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暁の機動天使《プシュコマキア》  作者: 憂木 ヒロ
第十章 比翼の絆

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第二百四十八話 閃き ―The idea came from the shower room.―

 穏やかな雨が窓を静かに打ち付けている。

 じめじめとした湿気に負けてカールしてしまっている前髪を指に巻き付けながら、アスマは机に頬杖を突いて思案していた。

 ミオと遊歩道のベンチで話してから、二か月。季節は梅雨になっていた。

『学園』を辞め、所属を『レジスタンス』一本に定めたアスマはここ一カ月、本部の研究室に閉じこもって最新世代SAMの開発案の作成に勤しんでいた。


「アスマくん、どう? 設計の進捗はっ」

「あの……ちょっと黙っててもらえますか」

「ちぇっ……相変わらず無愛想な奴ー」


 無遠慮に部屋に押しかけてきた野郎に、苛立ちを露に言い返す。

 進捗は順調ではない。これまでの【七天使】を超えるほどの新しいアイデアがまるで浮かんでこないのだ。

 ヤマトに期待されている手前、何としても最強のSAMを完成させなければならないのに――。


「ずっと部屋に籠ってるから良くないんじゃないの? 気分転換、大事だよ?」

「余計なお世話です」

「あー、アスマくんいけないんだー。先輩に対してそんな口の利き方! ……ってか、アスマくん何か臭くね? いったい何日風呂入ってないんだよ?」

「……覚えてません」

「おいおいっ、そんなんだから女の子にモテないんだぞ! あと友達も出来てないし!」


 色恋には興味がないが、友達がいないことを指摘されるとぐさりときた。

 睨みつけてくるアスマにその青年は「でも俺がいるから安心しろ!」と人のいい笑顔で言う。

 能美のうみユウリ、というのが彼の名だ。

 アッシュグレーに染めたさっぱりとした短髪に、アーモンド形の茶色い瞳。顔立ちはそこそこ整っているが、目の下にそばかすが点在している。中肉中背、身長も百七十センチそこそこで、とりわけ体格に恵まれているわけではない。

 そんな彼は『能天使パワーズ工業』の御曹司であり、新たな【七天使】にも選ばれた歴としたエリートである。


「よし、じゃあシャワールーム行くべ!」

「あっ、ちょっ、引っ張らないでください!」


 母猫が子猫を咥えていくように、アスマの首根っこを掴んで引きずっていくユウリ。

 アスマにはない行動力を持っているのがこの男だ。抵抗する気力も湧かず、されるがままにアスマは彼に従うことにした。

 襟が食い込んで痛む首元を擦る少年を横目に、彼を離してやったユウリは廊下を歩きながら訊ねる。


「なあ、アスマくん。アスマくんは具体的にはどんなとこで詰まってるの?」

「……教える義務なんてありません」

「まあ確かにないけどさ。一ヶ月……もう一ヶ月だぜ? 新型機の開発が簡単じゃないってのは俺も重々承知だけどさ、アスマくんほどの開発者が一ヶ月も進捗なしってのはちょっと心配になるじゃん」


 能美ユウリ。十九歳。見ての通り気さくな先輩。

 そんな人が自分に対して優しくしてくれることが、アスマには解せない。

『能天使工業』は『九重重工』に業界内シェアの大半を奪われ、一時は斜陽となっていた。近年は持ち直しているが、ユウリが中学生の頃は倒産寸前の危機を迎えていたのだ。

 きっとその時彼は、惨めな思いをしただろう。家庭内の平穏も失っていたはずだ。『九重重工』に対して良い感情を持っていなくても不思議ではない。

 それなのに――。


「……能美、さん」

「さん付けいらんし、ユウリでいいって言ってんのに。……で、何さ?」

「能……ユウ、リは……どうして、僕なんかに構ってくれるんですか? 九重財閥は、ユウリの親父の会社を潰しかけた相手なのに……」


 問われ、ユウリは虚を突かれたような顔をした。

 

「何? アスマくん、そんなこと考えてたの?」


 初めからユウリはアスマが思っていた感情など一つたりとも持ち合わせていないようだった。

 自分だけが変に気にしていたことに気づき、少年はばつの悪さに顔を真っ赤に染める。


「いや……な、なんでも……」

「ばっかだなぁ、アスマくんは。確かに『能天使パワーズ』と『九重』は対立関係にあったし、そのせいで一時期はしんどい思いもしたけど、そんなの過去の話じゃないか。昔は昔、今は今。今こうして同じ【七天使】として一緒にいるんだから、仲良くするのだって変なことじゃないだろ?」


 ちょっと照れくさそうに鼻の頭を搔きながら、ユウリは爽やかに笑う。

 その顔がかつて慕っていた先輩と重なって、アスマは胸がきゅうっと締め付けられるのを感じた。


「……ぼ、僕は、別に……」


 相変わらず、九重アスマは素直になれなかった。

 だがユウリはそんな少年の内心もお見通しのようで、鼻歌交じりにニヤニヤ笑うだけだった。



 研究棟の片隅に設けられたシャワールームにて。

 溜まりに溜まった汗と脂と垢を入念に落としながら、アスマは思索を続けていた。

 普段より多めのボディソープをタオルの上に絞り出し、身体中をひたすら擦っていく。

 昼過ぎの今は他の利用者もおらず、誰かが立てる水音もしない。肌とタオルが泡を含んで擦れる音が微かに聞こえる以外は、全くの静寂だった。

 

(……分からない。分からない。僕はどうして、ここ二か月、何の成果も得られなかった……?)


 導き出せる答えはない。見えない何かに雁字搦めにされているような、不快感が纏わりついている。

 身体を拭っても擦っても掻きむしっても、それを削ぎ落すことは叶わない。


「くそっ! くそっ……! 僕はっ、どうして……」


 シャワーを流す。

 壁に手を突き、項垂れ、頭上から湯を垂れ流しにする。

 少年の視界は潤み、ぼやけていた。真っ白い湯気の中、くぐもった嗚咽だけが響いていく。

 何も成せない自分が嫌いだ。何も成せないことでタカネに見捨てられるかもしれないのが、怖い。

 助言をくれるミユキは傍にいない。ユウリは年の近い先輩として仲良くしてくれるが、パイロットであってメカニックではない。

 SAM製作者として同じ目線に立てる者が、アスマの周囲にはいないのだ。『レジスタンス』の研究者たちはアスマを褒めてくれるが、導いてはくれない。


「僕の設計なんて所詮、既存のものをちょっと弄って改良しただけに過ぎない。ミユキさんみたいに新しいものなんて、作れない……!」


 ミユキが最後に残してくれたもの。

 それこそが『ナノ魔力装甲』。


「それでいいじゃん。ゼロから新しいものを生み出すなんて、それこそ神様じゃないと無理だと思うぞ?」


 と、その時だった。

 ドア一枚を隔てた向こうから、ユウリの声が届いたのは。


「俺たちがいま当たり前に使ってるもの全部、大昔の人たちが考えて作り出したものの流れの上にある。シャワールーム一つをとっても、水道システムとか、シャワーノズルの仕組みとか、そこに置いてあるシャンプーやらボディソープなんかも、先人の発明を継承して出来たものだ。……あんま新しさとか、オリジナリティに拘るなよ。根詰めすぎると、身体に毒だぞ~」


 クリエイターは無から有を生み出せない。

 既存の何かから着想を得て、或いは既存の何かと何かを掛け合わせて、別の何かを生み出す。

 そんな当たり前をアスマは忘れていた。自分だけの機体、これまでにない最強の機体に拘泥するあまり、ものづくりの基本を見失っていた。


「そろそろ上がれよー。あんま長いとのぼせちゃうぞ」


 ユウリの忠告は最早、アスマの耳には入っていなかった。

 目の前にある全てがアイデアの着想元になりうる。現に水道の弁の仕組みは、SAMの『魔力液エーテルチューブ』に活かされているのだ。

 使えるものを探せ。頭の中で練るのみならず、目や耳、鼻、五感をフル活用して探れ。


(ミユキさんが残してくれた『ナノ魔力装甲』。これを利用しない手はない。考えるべきはその技術を何に、どのように転用するか……)


 瞬きをする。曇っていた視界が徐々にクリアになっていく。

 何か使えるものはないか。そう思って顔を上げた瞬間、シャワーヘッドから噴き出したお湯が一気に目鼻に入り込んで、アスマは思わず咳込んだ。


「がはっ!? ごはっ……!?」


 シャワー。

 そうだ、シャワーだ。いま感じた苦痛、これを攻撃として活かせるなら。

 これまで防御に使われていた『ナノ魔力装甲』から「装甲」の部分を取り払い、シャワーのように魔力を敵へ浴びせるシステムに転用する。

『ナノ魔力装甲』は「力属性」の魔力で受けた魔法を弾く効力があったが、扱う魔力属性を変えれば――たとえば炎属性の魔力を上空から振り撒いて絨毯爆撃を行うなど――絶大な威力を発揮するはずだ。


「極小まで圧縮された『ナノ魔力』……それをさらに小さくした、いわば『ピコ魔力』を発生させることが出来れば、敵の防御魔法をも透過できる攻撃用の魔力が使える! それをシャワー式に、一気に広範囲へと放てれば……【異形】の本拠地を壊滅させることだって叶うかもしれない!」


 数か月ぶりの閃きに少年は歓喜した。

 今すぐにでも作業を始めたい。まずは実験だ。魔法研究の早乙女博士と協力して『ナノ魔力』の更なる圧縮の手立てを探る。同時にそれを扱える規格のSAM開発も進めなければ。『ピコ魔力装甲』――小さくなったぶん魔力の密度が増せば、防御力は格段に上がるだろう。


「よしっ、まずは早乙女博士に――」

「ちょっとー、アスマくーん?」

「何です!? やっとアイデアが浮かんできたってのに!」


 駆け出したアスマの前に両手を広げて立ち塞がるユウリ。

 睨む、というより思いっきりガンを飛ばしてくるアスマに対し、ユウリは物怖じすることなく真顔で指摘した。


「とりあえず、服を着たほうがいいと思うぞー」

「は? ……わわっ!?」


 遅れて自分の状況に気づき、大慌てで前を隠すアスマ。

 耳まで真っ赤にして退散していく後輩に思わず声を上げて笑ってしまうユウリは――ちなみに彼は笑いだすと変なツボに嵌るタイプだ――しばらく一人で笑い転げた後、その表情を微笑みに変えた。


「やっと、霧が晴れたって感じだな」


『能天使』の御曹司として掛けるべき言葉は掛けた。

 あとはアスマが気持ちよく設計・開発に勤しめる環境作りだけだ。

 新【七天使】の連中は一癖も二癖もあるような者たちばかりだが、ユウリが橋渡し役になってやれば何とかなるだろう。

 

「最初に作るのは俺の機体にしてくれ、とか……そんくらいの我儘なら言ってもいいよな」


 九重アスマは一体どのような機体を生み出してくれるのか。

 それを楽しみに、ユウリは明日の訓練へ気を引き締めるのであった。

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