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暁の機動天使《プシュコマキア》  作者: 憂木 ヒロ
第二章 嘘と真実

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第三十三話 伏せられし真実 ―Doubt the truth.―

 大講堂に整列させられた生徒たちの視線の先、舞台上に立つのは和服姿の銀髪の女性であった。

 月居カグヤ――言わずと知れた『レジスタンス』の最高司令だが、今日は普段の白衣ではなく外向けに着飾っている。

 遠目にも肌のハリが伝わるほどの若々しい美貌は、登壇した瞬間に生徒たちのざわめきを呼び起こしたほどだ。

 

「やっぱ綺麗だね、月居司令」


 生徒たちが出席番号順に並ぶ中、カナタの前に立つマナカは彼を振り向いて囁く。

 講義を楽しみにしている様子のマナカとは対照的に強張った表情のカナタは、無言で頷きを返した。

 その態度にマナカは首を傾げるが、壇上のカグヤが話しだしたことで姿勢を正した。


「新東京市立SAMパイロット養成学園の生徒の皆さん、ごきげんよう。『レジスタンス』の最高司令を務める月居カグヤです。本日は皆さんに、学園の教師たちが語らない真実を開示したいと思います」


 最初に上がったどよめきは教師陣のもの。

 生徒たちの脇でステージを見上げる教師らの中で、ろくに驚いていないのはキョウジくらいだ。

 次にその驚愕は生徒たちへと伝播していき、それはカナタでさえ例外ではなかった。


「母さん……」


 学園の者が秘匿する真実を語る。それが意味するところは、学園側とカグヤとの間に方針の違いによる亀裂が入っているということだ。

 初老の学園長や教頭がピリついた雰囲気を醸しているのもそのためだろう。

 学園側の幹部たちを一瞥してから、カグヤは生徒たちに向き直ってマイクを握る手に力を込めた。


「先日、『第二の世界』内で新型【異形】の存在が確認されました。我々『レジスタンス』はそれを暫定的に『パイモン』と名づけ、討伐任務に当たりました。その際、一年A組の月居カナタ、早乙女・アレックス・レイ、瀬那マナカの三名は我々と共に現場で戦いました。月居くんと早乙女くんの両名に新型機を与えたのは、そこでの戦果を評価してのことです」


 カグヤは淀みない口調でパイモンにまつわる情報を列挙していった。

 彼が知性を持つこと。人の作る仮想現実に侵入する手段を持つこと。彼の遺伝子が人間のそれと非常に近しいということ。そして、人に化けた【異形】がこの地下都市に紛れ込んでいる可能性がゼロではないことまでも。

 学園がパイモンの情報を公にしなかったのは『レジスタンス』の意向に従ってのこと。ここでカグヤがそれを公開するのは話が違う。

 何故、と胸中で呟くキョウジは壇上の銀髪碧眼の女性を睨み据えた。


(司令は何を意図してこのタイミングで生徒たちに真実を明かしたんだ? 今それを知ったところで、学園で学ぶ彼らには関係のないこと。むしろ、知ってしまうことで疑心暗鬼に陥ってしまうだろう。それなのに――)


 講堂内に反響する生徒たちの声。

 彼らは一様に戸惑っていた。カグヤの語りは彼らが学んだ【異形】の知識とはかけ離れたもので、到底、簡単に信じられるものではなかった。

 

「司令は何を言っているの?」「人みたいに喋る【異形】なんて、見たことも聞いたこともないぞ」「嘘なんじゃねぇの?」「いや、ここで司令に嘘をつく理由なんてないだろ」「【異形】が人に化けてるだなんて……私たち、何を信じればいいの……?」


 疑念の声が次々に表出する。それはもはや誰にも抑えられない。

 騒がしさを増す生徒たちを教師陣も、カグヤも咎めはしなかった。突きつけられた真実を胸のうちで消化するための儀礼が必要なことは、彼らも分かっている。

 カナタ、レイ、マナカの三人は、皆の視線や問いかけにどう答えるべきか逡巡していた。

 まだ、心の準備ができていなかった。仲間を疑うのは自分たちだけの役割だと考えていた。それが決して揺るがないことだと、思い込んでいた。

 列の先頭に立つシバマルがこちらを振り返って、眼差しで何かを訴えかけている。カナタは友人に対し、ただ唇を引き結んでまっすぐ見つめ返すしかなかった。


「……ツッキー……」


 知っていたなら、なんで教えてくれなかったんだ?

 彼がそう言っている気がして、カナタは身を捩り、俯く。

 友情よりも優先すべきものがある。それが『レジスタンス』の任務であり、言いつけだ。知り得た秘密を簡単に仲間に言いふらすほど、カナタたちは子供ではない。

 だが――同時に、彼らは子供の枠から出られていなかった。結局は、大人に従うだけ。「いい子」でいることがこの『新東京市』や学園で生き残る手段なのだと、幼い頃から無意識のうちに理解させられているから。


「真実から目を逸らしてはなりません。現実から目を背け、まやかしの平和を享受する行為は罪です。あなたたちは籠の中の鳥。我々『レジスタンス』に守られることでようやく生命を繋げられている、そんな弱い存在に過ぎない。しかし――あなたたちには武器がある。新型【異形】が第二の世界に侵入した際に、抗えるだけの武器が」


 カグヤが口を開くと、途端に講堂は静謐に包まれた。

 それは彼女の持つある種の魔力が為せる技だった。誰もの注目を集める話術。インパクトのある言葉選びや、演技臭く捉えられない範囲で抑揚をつけた語りは聴く者の興味を引く。


「それが、SAMです。SAMはあなたたちが真実を掴むための目となり、手となり、足となる。ここを卒業した暁には、【異形】との戦いの中であなたたちは世界の変容のあり方を知るでしょう。未来の人類がどのように生き、どのように社会を再興していくのか、想像できるようになるでしょう。

 ――今は『第二の世界』に【異形】が現れる可能性があること、それだけを考えるのです。この『第二の世界』においては、あなたたちは『レジスタンス』の正規兵と変わらぬ戦力です。少年少女たちよ、誇りを持って戦いなさい! あなたたちの行動によって、あなたたち自身を含む『新東京市』に住まう全ての人の命が守られることになります。それを忘れないで」


 真実。

 マナカたちの掲げる理想の前に立ちはだかる、巨大な壁。


「ねぇ、カナタくん……真実って、何なの」


 ぽつりと溢れる少女の問いかけに、少年は何も言えない。

 彼は何も知らなかった。当然だ。本で読み、仮想現実で見ただけで、地上の「本物」に触れたことは一度たりともなかったのだから。

 自分たちは鳥籠の中で与えられるものだけを頼りに生きている。そのままでいいのか――その迷いを断ち切るには、学園を卒業して『レジスタンス』に入隊するほかないのだ。

 演説を終えたカグヤは、教師陣や生徒会の者たちの拍手を浴びながら退出していった。


(母さんと話さなくちゃ)


 銀髪の少年は整列する生徒たちの間を抜けて、飛び出していく。


「こら、月居くん! いくら司令の御子息だからといって、勝手な行動は――」

「教頭先生、行かせてやってください。今の彼には、必要なことなんです」


 走り出したカナタを止めようと、神経質そうな痩身の教頭が叫んだ。

 養護教諭の沢咲さわさきは上司にも臆さず、カナタを想って訴える。

 

「カナタくん……!」

「瀬那さん、追いかけるのは止めなさい。カナタの問題は彼自身に解決させるべきでしょう。部外者の君が介入しても、ただ邪魔になるだけです」


 少年の後を追おうとしたマナカをレイが制止した。

 周囲の生徒たちがざわめく中、鋭い眼差しでレイはマナカを射抜く。

 だが――少女はその制止を振り切った。


「部外者、ですって……? それを言うなら君もでしょ、早乙女くん! 知ったふうな口でカナタくんのことを語らないで! 私は――私は、彼のことを知りたい。この世界の真実も、カグヤさんが抱えている情報も、全部知りたいの! ねぇ、それっていけないことなの? 知りたいって思うのは、そんなに咎められなきゃいけないことなの……?」


 部外者という単語に、マナカの中で何かがぷつりと切れた。

 カナタと親しげにするレイへの嫉妬や苛立ち、真実を得られないもどかしさ、それら全てを露呈させて叫ぶ。

 駆け出したマナカを引き戻す者は誰もいなかった。

 その場に残されたレイは、舌打ちとともに吐き捨てる。


「ボクも、気持ちは同じですよ。でも……君のように自分勝手には、なれない」



 講堂を出て校舎へと続く渡り廊下で足を止めたカグヤは、後ろを振り返る。

 彼女の視線の先には、肩で息をする息子がいた。


「し、司令。す、少しで構いません……お、お話する時間を、頂けませんか」


 彼女の息子としてではなく、一生徒としての立場でカナタは頭を下げる。

 血の繋がりは『レジスタンス』において重視されない。この世界が実力主義であると弁えている少年は、母と息子という関係性に頼るのは止めていた。

【ラジエル】のパイロットとして、最高司令に面談を持ちかける。


「……富岡、スケジュールにはどれだけ余裕があるのかしら?」

「講義が予定よりも十分程度早く終わりましたからな……そのくらいなら」


 付き人である軍服姿の初老の男に確かめ、カグヤは頷いた。


「よくってよ。場所は……そうね、あそこの車の前にしましょう。富岡、講堂の教師に連絡して生徒たちの退出を遅らせておいて」

「かしこまりました」


 スマホ片手に一歩下がる富岡を横目に、カグヤはカナタへ手を差し伸べる。

 頭を上げた少年はその手を取り、「あ、ありがとうございます」と礼を言った。

 司令に手を引かれるまま、講堂の脇に停めていた車の前まで向かう。


「あ、あの……司令。きっ、訊きたいことが三つ、あります」 

「…………」

「ひ、一つ目は僕の力に関すること。ふ、二つ目は先ほどの講義で語った『真実』にまつわること。み、三つ目は、司令の……母さんの寿命について」


 カグヤの沈黙を了承と受け取ったカナタは、どうしても聞かねばならない三事項を順に口にした。

 腕組みして車に寄りかかり、タバコに火をつけるカグヤは眉をひそめる。

 

「ぼ、僕の力が【異形】を喰らい、その力を得るものであるのは把握しています。で、ですが、僕はまだ、僕がどうしてこの力に目覚めたのかを知らないんです」

「どうして、知りたいと思うの? 優れた力を享受できればそれでいいと、考えなかった?」


 紫煙をくゆらせながらカグヤは突き放すように訊ねる。

 カナタは首を横に振り、自分の思いを正直に母親に伝えた。


「……ぱ、パイモンに、言われたんです。ぼっ僕は【異形】と分かり合える存在なんだって。か、彼は僕を仲間に引き入れようとしているようでした。あっ、あれ以来……ぼっ僕は、じ、自分が人間じゃないんじゃないかって不安に思うようになったんです。じっ自覚がないだけでパイモンみたいに人の形をした【異形】なんじゃないかって、こ、怖くて……」

「つまり、あなたは自分の力のルーツが【異形】にある可能性を恐れているのね。その点に関しては心配はいらないわ、生物学的にあなたは紛れもない人間よ。人間の父と人間の母の間に生まれた、れっきとしたヒトなの。あなたの『力』が発現した理由は、SAMの『コア』があなたの脳に『成長』を促したからだと私は推測しているわ」


 機体とのシンクロ率が高まり、SAMの『コア』とパイロットの『同化現象』が進行することで、カナタの脳に変化が生じた。

 そう補足され、カナタは安堵に胸を撫で下ろした。

 自分は【異形】などではないと納得のいく判断材料を得て、素直に喜ぶ。『同化現象』によるリスク――『コア』に意識を侵食されてヒトでなくなる恐れを忘れて。

 

「二つ目の質問に移りましょうか。時間も惜しいことだし」

「は、はい。え、えっと……先ほどの話に挙がっていた『真実』についてです。ぷ、【機動天使プシュコマキア】のパイロットとして、ぼっ、僕は何も知らないままではいられないと思いました。そ、率直に訊きます――今、地上はどうなっているんですか」

 

 ぶつけられた直球な質問に、カグヤは表情を微動だにしなかった。

 空へ昇る紫煙をぼんやりと眺めながら、彼女は呟く。


「禁則事項よ。『レジスタンス』隊員以外の者に、それを知る必要はありません。知りたければ学園を卒業して、入隊の資格を得ることです」

「で、では聞き方を変えます。なっ、なぜ、僕たちは外の真実を知ってはならないんですか。……ま、まやかしの平和を享受している僕らが、それを知ったら絶望の淵に叩き落されるからですか」


 自分たちが学んだものが、全て真実であるとは限らない。与えられる情報に嘘がない根拠など、ない。

 子どもたちは大人が提示するものを盲信しているだけだ。

 中には疑う者もいるだろうが、そうしたところで人工知能『エル』に管理された『新東京市』のネット上で世界の真実を探り当てることなど不可能。

 

「疑うことを覚えたのね。あなたは聡いわ、カナタ」

「……そ、それでは答えになってません」


 息子の頭を撫でようと伸ばされた手が、払われる。

 青い目で睨み上げてくるカナタに、カグヤは舌打ちした。


「あなた、自分の立場を分かっているの?」

「わ、分かってるよ。でも……ぼ、僕は知りたいんだ! どっ、どんな真実でも受け止める覚悟はある! ぼっ僕たちを子供扱いして、都合の悪いことは隠す――そ、そんなのが大人のあり方なら、僕は、大人なんか」


 パシン――頬を打つ乾いた音が響き渡った。

 少年の叫びは母親の平手によって掻き消される。

 赤く痛みの滲む頬を押さえ、カグヤを睥睨するカナタは唇を噛んだ。


「最後の質問に答えましょう。大方、沢咲先生あたりが言ったんでしょうけど……私の肉体の寿命が残り僅かであるのは事実よ。でも、気にすることはないわ。その問題を解決する方法は、既に考えてある。機密事項だから言えないけれどね」


 その口調には一切深刻さが感じられず、カグヤ自身それを大した問題だと捉えていないことが分かった。

 

「……な、なら良かったです」


 言えたのは、それだけだった。

 彼は母親に対してどう向き合ったらいいのか分からない。息子としての自分、一パイロットとしての自分、その間で揺らいでいた。

 

「もうそろそろ時間ね。満足できたかしら、カナタ?」

「……は、はい。……あの、母さん、最後に一つお願いがあります」


 衝動的に欲求を吐き出したくて仕方なくなったカナタは、母親からの返答を待たずに彼女へ抱きついた。

 

「カナタ……!? いきなり、どうしたの」

「し、失礼は承知しています。で、ですが……僕は、母さんにずっと会いたくて。ぼっ、僕、母さんが望むようなパイロットに近づけてると思うから……こっ、この前の試験の勝利も、ちゃんと自分の口で報告したくて。……え、えっと、それから……」


 思いを推敲せず言葉として連ねていく息子に、母親は不器用な微笑みを浮かべてみせた。

 こういう時、普通の母親なら何を言うのかしら――自身の幼い頃の記憶を手繰り寄せ、カグヤはカナタを抱き返すと彼の耳元で言った。


「よく頑張ったわね、カナタ」


 母親に褒められた。何年ぶりだろうか。『レジスタンス』の司令に就任してからろくに自分と関わることのなかった彼女が、抱きしめてくれた。

 目元が濡れて視界が滲む。それを見られるのが恥ずかしくて、カナタは母の胸元に顔をうずめた。


「……良かったですな、おぼっちゃま」


 抱き合う母子を見守っていた富岡は呟く。

 軍服の老紳士は持っていた懐中時計をパチンと閉じ、横目で駐車場への曲がり角に立つ少女を窺った。


「止めないんですね。私が二人の話を聞くのを」


 やや赤みがかった茶髪の少女、瀬那マナカに富岡は掠れた笑い声を漏らした。

 

「君はあの時、おぼっちゃまに代わって私からの電話に出た子でしたな。ならば止めますまい。半ば巻き込まれるような形ではありますが、君は真実の一端に触れた。故に、知る権利があるのです」

「……意外です。司令の側近だから、もっと融通のきかない人だと思ってました」

「身近にお転婆娘がいると、ある程度は寛容になれるものなのです。このような物言い、カグヤ様はお怒りになるでしょうが」

 

 老紳士はまた笑う。

 その笑声を聞いていると、レイに怒鳴り散らして飛び出した心の荒れ模様が、徐々に落ち着いてくる気がした。

 

「息子に平手打ちしたと思えば、優しく抱擁する……私には、司令がよく分かりません」


 司令とカナタとの関係は、普通の親子と比較して歪んだものであることはマナカも察していた。

 一途に母親を求める息子と、それに十分に応えられない母。

 多忙なカグヤがカナタに触れられずにいたのは仕方のないことなのかもしれない。だが――上手く言葉にし切れないが、何か引っかかるものがマナカにはあった。


「お嬢様は、お人形遊びが好きな女の子でした。人を見て、思い通りに動かすのを好むお方です。おぼっちゃまに対する態度も、おそらくはそういうところから来ているのでしょう」


 乾いた語りが紡がれる。

 マナカは俯き、震える拳を固く握り込んだ。


「じゃあ……司令は、カナタくんが思い通りにならなかったから叩いたんですか。自分の言うことに従順になるように、その後で優しさという報酬を与える。そうやって、彼を縛る」

「親子の関係性に他者が口出しするなど、無粋なことです。それに……私はカグヤ様を責められないのですよ。あの悲劇を――夢も、希望も、未来も何もかも奪われた悪夢を経験したお嬢様は、今ようやく、理想を手にできたのですから」


 カナタという駒を使った理想。それに傾倒することで、カグヤは辛い過去を忘れられている。

 富岡という男は結局のところ、カグヤ第一なのだ。保護者代わりとしてカナタを一時期見守っていたが、それでも彼は二の次。

 はっきりとマナカは理解してしまった。カグヤは理想のために『力』を持つカナタを利用するだけで、そこに愛などないのだと。息子が母の愛を求める本能を、都合よく扱っているだけだと。


「……私、戻ります。訓練、しないと」


 もうすぐ昼休みのチャイムが鳴る。だがマナカは、のんびり昼食を摂れるような気分ではなかった。

 

「おや、雨ですな」


 ぽつぽつと降り出した水滴に、灰色に変わり始めた空を見上げる。

 折りたたみ傘を開いてカグヤのもとに駆け寄る富岡は、主を車へと乗らせながらカナタの顔を覗いた。


「と、富岡さん? どっ、どうかしましたか?」

「いえ、心配なさらず。少し、昔を思い出していただけですよ」


 母親の言葉を一切疑っていない、無垢な子供。

 あどけなく首を傾げる彼を見ていると、純粋さと歪みを同居させる原因を作ってしまった罪の意識が湧き上がってくる。

 それでも男に後悔はない。いや、それを許されていないのだ。

 月居カグヤがカナタに求めるのは、心のアンバランスさ。人と【異形】、人と『コア』の狭間に立つカナタの精神の均衡を保つには、常人にはない欠落が必要なのだと彼女は考えている。通常ならば人の心に入る余地のない要素を、その欠落という穴にめ込む――そういうイメージだ。


「おぼっちゃま。困った時は迷わず、私たちを頼るのですぞ。富岡めはいつでも、おぼっちゃまの助けになります」


 せめてもの詫びとして、富岡はそう言った。

「ありがとう」と微笑むイノセンスな少年をその場に残し、彼が運転する車は雨雲の下の『レジスタンス』本部へと向かっていく。

 雨脚は弱まる気配をみせなかった。

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