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暁の機動天使《プシュコマキア》  作者: 憂木 ヒロ
第十章 比翼の絆

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第二百五十二話 本気の遊興を ―Turn around!―

 人の繁栄の成れの果て。怪物たちの蹂躙を受けて手放さざるを得なくなった、都市の残骸。

 その瓦礫を踏み越えて戦士たちは戦いの場へと急ぐ。

 

「二時の方向より魔力反応多数! たぶん【異形】です、接近を許す前に目的地へ到達しちゃいましょう!」

『おっけー!』『はいっす!』


 肌が粟立つような胸のざわめきの後、それを肯定するようにレーダーが敵の存在を報せてくれる。

 舵取りするアスマにユウリとコタロウは頷き、走るペースを一段と早めた。

 

『コタさん、そこ落とし穴!』

『っ、分かったっす!』


 魔力反響定位ロケーションで道路の脆い部分を察知して、ユウリが警鐘を鳴らす。

 その声にコタロウはすかさずジャンプし、踏みそうになっていた落とし穴をどうにか跳び越えた。

 着地後も即座に体勢を戻し、変わらぬ速度で前進を続けるコタロウだったが、内心では冷や汗をかいていた。


『流石の身のこなしですね、コタさん! 生駒元中将の一番弟子名乗るだけあるなあ』

『……あ、あはは……まあ、あの人にビシバシ鍛えられてたっすから』


 ……教えてもらえなければ無様に廃下水道に嵌り込んでいたところではあったが。

 褒めてくる言葉が耳に痛いコタロウであった。


「気を抜かないでくださいよ。一秒のロスが勝負を決めるかもしれない」

『分かってるって。アスマくんこそ、ビビッて小便漏らすなよ!』

「あなたよりは大丈夫だと思いますよ」

『はあっ!? 俺は大丈夫だし!』


 緊張はしていない。軽口を言い合う余裕すらある。

 足裏が大地を踏みしめて、蹴飛ばし、身体が風を切っていく感覚が心地よい。

 仮想現実ではあるが、自分の心身が機体と溶け合っていくような気がする。

 コンディションは万全だ。ユウリもコタロウも状態としては上々だろう。


「…………ふぅ」


 足を止める。見上げた先、緩やかな坂の上にあるのが補給ポイントである。

 逆光に目を細めるアスマは、ふとそこで視界に揺らめく影を捉えた。

 本能的に息を殺す。

 チームメイトを背後にして佇む彼へと、坂の上に立つ者は静かに言葉を投じてきた。


『残念。少し……ほんの少し、遅かったわね。あと一分でもあなたたちが早ければ、あたくしたちの負けだったでしょう』


 勝ち誇るように、女優の艶やかな唇が笑みを描く。

 彼女が抱えた複数の銃身が重なった得物のシルエットを前に、アスマは歯噛みし、そして――。


「『アイギスシールド』展開ッ! 銃撃に備えろ!」


 彼らが虹色の防壁を前面に広げた瞬間、鉛弾の連撃が雨のごとく降り注いだ。



 ガトリングガン、一式。

 それがもう一つの装備補給ポイントに用意されていた得物であった。

 置かれていたのは一名分。だがそれを補って余りあるだけの戦力だ。


「容赦はしないわ! 銃剣以外の武器を持たないあなたたちに、この銃弾の雨を凌ぎ切れて?」


 そう言いながらケイトは「凌ぐこと自体は出来るだろう」と胸中でこぼす。

 長いレンジでの連撃を浴びせられるガトリングガンの攻撃は強力であるが、【異形】の大概の攻撃の威力を減衰する『アイギスシールド』があっては敵を倒すには至らないだろう。

 この攻撃の狙いは、あくまでも敵の魔力を削ること。

 彼らを防御魔法に専念させ、魔力を攻撃へ回す余裕を奪う。それが叶えばあとは、装備で有利なこちらのものだ。


『出来るだけ時間稼いで、ケイトはん! ちょいでも自然回復でける余裕を作れへんと……!』


 長槍を構えるチヅルが護るのは、地に膝を突いているサナ機である。

 補給ポイントを目前にして出現した【異形】の群れ。それを突破するためにサナは自らの魔力の大半を費やして、氷属性の全体攻撃魔法を発動した。

 辺り一帯を銀世界に変えた一撃によって、【異形】たちはことごとく氷像と化した。

 だがその代償として、サナはまともに動けなくなるハンデを負ってしまったのだ。


「ええ! サナ、あなたの復帰まであたくしたちが全力で護るわ!」

『しゃーないけど、頼むわ。でも、すぐに復活してやるから』


 力を失えども闘志は捨てていないサナに、ケイトは微笑を返した。

 戦場において最も重要なものは何か。

 SAMの性能か。パイロットの実力か。軍隊としての練度か。十全なる兵站へいたんか。

 否、そのどれでもないとケイトは思う。

 戦う上でなければ始まらないもの。それこそが、戦意。闘志。士気。

 強い意思は強力な魔力を呼び覚ますと早乙女博士も説いている。そしてその逆も、事実として認められているのだ。


「恐れなさい、焦りなさい。余裕を欠けば欠くほど精神は不安定になり、魔力は弱まる!」


 銃弾のストックはまだまだある。断続的な射撃、それに対してアスマたちは早々に『アイギスシールド』の展開を取りやめ、坂の下の廃ビルの陰に身を隠していた。

 案外と冷静な対戦相手の対処にケイトは舌打ちする。

 ユウリもコタロウもどちらかといえば熱くなりやすいタイプだ。シールドを展開したままこちらに突っ込んでくる可能性も視野に入れていたが――おそらくアスマがストップをかけたのだろう。

 

(……面倒ね)


 ここからは我慢比べになる。

 アスマたちが機を見てケイトたちへ仕掛けるか、ケイトたちが隠れているアスマたちを叩くか。

 サナが回復しきっていない現状、こちらから行くのは得策ではないとケイトは思う。こちらには相手より優れた装備があるのだ。敵が攻めてきた一瞬を確実に捉えることさえ出来れば、ねじ伏せられる。

 赤城ケイトとかんなぎチヅルにはその自負がある。

 アスマは十六歳。ユウリは十九歳。生駒センリに師事していたコタロウはともかく、あとの二人には圧倒的に経験が足りない。

 重ねた場数と培った「技と駆け引き」においては、彼らよりも長く軍人としての務めを果たしているケイトたちに分があるのだ。


「アスマくんたちは遮蔽物に身を隠したわ。チヅル、サナが十分に回復するまでは待ちの姿勢よ。いいわね」

『ええけど……そんなら、しょおもないと思いまへん?』


 しょうもない? とケイトはオウム返しした。

 これが一番安全な策であるはずだ。まさか、この期に及んでまだ博打する気なのか――。


『どこぞに隠れてるんは明白なんでっしゃろ? やったら隠れへん場所、潰しちゃえばいいんではおまへんん? 逃げ場所なくなれば、あとは一騎打ちしはるやけ。そんほうが決闘みたいでアガるでしょ?』


 チヅルにとって戦いとは命を懸け、本気で挑む遊興。

 勝利を目指し、楽しむことこそ第一。ゆえに安定を嫌い、博打スリルを欲する。


「馬鹿言わないで。この坂には倒壊した建物がたくさんある。その全部を焦土に出来るだけの魔力も兵装もないのよ」

『やったら、狙い撃てばええよ。『魔力ロケーション』で敵ん位置にはわりかし見当が付くし』

「補給ポイントに爆弾の一セットや二セットでもあれば、もうやってたわよ。……一応聞くけど、あなたの魔力残量どれくらいよ?」


 にぃっ、と目を細めてチヅルは答える。


『八割。ほぼ長槍で戦っとったし、魔力はサナが補給しいやくれたし』

「索敵に自信は?」

『ありあり』

「やるんならあなた一人でやりなさい。あたくしはサナを守り、適宜威嚇射撃する。それでいいわね?」


 言い出したチヅルを止められないことは分かっていた。

 ならば好きにやらせよう、とケイトは決断した。

 八割も魔力が残っていれば魔法の連射も無理なく出来るだろう。敵の居所を叩き、飛び出してきたところを狙う――チヅルならば完遂してくれるはずだ。


『全員をそん場で討てればいいやけど、たぶんやで無理。やからケイトはんも備えといて』

「分かったわ。サナ、ちょっと頑張れるかしら」

『舐めないでよね。付いていくくらい、よゆーだし』


 サナ一人を置いていくわけにはいかない。

 負担になるのは承知で付いてきてもらうと言うケイトに、サナは強気に答えてみせた。


『魔力タンクはSAMなっとよりよっぽど分かりやすく魔力を発しいやくれへん。見つけるんは容易いわ』


 長槍を肩に担ぎ、坂の上から廃墟の群れを見下ろす。

 倒壊した建物が密集しているこの地帯は確かに、隠れるにはもってこいだ。

 だが、チーム・男子は魔力タンクを保有している。タンクは魔力が漏れないよう加工が施されているとはいえ、その素材はSAMの装甲よりも薄い。その表面から滲み出る僅かな魔力――常人であれば気づかずスルーしてしまうような微量なそれであっても、チヅルの第六感は逃さない。

 

『臭う、臭うわ……あそこにおるんね。目立つ反応が一、微けったいなんが三……間違へんわ』


 魔力タンクを守るように固まって身を潜めている、SAM三機。

 彼らの気配を嗅ぎ取ったチヅルは舌なめずりし、さっそく動き出す。

 狙うは十時の方向、倒壊し折り重なったビルの残骸の陰。

 坂の手前側にある建物のせいでちょうど死角になる、潜伏先としてはこの上ない地点だ。


(坂ん上に陣取ってるうちらの動きは、向こうにはバレバレ。とにもかくにも早さが勝負!)


 駆けだすと同時に邪魔な得物を投げ出し、掌に魔力を溜める。

 チャージは地に足が着く前に終わっている。今にも炸裂せんとしている膨れ上がった火炎の球を手の上に浮かせながら疾駆するチヅルは、瓦礫の峰々を飛び跳ねるように越え、敵の隠れる座標を視界に収めた。


『吹っ飛びなッ!』


 獰猛な炎を瞳に宿し、吼える。

 上半身を捻り、振りかぶった腕から一気に放つは灼熱の球。

 空中に赤く描かれる軌道はイメージと相違ない。

 目標へと着弾。そして――


『爆ぜろ』


 衝撃が巻き起こった。



 自らの撃ち込んだ技による衝撃波に、チヅルは膝を折っていた。

 吹き荒ぶ爆風。拡散する黒煙。砂と瓦礫の嵐がにわかに機体を打ち、視界を遮る。

 

(確実にやった。仮に『アイギスシールド』で防げとったとしいやも、瓦礫ん下敷きになっては身動きが取れへん。こん勝負、勝った……!)


 拳を握り締め、チヅルは勝ち誇った。

 補給ポイントから動き出し、火炎の球を投げ込むまでにかかった時間は十秒にも満たない。

 それだけの短い時間内に爆撃をノーダメージで回避することなど、【イェーガー】のスペックでは不可能だ。それこそ、理知ある【異形】のワームホールでもなければ。


「……?」


 だが、チヅルはすぐに違和感を抱いた。

 勝敗が決まれば試合の終了を告げるアナウンスとメッセージ表示があるはず。しかし、それがない。

 それが意味するところは一つ。――勝負はまだ、終わっていない。


「ケイトはん、サナ! ケイトはん、サナ! 気をつけて! あいつらまや生きてる!」


 ――ドッ! と。

 警告を発した直後、くびを撃つ強烈な衝撃。

 乾いた呼気を漏らしながら海老反りになるチヅルは、上下の逆転した視界の中、見た。

 そこに一人で立つ『アーマメントスーツ』姿の少年を。


(――アホ。機体を、捨てるなんて……!?)


 SAMと魔力タンクは常に魔力を発散している。アスマたちはそれを逆手に取ったのだ。

 チヅルは確かに敵の居所を割り出せていた。だがそれは、デコイでしかなかった。


『チヅル――!?』


 上ずったケイトが名を呼ぶ声が聞こえる。

 その直後、彼女の口からこぼれる濁った音も。

 

『ぐはっ……!?』


 不意打ちの一射。それがチヅルのみならず、ケイトも撃った。

 信じられない。しかし事実として、チヅルは倒されてしまった。

 地面に膝から崩れ落ち、遂に機体が停止するなか、彼女は虚空へ問う。


「……一撃で仕留めるなんて、どないなからくり……?」


 答える声はなかった。きっと仲間たちのもとへ合流しに行ったのだろう。

 悔しいわぁ、と大層恨めしげに呟きを残し、チヅルは静かに目を閉じるのだった。



「クリーンヒット! 冴えてるぜ俺!」


 物陰から放つ急所狙いの一撃。

 その成功に歓呼の声を上げ、ユウリは最後に残ったサナ機を見据えた。


「あと一機……生身の人間で相手取るには難しいと思ったけど」


 背中を撃たれ、胸を押さえて倒れ伏すケイト機の傍らにサナ機は佇んでいる。

 展開している『アイギスシールド』の輝きは薄く、明滅して今にも消えてしまいそうだ。

 残る魔力はあと僅か。誰が見ても分かる、満身創痍であった。


『……機体を捨てて、生身で撃ってくるとか……そんなの、聞いてないっしょ……!』


 ユウリが構える銃剣は赤黒いオーラを纏っていた。

 それを睨み据えるサナは忌々しげに吐き捨て、半透明の防壁の向こうで両腕を上げた。


『自然回復で賄える魔力なんてたかが知れてたし、めっちゃ頭痛いし……ケイトとチヅルが倒された時点で、チームとしては負けたも同然だし……。もう、やめやめ』


 SAMパイロットとして、サナはアスマたちのやり方を認めたくはなかった。

 それでも勝負は勝負であり、結果は結果だ。敗北という厳然たる事実だけが、そこにある。

 投げやりに言うサナを前に、ユウリは得物を下げた。少し離れたところに潜伏していたコタロウも武装解除し、彼のもとに合流する。


『一応聞いときたいんだけど……それ、何を仕込んでたわけ?』

「アスマの付与魔法エンチャントだよ。魔力タンクのリソース半分使って発動した切り札だってさー」


 防壁を解除して訊ねてくるサナに、ユウリは鷹揚な口調で答える。

 効果としてはミコトの【リリーフリコレクション・破】と同一。対象の攻撃力を強化し、さらに魔力を増幅させる。

 この魔法のミソなのが「魔力増幅効果は攻撃時に発動する」という点だ。発動するその瞬間までは魔力の突発的な増幅は起こらず、魔力探知に引っかかりにくい。もともと大した魔力の込められていない銃剣であれば、攻撃するまで捕捉されることはほぼないだろう。


『……そう。はぁ……やられたわ』


 素直にサナは負けを受け入れる。

 と、そこで彼らの耳に聞き慣れた少年の声が飛び込んできた。


『みんなお疲れーっ。見ててすっごい面白い勝負だった! チヅルさんもなかなかの博打を打つと思ったけど、アスマくんはそれをもっっと超えてきたねっ。流石だよ!』


 ぱちぱちぱち、と拍手するマシロ。

 そこにタカネも割って入り、今回の講評をする。


『両者、よく戦ってくれた。まず女子チームだが、ダミーに引っかかってしまったとはいえ、爆撃による殲滅は効果的な策といえよう。第二の補給ポイントに辿り着くまでの連携、サナの存在を念頭に置いた、魔力タンクを取らないという割り切り……それも決して悪い物ではなかった。しかし、補給ポイントに先行するためにサナの魔力の大半を使い切ってしまったのは、良くなかったな』


 サナの魔力さえ残っていれば、機体を失った男子チームに対処することは容易だったはずだ。

 勝負を決したのはそこでの選択だった、とタカネは振り返る。

 

『次に男子チームだが……試合に勝って勝負に負けた、というのが妥当だ。確かに相手チームの二機を落とし、行動不能の三機目のパイロットに降参させた貴官らは、ルール上勝者であるといえる。しかし、現実に地上で機体を失うことはパイロットの死に等しい。これが本物の戦場であったなら、貴官らはパイロット失格である』


 手厳しい評価を下すタカネに、アスマは「すみません」と呟いて頭を下げた。

 両チームの面々に重苦しい沈黙が降りる。

 そこでそれを打ち破るように声を上げたのは、マシロだった。


『でも、楽しかったからいいじゃないですか! いざとなれば機体すら捨てられるアスマくんたちの大胆さ、ぼくは嫌いじゃないですよ。……もし、パイロットとして受け入れがたい最悪の状況に陥ったとしても、アスマくんたちはそれを実行できる。そのことが分かっただけでも収穫なんじゃないですか? ……なーんてねっ』


 神妙な口調をすぐに普段の朗らかな調子に戻し、マシロはタカネににっこりと笑みを向ける。

 その言葉に「そうかもしれん」とだけ返し、男は管制室コントロールルームを足早に後にした。

 司令の背中を見送って、残されたマシロは浮かべていた笑顔をすっと消し去る。


「……やっぱすごいね、アスマくんは。こんなやり方で勝とうと足掻くなんて……恐ろしすぎて、ぞくぞくしちゃう」

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