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暁の機動天使《プシュコマキア》  作者: 憂木 ヒロ
第二章 嘘と真実

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第二十六話 潜む影 ―Unknown existence―

「はっ、はい、知りたいです」


【異形】パイモンに関する情報を新たに得たというカノンに、カナタは食いついた。

 彼の「力」を魔法で誘発させ、彼に自身を喰わせた【異形】。

 人の言葉を操る知性を有したその存在への興味は、カナタの中でずっと燻っていたのだ。

 パイモンと交戦したレイも、カナタと共にその【異形】と相対したマナカも、真剣な眼差しをカノンへ向ける。


「では、初めにそれを語りましょう。【異形】の研究をしている部署がありますから、まずはそこへ」


 白いタイルが敷かれた回廊を歩きながら、その角にある階段を上る。

 全6フロアからなる研究所は各階ごとに専門分野が振り分けられていた。二階、三階はSAM、四階、五階は魔法、六階は【異形】――という具合だ。『レジスタンス』の研究の最前線はこの建物に全て詰まっており、『人類の英知の箱』と新東京市内で囁かれている。

 一階から六階まで階段を上がっていく間、不思議と疲労感がないことにカナタは気づいた。

 学園への入学前は上がるだけで息切れしていたのに、と呟く彼に、カノンは微笑みかける。


「それは君が頑張った成果ですよ。学園で訓練を繰り返すうちに、体力がついたんです。単純な体力作りの運動も、毎日こなせば確実な結果として出ますからね」


「え、えへへ。そう、ですか?」


「そうです。入学からたった三ヶ月しか経っていませんが、本当に大きくなりましたね、カナタくん」


「し、身長はまだ、低いですけどね……」


 自分より頭一つ背の高いカノンを見上げて、カナタは苦笑いする。

 踊り場で足を止めたカノンは振り返ってカナタと向き合うと、両手を伸ばして彼を抱き寄せた。


「えっ、あ、あの……!?」

「なっ、何やってるんですか宇多田さん!?」


 カナタ以上に大声で取り乱してしまうマナカ。

 彼女の口をレイが後ろから手で塞ぐ中、カナタの肩から腕、胴、背中、腰、腿、尻……と彼の身体のラインを軽く触って確かめたカノンは、「失礼しました」と詫びを入れてから言った。


「筋肉の付き方を確かめていたんです。全体的にバランスは悪くはないですが、腕や肩の筋量が若干少ないですね。普段はどういう自主練をしてるんですか?」 

 

「え、えっと、大体ランニングとか、です」


「やっぱり。上半身を鍛える運動――例えば、ダンベルを使ったトレーニングとかをやってみてはどうでしょう。腕立て伏せなんかは専用の器具とかも要りませんし、並行してやりやすいですね」


「あの、ボクも見てもらっていいですか」


 後輩へアドバイスをしつつ、自分もと頼んでくるレイにカノンは快く応じた。

 マナカも見てもらいたいのは山々だったが、彼女はカナタと妙に距離が近いカノンのことが気になって仕方がない。

 少しでも彼に距離が近しい人がいると、つい嫉妬してしまう。自分勝手な独占欲だと自覚してはいるが、どうしても意識してしまうのだ。 

 彼女の視線を受けて、金髪の女性は柔らかい口調を崩すことなく言った。


「私はエースパイロットとして、自分の専用機の開発のために研究所に度々足を運んでいました。その時に何度か、カナタくんには会っています。あなたが危惧するような関係ではありませんよ」


「そ、そうですか。良かった……」


 マナカはほっと胸を撫で下ろす。

 レイにもカナタ同様に助言しつつ、カノンは歩みを再開した。

 階段を上がりきった先の廊下を少し進み、『異形研究室1』とドア脇の看板に書かれた部屋へと入っていく。

 書類の山とデスクトップPCの置かれた机の数々が並ぶ、雑然とした部屋。壁際に配置されたラックには各【異形】のデータを纏めたファイルがぎっしり詰め込まれており、ホワイトボードにはまだ新しい書き込みがこれまたびっしりと連ねられている。

 雰囲気としては、企業の事務室だとか大学の研究室、といったところだろうか。


「なっ、なんか、あんまり最先端って感じはしないね」

「コラっ、馬鹿カナタ。口を慎みなさい」


「まあ、【異形】研究室は特別な機材も殆ど使いませんからね。何せ、【異形】研究に関しての最先端はここではなく、地上に設けた我々の拠点。ここは最前線から送られてきたデータを再分析し、情報資源として再構成する場所です。この部屋では主に、研究員個々人がそれぞれ担当する【異形】にまつわる論文を書いています」


 持ち前の天然さを発揮するカナタの頭を、レイがペチンと叩く。

 そのツッコミに小さく笑みをこぼしながら、カノンはこの部署について解説した。

 パソコンとにらめっこしている研究員たちの邪魔をしないよう小声で、カノンは「さ、次行きましょう」と三人を促す。

 

 次に彼らが覗いたのは、先ほどの雑然さとはうって変わって整然とした、長机が置かれた広々とした会議室だった。

 プロジェクタ用のスクリーンが壁に掛けられた部屋には、今は誰もいなかった。


「ここは、研究員たちがそれぞれに完成させた論文を発表したり、情報交換したりする場所です。先日の『パイモン』のような新種の【異形】を確認した場合、ここで全体の情報を統一します。会議は定期的に行われますが、今日はちょうど空き部屋になっていますね」


 照明を点けたカノンは、慣れた手つきでプロジェクタを起動させる。

 それから三人をその場に残して会議室に隣接した「準備室」へと足を運び、一分もしないうちに戻ってきた。

 彼女が両手に持っているのは、四人分のペットボトルのドリンクだ。


「研究員たちは泊まり込みで作業に励むことも多いですから、『準備室』には宿泊所としての側面もあるんです。プロジェクタ等の機材の他には、飲食物や寝袋なんかも置いてありますね」


「なるほど……」

 

 父親もそんな風に過ごしているのだろうか、と相槌を打つレイは考える。

 カノンは蛍光灯の白い光が照らす長机の上にボトルを並べ、手近な席にかけた。


「では、『パイモン』について分かったことを話しましょう。適当に掛けてください」


 ここに来てようやく登場した『パイモン』というワードに、三人全員が表情を変えた。

 カナタは瞠目し、レイは鋭く目を細め、マナカは息を呑む。

 カラカラと場違いに音を立ててキャップを外し、オレンジジュースを一口飲んだカノンは、普段と同じ微笑みを浮かべていた。


「まず『パイモン』について分かったのは、これまでに確認された【異形】と根本的に異なる存在であるということです。もちろん、人の言葉を解し、人と同じ知性を持つという時点で異質であると言えるのですが……あの【異形】は、これまでの【異形】と生物としての分類が異なるのです」


「分類が、違う? 確かに、今までの【異形】みたいにモンスターっぽい姿じゃありませんでしたけど……」


 マナカの思うままの言葉に頷き、カノンは話を続ける。


「既存の【異形】は、姿が違えど遺伝子的には近縁の種であることが判明しています。例えるなら、人と猿のように。ですが、パイモンは全く異なる。同じ哺乳類でも人とライオンが全然違うように、既存の【異形】たちとはかけ離れた種なんです。殆ど別物であるがゆえに、我々の探知網をすり抜けてしまったんです」


 それが、『パイモン』を『第二の世界』や発電所の制御システムである人工知能『エルⅢ』に干渉させてしまった原因。

 常識を覆すその発見に、三人は驚愕を禁じ得なかった。特に【異形】関連の学術書に何冊も目を通してきたレイは、絶句するほどに。


「『パイモン』が送り込んできたウイルスを解析したところ、ヒトのDNAの配列と酷似した『コード』が確認されました。それが『パイモン』自身のゲノム情報を表すものだと仮定すると、彼――便宜上そう呼びます――の遺伝子が人と非常に近しい可能性が浮かび上がってきたんです。チンパンジーは人と99パーセント同じ遺伝子を持つといわれますが……彼のそれも、この推測が正しければ99.8パーセント以上ヒトと同一であるといえます」


「あくまでも仮定……ですが、それが真実であるとするなら、パイモンはヒトと同一の祖先から分岐して生まれた存在なのかもしれない。そういう、ことですか」


「ええ。確証はないですがね。しかし、彼がヒトに酷似した姿をしており、ヒトのように音声言語を扱う知能を有していることからして、可能性は高いと考えられます」


 神妙な面持ちのレイに、カノンは重々しく首肯した。

 プロジェクタが映し出す『第二の世界』での『パイモン』の姿を睨み据えながら、金髪碧眼のエースパイロットは語り続ける。


「そして『レジスタンス』が最も恐れているのは、『パイモン』のような【人型異形】がヒトに紛れて我々の内部に侵入する可能性。パイモンは一目見て【異形】と分かる出で立ちでしたが、彼らが魔法を扱うなら【変身魔法】や光魔法でこちらの目を欺いてくるかもしれない。今後、第二、第三の『パイモン』が現れない保証がない以上、それは警戒せねばなりません。無論、今はまだ一般に明かせる段階ではありませんが」


『パイモン』にまつわる情報が完全に隠されていることに、マナカは初め疑念を抱いていた。未知の存在が登場したのならば、多くの人に知らしめて警戒を呼びかけるべきではないか、と。

 だが、この話を聞いた今なら分かる。規格外すぎる『未知』を人々に喧伝することは、不要な混乱を生んでしまうのだ。

『レジスタンス』はただでさえ、目覚しい成果を挙げられずに国民の支持率を下げつつある。その状況で彼らにも対処方が不明な敵が出現し、それが人類の中に紛れ込む可能性がゼロではないと明らかになればパニックが起こるだろう。

 

「私が今日、あなたたちが来ると聞いてわざわざスケジュールを開けたのは、この脅威を知ってほしかったから。そして、この脅威に共に立ち向かうのだと意志を共有しておきたかったからです。カナタくん、レイくん、マナカさん……あなたたちが【異形】に対して抱える感情は、それぞれ違うでしょう。でも、足並みは揃えてもらわなくてはなりません。脅威に対抗するのに必要なものは、結束です」


 テーブルの上で指を組み、鈍い光を強くたたえた瞳を三人へ向けるカノン。

 彼女の言葉に胸を衝かれ、まず始めにマナカが深々と頷いた。

 確固とした決意をかもす少女の横顔を横目に、カナタも一拍遅れて首を縦に振る。


「……レ、レイ?」


 レイの視線は膝の上で握り締められた拳に注がれていた。

 金髪の少年は過去に仲間を【異形】に奪われており、その恐ろしさを肌で知っている。彼が身体が壊れるのも厭わずに訓練を繰り返していた原動力は、仲間への贖罪の他に【異形】への憎しみもあった。

 

「脅威がすぐ近くにまで迫っている可能性があるのなら、隠蔽せずに警告するべきだとボクは思います。……ですが、ボク一人がそれを言ったところで妄言にしかならないのでしょう。証拠となりうるデータも、持ち出すにはセキュリティがきついですしね」


 だが、レイは自分の立場と現状から目を逸らせないほど愚かではなかった。

 言いたいことはある。それでも、その時が来るまでは言ってはならないのだ。

 固く握った拳を緩めて、レイはカノンを正視する。

 決して少年たちに内面の全てを晒さない月居カグヤの忠臣は、にこりと弓なりに目を細めた。


「よくわきまえていますね。いい子です♡」

 

 それからカノンはおもむろに席を立ち、少年たちを見下ろして変わらない柔和な笑みを浮かべ、言った。


「まだ時間は充分あります。さぁ、他の部署も見に行きましょう♪」

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