第二百七十一話 武力衝突 ―time-buying―
旧国道沿いにある、『大阪基地』まで続く長大な連絡路。
その道を見渡す限り埋め尽くしているのは、犇めきながら行軍していく黒鉄のSAMたち。
【ラジエル】のコックピット内で届けられた映像を見つめるシバマルは、大軍勢の威容を前に絶句していた。
「…………」
見たところ『第二次福岡プラント奪還作戦』の時よりもさらに大きな規模だ。
予想していたとはいえ、現実にそれを目にしてしまえばシバマルでなくとも言葉を失う。
ユイも、カオルも、カツミも、マトヴェイも、ミラーもグローリアも、これだけの戦力差を突き付けられて思わざるを得なかった。
――本当に、何とかなるのか。
だが、ミコトだけは異なった。
「力づくで彼らを止める、それが目的であったなら諦めてしまうのが賢明な戦力差です。けれど、わたくしたちは戦闘のためにここに来たわけではありません。あくまでも目的は対話。戦いはその過程で用いる手段の一つに過ぎません」
凛と胸を張り、ブリッジにいる全ての士官たちを順に見つめながらミコトは訴える。
桃色の髪を一つ結びに束ね、薄ピンクの『アーマメントスーツ』を身に纏った彼女は、隣の席に座すマトヴェイを見遣った。
自身の恐れを振り払うように燃えるような赤髪を揺らし、それからマトヴェイ・バザロヴァは最高指揮官として命じた。
「ええ。もちろん、そのつもりよ。――【エクソドゥス】最大船速! 多少の無茶は構わないわ、追ってくる敵部隊を振り払うつもりで飛ばして!」
「「了解!」」
赤髪の将の号令で【エクソドゥス】は航行速度をさらに上げていく。
飛空艇ならば地上を行く陸戦部隊よりも遥かに早く、目的地へと到達できる。
が、相手が空戦部隊であるなら話は別だ。
【サハクィエル】をはじめとする空戦型SAMならば【エクソドゥス】を追い越し、追い抜くことができる。
「対話のための戦いよ。皆、それを忘れないで」
既にSAMのコックピットに乗り込んでいるパイロットたちへ向け、マトヴェイは言葉を送った。
出撃準備を完了している【ラジエル】と【ミカエル】の両パイロットは頷き、操縦桿を静かに前へ倒した。
「【ラジエル】犬塚シバマル! 行きます!」
「【ミカエル】パイロット、劉雨萱。出撃します」
シバマルは激しい気合を込め、ユイは静かな覚悟のもとに、機体を発進させる。
オペレーターのユリーカ・クインシーによってカタパルトデッキのハッチが開放され、二機は曇天の下に躍り出た。
得物を構え、【エクソドゥス】を追う『レジスタンス』の空戦型SAMの前に立ちはだかる。
「私は『リジェネレーター』の劉雨萱! そちらの指揮官の方、応答願います!」
『【ミカエル】のパイロットさんね。アタシは韮崎サナ。SAMは【マトリエルB】』
緊急通信チャンネルを用いての呼びかけは案外簡単に通った。
気だるげな口調で答える女性の声の若さに、ユイは目を見張る。
その気配を感じ取ったのかサナは小さく溜め息を吐き、ぶっきらぼうに言った。
『無名の若造だからって侮らないでよね。言っとくけどアタシ、アンタに負けるつもりなんてこれっぽっちもないから。女としての可愛さも、SAMパイロットとしての実力もね!』
叫び、予告なく腰から抜いた二丁拳銃をぶっ放す。
飛来する毒液の込められた弾丸をすんでのところで『アイギスシールド』を展開することで防いだユイは、新生【マトリエル】の乗り手へと懸命に訴えかけた。
「まっ、待ってください! 『リジェネレーター』は『レジスタンス』との武力衝突を望んでいません! 武器を収めてはいただけませんか!?」
『悪いけど出来ない。だってアンタらを行かせちゃったら、アタシらの目的が果たせなくなるかもじゃん? それってさぁ、マジだるいから』
背面部に装着した飛行ユニット【アラエル】の魔力を燃やし、一気に加速する【マトリエルB】。
四つの腕に四つの脚。顔面には黒曜石のごとき八つのレンズが光り、口元には細く鋭い牙が生え揃っている。体表面には漆黒の魔力の粒子が密集しており、遠目には体毛を纏っているかのように見える。
雨を司る天使【マトリエル】。毒の雨を降らし、あらゆる【異形】を腐食する捕食者。その容貌はまさしく蜘蛛のようであり、遍くを捕らえる。
「っ、行かせません!」
『――邪魔はさせない。止めなッ、アンタたち!』
【マトリエルB】を追わんとする【ミカエル】を阻むのは、サナの部下である【ベルセルク・空戦型】部隊である。
一斉に周囲を取り囲んできた六機のSAMを前に、ユイは顔を歪める。
手荒な真似はしたくない。それでも【マトリエルB】を行かせてしまったら、【エクソドゥス】が先に進めなくなる。
「――ごめんなさい」
一瞬のうちに取捨選択を済ませ、ユイは掌に魔力を込めた。
呼吸一つの合間に最大まで出力を高め、一挙に解放せんとする。
が――同時に敵の側も対抗策を打ち出していた。
「総員、『アイギスシールド』展開!!」
六つの機体が生み出す六つの盾。
それらは辺と辺とを密接に継ぎ合わせ、SAM一機を閉じ込める立方体を形作った。
「これは――!?」
閉ざされた空間内で行き場を失った魔力がどうなるか。
瞬時に自らの辿る運命を悟ったユイは唇を噛み、虹色の盾の向こうを睥睨する。
「【紅蓮華舞】」
決然とした面持ちで前だけを見据え、彼女は止めることなく自らの十八番である魔法を発動した。
*
「――ユイ!?」
『あんたはこっちよ、犬っころ! ええ子にしとったらご褒美あげる!』
【ミカエル】の救援に飛び出そうとする【ラジエル】を【ラミエルL】が妨害する。
容赦なく攻め立ててくる極太のレーザー光線、その乱射。
魔力残量などまるで気にしていないような戦法にシバマルは回避し続けるのがやっとで、逃げることも反撃に移ることも叶わない。
「くそっ……!」
『味方なんか気にしてちゃ遊びにもならへんで!』
くすくすと笑いながらチヅルは言った。
戦いの主導権は完全に彼女が握っている。
何条もの光線の軌道は、それを避ける少年の位置を誘導していた。今やシバマルはユイから数百メートルも切り離され、【エクソドゥス】からも一キロ以上は遠くに移動してしまっている。
『これだけ離れたら、なんかあったとしても救援まではラグ生まれる。うちとしてはそれで十分なんよ』
あくまでも本命は【エクソドゥス】であり、自分の役目は【機動天使】の足止めであるとチヅルは語った。
しかしシバマルにその話を聞いている余裕などない。こうしている間にも乱れ撃たれるガラス色の光線が【ラジエル】を追い詰め、追い立て、そのパイロットの神経をぎりぎりと削っていた。
『……いつまで避けられるかねぇ? ま、せいぜい頑張りーな』
女は哄笑する。真っ向勝負を好む己の性質を押し留め、妨害者としての役割に徹する彼女は魔力消費も意に介さずにシバマルへと光線を撃ち込み続けた。
*
――よし。
と、サナは部下たちの活躍を尻目に小さく頷いた。
【機動天使】対策の一つとして部隊に仕込んだ、『シールド包囲陣』。
タイミングを誤れば効果は十分に出ず、隙間が僅かでもあれば自分たちも被害を被る可能性の高い戦術。鋭い観察眼と緻密な連携が要求されるこの技を、彼らは一発で成功させてくれた。
閉鎖空間に充満した高出力の魔力は行き場を失い、その場で大爆発を起こす。
それに呑まれれば、さしもの【機動天使】とはいえ無事では済まないはずだ。
「【エクソドゥス】を止める手柄、アタシのもんにしてやる!」
最大船速で大空を翔る飛空艇を睨み据え、サナは【マトリエルB】を更に加速させた。
魔力を一気に燃やし、飛行ユニット【アラエル】の推進力を最高まで引き上げる。
地上を行く部隊を置き去りにする、天空での追跡戦。
彼我の距離が【マトリエルB】の射程圏内まで縮まったとサナが確信した、その時――彼女は、音を聞いた。
「――嘘でしょ」
空を切る轟音。
猛烈な速度でこちらに迫ってくるのは、三対六枚である翼を背負った小型SAM【ミカエル】であった。
「あり得ない! 自分の魔法の暴発に巻き込まれたはずなのに――」
確かに【ミカエル】の機体は傷ついていた。
装甲の各所は弾け飛び、火傷に侵されたように焼けただれ、純白だった翼は見る影もなく黒ずんでいた。
それでも止まらずにここまで追い縋ってきている。
そこにパイロットの尋常ならざる執念を認めて、サナは上ずった声で叫んだ。
「マジでめんどくさいんだけど、アンタ!」
空中で体勢を翻し、四つの腕で構えた『対SAMライフル』をぶっ放す。
命中すれば『ナノ魔力装甲』をも貫通してたちまち機体を溶かす、【マトリエル】の毒液を込めた弾丸。
一発でも当たればいい――そんな思考でサナは乱れ撃った。
『炎よ、燃え盛れ! 【紅蓮華舞】!!』
少女の玲瓏なる詠唱と共に、天使の掌より火焔の渦が湧き上がる。
花吹雪のごとく舞う炎の粒が向かってくる銃弾を絡め取り、灼熱を以て咀嚼した。
獲物に届く前に融解してしまった弾丸を前に舌打ちするサナは、無視できない速度で離れていく【エクソドゥス】を尻目に悪態を吐く。
「旧世代の劣化品が! おとなしくやられといてよ!」
『機体性能なんて関係ありません! 私は私の魔法で、あなたを止めます!』
強靱な信念を胸にユイはサナの言葉を否定した。
激しさを増す火焔の渦を【マトリエルB】へと差し向け、同時に次の攻撃へのチャージを開始する。
【ミカエル】の掌に灯る赤い魔力の光。しかしサナはそれを見逃さない。
迫る【紅蓮華舞】の威力を空中へと密かに張り巡らせていた【マトリエル・ウェブ】で減衰させ、来る第二撃に備えんとした。
「地上でも、海原でも、天空でも――【マトリエル】の蜘蛛の巣はどこにだって張れる! 油断してるとアンタ自身も捕らわれちゃうかもね」
実体なき魔力の糸は透明だ。
空中を飛び回る合間にも【マトリエルB】は幾つもの罠を設置し、敵の接近を未然に防ぐことが出来る。
見えない「巣」は味方の行動も阻害するため、集団戦では使いにくい技だが、一対一のこの状況では関係ない。
「ま、アンタのその魔法があれば巣を破ることなんて簡単だろうけど……それでワンテンポ遅らせられればアタシとしては十分」
『シールド包囲陣』を突破された直後の戦慄は最早なかった。
幾分か冷静さを取り戻したサナは【ミカエル】へ背を向け、【エクソドゥス】の追跡のため再び加速する。
任務はあくまでも『リジェネレーター』からの妨害の阻止。
【エクソドゥス】さえ潰してしまえば敵は戦闘を続行できず、自分たちの目的を邪魔する者はいなくなる。
「所詮アンタたちは前座。さっさと片付けて本命の【異形】どもを叩く!」
彼女の意識は早くも理知ある【異形】へと向けられていた。
この位置なら第三師団のユウリからの増援が得られる。新【七天使】が二機とユウリ直属の【ベルセルク・空戦型】部隊があれば【機動天使】しか目立った戦力のない『リジェネレーター』に対し、戦いでの優位は取れるだろう。
「ユウリ、聞こえる!? 一緒に【エクソドゥス】を止めるよ!」
『了解! すぐに合流するぜ!』
ノータイムで返ってくる応答にサナは満足げに頷いた。
が、その直後――背後より肉薄する圧倒的な魔力の気配に振り返り、本能のままに横っ飛びの回避行動を取る。
【マトリエルB】の右半身、二本の腕の肘から先をもぎ取っていったのは、ガラス色の極太レーザー光線であった。
「ぐっ……ら、【ラミエル】!? なんで……ッ」
顔を激しく歪め、痛みに呻吟しつつサナは驚愕した。
その他方、光線を放った張本人であるチヅルは不快感をあらわに目を眇め、吐き捨てる。
『あんた、ようもうちを利用してくれたなぁ……!』




