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暁の機動天使《プシュコマキア》  作者: 憂木 ヒロ
第二章 嘘と真実

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第二十七話 音を重ねて ―four‐hand‐playing―

 その後、カナタたちは午前中に『魔法研究』の部署、お昼休憩を挟んで午後には『SAM開発』の部署を見て回った。

 カナタとレイのことは学園のみならず『研究所』でも話題になっていたようで、中には握手を求めてくる科学者も多くいた。

 彼らの厚意で最新の魔法の実演や開発中のSAMの起動試験を見学させてもらった三人は、興奮冷めやらぬ様子で感想を語り合う。


「あの『修復魔法』、凄かったね。今までも同種の魔法はあったけど、コスパ悪すぎて普通に手作業で修理したほうがマシって言われてたけど……」


「破損した脚部の装甲を数秒で直せ、魔力消費もこれまでの三分の一以下――傷を負ってから一旦後退する余裕さえあれば、その魔法ですぐに復帰できますね。これは革新的ですよ!」


「らっ、【ラジエル】と【メタトロン】の実機も、半分くらい出来てたね。つ、翼とかはまだない、骨格と装甲だけの姿だったけど、かっこよかったな」


 学園で習う物事よりも遥かに進んだ、最先端の技術。

 それを目に焼き付けた三人が熱い口調で話しているのを聞きながら、カノンは最後に彼らを研究所の一階にある一室へと案内した。

 マナカもすっかり忘れてしまっていたが――今日はもともと、カナタとの「お家デート」のために来ていたのだ。

 見学プランには含まれていなかった『カナタの部屋』に気をきかせて足を運んだカノンは、その部屋の前で案内を終えた。


「ここから先はカナタくんのプライベートスペースですから、私はご一緒しません。帰る際は室内の電話から受付に連絡しておいてください。では、私はこの辺で。――また元気で会いましょうね」


 必要事項を伝えて一礼し、金髪の女性は去っていく。

 頭を下げて彼女の背中を見送ったあと、マナカは手汗をスカートに擦りつけつつカナタに囁きかけた。


「カ、カナタくん。ほっ、ほ、本当に入ってもいいんだよね?」


「な、何だか僕みたいだね、マナカさん。べ、別に、そんな緊張しなくてもいいのに」


「ではお邪魔しましょう。ボク、君が持っている本やプラモのコレクションが気になってたんですよ」


 マナカの様子に苦笑するカナタをよそに、遠慮なしにレイはドアノブに手をかけた。

 居住者が今はいない部屋には鍵がかかっておらず、あっさり扉が開く。

「お、お邪魔します……!」と口にしてからレイの後に続くマナカは、その部屋の内装を眺めて感嘆の声を漏らした。


「うわあっ……これ、全部カナタくんの……!?」


 午前中に見た研究室二つ分の広さの部屋の壁際に置かれていたのは、棚にずらりと並んだロボットのプラモデル。

 ガラスケースに収められ、埃一つ被っていないピカピカのロボットたちが、それぞれポーズを取って来訪者たちを迎えていた。


「『ガンタム』、『メガクロス』、『エバー』、『ダーバイン』、『シグママーズ』、『マシンガー』……だいぶ古い作品のロボが多いのですね。ボクらの父親が生まれる以前のものばかりです」


「そ、その時代のアニメはロボットものが流行りだったからね。SAMが開発される直前までは、ロボットものもかなり下火だったし。と、というかレイ、すごく詳しいね」


 作品名を淀みない口調で挙げていくレイの手を取って、輝いた顔で彼を見つめるカナタ。

 同好の士を見つけた嬉しさを湧き上がらせるカナタに、「まずっ」と冷や汗を垂らすレイだったが既に遅し。


「じゃ、じゃあ、あれ知ってる? 『VVV』!」

「そ、それは知りませんが……」

「あ、あまりホビー展開していなかった作品でデータも残ってなかったから、アニメの映像を見て『研究所』の人たちに設計図を一から作ってもらったんだ。ま、マイナーなんだけど、そういう経緯もあって思い入れは結構あって――」


 さっそく花開いた銀髪の彼のオタクトークに巻き込まれ、仕方なしに付き合うこととなった。

 笑顔で語るカナタにつられて、レイの表情も段々と和らいでいく。最初は引き気味だった彼も、カナタの話に付き合うのも悪い気はしていなさそうだった。

 普段は口数の少ないカナタの新しい一面を目撃したマナカは、そんな情熱を注がれるロボットたちが羨ましいと感じてしまった。同時に、仲間に入れない若干の疎外感も。

 

「……私も、ロボットアニメ見てみようかな」


 楽しそうに喋る二人の距離は近い。同じようにカナタに近づくにはそれしかない、と少女は決意し、広々とした部屋を改めて見渡してみた。

 大きなシングルベッド、そのすぐ近くにある勉強机とノートパソコン、ソファ、テレビ、冷蔵庫やレンジといった家電、本棚に並ぶSAMや魔法、【異形】に関する専門書、一台の黒いピアノ――そこまではいいが、目を引くものもあった。

 部屋の一角に置かれたボックスからはみ出ている、開いた穴から綿が露出した熊のぬいぐるみの手。その側に散らばっている、カラフルな積み木。パズル、知恵の輪、おそらく幼児用と思われる滑り台や、バスケットボールのネット等、子供の遊び道具が幾つも置かれている。


(……カナタくんが遊んでたの? 16歳の男の子が、こんな小さな子のおもちゃで……?)


 少しの薄ら寒さを覚えつつも、少女は足を進めずにはいられなかった。

 部屋の隅に放置されたおもちゃたちに近づいて、よく見ようとすると――コロン、とオルゴールの音が突然どこからか鳴り出した。

 壊れているのか時々音が途切れる、歪んだ調律。

 息を呑み、足元に目をやると、今度はトイボックスの陰に落ちている一枚の紙が目に入った。

 絵――と呼んでよいのだろうか。赤と黒が混ざった暗い色味で描かれた、髪が長く目だけ異様に大きな人の顔。

 

「何、これ……?」


 見てはいけないものを見た。そう少女は直感的に理解した。

 だが、目を逸らせなかった。身体が固まって動けない。オルゴールのノイジーな音色だけが、響き続ける。

 髪が長い人。おそらく女性だ。だとしたら、彼に近しい女性――カグヤ?


「……ま、マナカさーん! まっマナカさんって、ピアノ弾けるー?」


 間延びした少年の声が、彼女を現実に引き戻した。

 気づけばオルゴールの音色も止んでいる。顔を上げてカナタのほうを振り向くと、彼はレイと共に学習机の横のピアノの前に立っていた。その表情は、マナカがおもちゃたちを見たのを気にしていないような明るさだ。


「ひ、弾けるよー。私、昔から習い事色々やってたから」

「だ、だったら一緒に弾かない?」


 SAM以外はからきしだとマナカはカナタについて思っていたのだが、どうやらそれは違っていたらしい。

 意外に感じながら、先ほど目撃した絵のことを忘れようと彼女は頭を振った。

 足早にピアノの前まで来て、先に椅子に掛けていた少年の隣に座る。


「あいにく、ボクは弾けないので……瀬那さん、代わりに彼の相手をしてやってください」

「お、オッケー。曲はどうするの、カナタくん?」


 口調や声音は正常に戻っているだろうか――そう気にしつつ、マナカは訊いた。

「お、お気に入りの曲があるんだ」と、カナタは楽譜をセットして答える。

 クラシックの有名どころなら大体は知っているマナカでも、初めて見る譜面だった。ぽかんとする彼女に、悪戯っぽく笑ってカナタは言う。


「きょ、曲名も、誰が作ったのかも分からない、ピアノ曲。ぼ、僕の母さんが用意してくれた、無題の曲」


「……お母さんが作曲したってわけじゃないの?」


「ぼ、僕が知る限りでは母さんは作曲はやらないよ。……弾いててとても気持ちいい曲なんだ。だからこそ、誰かと一緒に一度弾いてみたかった。か、母さんとは、どうにも音を合わせられなくて」


 その言葉に、マナカは彼と母親がどういう関係なのか問いただい衝動に駆られた。

 だがそれは、決して踏み込んではならないことのような気がした。先ほどの不気味な絵がその証左だ。ああいう絵を描く子供の心は歪んでいるものだと、心理学に詳しくないマナカでも知っている。彼の問題に切り込むのは、彼に本当の意味で心を開いてもらえない限りできない。


「いいよ、弾こう。まずは軽く練習させて」


 レイとカナタに見守られるマナカは、何も考えずにただ音を覚えようと手を動かしていく。

 最初は静かに立ち上がるような音。徐々に跳ねるようにテンポを増し、中盤では二つの音が重なり合う。主旋律は軽やかに走り、副旋律はそのあとを追いかけて調和の音を刻む。


「ど、どう? 掴めそう?」

「もうちょっと……最後のところが、まだ」


 開始から三十分あまりが過ぎ、レイが退屈しのぎに本棚から一冊抜き出して読書に興じる中、カナタの問いにマナカはうーんと唸った。


「い、一緒にやってみようか」


 身体をマナカへと寄せ、彼女が苦戦している最中のところを弾いてみせるカナタ。

 髪の毛の仄かなシャンプーの匂いさえ感じられるほど、彼はマナカに近づいていた。

 男の子らしい骨ばった肩や、しなやかに鍵盤上を跳ねる指先を見つめていると、自然に胸が高鳴った。

 この部屋に来て、彼の新しい一面をたくさん見つけた。あの不気味な絵を差し引いても、マナカはカナタのことが一層愛おしく思えてしまう。

 

「私も、やってみるね」


 マナカは少年のお手本に倣って弾き始める。

 いわゆる「サビ」が迫るにつれてテンポが速まり、最高潮を迎え、そして急速に勢いを失って曲は終わるのだ。「起承転結」ではなく「序破急」の構成になっている無題の曲。


「できそうかも。最初から合わせてみよう」

「ほ、ほんと? よし、じゃあ始めようか」


 深呼吸する。目線を合わせる。タイミングを統一するには、それで充分だった。

 主旋律はカナタが、副旋律はマナカが。穏やかな音からその連弾は始まった。

 先へ先へと進んでいく少年を追いかけるように、マナカは流れるままに音を紡ぐ。

 音色を通じて互いの心も重ね合わせ、止まらずに走り抜ける――自分たちの関係もそういうものでありたいと願いながら、少女は少年と音をぶつけ合う激しい「サビ」へと臨んだ。

 

「た、楽しいね」


 譜面も見ずに微笑みかけてくるカナタに、マナカは小さく頷く。

 意地悪だ。その顔を向けられるとマナカが動揺するのも自覚せずに、そんな表情をするなんて――。

 

「り、リラックスして。音に気持ちを乗せるんだ」


 歌うような少年の声。頂点へ上り詰めようという音の高まりを身体で感じつつ、彼はそこにあるがままの心を込めていた。

 激しく、熱く。二人を一つに溶け合わせる。

 直感的にマナカは理解した。これが月居カナタの最大のコミュニケーションなのだ。何かを二人で行うのは彼なりの相手の心を知る手段。発話にコンプレックスを抱く少年が好む、言葉に頼らない意思疎通。

 レイが彼の信頼を勝ち取ったのも、共に戦った過去があるから。今のマナカではレイと同じ土俵には立てないが――しかし、このピアノでなら立てるかもしれない。

 鍵盤を叩く一打一打に自分だけの思いを乗せた少女は――笑っていた。


(君と一緒にいたいだけじゃない。君を、知りたい)


 潮が引き、海に凪が訪れるかのように、最高潮に達した曲は終演を迎えていく。

 早く激しい音の余韻を感じながら、マナカは一気に肩の力を抜いた。少年の肩に身を寄せて、どっと押し寄せた疲れを吐息と一緒に捨てる。


「楽しかったよ、カナタくん……」

「ぼ、僕もだよ。不思議だね……何だか君と、前までよりずっと近づけた気がする」


 音楽が持つ力はそれだけ大きなものなのだろう、と二人の連弾を聴いていたレイは内心で呟いた。

 爽やかさと情熱が同居した、疾く駆ける馬を想起させるような曲だった。双翼を広げて大空を駆ける【ラジエル】のパイロットに相応しい、イメージ通りの曲だとレイは感じた。その曲が、【神速】の名を冠したパイロットの姿をもとに作られたのだと知らずに。


「もう十八時ですね。そろそろお開きにしますか?」

「あ、そうだね。私、受付に電話してくる」


 腕時計に視線を落としてレイが言い、マナカが率先的に動き出す。

 彼女に礼を言ったカナタは、後ろを振り返ってレイに訊ねた。


「ど、どうだった? 僕らの連弾」 

「素晴らしかったですよ。君らしい曲だと、ボクは思いました」


 彼には珍しくレイは率直な感想を述べる。

 満足げに頷いたカナタは席を立ち、楽譜をファイルに戻しながら、ふと何かに気づいたように眉をぴくりと動かした。


(あれ……僕がここで過ごしてた時は、トイボックスなんて部屋の隅に押しやってずっと触ってなかったのに。どうして、おもちゃが散らばってるんだろう……?)


 彼は幼い頃に母親と遊んだおもちゃを捨てられずにいたが、それを使っていたのはせいぜい小学校低学年頃までだった。


「どうしました、カナタ?」

「い、いや……何でもないよ」 


 誰かがこの部屋に入って遊んでいた、としか考えられない。

 しかし、それが誰かはカナタにも見当がつかなかった。ここに縁のある人間は彼の他にはカグヤくらいだが、多忙を極める彼女がここに訪れる機会はないはずだ。空き時間があったとしても、彼女は愛人と会うのを優先するだろう。

 奇妙さを胸に残したまま、それからカナタは二人と共に手続きを済ませ、学園へ戻ることとなった。



 そして彼らが帰宅し、夜も深まってきた頃。

 その部屋の奥、トイボックスの側にゆらりと現れたのは、もやのような異質な人影であった。


『キミ、ヲ……マ、タ、見タイ。マタ……遊ビ、タイ』


 硬質な響きを帯びた、片言の声。

 実体なき存在。見えないモノ。少年の記憶の奥底に沈む、彼の側にいた者。

 気まぐれに姿を見せたその人影は、出現した時と同じように、唐突にそこから消失した。 

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