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暁の機動天使《プシュコマキア》  作者: 憂木 ヒロ
第十章 比翼の絆

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第二百六十一話 記憶の海へ ―Reel him in.―

『レジスタンス』本部の地下、その深奥。

 約一年前の『狂乱事変』の後、誰一人立ち入ることなきよう封印された円形の大空間。

 その場所に男は一人、足を踏み入れていた。


『また来たのかい。タカネ』


 どこからともなく少女の声が聞こえてくる。

 男はそれを無視して、大広間の中央に鎮座する柱へと歩を進めた。

 静謐に満ちる地下空間は事変での戦いによって荒れ果て、もはや見る影もない。壁面に等間隔に置かれた支柱にはかつて、【異形】を冷凍保存したガラスケースが埋め込まれていたが、その全てが破裂し内部の【異形】の肉体も腐れ落ちてしまっている。


(月居カグヤは【異形】に執着していたという。彼女が奴らの何に魅入られたのか、到底理解は及ばんが……【異形】の研究の中で彼女が辿り着き、残したものについては感謝せねばならない)


 床から天井まで突き抜ける極太の柱は一部がくり抜かれ、そこに巨大な台座が置かれている。

 無数の黒いコードに繋がれてそこに鎮座しているSAMの名は、【輝夜カグヤ】。

『狂乱事変』の際、その魔法で都市の【潜伏型異形】たちを呼び覚まして混沌を招き、月居カナタらと最後の戦いを繰り広げた史上最強のSAMである。

 乗り手の命を食らうとまで形容されるその機体は『事変』の後、表向きには廃棄処分になったとされているが、実際のところはカグヤの形見が失われるのを惜しんだ明坂ミユキによって修復・保存されていた。


(不破ミユキ……いや、明坂ミユキもよくやってくれた。この機体が残存していなければ、私が奴らの本拠地に辿り着くこともなかっただろうからな)


 タカネはそう胸中で呟き、柱の岩肌に手を触れる。

 台座に跪く【輝夜】の『コア』が埋め込まれた胸部からは、赤い結晶が幾つも生えでていた。溢れんばかりの魔力。抑えきれないそれが装甲を突き破り、実体と化している。


『その機体に触れるな! 死にたいのか!?』

「止めてくれるな『エル』よ。災厄を招きし悪魔――お前に従う義理も道理も、私にはない」


『レジスタンス』本部のシステム全てはタカネの統括下にある。それは『エル』も例外ではなく、彼女はもはやタカネに逆らうことは出来ない。

 この大空間を統御するシステムへの接続を遮断された『エル』にはただ、彼の行いを見ていることしか叶わなかった。


「さあ、【輝夜】よ。お前を私の意思に染めてやろう」


 タカネは【輝夜】の脚部から胴体にかけて設けられた足場を伝い、背面部のコックピットに回り込んだ。

 ロックの掛かっていないハッチのドアを開け、内部に入り込む。

 人体を感知してコックピット内に白色の照明が点灯するなか、彼は手早く『アーマメントスーツ』に着替え、操縦席に掛けた。

 胸のオーブに掌を触れさせ、『コア』との接続を開始する。


「ぐっ……!」


 途端に頭に流れ込んでくる情報の奔流に、男は顔を歪めた。

 浮かんでは消えゆく数字の羅列。本来見えない光景が目の前に現れては消えていく。

 その多くはかつて【輝夜】の乗り手が思い、見てきた記憶だ。

 

「私はお前を支配する。その記憶を解き、暴き、そして私のものに塗り替えるのだ」


 意思の強さで機体の手綱を握る。

 深呼吸を繰り返して心の平静を保たんとするタカネは、至極淡々と、【輝夜】に宣戦布告した。

 動揺は敗北を招く。政治家としての人生の中でそれを学んでいるタカネは、心を乱す情報の渦にも呑まれることなく、前だけを見据え続けた。


「答えよ【輝夜】。お前は理知ある【異形】との接触を果たした。それは前回までの接続で暴かれている。その本拠地にも目星は付いた。後はその具体的な絞り込み、ただ一つ……!」


 記憶の海を旅するなかで、タカネは見たのだ。

 月居カグヤが富士山麓に落ちた『カラミティ・メテオ』の調査の折、理知ある【異形】とのコンタクトを遂げた光景を。

 その時に彼女が【異形】たちと何を語ったのか、そこまでは読み取ることが出来なかった。

 だが彼女が無事に都市へと生還し、一昨年まで理知ある【異形】たちによる目立った侵攻もなかったことから、何かしらの協定を結んだと考えるのが自然だろう。

 互いに不干渉であること。そういった約定があったとすれば、何故、一昨年から『パイモン』や『ベリアル』による攻撃が始まったのか。


(……どうせ滅ぼす奴らだ。知らずとも構わんことだが……多少知りたがりであるのは、私の悪癖か)


 苦笑いする。

『コア』に接続している時は普段よりも幾分か、己の感情に素直でいられるようだ。

 心の平静を常に意識しつつ、タカネは目を瞑り、流れ込む記憶を拒まずに受け入れていく。



「SAMの発展に陰りが見えてきたわ。第二級や第一級の個体を安定して狩れるようになったが故に、今以上の強さを無理に求める必要も薄くなってきた。財務部も今年はSAM開発費を減らそうと提言してる。……あなた方としても、それはお困りでしょう?」


 ぼんやりと浮かび上がってくるのは、銀髪の女性が何者かと語る姿だ。

 彼女が居るのは白い背景の部屋に見える。その後ろにある背もたれの形に、タカネは見覚えがあった。SAM【輝夜】のコックピットである。


『ええ。我らが求むは人類の更なる発展。SAMの進化、その歩みを止めてはなりません』


「新しい敵が必要になるわね。もはや第一級ですら相手として不足するようになった現在、「パイモン」……あなたのような理知ある存在に立ちはだかってもらわないといけない」


『いずれその時が来ることは、ワタクシとしても分かっていました。想定よりもかなり早い段階でしたが、出ることに異論はありません』


「ありがとう、「パイモン」。その件なのだけれど……まずあなたには『第二の世界』にコンタクトしてほしいの。そこで私の息子と接触し、彼の力を発露させるトリガーとなってもらいたい」


『あなたの子と? それもヒトの進化の促進のため?』


「そうよ。彼の肉体には別の人格の魂が宿っているの。その力を引き出したい」


『良いでしょう。詳細は後ほど詰めさせてもらっても良いですか? この件は一旦、同胞のもとに持ち帰ります』


 カグヤは頷きを返した。

『パイモン』がどういった手段でカグヤとの通信を可能にしていたかは定かでない。しかし、彼が『第二の世界』に侵入を果たした事実から鑑みるに、都市を覆う『アイギスシールド』をすり抜けるほどの微細な魔力を用いていたのではないかと推測できる。

 現に九重アスマ発案の『ピコ魔力粒子』は理論上、それを実現できる。パイモンが同様の魔法技術を会得していてもおかしくはない。



「……っ、はぁ、はぁっ……!」


 閉じた瞼を引きちぎる。

 ずきずきと痛む頭を押さえながら荒く息を吐くタカネは、知らぬ間に前のめりになっていた体勢を元に戻し、深呼吸に努めた。

 一昨年より始まった人類と理知ある【異形】との戦い。それが月居カグヤと『パイモン』との契約によって起こったことであるのは分かった。

 月居カグヤは理知ある【異形】と密接に関わっている。ならば知り得ているはずだ。彼ら異端の怪物たちの本拠地を――。


「奴らの本拠地があるとすれば、侵入不可領域である『カラミティ・メテオ』の爆心地。その周辺であるのは間違いない」


『カラミティ・メテオ』は高濃度の魔力波を常に発しており、人類の生命活動に著しい支障をきたす危険性を有している。

 故に、月居カグヤは数度の調査を経た後にその周辺一帯を「侵入不可領域」として定め、誰一人として立ち入れないようにした。

『カラミティ・メテオ』はSAMの『コア』の大元であり、高出力の魔力を放っているというのは事実だろう。だが、それを口実にカグヤが理知ある【異形】たちの住処を隠匿しようとした可能性も、あり得なくはない。


(厄介なことに侵入不可領域の広さは富士山麓すべてをカバーし、周辺の山々までも含まれている。カモフラージュのつもりなのか……作戦の迅速な達成には、更なる絞り込みが要求される)


 すべきことを胸中に連ね、タカネは再度の記憶への接続に挑んでいく。

 正義は己にある。この作戦を完了させた暁には蓮見タカネは、人類史に刻まれる英雄となるだろう。

 これはその道程に過ぎない。



 何度も、何度も、男は記憶を手繰り寄せ続けた。

 記憶の海に浮かぶ気泡。虹色に光るそれに映るのは、月居カグヤが体験してきた過去の数々。

 幼少の頃、男の子たちに混じって森の中を駆け巡ったこと。

 高校の頃、科学者であった伯父に憧れの感情を抱いたこと。

 大学の頃、後輩であり恋人でもあった女性と二人で海辺をツーリングしたこと。

 院に進んだ頃、人類全てを脅かす災厄に見舞われたこと。その禍で多くの友と家族を失ったこと。


 時間の流れの中で、カグヤという女性の運命は戦いへと突き動かされていく。

 恩師と共に『レジスタンス』という組織を立ち上げ。

 自ら研究者として、『カラミティ・メテオ』の調査に乗り出し。

 そして、その災禍をもたらした異星の存在との接触を遂げた。

 

『全ての罪は僕たちにあります。言葉交わせる彼ら異端の怪物を、僕たちは無情に葬り去ることが出来なかった。だから封印し、人々から遠ざけるしかなかった。けれど、そのために……この星の多くの生命が失われる結果を、招いてしまった……』


 結晶体の中から一糸まとわぬ姿で現れた黒い髪の少年が、深い哀しみを湛えた瞳で語る。


『怪物たちが人々を殺めるのであれば、恐れず彼らを討伐してほしい。そのための力と、それの使い方は僕たちが授けます。……でも。もし、理知ある怪物たちの中にあなたたちこの星の人々と関わる意思があるのなら……どうか、それを、尊重してあげてほしい』


 絶えない後悔の滲む口調で少年は言った。

 月居カグヤはその言葉をどう受け止めたのか。

 場面は移り、彼女が見つめる先にあるのは赤い結晶の生え広がる山間の道であった。

 

『磁針が狂い始めたわね。近づいてきた……そう考えて間違いないかしら』


 現在のSAMのプロトタイプともいえる第一世代機【クリーガァ】を駆り、小規模の部隊を伴って月居カグヤは数度目になる『カラミティ・メテオ』の調査に赴いていた。

 

『磁場に影響を及ぼすほどの強烈な魔力。前回以上の反応ね。やはりこの辺りに何かあると見て間違いない。でしょ、カグヤ?』

『ええ、ミユキ。……その何かが人類にとって希望となるか、絶望となるか……それを確かめないとね、皆』

『『『はっ』』』


 結晶が彩る獣道をひたすらに進んでいく。山間部の任務に耐えうるよう足底部にスパイクを装着している迷彩柄のSAMは、険しい道もなんのそのだ。

 一時間、二時間……どれほどの時間が流れただろうか。

 高出力の魔力が充満する領域の中、今にも血反吐が出そうになる隊員たちを励ましながら、カグヤは自ら先頭に立って探査を続行していた。

 限界を告げてくる者が一人、二人と増えていき、これ以上の作戦は中断すべきかと判断を迫られた、その時――。


『……あった』


 断崖を乗り越えた果てに、彼女は見た。

 赤い結晶に縁取られた広大な盆地の中に広がる、水と緑に満ちた空間を。

 数段の階段状になっているそこには各所に川が流れ、滝となり、繋がっているそれは最下層の湖へと至っている。

 生える木々は広葉樹で、寒冷な地上を制している針葉樹とは違う。流れてくる風が運んでくるのは湿り気であり、盆地の内部が湿潤な気候であることを示していた。


『くっ!?』

『どうしたの、カグヤ!?』

『……ちょっと顔を出して感じた、この魔力……間違いないわ、いま私が立っている目の前を境界として、あの内部はここよりさらに強烈な魔力で満たされている』


 地上の他のエリアとは隔絶された領域。

 気候も植生も異なるこの場が、自然発生したとは到底考えにくい。

 何者かが莫大な魔力を用い、この空間を作り出したのだ。

 では、誰が?


『――何者ですか? あなた方は』


 と、疑念を抱いたその瞬間、カグヤたちの脳内に響いたのは男とも女とも取れない中性的な声であった。

 傍観者のタカネにはその声の主がすぐに分かった。『パイモン』である。


『私たちは人類軍……「レジスタンス」の調査部隊です。目的は『カラミティ・メテオ』とそれから生み出される結晶の調査』


 あくまで調査であり、【異形】の討伐は目的ではないと告げる。

 当時の機体に理知ある【異形】へ抗える力などない。戦いの意思がないのを伝え、見逃してもらうことを願う――カグヤたちにはそうするほかなかった。

 黙考の後、パイモンは口を開く。


『嘘はないようですね。恐れはあれども戦意はない。そう読み取れました』


 静かなる驚愕がカグヤたちの間に広がっていく。心を見通す力――まさしく未知の極みであり、畏怖の対象であった。


『此処は我々の生み出した領域。何人たりとも立ち入らせはしません。この場を知った人類は、生きて帰さない……と言おうと思いましたが、止めにしましょう。今思いつきましてね、一つ取引を』


 早口で言ってくるパイモン。カグヤたちの答えを聞かずに彼は捲し立てるように続けた。


『あなた方の遺伝子を……その情報を採取したいのです。できれば生きたサンプルを。男と女、一人ずつほしい』

『一人、ずつって……!? 生きたままの隊員を引き渡すだなんて、そんなこと……!?』


 真っ先に声を上げたのはミユキだった。ここにいるのは選別された精鋭にして、初期のSAM開発に携わった戦友たちだ。誰一人として失いたくない。

 その思いはカグヤも同じだった。だが彼女にはミユキにはない冷徹さがあった。


『分かりました。あなた方に男女の隊員二名を引き渡しましょう。ただし、こちらからも条件があります。一つはその隊員たちの命を保証すること。二つ目は隊員たちの役目が済んだ後、その身柄を人類側に返還することです』


 それがカグヤに出来る最大限の譲歩であった。

 ここで生きて帰るために置いていかれる二人を守るために、そこだけは譲れまいと意志を貫く。


同胞なかま思いなのですね、あなたは。分かりました。その条件、呑みましょう』



 その場面を最後にしてタカネの脳内はブラックアウトした。

 気づけば脱いだ服の上に置いていたスマホが着信音を鳴らしていて、操縦席から這うようにしてそれを取り上げた彼は、画面の時刻表示を見て苦笑を漏らした。


「ま、まさか二時間も気絶していたとは……休日でなければ大事に成り果てていた。だが、収穫に満ちた時間だったよ」


 秘書の牧村への返信など後回しだ。

 判明した事実は二つ。

 第一に、カグヤらが理知ある【異形】の拠点へ本当に到達していたのだということ。

 第二に、その拠点へ引き渡された二名の人間がいたということ。

 あいにく拠点の具体的な座標は判明しなかった。だが、その場に居合わせた人物ならば分かるはずだ。


「明坂ミユキ――彼女と接触し、理知ある【異形】の本拠地の座標を吐かせるのだ」

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