた。
轟く銃声、打ち上がる爆発。
悲鳴と怒声が混じりあったような敵の吠え声もそこに加わり、戦場はみるみるうちに狂騒を呈していく。
「はぁ……うるっさいけど、こんくらいの騒がしさが戦場ってゆーの? なんかめっちゃ滾るって感じ!」
銃をぶっぱなし、敵を黙らせる。
それこそが戦場の醍醐味だとシオンは思う。平和も理想も彼女には興味がない。鳥籠の中で飼い殺されるよりかは闘争のほうがずっとマシだと感じただけだ。
毒島シオンは、夜桜シズルのような理想家でも、御門ミツヒロのような保身に取り憑かれた者でも、生駒センリのような求道者でもない。
戦いの中に刹那の快楽を求め、銃を執る――それが彼女という人間の在り方だった。
「中佐、本当に燃え滾りますよ! あなたの下でなら、俺たちは好きなだけ暴れられる!」
「脛に傷のあるあたしらを拾い上げてくれたこと、戦いで恩返しさせてください!」
戦闘を純粋に楽しみ、【異形】の狩人として振舞うシオンに付いてくる者は少なからずいた。
彼らは平和な世の中では真っ先に生きがいを失ってしまうタイプの人種だろう。闘争に血潮を滾らせ、本能のままに敵を狩る。そういう人材をシオンは好んで部下に引き入れてきた。
そんなシオンを理解しない者も軍の上層部には多くいる。司令の副官である富岡という老紳士もその一人だ。
だが、シオンは理解者を求めない。彼女は自分が異端であると理解した上で、自分の思うがままに振舞っている。彼女は全ての戦いが終わったら自分が一切必要とされない人材になると知っていながら、戦いの果てを目指して銃を撃ち続けているのだ。
「そう言ってもらえると嬉しいね! さぁ、どんどん行くよ! 輸送機には指一本たりとも触れさせやしない!」
「「「おおおおおおおおおおおッッ――――!!」」」
兵たちの雄叫びは、敵の蛮声をかき消さんという勢いで膨れ上がる。
瞳に爛々と炎を灯す戦士たちは、荒れ狂う鼓動のごとき激しさで銃弾の雨を眼前の敵たちへと浴びせていった。
*
「レーダーに敵確認! 右翼側、左翼側、それに後方にも……数はそれぞれ、百は下らないかと!!」
オペレーターの一人が叫ぶのを聞いて、ミツヒロは憚らず舌打ちを飛ばした。
前方の様子から鑑みるに、これからさらに増える敵の数は百などでは済まないだろう。千以上、酷ければ万を超す軍勢を相手取らねばならなくなるかもしれない。
現状はまだ余力は十分にあるが、流石にこの攻勢が絶え間なく続けばいずれは綻びが出るだろう。そうなれば、あとは敵の主力である第一級【異形】、或いは理性を持つ新種に食い潰されて終わるだけだ。
「これほどの数を用意し、圧倒的物量で俺たちの体力を削る……やはり、知恵の実を食った【異形】が裏にいるな。『第二の世界』での月居たちとの交戦はあくまでその前哨戦、試験に過ぎなかったということか……!」
固く拳を握り締めるミツヒロは、ここにはいない親友へと思いを致した。
【異形】に通じているのは確実である彼が、第二級以下の奴らを引き寄せている可能性はあるのだろうか――どうしても消えない危惧に、彼の秘密を暴露してしまいたい衝動に駆られる。
それでも保身を考えるなら、黙らざるを得なかった。愚かにも情欲を抑えきれなかった青年の過ちが露呈すれば、彼は間違いなく失脚する。かつての自衛隊とは異なり、女性が男性と変わらない――いや、それ以上の地位を築いている『レジスタンス』内では、男の狼藉に対し見る目は一際厳しい。事を揉み消すのも無理な話だろう。
ミツヒロの焦りはそこから来ていたのだが、彼の副官やシズルはそれに気づきもしていなかった。
無愛想だが生真面目な青年。彼がこれまで積み上げてきたイメージは固く、決して崩されることはない。
「御門少将。ここは、私が」
名乗り出たのは艶やかな黒髪を流す美女であった。
凛然とした面持ちで戦へ望まんとする歴戦の英雄に、ミツヒロは頷きを返す。
彼から許可を得るとシズルは持ち場を副官へ預け、アーマメントスーツへ着替えるために更衣室へと走っていった。
「夜桜大佐の【レリエル】ならばある程度の時間、奴らを無力化することが可能だ。これだけの規模だ、彼女にはかなりの負担を強いることになるが……一人の苦しみで済むのなら、それが一番いい」
ミツヒロのこぼす呟きに、シズルを尊敬する士官たちは苦渋を顔に滲ませる。
しかし、それが道理であることも彼らは理解していた。その力にこれまで何度も救われた経験が、その明確な根拠であった。
空挺を中心とする部隊は猛進する。敵の軍勢のど真ん中を突っ切り、目的地たる『福岡プラント』跡地を目指して、ひたすらに。




