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暁の機動天使《プシュコマキア》  作者: 憂木 ヒロ
第三章 永訣の火

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第五十七話 出立のとき ―Separation―

 そして迎えた『福岡プラント奪還作戦』開始日。

 朝食を済ませた後、カナタたちは『学園』の校門でシバマルたちクラスメイトからの見送りを受けていた。


「絶対、全員生きて帰ってこいよ。作戦が終わったら、また皆で遊ぼうぜ!」

「あなたたち、死んだら許さなくってよ?」

「お前らがいない間、俺らも訓練頑張るからさ。強くなった俺らを見るの、楽しみにしといてよ」


 シバマル、リサ、イオリの三人は穏やかに笑っていた。

 未知なる地上に向かってしまえば、もう誰も平和を享受できない。そこではいつだって、【異形】という死神が獲物の命を刈り取ろうと息巻いている。

 今が最後の会話になるかもしれない。その可能性を理解していてもなお、彼らは仲間の生還を信じ、柔らかい笑みを浮かべていた。


「う、うん。ぼ、僕たち、どんな【異形】にも負けないよ」

「次に会えるのは来月になるね。うーん、9月らしい遊びのスポットは……」

「少し気が早いかもですけど、フルーツ狩りとかどうです? 確かこの都市には、子供の農業体験用のビニールハウスがあると聞いたことあります」

「ユイちゃん、それいいねー。帰ったら美味しいフルーツ、お腹いっぱい食べよう!」 


 ユイの提案にさっそく涎を垂らしかけるマナカ。

 そんな彼女に苦笑しているレイに声を掛けたのは、ユキエである。


「リーダー。今朝送ってくれた練習メニュー、ありがたく使わせてもらうわね」

「ええ。ボクがクラス全員を改めて分析し直して作った最強の特訓メニューです。少々ハードですが、こなせるようになれば君たちの実力はさらに引き上がるでしょう」

 

 自信作です、とレイは胸を張った。

 得意げになっている彼の肩をカオルはどんと押し、その勢いのまま身体を寄せる。

 

「まっ、アタシらはそんなのなくても強くなれるけど……せっかくだし目を通してみるよ。戻ってきたら地上の話、色々聞かせてね。兄貴、全然話してくんなくてさー」

 

 至近距離で感じる少女の甘ったるい香水の匂いに顔を背けるレイ。

 こっち見てよー、と猫なで声で訴えるカオルだったが、カツミに力尽くで引き剥がされた。


「残念だったな、てめえはオカマ野郎の好みじゃねえってわけだ」

「あーん、意地悪ぅー」


 不貞腐れるカオルは一旦置いておいて、レイは二人に向き直ると言った。


「毒島くん、風縫さん。君たちはA組の中でもボクらに次ぐ実力者です。万一ボクらがいなくなったら、君たちが新しいエースになる。そのことを心に留めておいてください」

「バカ野郎、万一だなんて言うもんじゃねえよ」 

「同感。でも、意識しとく。戦場に絶対はないからね」


 最初は決して良い関係ではなかった。カツミにとってはいけ好かない優等生、レイにとっては弱いものいじめをする卑怯者として互いが映っていた。

 しかし今は数度の戦いで共闘するうちに信頼関係が芽生え、そのトゲも取り払われている。

 カツミとカオルの言葉にレイの胸の底からは温かいものが込み上げてくるが、それを素直に表に出すのも癪なので彼は頷くだけにとどめておいた。

 ドライな対応も彼らしいと受け止めた二人は、言葉の代わりに握り拳をレイの前へ突き出す。

 金髪の少年は軽く目を見張り、少しの間を置いてから二人と拳を突き合わせた。


「ボクらに、勝利を」


 シバマルたちの他、真壁ヨリや日野イタルといったクラスメイトたちとの会話を切り上げ、カナタたちは出立しようとしていた。

 が、そこで最後の見送り人がやってきて、カナタとマナカに声をかける。


「はぁ、はぁ、間に合ったかしら……! 王子様、お嬢ちゃん、おひさー」

「お、お久しぶりです、ミユキさん。に、二週間ぶりくらいですね」


 全速力で走ってきたようで息を切らし、汗も流しながら駆けつけたのは不破ミユキだ。

 膝に手をついて肩で息をする彼女にハンカチを手渡しながら、カナタは挨拶する。

 

「ありがと、時間もないから要件だけ言うわね。王子様、お嬢ちゃん、私から渡しておきたいお守りがあるの。受け取ってくれるかしら?」

「お、お守り、ですか」


 カナタとマナカはこくりと頷きを返した。

 ミユキが二人の首にかけてくれたのは、紐が通された小さな金色のロケットだった。

 鎖骨の辺りにひんやりとした感触を覚える少年は、黒髪の彼女に訊ねる。


「こ、これ、ミユキさんの手作りですか……?」

「ええ。形を整えるのに意外と手間取っちゃってね、出立に間に合わないんじゃないかって焦ったけど何とか昨夜完成させたの」

「ありがとうございます、ミユキさん! 本当に綺麗なお守り……嬉しいです」

「お二人さんがいい感じだって聞いて、ペアになるようにしたの。色違いだけど、レイくんとユイちゃんの分もあるわよ~」


 レイとユイには銀色のロケットが贈られた。手の中に収まったその輝きを見つめて、決意を噛み締めるように少年少女は頷く。


「素敵なロケットですね。中には何が入っているですか?」

「ふふ、それは秘密。戦場で辛くなった時、寂しくなった時に開けてちょうだい」


 何かメッセージを書いた紙でも入っているのだろうか、とレイは推測する。

 あとは出発するだけ――とカナタたちは思っていたのだが、「待って」とミユキに呼び止められて足を止めた。


「写真、撮りましょ。四人の【機動天使】パイロットと、その仲間たちで一緒に」

  


 作戦の開始を間近にする司令室は慌ただしさを極めていた。

 上座の司令席に掛ける月居カグヤは、正面の大モニターに映る『丹沢第一基地』の光景を黙して見据える。

 天気は快晴。基地周辺に敵影はなし。大型輸送機の最終チェックは完了し、特に異常は見られない。

 作戦は予定通り決行できるだろう。あとは、子供たちの到着を待つだけだ。


「【機動天使】パイロット四名が『本部』に到着! 現在、『いただきの階段』を上っている最中とのこと!」

「海上輸送部隊、出港準備完了! いつでも行けます!」 


 オペレーターたちからの報告を受けて、一言「了解」と返すカグヤ。

 艶めく銀髪を揺らして立ち上がった彼女は、一度深呼吸した後、高らかにその作戦の開始を宣言した。


「これより『福岡プラント奪還作戦』を開始する! 【機動天使】パイロットが搭乗し次第、『アイギスシールド』を一部解除! 海上輸送部隊は地上の輸送部隊が出るまで待機!」


『アイギスシールド』とは都市の真上をドーム状に覆っている透明な魔力の壁で、これがあることで地下都市ジオフロントは【異形】の侵攻のほとんどをシャットアウトできている。『パイモン』侵攻以前は決して破られたことのなかった「女神の盾」――早乙女博士が作り上げた最高の発明である。

 

「『アイギスシールド』南西区画Dブロック隔壁解除! 第一師団、出ます!」 


 都市の防衛システムを司る高級将校らによるオペレーションは滞りなく進行し、現場の兵たちのための「扉」が開かれていく。

 鋭い眼差しでモニタ上の地図を睨むカグヤの隣に立ち、側近の富岡は呟いた。


「……これが本当の意味での、おぼっちゃまの初陣ですな」

「ええ。彼らを戦線に投入することで何が変わるか……【異形】がどう動いてくるか、それを見たい」

         

『力』に目覚めた少年は【異形】側からしても無視できない存在だ。

 彼らの本拠地である地上にカナタを送れば、理智ある【異形】たちは確実に接触しようと現れるはず。

 カナタらを餌として理智ある【異形】を生け捕りにする――それこそが今回の作戦の裏の目的であった。無論、その狙いはカナタたち自身も知らず、部隊の長である二人の少将とその側近のみ知り得ている。


「【七天使】が外れることで都市の防衛能力は下がる。敵はそれを理解した上でこちらへ侵攻してくるかもしれないわ。――その時のためのあなたよ、湊くん、マトヴェイ」

 

 自分の後ろに待機していた二人の男へ、カグヤは振り返ることなく呼びかける。

『学園』から『レジスタンス』へと舞い戻った元【ガギエル】パイロットの青年・湊アオイと、空軍大将である女装の美男子マトヴェイ・バザロヴァは直立不動で敬礼を返した。


「僕がここにいるのは皆を守るためです。もう戦場からは逃げない。誰も死なせない」

「はぁ……引退した身をわざわざ引き戻すなんて、カグヤ様は容赦がありませんわね。うふふ……でもそういうところ、嫌いじゃないわ」


 カグヤは海軍と空軍のかつてのエースを据えて都市防衛に臨もうとしていた。

 が、そこで一つ疑問が生じる。海と空が埋まったはいいが、陸を守る者は? と。

 怪訝に思って青年らが口を開くのを先回りして、銀髪の女性は答えを明かした。


「何かあったら、私が出るわ」

「まさか……で、ではあの機体を使うということ……!?」


 かつて月居カグヤが早乙女アイゾウ、そして追放された『ゴエティア』の中身を知る「三人目」の女と共に開発したSAM、【輝夜カグヤ】。

 力が強大すぎるあまりにカグヤ以外に乗りこなせる者がおらず、当のカグヤは司令職のために前線に出られなかったために長らく封印されていた伝説の機体だ。 

『レジスタンス』本部地下の最奥で今も鎖に縛られている【輝夜】が目覚める――そう聞いて周囲のオペレーターともどもアオイたちは仰天した。


「だ、大丈夫ですの、司令? あの機体はパイロットの生命力をも吸い取る悪食。万が一あなたが倒れれば、『レジスタンス』は――」

「杞憂よ、マトヴェイ。私に不可能はないわ。それに今の私はもう、昔の私と違うもの。【輝夜】に命を持っていかれたりはしない」


 カグヤは、断言した。

 その根拠を知らないマトヴェイとアオイを黙らせるだけの気迫が、彼女にはあった。

 モニター上のマップでは、輸送部隊を示す幾つもの青い光点が西へと移動を始めている。それを眺めながら腕組みする女装の麗人は、鮮やかな紅を差した唇を固く引き結んだ。 

   


 地上と空のそれぞれで隊列を組み、西進していく輸送機の群れ。

 先発の第一師団に配属されたカナタとマナカは、空軍の大型輸送機の窓から地上の風景を見下ろしていた。

  

「あれが、地上……」


 眼科に広がるのは無限の灰色。

『第二の世界』で目にした青々とした森林はどこにもなく、そこには石灰化した樹木の亡骸が延々と広がっているのみであった。

 空を見ても鳥は飛んでいない。湖水は白く濁り――いや、凍っているのだろうか?

 輸送機の窓はガタガタと強風に揺れている。その強化ガラスに振れたマナカの指先には冷気が伝い、彼女は身震いした。


「さ、寒い……みんな、凍ってるの……?」

「半分は正解だ、月居」


 窓の側に張り付いているカナタに言ったのは、前方の席に座る一人の青年だった。

 彼の名は御門みかどミツヒロ空軍少将。

 ふわっとした金色の天然パーマをセミロングにした、物腰柔らかそうな雰囲気の美青年である。


「は、半分?」

「ああ。二十年前に富士山に隕石が墜落したことは知っているな? その時に起こった気候変動によって、地上は氷河期に突入した」

 

 そんなこと、カナタは何も知らなかった。

 落ちた隕石は小規模で特に地上に影響を及ぼすこともなく、今でも緑がそこかしこに広がっているものだと彼らは教わっていた。

【異形】さえいなければ人類が満足に暮らせるだけの場所があるのだと、盲目に信じていた。


「世界は凍りついた。だけど、それだけではないんだ。過酷な環境の中で生存するために【異形】は周囲の生命から魔力を吸い上げ、動植物たちを抜け殻にした。その結果が、あれだ」


 寒冷な気候に対応できた生き物ももちろんいた。しかし、それらのことごとくは【異形】の養分となって朽ちていってしまった。

 北京ジオフロントで起こった生命の死滅が全世界規模に広がっている――そう理解して、カナタは言葉を失った。


「もし【異形】の全てをこの世から滅ぼしたとしても、今度は人同士の争いが始まる。居住地と食料をめぐって起こる、血みどろの戦いがね。人類の希望を謳い突き進んだ果てにあるのが、生存をかけた争いというわけだ。……がっかりしたか?」


 沈黙する若い二人を見つめ、彼らより一回り年上のミツヒロは凛然とした面持ちで言葉を続ける。


「俺は、それでもいいと思っている。俺はSAMという力を持ち、軍人として訓練も受けているからだ。たとえ人同士の争いになったとしても、『勝者』側にいられる。君たちもそれは同じだ。【異形】なき後の人の世界で生き残っていけるだろう」


 抑揚のない乾いた声音でミツヒロは呟く。

 それは彼なりの少年たちへの祝福だった。真実を伝え、そして見据えるべき道を与える、年長者としての使命。

 ドライに現実を受け止めて出した青年の結論に、マナカは握った拳を震わせ――気づけば、叫んでいた。


「……あなたは、自分が勝てるからって人同士の争いがあっていいものだと思うんですか。人類の平和を求めるのが『レジスタンス』という組織のあり方じゃなかったんですか!?」

「いいか悪いか、じゃない。争いは起こるべくして起こる。それは誰にも止められない――人が滅びでもしない限り。『レジスタンス』の理念は確かにそうだが……果たして地上を知った者の中に、君のように叫べる者がどれだけいるか」


 資源が足りない。土地が足りない。食糧が足りない。だから生きるために奪い合う。だから、争う。

 人が巨大な社会を形成して発展できる時代は終焉を迎えたのだ。これからは勝った者だけが生き残れる弱肉強食の世界になる。

 人と人が手を取り合って生きていけるのは、【異形】という共通の敵が存在している間だけ。


「人が本当の意味で平和に生きるなら、【異形】に怯えて地下に引きこもっているのが一番なのかもしれない。だがそれでも『レジスタンス』が戦うのは――その先の遥かな未来を見据えているからだ。争いは当然起こる。それを受容し、乗り越えた先に、真の平和がある」 


 多くの犠牲を経て成り立つ平和。その理想を遂げるための別の「過程」があるのではないか、とマナカは考えるも、その答えは全く捻り出せなかった。

 生命は人の手で庇護されなければ生きられない環境。物資は地下資源のみという現状で、人類は一体何を為せるのだろうか――?

  

「暗い話はやめなよ、ミツヒロ。せっかく若い子たちが来たんだから、もっと楽しい話をしよう?」


 そう言ったのは、後方のドアを開けてカナタらの座席近くまで歩いてきた小柄な人物だった。

 焦げ茶色のボサボサ髪を肩にかかる程度に伸ばし、目元にはクマが濃く滲んでいる中性的な顔立ち。ミツヒロと同年代だと思われるその人は、通路を挟んでカナタたちの隣の席に座り、彼らに微笑んでみせた。


「ぼくはアキラ。似鳥にとりアキラっていうんだ。階級は空軍大尉で、好きなものは飴玉とチューインガム。よろしくね、月居くん、瀬那さん」

 

 少年っぽさを醸す声は男とも女とも取れる微妙な高さだった。

 性別を感じさせない人物であるアキラは、胸ポケットから出した飴玉をカナタたちに放ってよこす。


「魔力消費による疲労を癒すには、糖分を取るのが大事なんだ。ふふ、ぼくなんかいつでも舐めれるように、常に五個はポッケに入れてるんだよ」

「は、はぁ……ありがとう、ございます」


 どこか抜けた雰囲気のアキラにマナカは取り敢えず礼を言い、飴の包み紙を剥がして口に含む。

 甘味と酸味の同居した苺ミルクのフレーバーが舌の上で広がり、彼女の揺らいでいた心は段々と落ち着いていった。


「ぼんやりした奴だが、これでも優秀なパイロットだ。俺は部隊を率いる者として君らに付きっきりでいるわけにはいかないが、面倒はこいつが見てくれる。何か困ったことがあれば何でも言ってやってくれ」


 そう言って席を立ち、アキラと入れ替わりに後方のドアへと向かっていくミツヒロ。

 今カナタたちがいるのは機体前方、操縦席からほど近い搭乗席だ。ミツヒロが足を運ぼうとしているのは、旗艦としての役割も果たす輸送機の真ん中あたりにある司令室だろう。

 カナタらへの話を終えた彼は、今後はそこにこもりきりになる。


「君たちの協力を求める際は機内放送で呼びつける。呼ばれたら三分以内にSAM格納庫に集合すること。いいな」


 ミツヒロは早口で言いつけ、急ぎ足で去っていった。

 彼の背中を見送ったカナタは灰色の世界を映す窓へ視線をやり、落ち着かない胸に手を当てる。


(窓の外、地上には【異形】がいるんだ。もしかしたら、『見えざる者』のように知性を持ったものもいるかもしれない。語りかければ『交信』できたりしないかな)


 だが近くにはアキラがいる。【異形】に話しかけるようなことをすれば、不審に思われてしまうだろう。ただでさえカナタたちは学生の身で部隊に編成されている異分子なのだ。ことを荒立てる可能性がある行為は、避けたほうがいいだろう。


(いま出来ることは……【異形】が現れるのを待つことだけだ。彼らと接触さえできれば、何か……見えてくるかもしれない) 

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