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暁の機動天使《プシュコマキア》  作者: 憂木 ヒロ
最終章

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第二百九十七話 プルソンの真実 ―Happiness is oblivion―

 獅子面の理知ある【異形】は上空で戦う少年たちを見上げ、呟く。


『言っただろう……【悪魔の花唇】は止められないと……。どれだけ足掻こうが、君たちの行動は無意味に過ぎないと……』


 仰向けに横臥おうがしている彼の切断された四肢は、徐々に再生を始めていた。

 肘の先まで蘇っている腕を天へ伸ばし、『プルソン』はくくっと喉を鳴らして哄笑する。


『既に【花唇】の根は都市まで侵食している。あれを破壊するために都市もろとも吹き飛ばすか、運命を受け入れて降参リザインするか……どちらにせよ、訪れるのは滅びのみなのだ』


 これで知的生命体の愚かな歴史に、終止符を打つことが出来る。

 宿願が叶い、それを見届けた暁には『プルソン』も己の喉を裂き、人々と運命を共にしよう。

 無数の光条が飛び交い、数多もの弾幕が降り注ぐ混沌の戦場。

 それを仰ぐ男の視界を――ふと、ぬっと顔を出した何者かが遮った。


「……滅びのみ、だって? そんなの……絶対に、あの人たちは、思っちゃいない……!」


 額から流血し、頬には青痣あおあざを作っている、ボサボサな黒髪の少年だった。

 鉄の味が染みる喉を震わせて声を絞り出す彼を、『プルソン』は無感動に見つめる。


『だとしても、無駄なのだよ』

「無駄か、どうかなんて……まだ、分からない、じゃないか。僕は……あの人たちを、信じてる。あの人たちが描く、未来でなら……少しは希望を、持てるって……そんな、気がするから……」


 今にも泣き出しそうな顔で少年は言った。

 怒り、悲しみ、痛み、そして希望。入り混じる感情でぐちゃぐちゃになっている彼にニヒルな笑みを投げかけ、『プルソン』は問うた。


『その手の銃で、私を撃たないのかね?』

「……あんた自身が、言ったろ。それをしたところで……八つ当たりにしか、ならない。それに……撃ったらきっと、僕は……昔に後戻り、してしまう。それだけは……許せないんだ」


 拳銃を腰のホルダーに収め、少年は獅子面の男のそばに跪く。それから彼はこう付け加えた。


「あと……あんたの近くにいると、あのSAMたちは襲ってこない、みたいだからな。決着が、つくまで……魔除けとして、利用させてもらう」

『ふっ……したたかだな。君の名は?』

「九重、アスマだ。【アザゼル】の、パイロットとして戦った……単なる、死に損ないだよ」


 心底忌々しげに少年は己の名と立場を明かした。

 その告白に『プルソン』は静かに瞠目する。あのパイロットが何故、自分を撃とうとしないのか――無駄であってもそれをせずにはいられないのが人間だと思っている彼にとって、アスマの行動は決して理解の及ばないものだった。

【アザゼルΧ】は『プルソン』の放った超火力の砲撃を食らって爆ぜた。

 その時にアスマは死んでいたはずだった。

 だが、死ねなかった。新【七天使】のどの機体よりも頑強に設計したコックピットブロックが彼を衝撃から守り、そしてアキトの【イェーガー】がその銀の箱を墜落の直前にキャッチしていたのだ。


「……連れてきたぞ」


 声を掛けてきたのは、そのアキト当人であった。

 やって来た彼の背後にはフユカとニネル、テナが立っている。


『「新人」の二人か……君たちも生存していたとは。不幸な運命だな』

「ふこうじゃないよ、プルソンさん。ぼくたちはフユカにまもってもらえたから、今もこうして生きられてる。それって、すごくしあわせなことだと思う、です」


 纏う魔力で光線を跳ね返し、さらに【絶対障壁】で衝撃を殺したフユカは、【イェーガー】一機でありながらも『プルソン』の砲撃からの生還を果たしていた。

 直撃していたら即死だっただろう。機体が大破で済んだのはひとえに【アザゼルΧ】が肉壁になってくれたおかげだ。

 

『幸せだと? 生きていれば苦しむ。君たちのようなヒトにも【異形】にもなりきれなかった半端者なら、尚更なおさら。誰かを害し、害され、傷つけ、傷つき……それが我々、知的生命体だ。我々は存在自体が罪であり、不幸なのだ』


 その証左が今回の『ダウンフォール作戦』だ。

 生存のためにヒトは【異形】の棲まう自然全てを焼き尽くさんとし、【異形】の側は数多の同胞を使い捨ての兵士として犠牲にした。

 知性を持つが故の残酷さ。それを『プルソン』は唾棄する。

 生まれてしまったことそれ自体が罪なのだと説く獅子面の男に、首を横に振ってみせたのはニネルだった。


「でも、プルソンさん。わたしは、生まれてこれてよかったって思ってるよ。だって、ミコトやカナタたちに出会えたから。ミコトたちといっしょにいると、心があたたかくなるの。ここにいていいんだって……生きていていいんだって、ミコトたちが教えてくれたの」


『ベリアル』によって生み出された、『プラント』での【異形】養殖業務を担う奴隷。

 それがニネルたち『新人』だった。

 彼女らに人権らしいものは何もなかった。ただ道具のように働かされ、最低限の食事と寝床を与えられるだけの日々を過ごしていた。

 が――『ベリアル』や『パイモン』が敗れ、『プラント』が解放されたその日から、ニネルたちの運命は一変した。

 

「わたしは……生きているだけでしあわせだよ、プルソンさん」


 言葉を知った。文化を知った。人と共に過ごせることの喜びを知った。愛情を育めることの尊さを知った。学び探求することの奥深さを知った。競い高め合うことの面白さを知った。同胞を喪う悲しみも、戦いで感じる痛みも知った。

 たとえ道具として生み出された存在に過ぎないとしても、今、ニネルとテナはヒトと共に生きることで心が満たされている。

 

「おへやで本を読んだり……みんなとおしゃべりしたり……そういう何でもないような時間が、ぼくにはとっても大切で……そのいっしゅんのために、生きていたいと思える、です」


 テナのその言葉を聞いて『プルソン』は眉尻を僅かに下げ、口端に薄らと笑みを浮かべた。

 穏やかに瞳を閉じる彼は、ゆっくりと何かを噛み締めるように掠れた呟きをこぼす。


『忘れていたよ……そういうささやかな営みの中に幸福を見出した瞬間が確かに、私にもあった』


 抱いた悲しみと怒りは、高潔な理想の裏返しだ。

 その理想の源泉となっていたのは同胞の平穏を望む精神であり、その根底には何気ない日常で感じた小さな幸せの積み重ねがあった。

 遙かな昔――まだ『プルソン』が美少年の顔をしていた幼少の頃、彼は森の中で密かに暮らしていた。

 彼は森に棲むどの生き物とも違っていた。肌は青く、ヒトに酷似した見た目で、他にはない知性を有していた。

 異質でありながら、しかし彼は生き物たちによく懐かれた。森の深奥に潜む怪物たち――現在でいう【異形】たちと、彼は家族のような共同生活を営んでいた。

 昼は食料を求めて森を駆け回り、夜は寄り集まって眠る。変わりのないそんな日々が、彼の幸せだった。


 だがある時、怪物を恐れる人間たちがその森に火を放つ凶行に及んだ。

 多くの同胞たちが死に、生き残ったのは彼と数体の怪物たちのみだった。

 家族であったはずの生還者たちはその日を境に、彼を排斥するようになった。

 肌の色を除けばヒトに似た容貌で言葉を話す彼は、人間の同類として怪物たちに忌み嫌われるようになった。

 

『ぼくは……ヒトじゃない。ヒトなんかじゃない。でも……皆がぼくを恐れるなら、ぼくは……』


 追放されたその日、『プルソン』は美少年の顔を捨てた。

 魔法で己の顔面を変身させ、野獣の頭に改造した。

 彼は怪物の良き友人でありたかった。同胞との巡り会いを求めて、彼は流浪の旅人となった。 

行く先々で彼は怪物たちに愛された。思い返せばそれで満足していれば良かったのかもしれない。だが、彼は優しすぎた。怪物を恐怖する人間に対しても、自分が話せば分かってもらえると、そう本気で信じていた。

 しかし――その希望は無残にへし折られた。

 彼は人間に失望した。そして、怪物を迫害する人間たちへの粛正を企てるようになった。


『怪物も、ヒトも……知性の有無に拘わらず、我々はそういう一時に充足を感じ……生きてきた。それで十分だったのだ。愚かなのは……期待を裏切られ、諦めることも粘り強く向き合い続けることもせず、ただ相手を害そうという私のみであった……』


 男の四肢の再生が停止する。

 懺悔する彼は戦場の空を見上げて目を眇め、そこで命を賭す少年たちの姿を胸に刻み込んだ。

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