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暁の機動天使《プシュコマキア》  作者: 憂木 ヒロ
最終章

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第二百七十八話 信託 ―The end of the parasite―

「……アスマか。久しぶりだな。元気してたか? って、腕もぎ取られてるから元気どころじゃないか」

「戦場で挨拶など不要です。――ちっ」


 飛んできた『飛行型』の群れを片手間に肩の砲門から放つ『対【異形】ミサイル』で処理しつつ、アスマは言葉を継ぐ。


「繰り返しますが、【レリエルL】とそのパイロットをこちらに渡してーー」

「待てよ、九重。お前の言う通りここは戦場だ。そして、軍隊には戦場で倒した敵機を鹵獲・接収する権利がある。したがって【レリエル】を倒したのが俺らである以上、『リジェネレーター』がこいつを手に入れても問題はねえってわけだ」

「権利、ですか。そんな大層な言葉を掲げて、あんたは同じ人類である僕らから機体を強奪するわけか。まったく、平和を謳う『リジェネレーター』が酷い話だ」

「じゃあ言い方を変えてやる。お前らから【レリエル】のパイロットを保護するために、俺らはこいつを鹵獲する」


 アスマは口を閉ざした。

【レリエル】は手放したくないだろうが、彼としてもマシロのことは心配なのだろう。

 アスマはタカネの本性を知っている。歯向かった者に下される裁き、その結末は想像に難くない。

 舌戦を制した。カツミはそう確信した。


「……わかりました。僕は片腕を失ってあんたたちに抵抗できなかった。そういうことにしておいてあげますよ」

「このパイロットから裏切りの真相は必ず聞き出す。それだけは保証する」

「……頼みます。それから……お姫さん」


 アスマは少し離れた位置で味方機の支援に回っているミコトへ呼びかけた。

 いきなり舞い込んだ通信にミコトは少々驚きつつも、落ち着いた口調で答える。


「アスマ。なんですの?」

「僕だって命を懸けるつもりであんたらを呼んだんだ。僕のためにも、絶対に使命を遂げてください」

「……ありがとう。ありがとう、アスマ。この恩は決して、忘れません」


【アザゼル】のほうを向いた【ガブリエル】はその掌を前へと突き出す。

 そこから流れ出るみどりの光が【アザゼル】の腕の断面部を照射すると、失われた肘から先がゆっくりと再生を始めていった。


「再生には多少の時間がかかります。治りきるまでは無茶な戦い方を避けてくださいね」

「……感謝します。では」


 短く礼を言い、飛び去っていくアスマ。

 倒れた【ベルセルク】隊に代わってワームホールの対処にあたっていく彼は、鹵獲した機体とともに【エクソドゥス】へと帰投していく【ラジエル】を尻目に黙考した。

 ――君たち人類がぼくらを殲滅しようとするから、ぼくは『ダウンフォール作戦』を止めなければならなかった――。

 マシロはそう言っていた。彼の【レリエル】が倒されたからといって、この戦いが終わるとは思えない。戦力の一つにして人類側に忍ばせた間諜であるマシロを失った【異形】側は、さらなる軍勢を差し向けてくるに違いない。


「すぐに状況を立て直さなければ、その隙を突かれて部隊がまためちゃめちゃになる。急がないと――」


【レリエル】と交戦している間に、【七天使】たちによる地上の爆撃作戦はかなり進行していたようだった。

 眼下の樹海が赤々とした火の海と化し、熱波と黒煙を上空まで送っている。

 

(これだけ派手に燃やしてるのに、理知ある【異形】が姿を現す気配は未だない……やはり、ここにはいないのか?)


 嫌な予感がする。

 第一師団を壊滅させた大地の陥落、あれすらも前哨戦に過ぎず、本命の大軍勢が今にも襲ってくるのではないか、と。

 脳裏に過るのは『プルソン事変』という地獄だ。無数の低級【異形】たちによる百鬼夜行。現れた四体の第一級【異形】との死闘。あれを繰り返すだけでも心底嫌気が差すというのに――敵が本気ならば今回はあれ以上の規模の戦いになるのは間違いない。

 

(マシロが倒れた……それが合図になるのなら――)



「あぐっ……!?」


『魔力光線砲』による斉射を純白の盾――【破邪の防壁】で受け止め、カオルはその衝撃に顔を歪めた。

 浴びせられる超高温が防壁内を蒸し焼きにせんとしている。滝のように流れ落ちる汗を拭う余裕も既になく、カオルは全神経を防壁の重ね掛けへと注いでいった。


「ユイちゃんっ……アンタの魔力も貸して! とにかくこいつらの砲撃を凌がないとどうにもならない!」

「はい!」


 先の戦いで傷ついてはいるが、【ミカエル】の魔力はまだ十分に残っている。

【機動天使】二機が協力すれば防げない火力ではない。

 だが――懸念されるのは似鳥アキラの存在だ。機体スペックの差で勝てると言い切れないだけの実力をあのパイロットは有している。


「こんなやり方、芸がないとは思うけどね。……総員、砲撃を続行せよ。奴らの防壁を剝がし尽くすまで徹底的にやれ」


 一機一機の力は【機動天使】に劣れども、アキラが指揮する【イェーガー・空戦型】部隊には数の利がある。

 アキラとしてもそれを活かさない手はない。


「っ……いつまでも守ってばかりじゃいられない。どっかで状況を打開しないと、ジリ貧になるだけ……!」


 それは分かっている。だが、現状は厳しいというほかない。

 アキラの指揮下で【イェーガー・空戦型】は隊列を組み、前列の砲の魔力が尽きれば即座に後列の兵たちと交代していた。月居司令が『福岡プラント奪還作戦』などで多用した、「スイッチ」戦術――これによりアキラの兵隊は間断なき連射を実現できている。


「ちょっと無茶するけど……ユイちゃん、付き合ってくれる!?」

「えっ、ええ!」


 配下たちに攻撃を任せて高みの見物を決め込んでいるアキラ機を憎々しげに見上げ、カオルは自身に発破をかけるように叫んだ。

 状況を打破しようという彼女にユイは従い、すぐ動けるよう体勢を整える。

 作戦の伝達を手短に済ませたカオルは最後に深呼吸し、己の機体の生みの親であるミユキの顔を脳裏に思い浮かべた。


「じゃあ行こうか!」


 防壁を解除し、飛び出す。

 目指すは隊列を形成している【イェーガー・空戦型】の群れ、ただ一つだ。

 守りをかなぐり捨てた機体を光線砲の瀑布が流し去らんとする。

『ナノ魔力装甲』があってもなおそのダメージは軽減しきれない。灼熱に肌を焼かれる痛みに、今にも意識を手放しそうになる。

 だが――止まるわけにはいかない。

 ここで倒れては『リジェネレーター』の理想など夢のまた夢だ。

 命を懸けて未来へ希望を託したカナタとレイの思いに報いるためにも、風縫カオルはここで終われない。終わりたくない。

 

「あああああああああああああッッ!!」


 進め。進め。突き進め。

 敵が驚愕に身体の動きを止めたであろうその一瞬しか、チャンスはないのだから。

 押し流さんとしてくる魔力の奔流に抗い、天を昇る。

 背負うのは仲間の思いだけではない。天使の輪――脈打つマグマのごとき青の輝きを宿したそれを背後に浮かべ、そこから放たれる魔力を推力として【ウリエル】は爆発的な加速を生み出した。


「これは――!?」


 指示を出す。部下が動く。前者と後者が結びつくだけの時間など最早ないとアキラは悟る。

 理性的な思考を捨て、感覚のみに従って下した一瞬の判断。

 逆立ちの体勢で降下しながら構えたライフルを【ウリエル】の背に向け、一切の躊躇なく引き金を引いた。

 が、その時――。


「――【紅蓮華龍ぐれんかりゅう】」


 冷静に、淡々と、劉雨萱はその魔法名を呟いていた。

 肉壁役を買って出た【ウリエル】に守られていた【ミカエル】が踊りで、握りこんでいた拳を一気に開く。

 掌の中で温められていた魔力の種が彼女の声によって芽吹き、燃え盛る炎の龍のごとく伸びあがりながらアキラ機へと急迫していった。


「くっ――!」

「おらあああああああああああッッ!!」


『アイギスシールド』を展開する間際、アキラはそれを見た。

 狩人たちの隊列に突っ込んだ【ウリエル】が腰の二刀を抜き放ち、砲の機能しない超至近距離からの白兵戦に臨むところを。

 

(すぐに剣へと持ち替えろ!)


 言葉では間に合わないと判断し『交信』での指示に切り替えたが、もう手遅れであった。

 白刃の嵐が暴れ狂い、【イェーガー】の隊列を食い破っている。

 流れるような動きで砲手たちの合間を縫うように飛び、血の軌跡を刻んでいく【ウリエル】によって前列の機体が壊滅させられた。

 魔力回復中であった後列の者たちにはアキラの指示が行き渡っていたものの――悲しいかな、【機動天使】の速度に対応できるはずもなく刃にたおれる。


「……やるじゃ、ないか」


 アキラの指示による連携が最も厄介なのであれば、それを断ってしまえばいい。

 指示の追い付かないほどの速度で捨て身の突進を敢行したカオルの勇気と思い切りに、似鳥アキラの部隊は負けたのだ。

 火炎の龍に防壁ごと巻きつかれ、先ほどまでとは逆転した状況へ追い込まれたアキラは胸中で敵へ拍手を送った。


「部下なしじゃ機体スペックの差は埋められない。……ここまでかな、ぼくは」


 アキラの肉体を借りた魂は、そう最後に呟きを残した。

 似鳥アキラという少女の身体に「彼」が宿ったのは、彼女が周囲との差異に苦しんでいた思春期であった十年ほど前のことだった。

「彼」は生前、人を憎んでいた。何があったのか詳しい記憶は抜け落ちてしまっていたが、憎悪だけが「彼」を肉体なき精神体としてこの世に縛り付けていた。

 似鳥アキラとして人と触れ合う中で、人に対する情が湧くこともないわけではなかった。特に親しくしてくれた御門ミツヒロという青年のことは嫌いではなかった。だが、憎しみだけを依り代に魔力だけの身体となった自分が人にほだされてしまったら、全ての原動力を失って消滅してしまうのではないか――そんな恐怖があった。

 気づけば、憎むべき何者かを憎むのではなく、生きるために誰かを憎むようになっていた。

 その対象がアキラとして生きる上では【異形】であり、正体を明かしてからは人類であった。


「死ぬのが怖かった。消え去ることが心底恐ろしかった。……でも。やっと……ここで、この恐怖からも、お別れだ」


 防壁を解除する。この戦場にあってようやく、「彼」は自身の終焉を受け入れることができた。あれほど恐れ、似鳥アキラという人間の人生を犠牲にしてまで逃れ続けてきた死であったが、それを迎える瞬間は不思議とほっとしていた。

 機体が火炎に呑まれる。

 その、瞬間であった。


『『みんなっ、逃げて!!!』』


 脳内に少年と少女の声が響き渡り――直後。

 耳をつんざく爆音が轟き、巻き起こる爆風。

 衝撃に呑まれる最中、この場で唯一状況を理解できた「彼」は穏やかに微笑んでいた。

 守りを捨てた機体が風に煽られ、落ちていく。

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