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暁の機動天使《プシュコマキア》  作者: 憂木 ヒロ
第十章 比翼の絆

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第二百五十七話 夢と才能 ―memories―

 夢を見た。

『リジェネレーター』の班員たちと訓練の後、クリスマスの大通りを行く夢だった。

 街はイルミネーションで彩られていて、『レジスタンス』と『リジェネレーター』が対立してぴりつくのもどこ吹く風の賑わいを呈している。

 極力目立たないようにニット帽を目深に被り、銀色の髪をその中に仕舞っているカナタは、マスクで隠した口元をさらにマフラーで覆い、縮こまりながら歩いていた。


「班長さん、そないにビビらんとくださいで。せっかくのクリスマス・イブなんやし、もっと思いっきり楽しみましょう!」

「う、うん……でっ、でも、皆が頑張ってるのに僕らだけ遊び歩くのも何だか悪いし……」

「班長さんは真面目すぎやわ! こないな時くらい楽しまんと、サンタさんにもイエスキリストにも悪いですって!」

「……そっ、それは、確かに……。さっ、サンタさん来てくれなかったらやだからなぁ……」


 班での紅一点の入野スズは、鈴の飾りが付いた髪留めで束ねたツインテールをぴょこぴょこと揺らしながら浮足立つ。

 彼女の言い分に納得するカナタは大真面目にサンタクロースのご機嫌を損ねることを恐れて、気持ちを切り替えるのであった。

 先頭を行くスズに手を引かれるカナタの後ろで、出山リンと高城カズヤはその様子を微笑まし気に見つめている。


「いいのか、リン? 彼女、月居さんに取られちゃってるぞ」

「取られるも何も、元々俺のものなんかじゃないですから」

「またまたー。お前の目があの子を追っかけてるの、バレバレだぞ」


 副班長のカズヤも普段の生真面目さを忘れ、後輩のからかいに精を出す。

 言われたリンは仏頂面をほんのりと赤く染め、ポケットに手を突っ込みつつ視線を明後日の方向へ飛ばした。

 ニット帽を愛用するスナイパーのケイタは俯きがちにスマホをぽちぽちと弄り始め、すかさずそれをマリウスに咎められていた。


「歩きスマホなど危ないだろう! 皆が楽しんでいるこの時に、わざわざスマホゲームなんて……」

「だって、クリスマス期間限定で出るデリハートを捕まえられるのは今しかないんだぞ! これを逃したら来年までお預けだ! そんなの耐えられるかよ!」

「本部に戻ってからやればいいじゃないか」

「このゲームは位置情報を使うから歩き回らなきゃいけないの!」


 お前もやってみろ、と説教をするはずが巻き込まれるマリウス。

 仕方なしに付き合う彼は、厳しいように見えてプライベートでは意外と甘い。

 

「あっ、班長さん! あっこのショーウィンドウの鞄、見たってや! めっちゃ可愛くないなんか!?」

「そ、そうだね」

「もぉ、月居さん分かってへんのに合わせにいったやろ。スズちゃんの目は誤魔化せへんのですわ」

「え、えと……」

「コラ、めんどくさい絡み方すんな。あと苗字で呼ばない。班長さんが困っちゃうだろ」


 突っ込んでくるリンにこのとーり、と拝むように両手を合わせるスズ。

 大げさな彼女の頭をぺしんと叩き、それからリンはカナタに訊いてきた。


「鞄はともかく、班長さんは何かクリスマスに欲しい物とかないんですか?」

「ほ、欲しい物かぁ。さ、最近忙しくて考える余裕もなかったなあ」

「考えといてくださいよ。出来れば今日中に」

「わっ、分かったよ。でっ、でもそれはサンタさんにお願いすることでしょ?」

「あー、えー、まあそうなんですけど……班長さんが教えてくれたら、俺からサンタさんに伝言しておくので」

「り、リンくん凄い! さっサンタさんとお話しできるの!?」

「俺からしたらあなたのほうが凄いですよ、班長さん……」


 ウィンドウショッピングをして、流行りのスイーツを買い食いして、街路樹を煌びやかに魅せるイルミネーションを眺めて。

 班員の皆と珍しくプライベートで遊んだ、楽しい思い出。

 それを夢で見たのは、この日の朝が初めてだった。



 もう二度と味わえない、かけがえのない記憶。

 今は隣にレイがいてくれる。ザガンやベレトも自分たちには親切にしてくれる。「楽土」で過ごす時間は想像以上に充実していて、毎日が新しい発見に満ちている。

 けれど。

 こうして『都市』で暮らしていたころの夢を見てしまうと、否応なしに胸が締め付けられる。


「……み、皆」


 記憶の中の彼らに、僕はここで頑張っているよと声をかける。

 彼らが最後に残した思いに応えるために、月居カナタはここにいるのだ。

 かつてのカナタは過去など自分を縛る忌まわしいものとしか思えなかった。それはおそらく、レイも同じだったろう。

 けれど今は異なる。過去と向き合い、過ぎ行く時間の中で気持ちに整理を付け、前に進むことが出来ている。


「お、おはよう、レイ」

「……おはようございます、カナタ。珍しいですね、君のほうが先に起きるなんて」

「ちょ、ちょっといい夢を見たんだ。そ、それで目が覚めちゃったよ」

「良かったですね。今日はいいことが起きそうです」

「だ、だね」


 顔を洗い、歯を磨き、身支度を整えて。

 今日もまた、「楽土」での一日が始まっていく。

 気づけばカナタたちがここにやって来てから、一ヶ月が過ぎていた。



 カナタたちがザガンたちにSAMについて教え、その代わりにザガンたちはカナタたちに剣と魔法について教える。

 SAMの基礎理論は概ね、この一ヶ月で教え終わった。

 ザガンもベレトも流石は理知ある【異形】であるだけあって、呑み込みが著しく早い。

 次はいよいよ彼らが最も欲している情報であった、機体の製造方法についてのレクチャーに入る。

 授業を控えた朝、教室の前の廊下でレイはカナタに話しかけた。

 

「……生憎、ボクはメカニックの勉強をしていないのでSAM製造については詳しくありません。カナタ、これからの授業は君に頼ることになりますが……」

「だっ、大丈夫だよ。ま、任せて」


 趣味でSAMについて独学で勉強していたカナタは、そちらの方面にも詳しい。

 パイロットとしてやってきたためそちらの知識は宝の持ち腐れになっていたが、ようやく活かせる時が来たのだ。

 

「…………カナタ。今日の講義は君だけでやってもらえますか」

「え? いっ、いいけど、なんで?」

「今さっき言いましたけどボクはSAM製造については語れませんから。隣にいても邪魔になるだけでしょう」

「そ、そんなこと……」


 首を横に振るカナタに背を向け、レイは足早にもと来た道を行ってしまう。

 間もなく予定していた授業の時間だ。レイの普段と違った様子は心配ではあるが、ザガンたちに迷惑をかけるわけにはいかない。

 後で話を聞こう――そう胸中で呟いて、カナタは次の役割へと無理やり気持ちを切り替えようとするのだった。



 ああいう言い方をすべきではなかったと、本心では分かっていた。

 カナタは繊細な人だ。自分のせいでレイがそんなふうに思ってしまったのだと気にして、必要以上に思い詰めてしまうかもしれない。

 それは理解している。

 だが、レイの中にここ最近生じた――否、再燃した嫉妬心がそうさせてしまうのを、彼自身拒むことができなかった。


 知識の差。

 それに関してはさほど気にしていない。勉強に時間を費やせば埋め合わせられる問題だ。

 だが、才能の差は一朝一夕では縮まらない。

 レイがここ一ヶ月努力しても上手くいかなかった魔法の発現。それをカナタは教えられてほどなく、簡単に成功させてみせた。

 何故、自分には出来ないのか。

 答えは単純だ。カナタには『獣の力』とやらが宿っていて、レイにはそれがないから。

 たったそれだけの違い。しかし、果てしなく大きな隔たり。


(……足手纏いになるわけにはいきません。ボクのせいでもし、カナタを傷つけてしまうことがあったら……そんなの、耐えられない)


 首を激しく横に振りながら、廊下を走り抜けて外へ。

 結晶の発する燐光に照らされる、無人の大空間に出る。

 やるべきは鍛錬だ。自分のような凡人が才能ある他者に並ぶには、努力を重ねる以外に方法はない。

 レイは地面に転がる石を拾い上げ、回廊のごときアジトの外壁近くに座り込んだ。

 そして、ズボンのポケットから紐に繋がれた赤い欠片を取り出す。

 先の訓練の際、ザガンが託してくれた「試す価値のある」方法。

 それこそが、この「楽土」の結晶を身に着けることで身体が帯びる魔力を一時的に増やし、魔法の成功率を高めるというものだった。


「……よし」


 紐を首元に提げ、赤い結晶を掌で握り込む。

 視線の先は目の前に置かれた小石だ。まずはそれを網膜に焼き付けて、続いて瞼を閉じ、その小石がふわりと浮き上がる様をイメージする。

 少し間を開け、目を開く。

 

「……ダメ、ですか」


 一度目は失敗だった。

 だが簡単に諦めるわけにはいかない。【異形】たちが跋扈する地上での有事に備え、何としても魔法を会得しなければ。

 気持ちを切り替えて、再び小石へと向き合う。

 そうしてまた、繰り返す。繰り返す。

 

「……っ、なんで……!?」


 溜まっていく鬱積。膨れ上がる焦燥感。

 失敗が重なるごとに何故、どうしてと問いかけていくが、答えは出ない。

 カナタと違って、自分には本当に一切の素質がないのかもしれない。

 だからもう、諦めてしまおう――そんな弱気が首をもたげる。

 

「……動け。動け。動け。……動いて、くださいよっ……!」


 ザガンはテレキネシスを魔法の初歩と言った。

 ものを動かす魔法は、魔力の流れを生み出す第一歩。それさえ出来れば魔力のコントロールは自在になると、彼は説いていた。

 カナタはどんどん新しい魔法に挑戦しているのに、レイはスタートラインにすら立てていない。

 それでも突きつけられ続けている不適格の三文字から目を逸らし、レイはみっともなく足掻き続けている。


『何をしておる? 餓鬼が』


 もう何度繰り返し、何時間経ったか分からなくなってきた頃だった。

 投じられた女性の声にレイは顔を上げた。

 そこには羽衣のごとき白く薄い上衣にゆったりとした同色のスカートを纏った、肩口まで伸ばした群青の髪に青い肌の女性が立っていた。


「アスモデウス、さん……」

『同じことを言わせるな。何をしておる、と問うたのじゃ』


 鋭い眼光で凄んでくるアスモデウスに対し、レイは率直に答えた。

 彼女の表情は変わらなかった。憐みでも蔑みでもなく、そこには苛立ちだけがあった。


阿呆あほう。己の実力を知らず、それにそぐわぬ行為で時間を浪費するなど愚の骨頂じゃ』

「ろ、浪費だなんて――ボクはただ、カナタの足手纏いになりたくなくて、ちょっとでも魔法を使えるようにって……!」

『それが阿呆だと言っておる! ぬしゃ、本当に気づいておらぬわけではあるまいな?』


 自分より背の高い彼女はこちらを見下ろし、無慈悲に告げてきた。


『主からは魔力の流れを一切感じぬ。首に提げたその結晶のほうが余程、魔力の輝きを放っておるわ』


 内心、分かってはいた。

 けれど、それでも事実を突きつけられれば愕然とせずにはいられない。

 認めたくはなかった。レイが、SAMがなければ完全にカナタの足を引っ張るだけの存在となってしまったことなど。


「違う……そんなの、違います! SAMに乗っていた頃のボクは、ちゃんと魔法を使えてました! たとえ機体を降りたとしても、魔法を使う能力は――」

『見苦しいの、餓鬼が。どれだけ認めぬと喚いたところで、事実は事実じゃ。何も揺るがぬ』


 レイの心の逃げ道を、アスモデウスは的確に塞いでくる。

 腰帯から抜いた扇子をレイへと向け、彼女は鋭い視線で彼を見据えた。


『主ゃ、己のことがこれっぽっちも見えておらぬ。己の欲求、己の才、それを今この場で言葉にしながら、何故見当はずれの訓練を行う? 今一度、己に向き合って思考してみよ。然らば、自ずから答えは浮かんでこようぞ』


 扇子を開き、また閉じる。

 その動作に促されるように、レイは先の自分の言葉を反芻した。

 己の欲求。それはカナタの足手纏いになりたくはないということ。

 己の才。それはSAMに乗っていた頃はちゃんと魔法を使えていたということ。


「……ですが。ボクたちのもとにはもう、SAMがありません。SAMがなければボクは、危険な【異形】相手とまともに戦うことも出来ない……!」


 レイは立ち上がり、八つ当たりするようにアスモデウスを睨み上げた。

 SAMさえあれば、自分とカナタとを比べて劣等感を抱くこともなかったのに。

 SAMさえあれば、カナタと共に背中を預けて戦うことが出来たのに。

 そんな恨み言をぶつけてくるレイに対し、アスモデウスは――


 バチン、と。


 扇子でレイの頬を叩き、言い放った。

 

『主の頭は鰹節より硬いの』

「いたたっ……か、鰹節?」


 赤くなった頬を押さえながらきょとんとするレイに、アスモデウスは続ける。

 

『そうじゃ。あの鉄人形が無いのなら、作れば良かろう? 此処には鉄人形の心臓となりうる魔力の結晶体が無数に生えておる。機体の部品は地下の「れあめたる」とやらを掘り出せば良い。やろうと思えばやれなくもないことを、なぜ初めから考えない?』


 レイは呆然としていた。

 少年のその様子が解せないアスモデウスは、妾が変なことを言ったか、と心配になった。

 彼女の言葉と自分の思いとを噛み締めるようにゆっくりと、レイは言う。


「あ、アスモデウスさん……確かに、そうですよね。自分たちだけでSAMを作り出す――普通に考えてそんなこと出来るわけないって、ボク、最初から諦めてました。けれど、やってみる前から諦めるなんて、間違ってたんですね」


 自分の視界は狭まってしまっていたのだと、ようやくレイは気づけた。

 己の欲求はカナタの足手纏いになりたくないということではなく、カナタと共に戦いたいのだということ。

 そして己の才とは、姉や仲間を見殺しにしたあの忌まわしき日から努力を重ねてこれたことそのもの。

 

「ボク……また、努力します。自分の知識と、カナタの知識、それにザガンさんたちの協力が合わされば、きっとボクたちのSAMを新しく作れると思うから」


 SAMを生み出せた暁には、また相棒の隣で戦える。

 それまではひたすら頑張るのみだ。


「アスモデウスさん、ありがとうございます。……前にカナタは貴女を優しいひとだと言いましたけど、彼の目は間違ってなかったんですね」


『あ、阿呆っ。主があまりに見苦しいから言ったまでじゃ。もう一月も意味のない訓練を行っているなど、愚かすぎて飯が不味くなりそうじゃったからの!』


「一ヶ月もやってたことを知ってたなんて、アスモデウスさんって、実はボクたちのこと結構気にかけてたりしてます……? SAMに海底の埋蔵資源が使われてるってことを知ってるということは、ザガンさんたちからボクらの講義の内容とかも聞いてたりして」


『阿呆、阿呆! 気にかけておらぬし、聞いておらぬ! つけあがるでない、小僧! この話はやめじゃ!』


 顔を真っ赤にするアスモデウスに、レイは思わず笑みをこぼす。

 助言をくれた彼女にぺこりと頭を下げて、彼は軽くなった足取りでアジトの中へと戻っていった。

 もうすぐお昼の時間だ。今日の鍛錬からは、やることを変えてみよう。

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